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2話 字名輝夜

「そんな……兄様が……」


輝夜は未だ立ち直れておらず、 一人呆然と歩いていた。

そんな折彼女に声を掛ける物が現れる。


「輝夜様‼ 貴方は一体何をお考えなのですか‼ よりにもよってあのような物を主に選ぶなど……狂っているとしか思えません‼」

「え……ああ、 彩人」


字名彩人は、 彼女の思い人である朧と同い年の青年である。

忍としての腕は、 正直な事を言ってしまえば朧や輝夜の足元にも及ばないものなのだが、 そんな彼は朧の事を虐めていた。

それは偏に彼が輝夜に恋心を抱いていたのが原因で、 輝夜の心を独り占めする朧が許せなかったのが原因であった。

そしてその気持ちは未だ一向に収まることはなく、 彼はよく朧の悪口を輝夜の前で漏らしていた。

それが彼女にとってはむしろ逆効果になるとも知らずに……


「輝夜様私のお話を聞いてなさるのですか‼」


-ああ、 うるさい……いっその事殺してしまおうか……?

輝夜の脳内でそんな物騒なことが思い浮かぶ。

そもそも輝夜の中で彩人の中は、 最低であった。

輝夜はとても執念部深い性格を下女性である。

そんな彼女が自分の思い人を昔虐めていた相手を当然許すわけがない。

一応情けで会話こそしてはいるものの話をすればいつも朧の悪口ばかり……

そんな状況に正直彼女は、 日々うんざりしていたのだ。

彼女の内心がそこまで乱れているとも知らず彩人は、 言葉を続ける。


「いいですか輝夜様‼ あの男は貴方様の……」

「彩人。 口を慎みなさい。 それ以上喋るようなら貴方の首を落とします」


ぴしゃりとそして氷の様に冷たい声で輝夜がそう言い放つ。

彩人もそこで彼女が怒っていると察したのか自分の行いが行き過ぎたものだと知り、 許しを求め頭をたれる。


「……出過ぎた真似でした」


-ここでこの男の首を落とせたらどれほど気持ちがいいのだろう……

輝夜の手がゆっくりと自身の刀へと触れられる。

けれど彩人はまるでその事に気付かない。

その事が彼女にはとても可笑しく、 滑稽にしか思えなかった。

-この男は本気で私が惚れると思っているのかしら……? だとしたらまさにうぬぼれね。 兄様にあれだけの事をしておいて私が許すわけがないでしょう……?

この時の彼女は、 明らかに狂っていた。 その狂いようは人殺しを楽しむ修羅そのもの。


「ねぇ……彩人……」

「はい。 なんで……」


自身の頭を挙げた瞬間彩人は自身の身に迫る恐怖に戦慄した。

何せ今まさに輝夜の刀が自分の首を落とそうと迫ってきていたのだ。

ただ気づくのにはあまりにも遅かった。

今彩人ができることは、 彼女の刀を受け入れる以外なかったのだ。

そして自身の死期を悟った瞬間彼は、 こう思っていた。

ー刀を振るう彼女もまた美しい……‼

自身の死が迫っているにも関わらずそう考えるあたり彼の彼女に対する思いは、()()だといわざるを得ない。 ただし酷く歪んだものではあるのだが。

そしてそんな彼の首だが結局のところ切断されることはなかった。


「何を……なさっているのですか()()()……」

「え……? 兄……様……?」


そう。 朧が彼女の刀を受け止めていたのだ。

ただし朧は、 刀で受け止めてはいない。

彼は自身の()で彼女の刀を掴んでいたのだ。


「むぅ……」


手で刀を掴めば当然血が出る。 事実朧の右手は今彼女の刀が深く食い込んでおり、 夥しい量の血液が流れており、 苦し気に呻いた。

そんな彼の様子を見て輝夜は正気を取り戻す。

朧が彼女の刀を無事とは言い切れないが受け止められたのには当然理由がある。

実は朧は、 一影の前から消した後陰ながら輝夜の事をつけていたのだ。

何せ朧とて輝夜の事を大事に思っているのは変わらないのだから。

朧はあの時彼女にした行いを陰ながら恥じていたのだ。

無論彼にもそういう反応をしてしまった理由があった。

けれどそれでもあの場での自分の反応は、 あまりにも酷すぎたのだと彼は、 陰ながら後悔していたのだ。

そして輝夜が一人になったタイミングで彼女の前に現れ謝罪しようと思っており、 そんな彼だからこそ彼女の異変に素早く察知できたのだ。


「ああ……ああ……ごめんなさい兄様……私そんなつもりじゃ……」

「気に……するな」


朧は、 そう言うと彼女の刀からゆっくりと手を離し、 自身の血に染まった手に塗り薬を塗り始めた。


「ぐっ……」

「兄様手当なら私が……」

「いや……いい。 それよりも彩人久しぶりだな」

「あ……お、 お前は……朧……‼」

「ふん。 随分呆けた顔していたがそんなので自身の主君を守れるのか?」

「当たり前だろう‼」

「そうか……まあそんなことはどうでもいい。 輝夜様」

「え……あ……はい」

「先ほどの非礼本当に申し訳ありませんでした」


朧はそう言うと自身の頭を地面に擦り付けいわゆる土下座をしていた。

これは今の彼ができる最大の謝罪であった。

之を超える物は、 彼にはあとは切腹しかなくそれは、 流石に自身の主君以外の命で勝手にするわけにはいかなかった。

ただそんなことは輝夜にとってはどうでもよく、 朧にここまでさせてしまった自身に対する自己嫌悪感が凄まじかった。


「頭を挙げてください‼ 私は全く気にしておりませんから‼ それに兄様にも色々あったことはおじい様から聞かせてもらいましたから……」

「……そうですか。 頭領余計な真似を……」


 朧はついそう愚痴をこぼさずにはいられなかった。

何せ彼は輝夜に自身の事情を知られるのを酷く嫌っていたからこそ彼女に対してあのような反応をしてしまったからに他ならなかった。

そして彼女が自身の過去を知った時彼は、 彼女が間違いなく自身に幻滅し、 恨むであろうと思っていたのだ。

ただ現実はそうはならず、 彼女が人間として成長してくれたことに彼は、 素直に嬉しかった。

ただその嬉しさも彼女が今しがたした行いのせいで半減はしているのだが。


「それで輝夜様は何故彩人を斬ろうと?」

「それが分からないのです……」

「分からない……?」

「はい。 こう……気づいたら彩人の事が疎ましく思えてそれで……」

「ふむ……」


朧は一人物思いにふける。

実は、 朧が輝夜の暴走を目にするのは初めての事ではない。

彼がまだ小さく里にいたころ彼は、 一度だけ彼女をさきほどの様に暴走させたことがあるのだ。

その時の様子がまさに先程の輝夜と完全に重なり、 もしかしたら彼女には何か秘められた力があるのではないかと考えていたのだ。

ただそんな彼の考えも彩人の怒りによって一気に冷めてしまう。


「私が疎ましいそれは一体どういうことですか輝夜様‼ 私が貴方様に一体何を……」

「お黙りなさい。 貴方が昔兄様の事を虐めていたのは私は今でもきちんと覚えているのですよ」

「そ、 それは朧が弱いから鍛えてやろうと……」

「ほう。 なら今ここで手合わせ願おうか」


そう言って朧は自身の腰から月影を引く抜く。

朧とて幼少期に彩人からうけた仕打ちになにも思っていないわけではない。

だからこそこの場で恨みを晴らすものも悪くないと思ったのだ。

ただ当の本人は今の朧の実力に恐れをなして、 彼が刀を引き抜いた瞬間あっという間に姿を隠してしまった。


「ふん……味気ない」

「それだけ兄様が強くなったということです」

「何故輝夜様が喜んでおられるのですか……?」

「え、 よ、 喜んでなどいませんよ……? ええ、 全く……」

「はぁ……」


この時の朧は珍しく呆けな顔をしていた。

そんな彼の顔が昔の彼と重なって輝夜は、 つい笑みを零す。


「それで輝夜様。 輝夜様の主の件なのですが……」

「私は一向に譲る気はありません」

「ですが私の様な一回の忍が頭領の孫娘の主になるなど……」

「輝夜……」

「はい?」

「これからは昔のように私の事は、 輝夜と呼んでください。 そうでないと返事しません。 会話もしません」

「か、 輝夜様」

「つーん……」

「子供ではないのですからお戯れは勘弁を……」

「プイ……‼」


-ど、 どうすればよいのだ……自分は……

結局この後朧が先に折れ、 朧と輝夜との()な主従関係が始まった。

ただし朧の方は、 あくまで彼女の事を今よりも立派な忍に育てる気しかなく、 彼女を自分の従者の様に扱うなどさらさらなく、 その事が後々悲劇を生むこととなる。

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