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17話 怨嗟

「おじい様最後に何か言い残すことはありますか……?」


咲夜は冷徹な眼差しをもって一影にそう告げる。

刀を首筋に押し付けられているという状況上今の一影に何かできる力はなかった。

咲夜は一影が少しでも怪しげな動きをすれば必ず自信を斬るそんな予感があったのだ。

ー儂もここまでか……

この時一影の胸中には、 自責の念が募っていた。

それは偏に今の今まで咲夜の事を全て朧に任せてしまっていたことに対する後悔からくるものであった。

ーもし可能ならばやり直せないものなのか……

一影の脳内では、 ただその事の身が呪詛の様に埋め尽くしていた。

無論このことは心を読める彼女にも当然伝わっていた。

けれど彼女はこのことに対し何も感じていなかった。

今の彼女の興味はもはや朧以外に向いておらず、 それ以外の人物が発した言葉は、 彼女の心には響かなくなっていたのだ。

その事を一影も悟っているのかこの場において彼は、 一言も発することはなく、 ただ甘んじて咲夜からの判決を受けるつもりでいた。


「はぁ……本当につまらない人……こんな人が私の祖父だったなんて本当に反吐がでます。 ですがそれも今日まで……それではおじい様さようなら」


咲夜の刀が一影の首を落とすまいと振り下ろされる。

一影は今自身の首が切り落とされるかもしれないという状況にもあるにも関わらず目を閉じなかった。

彼は、 自身の死が怖くなかったのだ。

忍たるもの死を恐れてはならない。

この言葉は一影の師匠に当たる人物から教わった言葉であり、 里の掟の一つにも加わっているものであった。

そして一影はこの掟を忠実に守るべく、 あえてこの場で目を閉じなかったのだ。

そんな姿勢の一影に咲夜は、 彼の事を嘲笑うかの様な笑みを一瞬浮かべ、 刀を振り下ろす速度をより早めた。

だがその瞬間一影の耳にカン‼ という金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。


「咲夜……‼」

「ああ……やっときてくださったのですね朧様……///」


甲高い音の正体は、 朧が咲夜の刀をはじき落とす音であった。

朧はあれから輝夜に慰められたこともあり、 一通りの心の安定を図っていた。

ただあくまでそれは安定しただけであり、 未だ彼は今後咲夜とどう付き合っていくべきか非常に悩んでいた。

けれどその悩みも咲夜が生み出した地獄のごとき惨状を見て、 少しずつ変化が生じ始める。

そんな朧とは対照的に咲夜は恍惚の笑みを浮かべる。

その笑みはどんな男ですら虜にしてしまうほど色っぽく、 艶めかしい物であった。


「咲夜‼ 貴方は一体何をしているんだ……‼」

「ふふふ……何ってそんなの決まっているじゃないですか……私はただ朧様にもっと愛されたい。 ただそれだけです」

「愛されたい……? 僕がいつ君を愛していないって言った‼ 僕は心の底から君を……」

「ふふふ……そうじゃないんです朧様。 私は朧様からもっと愛されたいんです……そして朧様には私以外の人間に興味を持たないで、 ただ一途に私だけを愛して欲しいんです……///」

「何を……言って……」

「だから……この人達……もういらないですよね? だって朧様には私だけいればいいのですか……///」


そう言いながら咲夜は、 彼の父親の首を彼へと投げ渡した。

そしてそれを見た朧は……


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……‼」


発狂した。 彼の父親の生首の状態は、 彼が今まで目にしてきた中で最も悲惨な物だったのだ。

目はえぐり取られ、 下も切られている。 顔は青白くなるほど何度も殴られており、 原型はほとんどとどめていなかった。 にも拘わらず彼がこの首が自身の父親だと分かったのは、 彼の父親の顔には特有の傷があったのだ。

之は彼の父親の主によってつけられたものであり、 その傷跡が今の今まで残っていたのである。

彼が父親の事をあまりよく思っていないことは紛れもない事実である。

けれど朧は決して父親の事を心の底から嫌っているわけではなかった。

確かに朧の父親は、 人として何より親としてどうしようもない人物である。

だからと言ってこれほど惨たらしい死に方をするべきかと言われたら断じて否である。


「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……‼」


朧の怨嗟に染まった声が鳴り響く。

今の朧からはよそ優しさと呼べるものが完全に欠如しており、 自身の感情を剥き出しにしていた。

その様はまさに獣。 それほどにまで今の朧は普段の彼とはかけ離れていた。


「お前は……‼ お前だけはああああああああああああああああああ……‼」

「ああ……‼ その感情です……‼ その感情をもっと……‼ もっと私に……激しく……‼ 激烈に……‼ ぶつけてください……‼」


咲夜と朧の視線が互いに巡り合う。

皮肉にも互いの瞳には、 ()()と呼ばれる感情が滲み出ていた。

けれど二人はその事に気付くことなく、 ただただ互いに己が繰り出せる全力の剣技をぶつけ合う。


「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


朧が咲夜の首を本気で執るべく、 一切の慈悲のない剣が振るわれる。

そんな彼の太刀筋は、 今の今までの彼の太刀筋とは大きく異なり、 酷く荒々しいものであった。

また怒りに捕らわれた朧に凡そ思考というものがなかった。

今の彼の脳内には、 『なんとしてでも咲夜を殺しつくす』 ただそれだけに埋め尽くされていた。

そこに一切の躊躇はない。 例え相手が過去に自分が愛して女であったとしても……


「そこだぁぁぁぁぁぁぁ……‼」


朧の刀が咲夜の体をかすめる。

今の咲夜は朧の心から太刀筋を判断することはできなかった。

それは偏に彼の心が今まさに憎悪に捕らわれており、 朧は今相手を殺す為だけに剣を振るっているのである。 そこに考えと呼べるものはなかった。

ただそうは言っても咲夜は鬼才。 例え相手の心を読めなくとも対応できないわけもなく、 彼女は上手いこと朧の剣戟をいなしており、 朧の剣戟では彼女の体を傷をつけるまではいっておらず、 彼女の忍装束を切り裂いた程度であった。

だがそれで朧でとまる程朧は軟ではない。

正攻法がダメだと悟った彼はすぐさま作戦を切り替え、 咲夜の足元を足を使って崩し始めたのだ。

その間わずか一秒。 このあまりの速さに流石の咲夜もついて行けず、 咲夜は地面に組み伏されていた。

そして朧の刀が咲夜の首を突き刺すまいと迫る。

-ああ……朧様が私を……私だけを見てくれている……///

けれどその様な状況にあるにも関わらず、 彼女は朧が自身に注目してくれている事が嬉しく、 全く焦っていなかった。

ただそのままやられるわけ訳にもいかないわけであり、 咲夜は、 朧の腹に自身の拳を一撃放ち、 彼の体勢を崩すことによって離脱する。


「ぐぅ……」

「くふふふ……朧様いい表情……もっと……もっと私を見てください……‼」


今度は咲夜の番と言わんとばかりに彼女の刀が振るわれる。


「がぁぁぁぁぁぁぁ……‼」


朧の苦痛に悶える声。

咲夜は朧の苦手とする位置の攻撃を知り尽くしていた。

それは偏に彼女が彼の剣術の師匠であるから。

弱点というものは早々克服できるものではない。

事実獣の様に暴走している朧もその部分だけは変わっっておらず、 着々と彼女によって体を切り刻まれていった。


 「朧様の力はこんなものじゃないでしょう……‼ さあもっと私に見せてください……‼ 本当のあなたを……‼」

「クッ……」


朧はそんな彼女の期待とは裏腹に今の状況に焦りを感じていた。

何せ今の朧は紛れもない本気で彼女と相対していた。

にも拘わらず咲夜は朧にこれ以上の力を望んでいた。

ーふざけやがって……‼

朧は内心そう悪態をつく。

この時朧の脳内は少しずつ冷静になり始めていたのだ。

そして今のままではどうあがいても彼女を殺し切れないと判断した彼は、 一旦引くことを選び、 煙幕を用いて森の中へと姿を消す。


「ふふふ……逃がしませんよ朧様……」


咲夜は、煙幕で視界が遮られているのにも関わらず朧の姿がはっきり捉えていた。

そして彼が逃げ出した方向へと向かう。

その様子を一影はただ呆然と見つめ、 何もできない自身の無力さに打ちひしがれていた。





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