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滾山の蟒蛇  作者: 木瓜庵
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1.葛貫九郎

題名は「たぎりやまのもうだ」と読んでください

後冷泉天皇の御世の頃、或る春の盛り、濃州(のうしゅう)池田郡壬生(みぶ)郷の山裾に建つ廃社の社殿に、歳の頃三十半ば程、無精髭面の恰幅の良い男が住み着いた。


男は葛貫九郎(くずぬきのくろう)と名乗り、近在の村人たちの力仕事を手伝い、僅かばかりの作物を譲り受けて糊口(ここう)をしのいでいた。


葛貫はそのまま夏秋を暮らし、冬を越して春になっても廃社に居座り続けたが、その間中ずっとこの郷に流れ着くまでの道行については語ろうとしなかった。


噂好きな村人たちは、百姓とは思えないその体格や所作から、過ぐる年、房総三州で起こった上総介忠常(かずさのすけただつね)の騒乱の落ち人なのではないかと囁きあった。


虜囚の忠常が連行の途上、病に斃れたのはこの西濃不破の野上宿だったので「無念の地で忠常の霊を弔いながら、朝廷に弓引く機会を狙っている」などというきな臭い噂話が真しやかにささやかれていた。


時の池田郡司伊福部(いふくべ)惟茂(ただしげ)は怪しげなる者を郡内に留めておくことを嫌い、郎党を集めて、かの流れ者を放逐すべしと命じた。


郎党たちはすぐさま葛貫の元を尋ね、里人の困惑を伝え、社での起居を止め立ち退くようにと説得を行った。


しかし昼のただ中から臥床の葛貫は、「暑い」だの「しんどい」だのと、のらりくらりと繰り言を続け、一向に起き上がろうとしない。


ついに我慢しきれなくなった郎党たちが、力ずくで外へ連れ出そうとしたが、葛貫を起き上がらせることもできぬままに返り討ちにあい、ほうほうの体で郡衙へと逃げ帰った。



これを知った郡司惟茂は自ら馬を走らせて垂井(たるい)国衙(こくが)へ赴き、濃州受領(ずりょう)高階業敏(たかしなのなりとし)にその遇う(あつかう)所について差配を求めた。


このとき、国衙の健児所(こんでいどころ)別当に霞谷和比人(かすがやのわひと)なる男がいた。

霞谷氏は濃州の古族である。

かつては金山主(きんざんぬし)として勢を誇り、天智朝の頃には春宮(とうぐう)に妃を出すほどであった。

今でも濃州霞谷郷(かすがやごう)の長者と呼ばれ、和比人自身もその真面目な人柄から国衙に勤める上下のものから尊敬を集める男であった。

霞谷は業敏等に面会を求め、その場で葛貫の九郎について自身の知る所を伝えた。


霞谷は七年前の野上で、病床の上総介忠常の介抱役であった。死の際にあった忠常は、東国の戦話を懐かしんで語ったのだという。


その中に、天賦の才としか思えないほど卓越した武勇を持ち合わせた若者の話があった。

武蔵(むさし)権大掾(ごんのだいじょう)六郎将恒(ろくろうまさつね)の係累だというその若者は、長元(ちょうげん)の乱の当時、忠常旗下の先駆けとして戦場で活躍し、敵百騎に一人で当たって打ち勝ち、大弓で三町もの先の大将を射落としたのだという。


「その者、姓を葛貫(くずぬき)、名を平九郎匡常(へいくろうただつね)と名乗っていたとの事」


霞谷和人の言葉に、業敏と惟茂は困惑した。

惟茂は混乱を芽は刈り取るべしとして暗殺をも提案したが、業敏は御堂摂関家(みどうせっかんけ)とつながりの深い忠常一党に関わり勘気を被ることを恐れて、放逐すら消極的であった。


さて。

二人の話し合いが煮詰まってきた時、その場に控えていた霞谷が間に入って口を開いた。


曰く、

「平忠常をして天賦と言わしめた彼の者の才角を、この地とそして三州の万民の為に使わせていただきたい」


かくして議事は決した。

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