第三十三話 精霊
「なんだこの濃い魔素は……」
「魔素溜まり、魔物が獲物を食い散らかして放置した場所の成れの果てだ……」
「ここまで濃い魔素は……」
「タスク、出ます」
口を抑え、俺の影に控えていたドライアドがその瞬間を告げる。
「よく見てろ、これが魔素の穢が生むモノだ」
真っ黒な沼地のような魔素溜まりがボコボコと泡立ち、周囲の腐敗した死体を飲み込む。
大きくゴボリと泡立つと、ブクブクと細かな泡が立ち上がり、液体が集まりスライムのようになっていく、それらは死体の隙間を埋めて、死体が動き出す。
リビングデッド、ゾンビ、そういった存在へと姿を変えていく。
「そして、お前が魔人魔人と騒いだマナは、穢を払う」
俺は白衣で周囲の魔素を吸い上げてマナへと変える。
へばりつくような嫌な空気が、爽やかな森の空気へと変わっていく。
穢はマナを避けるように死体へと絡みついていく。
「まじかよ……」
「お前の魔法使ってみろ」
ガリウスは風の魔法を放ち、ゾンビを一刀両断する。
そして、魔法が消える時に魔素を吐き出すことが、濃いマナの中ではっきりと映し出された。
「魔法は、マナを魔素に変えているのか……そして、魔素は魔物を生む……
全然違うじゃねーか!」
「魔法はな、マナを生み出す人間に、魔素を作らせるための魔人の罠なんだよ」
「おいおい、俺は今まで魔物を倒して、魔物を生む土台を広げていたってことか……
いや、たしかに、魔物が活発化したりしてた……思い当たる点は……ある」
「どうやら、馬鹿じゃないみたいだな」
俺も一気に周囲を浄化して生まれたての魔物を消し去る。
周囲を清廉なマナが包み込む。
ドライアドもようやくつらそうな表情を止めて大きくその空気を吸い込んでいる。
「……今は返す言葉がねぇ、あとでぶん殴るが」
「なんでだよ、もう戦う理由はないだろ」
「……精霊様ってのは……なんなんだ?」
ガリウスがチラチラとドライアドを見ながら問いかけてくる。
「精霊界に住む存在、マナが大好きで、魔法使いが魔素を増やすせいでもう何百年も人間界にはこなくなってしまったんだよな?」
「ええ」
「……俺は……俺はそんなべっぴんさんたちを遠ざける手伝いをしていたのか!?」
明らかに今のほうがダメージを受けているかのようにその場に突っ伏して悔しがってる。
悪いやつじゃないみたいだが、馬鹿だな。
「タスク、この人、馬鹿ね」
「否定しない」
「あんた! あんたはタスクのいい人なんじゃろうけど、同じような素敵な人はおるんか?」
「……ほんと馬鹿だけど、まっすぐだから答えてあげる。
私なんて、ふつーもふつーの存在よ?」
「なんと……タスク、いや、タスクさん。
さっき、人間はマナを作れるって言ってましたよね?」
「あ、ああ、結構ちゃんと聞いてたんだな」
「俺にも出来ますかねぇ?」
「魔法使えるなら、たぶん」
「師匠!! 俺にそれを教えてくれ! いや、ください!
私も、そちらのねーさんみたいな素敵な人を見つけたいです!!」
「ぷっ……ははははは!! なんだその邪で純粋な願いはっ!!」
「ぷっ……ほんとに馬鹿ね貴方……ふふふ」
「うぐっ……(ゾクゾクゾク……)
絶対に身につけます師匠!! お願いします!!」
「ま、まてフハハハ、勝手に師匠だなんて、弟子にするつもりはないぞ」
「無理です。俺、諦めませんから!」
「ぶふっ……なんでそんな真っ直ぐなんだよ、欲望に素直すぎるだろあ~~~ハッハッハッハ!
いや、久しぶりに笑った!!」
こんなに心の底から笑えたのは久しぶりだった。
結局ガリウスたちの仲間はガリウスの説得でとりあえず戦いは終わった。
「結局受け入れちゃうんだからタスクは甘いわね」
「姉さんだって「こんな美人の先輩がいるなんて、俺嬉しいっす!!」って言われてまんざらでもなかったじゃんか……」
「まぁまぁ、あいつは馬鹿だけどまっすぐだから、悪いやつじゃないよ」
「まぁ、ちゃんとマナを生み出すようになったら、精霊は好きそうよねああいう性格」
「へー、精霊って変わった趣味してるのね」
「おちょくりがいが有る人間、も、人気があるのよ。おもちゃとしてね……」
「それで、タスクは村にアイツを連れてくの?」
「いや、しばらくはここで鍛えてみる。
さすがにすぐに村に入れるのは、だめだ」
村の人々は人間に強い恨みを持つものも多い。
簡単に村には入れられない……むしろ……
「もし、あいつが本気で俺の弟子になるなら、この町を守ってもらいたいと思っている」
「……そうね、人間の町は、人間が守るべき」
「姉さん……」
「いや、カフェの言うとおりだと思う……」
「あのお馬鹿さんが言ってたことも気になるしね」
「ああ、いくつもの魔法使いが、あの町、そして、村を狙っている。
村の話が広まっているって話だな」
「大群で攻められたら、俺達の村を守りきれる自身はない」
「クレイルも増えたし、人数も増えた。
でも、人間の軍にはかなわない……」
カフェが悔しそうに拳をテーブルにぶつける。
「獣人を、保護するためにも、俺たちも人間の軍を持つしかないのかもしれない」
「……裏切るかもよ?」
「裏切ることが、得にならないことを理解した人間を増やす。
俺の力を、甘い汁を吸わせて、利用する」
「兄貴はそれで良いんですか?」
「……ああ、その試金石があのば……、ガリウスだ」