第五話 大脱走!
階段をゆっくりと上がる。
緩やかに左へと曲がりながら登っていく階段。
ゆらゆらと松明の光が壁を照らしている。
壁にかけられた松明と、自分の持つ松明が影を複数映し出して揺らすのでまるでそれが人を殺した俺を迎えに来た死神のように見えてくる。
「んぐ……」
戻ってくるものを必死にこらえて階段を上がる。
どれくらい上っただろう、少しづつ外の音が聞こえてくる。
人々があわただしく動いている。
耳を澄ますと、
「早くしろもうすぐお帰りになるぞ」
「すぐに儀式に入られる。全員儀式の間へ」
「囚人はまだか?」
「いいから儀式の間の準備だ!」
どうやら、みんな俺を殺す準備で大忙しといったところだ。
色々と思うところはあるが、兜を目深にかぶって思い切って廊下に出てみる。
「おお! 囚人はどうだ?」
「いっ今連れてくる。流石に糞が酷くてな、ちょっと水を取りに行くんだ」
「そうか、お前も酷い匂いだなご苦労様、儀式の間の隣に連れてきてくれよ!」
ばれなかった。
心臓がはち切れそうだ。
そうだよな、俺を見たことがあるのはごく少数、衛兵でもなければ大丈夫。
引きずられるように歩いた記憶を頼りに出口に向かう。
途中人が途切れたので、近くの部屋を伺う、人の気配はない、どうやら応接室のようで立派な調度品が並んでいる。いい具合に暖炉まである。
「アンティーク……いや、この世界の文明が中世ぐらいなんだろう……」
テレビで見たようなヨーロッパ風のチェアやテーブルだ。
俺はポケットから先ほど用意した物をカーテンの下に並べる。
俺が出したのは、所謂アルコールランプだ。
動物病院に置いて標本の固定や乾燥に使うこともある。
いくつかの中身をカーテンにぶっかけて、火をつけた一つをすぐそばに倒しておく。
ブスブスと絨毯が焼けていく、これでしばらくしたら一気に火が起きるだろう。
廊下をうかがっても人の気配はない、しかし、このまま外に飛び出せば門の前の兵士たちと戦いになる。そして、最悪は魔法使いと鉢合わせだ。松明を暖炉の中に放り込む。
そのまま廊下ではなく窓を開いて庭へと降り立つ。
美しく手入れのされた芝と木々、草花。
やっていることの醜悪さと自然の美しさは反比例するのだろうか、空も澄み渡った青空だ。
慎重に周囲を伺いながら壁伝いに玄関の方へと歩いていく。
しばらく歩くと建物の影から正門を監視できるうえに植え込みに身を潜められる理想的な場所が見つかる。
やはり正面玄関周りには衛兵がいる。
もう少しすれば火の手に気がついてそちらの対応に当たるだろう……
それから俺はじっと息をひそめてその時を待つ。
そして、俺にとって幸運が訪れた。
正門が開き、立派な馬車が入ってきた。
「良し! 最高のタイミングだ!」
まだ火の手は上がっていないのか、衛兵たちは自分たちの職務に忠実に殉じている。
「旦那様のお帰りである!!」
御者の声が響き、衛兵が剣を構えて迎える。
立派な馬車の扉が開き、真っ赤なローブに身を包んだ男が下りてくる。
オールバックに固めた長髪にちょび髭、いやらしい目つき、ああ、あの時の声の主はこいつだと俺の直感が告げている。
身長と同じくらいの長い杖を付きながら屋敷へと入っていく。
出来れば火事騒ぎが起きてくれれば良かったが、衛兵も付き従って屋敷の中へと入っていき、残りは馬車の御者だけになる。
「チャンスだ!」
俺は植え込みから飛び出して外壁沿いを門へと向かって走り出した。
大丈夫御者は馬車と馬のチェックをしている。
誰にも気がつかれていない、そして、とうとう正門にたどり着く。
一度呼吸を整えて、まるでこの屋敷の兵士のように門から出て行く。
「どうしたんだ?」
目の前に馬車が止まっており、その御者から声をかけられる。
予想外すぎて叫びそうになるのを必死にこらえた。
「ん? どうした? 何かあったのか?」
「か、火事が起きて、お、応援を……」
「なに!? 聞いたか? 屋敷へ向かってくれ俺はこいつらを運び終えたらすぐに行く!」
「おう!」
苦しい言い訳だが、どうやら通じた。
あちらからすれば偽物が混じっているなんて考えもしないだろう。
落ち着いて馬車の後ろを見て再び心臓が、今度は高鳴った。
一目見て酷い扱いを受けたとわかる、獣人や獣がぎゅうぎゅうに詰められて、そしてこのすっかり慣れた匂いは、糞尿もその場で垂れ流している。
「くっ……」
「酷い匂いだろ? 生きてる奴は色々使って、死んでる奴は餌だなこりゃ」
「そ、そうか……」
すまない……今の俺には……何も……
ボンッ
屋敷から爆発音がする。
同時に強烈な焦げ臭さと熱破が届いた。
「うおっ! 何ごとだ!?」
いつの間にか体が動いた。
御者を引きずり降ろして後頭部を殴りつけて近くの植え込みに放り投げた。
馬車に乗り、その場から離れようとする……
「馬車なんて動かしたことねーよ……頼む、街の外へ逃げてくれ……」
『逃げていいの? わかった、捕まってね!』
ぐいっと馬が馬車を引いて旋回する。道一杯を使って馬車が街の外へと向かって走り出す。
突然馬車が道を走ってくるが、どうやら旦那様のご威光で人々は必死になって避けていく。
すぐに門が近づいてくる。
「まてまて!! 何が起きた!」
「屋敷で爆発が起きた。こいつらを一時期外に出す! 暴れられても困るからな」
「なんだって、さっきの音はそれか! わかった、俺たちも屋敷へ向かう!」
「頼んだ!」
とっさにペラペラと嘘が出る。
しかし、そのおかげで助かった。
『どこまで走ればいいの?』
『とりあえず、森まで走ってくれ!』
『うん、わかったよ!』
馬が、話しかけてきた。
内心は、ドキドキしながらも、今は逃げることに集中する。
馬車は馬に引かれてぐんぐんと街から離れていく。
街から離れたことで、俺の心も冷静さを取り戻していく。
『大丈夫か? 無理しないで、少し急ぎ気味にペースを落としていいぞ?』
『ありがとう、そんな優しくされたことないから嬉しいよ』
馬が笑ったような気がする。
ペースは少し落ちたが、それでもいい速さだ。
『このまま走ってくれ、後ろの様子を見る』
『わかったよ』
御者の場所から立ち上がり、背後の荷台を見る。
中の動物や獣人が俺の姿を認めて、怯えたり唸り声をあげたりする。
『すまない、俺は人間だが、おま、皆に酷いことはしない。
俺はあの魔法使いに殺されかけていた。信じてくれ』
『な、どうして俺たちの言葉が……?』
『わからん、俺は迷い人とか言う奴らしい』
『……もしかして、俺みたいな奴を助けたか?』
のそりと立ち上がる動物がいる。ああ、懐かしい、豹のような美しい毛並み。
『ああ、そうだ、あいつは元気か?』
『おお! 皆、この人は大丈夫だ! 俺の姉を助けてくれた!』
それからようやく皆が俺の話を聞いてくれるようになった。
とにかくすぐにでも処置をしなければいけない動物も多かった。
獣人の怪我は外傷であれば何とか処置を行うことが出来た。
結局日が暮れるまで、馬車を走らせて、森の中の川の側で休憩することになった。
『こんな距離を走らせて、すまなかった。大丈夫か?』
『それが全然辛くないんだ! お兄さんの側にいると元気が出るんだ!』
『それは俺も感じたぞ!』『俺もだ!』
俺はマイナスイオンでも出しているのだろうか?
とりあえず、スーパー白衣からドックフードとキャットフード、それとチモシーなんかの牧草となんちゃってポカリなんかを出して皆に振舞った。
ああ、キャットフードうめぇ!!
獣人も動物たちも皆ガッツガッツと食べている。
『こんなに旨い物食べたことがねぇ!!』
『この牧草も、美味しーよー!』
ただのサイ〇ンスダイエットが大絶賛だ。メーカーの創意工夫が認められたな。
気がつけばあたりはすっかり暗くなっていた。
これ以上の移動は不可能と判断して、この場で夜明けを待つ。
それでも月が明るいので馬車の清掃ぐらいはやろうと思うと話すと、動物たちは川に飛び込んで自分の体で馬車を洗って、再び川に突っ込んで体を綺麗にするなんて方法であっという間に馬車を綺麗にした。
『凄い発想だな……』
『別に自分たちの物なんて気にしない。あとで洗えばいいし』
獣人たちも皆川に飛び込んで豪快に体を綺麗にしていた。
もちろん俺も水が冷たかろうが気にせず全身と一緒に洋服も洗う。
流石に濡れた洋服は寒かったが、なぜかみんなが俺にくっついて寝るので、めちゃくちゃあったかかった。そのぬくもりに触れていたら。いつの間にか眠ってしまった。
『おにいさん、日が出てきたよ』
『うん? ふああぁぁぁぁぁ、よく寝た……』
最高のぬくもりから抜け出すのは辛いが、俺たちは進むしかない。
出来る限り町から離れなければいけない。
『そう言えば皆はどこから連れてこられたんだ?』
『いろんな場所さ、集団ごと滅ぼされた者もいるし、面白半分に狩られた奴だっている』
『どうして人間は俺たちを放っておいてくれないんだ……』
『……人間を襲うんじゃないのか?』
『向こうが襲ってこなければ襲わないし、基本的には逃げるさ。
人間なんてうまくもない』
『くそ、やっぱりウソかよ……』
『人間は魔人と一緒に僕たちを狩るんだ』
『魔人?』
『そうさ! 魔人は獣人が天敵だから、人間を使って僕たちを殺すんだ!』
『魔人って、あの魔法を使う奴?』
『あいつは人間だよ、あいつの横でいつも一緒にいる奴が魔人だよ!』
思い出すと、確かにあのオッサンの後から変な女が下りて来てたような……
あまり覚えていない。
良く澄んだ空気を吸い込み川で顔を洗う。気がつけば洋服がすっかり乾いていた。
動物や獣人はすぐに目を覚ました。
落ち着いてみると、犬っぽい獣人、猫っぽい獣人、タヌキっぽいの、キツネっぽいの、鶏っぽのといろんな種類の獣人がいた。
動物は大きな猫、豚、鹿、ダチョウなどだ。
朝食を食べながら馬車を走らせる。
『とりあえず、行けるところまで森の奥へ入って、それぞれ自分たちの住む場所へ帰ろう』
『俺の住む場所はない……』
『ぼくもおうちないよー』
馬をはじめ、多くの獣、獣人がすでに変える場所を失っていた
『うちの長老を頼ろう』
そんな中、口を開いたのは、最初に助けた大きな猫の弟だった。
獣医師物というよりはモフモフとたわむれる物になっていくとおもうのですが、もし獣医師を全面に押し出した作品が良いという方がいたら、感想でぜひ作者のケツを蹴り飛ばしてください。
真剣にプロットを造ります。
この作品は、たぶんモフモフファンタジーになります。