16話 憎悪
過去編思ったより長くなってる……
「さあこれで終わりですおじい様……」
「むぅ……まさかここまでとは……」
「おじい様はよく頑張ったほうだと思いますよ? ただ相手が悪かった。 ただそれだけの事です」
咲夜の刀が一影への首筋に添えられる。
一影はそれに対して何も抵抗しない。 いや、 出来なかった。
それまでに今の一影は、 弱り、 傷ついていた。
話は少し遡る。 一影は朧と別れて後咲夜を止めようと彼女の元へと向かった。
ただし彼は内心今の咲夜に話が通じるわけがないことは悟っており、 だからこそ普段の彼ならば絶対にしない孫との対話の際に刀を持ち出すといった事をしていた。
けれど彼も可能ならば当然話し合いだけで解決したかった。
そんな一影の願いは、 最悪の形で裏切られる。
咲夜が人を斬ったのだ。
しかもその相手が非常に問題であり、 彼女は朧の家族そのすべてを斬っていた。
それにより彼の父と母は、 死亡。 妹と弟は瀕死の重傷を負っていた。
「なんということを……」
「あらおじい様いたのですか?」
「お前……笑っておるのか……?」
時は少し遡り、 一影が咲夜に敗北を喫する前。
咲夜は、 朧の家族を斬りただただ笑っていた。 その笑顔はとても楽しそうであり、 無邪気に笑う子供の様であった。
この事からもわかる通り彼女は明らかに人殺しを楽しんでいたのだ。
だからこそ楽しそうに笑う。 愉悦と言わんばかりに。
ー咲夜を早く止めねば他にも犠牲者が出かねない……
この事態を重く捉えた一影の中で里の統率者としての側面が出始め、 彼の中で咲夜との対話という選択肢が消える。
「行くぞ咲夜」
一影は咲夜にそう告げるとゆっくりと刀を構える。
忍同士の戦いにおいて本来戦線布告する意味などなく、 むしろ悪手とも取れる行為であった。
にも拘わらず彼が名乗りを挙げたのは、 かれなりのケジメである。
一影は卑怯な手段で咲夜を倒しても意味がないと思ったのだ。
だからこそ自ら戦う意志を示すことによって彼女に自身が敵であると認識させ、 正面から彼女の事を打ち破ろうとしたのだ。
「あら? おじいさまもしかして私に刃向かうおつもりですか……?」
「そうだといったら?」
「ふふふ……だとしたらそれは愚かとしか言えないです。 だって私に勝てる人間なんていないのですから……‼」
咲夜の刀がビュンと風切り音を鳴らしながら一影の体へと迫る。
咲夜の太刀筋は、 明らかに人間が出せるスピードを超えていた。
それだけでなくその太刀筋は、 ブレブレでありながら芯は通っており、 非常に読みにくいものであった。
その太刀筋は里の頭領であり、 最強の忍と名高い一影ですら読み切れない物であり、 彼は刀を前に出し中心に添えることにより、 彼女の左右からくる読みづらい剣戟を見事にいなしていた。
「むぅ……」
だがそれもすべていなし切れるわけではなく、 彼は一撃彼女の太刀を受けてしまい、一影の体から血が噴き出す。
「あらあらあら? もしかしておじい様の力はその程度なのですか?」
「そんなわけなかろう。 それにこんなもの絣傷程度だ」
「そうですよね。 そうでなくては困ります。 だっておじい様は曲がりなりにもこの里で最強の忍と呼ばれているのですから。 この程度で終わったらつまらないじゃないですか」
「むぅ……わからんな」
「はい……?」
「分からんと言ったのだ。 お主は朧から間違いなく愛情を注がれていた。 にも関わらず鬼の力に呑まれ、 人を斬った。 その事がわからんと言ったのだ」
之は一影の紛れもない本心であった。
咲夜は間違いなく朧から並々ならぬ愛情を注がれていた。
その度合いは誰の眼にも明らかであり、 里の中で彼に一番愛されているのは誰かと聞かれたら皆が咲夜であると口にするほどである。
にも関わらず咲夜は、 鬼の血に完全に呑まれた。
それが一影にはどうしてもわからなかったのだ。
「はぁ……おじい様……貴方にはがっかりしました」
「何……?」
「この程度の事もわからないなんて貴方は、 本当に鬼の血を引いておいでなのですか?」
「いってくれるのう……」
「事実ですから。 そしてそんな残念なおじいさまに仕方ないので答えてあげますよ」
咲夜は、 嬉々とした表情で一影に自身が人を斬り、 しかもそのターゲットが彼の家族である理由を……
之を聞いた時一影は、 心底から彼女に恐怖した。 何せ……
「おぬしは朧の事を好いておるからこそ彼の家族を斬ったというのか……?」
「はい……///」
咲夜は、 朧の事を深く愛している。 之は誰の目にも紛れもない事実である。
咲夜は、 元々愛を知らずに育ってきた。 それは偏に彼女が天才をも超える才能を持つ鬼才であるから。
そんな彼女の事を誰も愛さない。 愛すわけがない。 そう彼女は昔から思っていた。
けれど事実は違い、 彼女は朧という少年に出会った。
朧は咲夜に対してとめどない愛情を注ぎ続けた。
けれど何事においても過ぎた物事はやがて毒となる。 つまるところ彼女にとっていつからか朧の愛情は、 彼女の感情を蝕んでいく毒となっていたのだ。
しかも元々人からの愛情を知らない彼女にとっては、 彼だけが与える愛情は、 依存という名の猛毒の類に属する毒であった。
そしてその様な毒を長年与え続けられたことにより彼女の心は、 やがて歪な形に変貌していく。
咲夜は、 いつのころからか朧が自身以外の人間に興味を持つことが許せなくなったのだ。
会話するのだけでも嫌。 一緒の空間に自分以外の人間がいるのですら嫌。 そして触れ合うなど持っての他であった。
だからこそ彼女はどうやったら朧を釘付けにできるか考えた。
そしてその手段こそが里の人間全員の暗殺。
朧は元々里の者達への執着はあまりないが、 それでも死んで欲しいとまでは思っていないはずというのが彼女の見解であり、 もし里の人間が外部の人間に殺されよう物ならば朧がその人間に対し、 強い感情を抱くと彼女は思ったのだ。
無論初めは、 彼女もその計画はおぞましい物であると思っていた。
けれど先ほど朧が咲夜の事を突き放したことによって彼女は、 朧に自身が捨てられたと思い、 そんな自分を捨てた朧に憎悪し、 元々壊れかけていた彼女の心は、 完全に壊れてしまった。
そして計画を実行に移した。 彼女が手始めに彼の家族を選んだのは、 彼が里の人間の中で最も大事に思っているものが家族だと思い、 家族を殺された朧を絶望させ、 その犯人が自分であると告げ、 彼の注目を一身に受けようとしたのだ。
けれど心の壊れた彼女は気づくことはなかった。
この結果朧が抱く感情が彼女の望む愛情などとは程遠い物であり、 憎悪と呼ばれる感情とは……
「咲夜そこまで落ちていたとは……」
「落ちる……? 何を言っているのですかおじい様。 私はただ朧様を愛しているだけ。 そして私はもっと朧様に愛されたい‼ その為には皆邪魔なんです‼ ですからおじい様……消えてくれませんか……?」
「クッ……‼」
ーこやつまだ上がるのか……‼
咲夜の太刀筋の速度が先ほどよりも上がる。
その速さは、 およそ視覚のみで知らえるのは不可能。 聴覚を使い風切り音を頼りに一影は、 彼女の刀をはじこうと心見るがそれもまた無駄であった。
何せ彼女の刀の音は、 刀を振った後から発生しているのだから。
彼女はこれを音送りと名付けていた。
之は、 彼女が今しがた作った新技であり、 その様な物をいくら最強の忍と名高い一影であっても対応しきることはできず、 彼の体は次々と傷ついていく。
そして話は冒頭へと戻る。




