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7話 失態

「うう……ここは……」


朧が目を覚ますとそこには、 彼の見知らぬ天井が広がっていた。


「ここは一体……」

「ああ、 兄様やっと目が覚められたのですね」


その声の主は、 無論輝夜である。

そして輝夜の顔を見たことにより、 自身が昨日から宿屋に宿泊しており、 そして今この部屋がその部屋である事を思い出した。

だが彼が思い出したのは、 あくまで昨日の夕方までの事であり、 それ以降の記憶についてはすっぽりと抜け落ちていた。


「輝夜……自分は一体昨夜何をしていたのですか……?」

「まさか……覚えていないのですか……?」

「ああ」


その朧のセリフに輝夜は、 深いため息をついた。

そして輝夜は、 昨日の朧が何をしていたか彼に語りだす。


「兄様は昨日女将さんからお酒をご馳走になっていたのです」

「お酒……?」

「はい。 ただ兄様はその席で酒を飲み過ぎたのかここに戻ってくる頃には、 意識がないほど酷い泥酔状態でした。 実際女将さんがここに運んできてくれた時は、 私本当に心配したんですからね?」

「むぅ……」


ー輝夜が自分に嘘をつくわけは……ありえぬな。 となると本当に自分はお酒を飲み過ぎたということか……

この事に朧はただ素直に自身の行いを恥じた。

輝夜に深く心配させ、 何より見ず知らずの行いの人間である()()にまで多大なる迷惑をかけてしまった自分の行いは、 とてもじゃないが立派な大人がやることではない。

朧は、 輝夜の前では良き兄、 そして良き大人としてふるまっていたかった。

にもかかわらずこのような失態を見せてしまい、 朧としては立つ瀬がなかった。


「聞いているのですか兄様」

「聞いております。 そして深く反省もしております。 今回の件に関してこちらとしても釈明の余地は一切なく、 全て自分の不徳の致すところでした。 本当にすみませんでした」

「どうやら……反省はしているようですね?」

「はい。 それはもう深く……深く反省しております……」

「そうですか。 なら私からもういうことはありません」

「輝夜……」

「私だって別に鬼じゃないんです。 それに兄様だって人間。 時には失敗するものです。 そしてそんな男の失敗を優しく許してあげるのが女の甲斐性というものです」


そういう輝夜の顔は、 恥ずかしいのか真紅に染まっていた。

ただ目だけは決して朧から逸らしておらず、 朧もまたそんな彼女の瞳を申し訳なさそうな眼で見返していた。

そんな二人が見つめ合う時間は、 実に三十秒にも及び、 輝夜が朧のそんな目に耐え切れなくなり、 つい目を逸らす。

そしてそんな折輝夜は、 ある疑問が思い浮かんだ。


「そう言えば兄様。 兄様の服なのですが女性特有の匂いが強く染みついていたのですがあれは一体どういうことなのですか?」

「むぅ……?」


そう言われても朧には、 昨日の記憶が全くなく、 心あたりもなかった。

-女性特有の匂いというとお香の匂いですかね? ですがお香の匂いなど一体どこで……

必死に過去の事を思い出そうとするがそのたびに酒のせいか彼の頭が激しく痛み、 とてもじゃないが思いだせそうになかった。


「すみません輝夜。 昨日の事は本当に何も覚えていないのです……だから昨日自分が一体何をしていたのか自分でもわからないのです……」

「そうですか……」


そう朧に言われれば輝夜としてもこれ以上彼を追及する気にはなれなかった。

何せ朧は、 昨日の行いを既に深く恥じているのである。

そんな相手の事を無闇やたらに批判したところで何も生まないことは、 輝夜とて理解している。

だからこそ輝夜は、 彼の服についたお香の謎は、 女将が彼を部屋に運んできた際付着したものだと一端の決着をつけることにした。

そうでもしなければいつまでもこの話題が終わることなく、 前に進めないからであった。

ーただもし……もし兄様が女性を抱いた為に付着したというのならばその時は、 絶対に許さない……

彼女の中で黒い感情が浮かび上がる。

それを知って知らずかこの時の朧は、 急に凄まじい悪寒を感じとり、 自身の命に危機が迫っていると彼の本能が警鐘を鳴らしていた。


「か、 輝夜……? どうかしたのですか……?」


朧の恐る恐る彼女にうかがう声によって輝夜の中の黒い感情が一気に鳴りを潜める。

-あれ……? 私は一体何を考えて……

そう思う輝夜は、 いつもの輝夜であり、 朧の警鐘も収まっていた。


「私の様子なにかおかしかったのですか……?」

「いえ……なんでもありません」


-おそらくこの事に自分が触れれば碌な事にはならないであろう……

そのような予感が朧には、 あった。

だからこそ彼はこの話題にあえて気づかぬふりをし、 触れないようにした。

そんな朧の気づかいを知らない輝夜は、 当然今の朧の様子を不審に思う。


「兄様何か私に言いたいことがあるのですか? あるのなら……」

「いえ、 本当になんでもありません。 それよりも早くここを立ちましょう。 川城まであと少しなのですから」

「むぅ……」


輝夜が不満げに頬を膨らませる。

ー兄様絶対何か隠してる……むぅ……納得いかない……‼ でも無理やり聞くのは、 嫌われるかもしれないし……

輝夜の中で朧の胸中を知りたいという葛藤と無理やり聞くのは、 彼に嫌われるかもしれないという乙女チックな思考がせめぎ合う。

ただそんな彼女の葛藤は、 当然朧には伝わらない。

彼は輝夜が思い悩んでいる間にあっという間に着替えをすませ、 出立できる準備を着々と整えていた。


「むぅ……私はどうすれば……」

「輝……夜……」

「やはりここはきちんと聞いたほうが……」

「輝夜……」

「でもやはり嫌われるかも……」

「輝夜‼」

「はい‼ なんでしょう兄様‼」

「むぅ……輝夜。 さっき自分が言った事を復唱してみてください」

「え、 ええと……」

「はぁ……やはり聞いていなかったのですか……」


輝夜にしてみれば一体誰のせいで自分の心が乱れているのかわかっているのかと問いただしたいところではあったのだが、 そんな事当然できるわけがない。

ただ朧とて昨日の落ち度がある。

彼女が自身の話を聞いていなかったことに落胆しはすれど当然責める気などなかった。


「いいですか輝夜。 もう一度言いますから今度はきちんと聞いていてください」

「はい」

「まず初めに自分たちはこの宿を出立しだい川城にむかいます。 川内と川城は、 非常に近いですからおおよそ半日程で川城につくでしょう」

「後半日で川城に……」


輝夜の体が緊張でこわばる。

何せ川城は、 周辺を強国に囲まれた国。

当然戦の数も他の国々に比べて遥かに多くなる。

そして何よりも自身の思い人である朧の主が領主を務めている国だ。

彼の主がどのような人物であるか彼女は、 前々から気になっていたのだ。

その謎が今まさに明らかになろうとしているのだ。 必然的に彼女の体もこわばる。


「川城についた後はどうするのですか?」

「そうですね。 まず初めに我が主に自分が戻ったことへの報告。 それから輝夜を我が主に紹介する……といったところですかね」

「い、 いきなり紹介するのですか……?」

「むぅ……何を当たり前の事を言っているのですか? 貴方は自分の忍。 そして自分の忍ということは、 我が主もまた自分と同じくらい忠誠も誓わなければならない存在です。 その相手に挨拶しないなど失礼ではありませぬか」

「むぅ……それはそうなのですがやはり緊張というものが……」

「そう心配せずとも大丈夫です。 我が主はとても懐の大きな方……輝夜の扱いもきっとそう悪い扱いはしないはずです」

「ですが……」

「それに輝夜は昨日言っていたではありませんか。 自分の事を()()していると」

「むぅ……それは卑怯です……」

「卑怯で結構。 忍の世界に於いて卑怯という言葉むしろ誉め言葉。 もっと言っても構いませんよ?」

「むぅ……兄様の馬鹿……」


そんな言葉とは裏腹に輝夜の表情は、 とても明るい物であり、 自分の今後への不安は全く感じていなかった。

それは偏に彼女が朧の事を誰よりも信頼しているから。

彼女は朧の言葉を信じる事にしたのだ。

いや、 それは違う。 そもそも彼女は初めから朧の事を信じていた。

彼女が朧の事を疑うなどまずありえないのである。

そんな気持ちを思い出したこともあり今の彼女の表情は、 付き物が落ちたようによい物であり、 人々を照らし、 見守る太陽の様に眩しかった。

次は明日の0時に投稿しますのでお楽しみに‼︎

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