12話 無能
「話には聞いておりましたが朧様は、 本当に忍としての才能がないのですね」
「ウッ……」
咲夜の容赦ないその一言が朧の心を傷つける。
時は朧が咲夜と運命的な出会いを果たしてから一日。
朧は、 咲夜の指定した時間に律儀に表れていた。
彼がそのようにしたのは、 当然彼女が自身を強くしてくれるという言葉に惹かれた物あるがそれよりも朧自身彼女に深い興味があったのだ。
彼が咲夜に興味を持った要因は、 当然彼女の美貌についてだ。
咲夜の容姿の美しさは、 朧の今まで見てきた女性の中で一番美しかった。
彼女の年が自身と同じであるということは、 朧も知っているが咲夜は、 年以上の妖艶さと大人っぽさを醸し出していていたのだ。
その様な人間里の者ならば子供に限らず大人も放っておくわないはずなのにも関わらず朧は、 里で彼女が男たちに囲まれている姿どころか顔すら見たことがなかったのだ。
その事が朧の彼女への興味へとつながったのだ。
そんな朧の興味を当然咲夜は、 理解しているがこのことに関して咲夜は、 朧に素直に語る気はなかった。
それは偏に時間の無駄だから。 咲夜にとって朧以外の周りの人間は、 等しくどうでもいいのである。
そしてその朧についても彼を世界最強の忍にしてやると約束してしまった以上山ほどやることがあったのだ。
ー正直な事を言ってしまえば朧様は、 忍としての才能はありませんが侍としてならかなりの素質をお持ちのようですね
輝夜がそう思った理由……それは彼女が今しがた朧に忍としての技術を全て見せてもらったに他ならない。
そして彼の技の数々を見て輝夜が唯一認めたのが彼の刀の扱いであった。
朧は、 剣と才能は他の物に比べて大いにあったのだ。
それは偏に彼が今まで無心で刀を振るい続けてきたのも大きいが当然それだけではなく、 彼自身の才能もあった。
ただ刀以外の技能は転でダメであり、 その事に咲夜は、 頭を悩ませていた。
-朧様の様子を見る限り朧様は、 絶対に忍になることを諦めなさそうなご様子……まあその様な負けず嫌いな所はかえって好印象なのですがそれでも朧様の技能は致命的に低すぎる。 はてさてどうしたものでしょうか……
未だ必死に頭をひねる咲夜の様子に朧は後ろめたさを覚える。
「あの咲夜そんなに僕はダメダメだったのかい?」
「ん? そうですね。 はっきり言ってしまえば酷いです。 それも壊滅的に。 もし私があなたなら自身の喉仏を掻き切って死んでしまいたいと思うくらいには」
「そ、 そんなに……」
朧は、 自分でも自身に忍の才能がないことは理解していたがそれでも当然ショックを受ける。
そんな落ち込む朧に咲夜は、 一抹の興奮を覚える。
ーな、 何なのでしょうこの気持ち……今の朧様を見ていると酷く……興奮してきて……ダ、 ダメです……‼ 人が挫折している姿を見て興奮するなどただの鬼畜生ではありませんか……‼ 私は決してそのような存在ではないのです……‼ ええ、 絶対に……‼
咲夜は、 自身の頭を激しく振り、 興奮状態から強制的に脱する。
そして未だ落ち込む朧を慰めるべく彼女の知るできうる限り優し言葉を述べる。
「朧様そんなに心配しなくても大丈夫です。 なんたって私は、 鬼才。 そんな人間が教えるんです。 いくら朧様がダメダメのナメクジ野郎だとしてもきっと何とかなります‼」
「グフッ……‼」
ただ人とあまり触れてこなかった咲夜には、 当然優しさというものがあまりわからない。
だからこそ彼女の中では、 やさしいと思った言葉でもそれは、 朧にとっては違う。
むしろ彼女が言ったからこそ余計朧のダメージは、 増えていた。
「さ、 咲夜中々厳しい事言うね……」
「そうですか? 私の中ではできうる限り最善の言葉を選んだつもりなのですが……ふむ。 朧様はどうやらむしろ先ほどよりもダメージを受けているご様子……少し待ってください。 今別の言葉を……」
「咲夜これ以上は、 もうやめてください……‼ これ以上何か言われたら流石に僕の心も耐え切れない……‼」
「そうですか? ならそうします」
その言葉に朧は、 ホッと胸をなでおろす。
「では今から訓練を始めましょうか」
「わ、 分かった。 それで僕は一体何をすればいいの?」
「そうですね。 まず初めに言っておきますが朧様には忍としての才能が有りません。 微塵も、 塵の一欠けら残らないほど」
「ウッ……そ、 それはさっきも聞いて……」
咲夜とて朧を虐めて別に楽しんでいるわけではない。
にもかかわらず彼女がこのように再び前置きしたのは、 彼にある事実を突きつける為であった。
その事実を聞いて朧は少なからず動揺した。 何せ……
「朧様は、 忍としての必須技能のみを学んでもらい後は全て己が刀のみで何とかしてもらいます」
突如としてその様な事を言われたのだ。 動揺もする。
朧は、 自身がいつか忍具を扱えるようになると今まで期待してきた。
だがその期待を彼女は、 正面から叩き潰したのだ。
その時の朧の胸中の辛さは、 とてもじゃないがはかりしれない物ではない。
けれどそれと同時に朧は納得もしていた。
ーそうか……僕にはやっぱり忍具は使えないのか……
朧の忍具の扱えなさは、 はっきり言ってしまえば異常であった。
その酷さはまるで何か悪い物がついているかの如くであり、 そんな自身の不甲斐なさに朧も気づいていたのだ。
だが今までそれに目を背けてきた。 それは偏に彼はどうしても周りの人間に追いつきたいという気持ちが誰よりも強かったからだ。 だから彼は、 必死に自分には才能がある。 いつかきっと扱えるようになると自身に言い聞かせてきたのだ。
それも咲夜が今この場で崩してしまった。
「朧様……」
「僕の心を……読んだのか……?」
「……すみません。 私は、 この力を制限できるわけではないのです。 ですから例え自分がいくら相手の心を読みたくないと思ってもそのような事は出来ないのです。 でも朧様からしたらそんな事関係ないですよね……きっと私の事も……」
「そんなことはない。 咲夜の気持ち僕はわかるとは言えないけど君がその力に苦悩していることだけは、 分かる。 だから僕は自身の心が君に読まれたって別に怒りはしないよ」
「朧様……」
輝夜は、 朧のその言葉が何よりも嬉しかった。
彼女は今まで傷ついた人間の心を読んでしまった場面が多々ある。
その度に彼女は、 罵倒され、 貶され、 化け物と言われ続けてきたのだ。
初めこそ彼女は、 その事に傷つきはしていたがいつしか何も感じなくなっていた。
それは偏に彼女の心はいつしか氷の様に固まってしまい、 なにも感じなくなっていたからに他ならなかった。
そんな彼女の心を朧は、 昨日から少しずつ溶かしつつあった。
咲夜が照れる、 恥じらうといった様子を見せるようになったのもその影響だ。
-この心の温かさ……そしてこの心地良さは何なのでしょう……こんな気持ち私は知らない……
咲夜の体は、 先程とは何ら変わっていない。
けれど彼女の心は、 とても温かい気持ちに包まれていた。
「それに僕もわかっていたんだ……本当は自分に忍としての才能がない事ぐらい。 でもさ。 少しぐらい期待してたんだよ……? いつか僕もみんなの様にできるようになるって……さ」
朧の瞳から一粒の涙がながれる。
それは朧が人前で見せるはじめの涙であった。
彼はとても我慢強い少年だ。
その為人前でいじめられても決して涙だけは、 みせてこなかった。
そんな少年が今泣いていた。
ー朧様……すごく……すごく辛そう……これは私のせい……なのでしょうね……
咲夜の胸は先程の暖かな物から一転直下今は、 とても冷たく、 張り裂けてしまう程痛かった。
彼女はこの痛みが切なさからくるものだとは、 知らない。
けれど自身が朧を傷つけてしまったこちだけは、 理解し、 そんな彼の事を抱きしめてやりたかった。
だがその様な資格朧を傷つけた当の本人である自身には、 ないと彼女は必死にその感情を抑え込む。
けれど朧はそんな彼女の苦悩を知ってか知らずか朧は、 この時咲夜の事を強く抱きしめた。
そして彼は、 自身の本音ともとれる言葉を口々に咲夜に吐露した。
「咲夜。 君は悪くない。 悪いのは才能のない僕なのだから。 だから君が自身を責める必要はないんだよ?」
「おぼろ……様……?」
「それに僕は、 君に感謝しているんだ」
「感謝……?」
「ああ。 こんな情けない僕に現実を突きつけてくれて本当にありがとう。 これで僕は、 やっと諦めがつく。 そして前に進める」
そういう朧の顔は、 涙でグチャグチャで明らかに現実を受け入れきれていなかった。
けれどそれでも朧は、 必死に輝夜の事を慰めようとしていた。
そんな自身よりも他者を大切にし、 自分を深く傷つけた相手ですら許せてしまう懐の大きさに輝夜は、 心だけはどうあがいても朧には、 勝てないと悟った。




