第三話 狂った世界
非情に不愉快な表現が含まれます。
お気を付けください。
気がつけば後ろ手に縛られて馬の背に乗せられていた。
まだキーーンと悲鳴を上げている耳に周囲の声が伝わってくる。
「しかし旦那様もこんな男どうするつもりなのかね?」
「ガタイがいいから奴隷にして力仕事でもさせるんじゃないか?
あんなところで生活してるなら親もいないだろうし」
「あんまり人間の奴隷を増やさんで欲しいよなぁ……獣人ならゴミでもいいが、人間は腹壊すからなぁ……」
「ちげぇねぇ」ゲハハハハハハハ!
下品な笑い声が頭に響く、なんとも不愉快な会話を聞いているうちに頭が少しづつはっきりしてくる。
そして、現状に至る過程を思い出してくる。
いきなり爆破され、衝撃で気を失ったらいきなり手を縛られて運ばれている……
「なんだよ……そりゃ……」
「うん? なんだ目が覚めたか?」
「良かったな死ななくて」
「どういう……意味だ……?」
「旦那様の魔法を食らえばまず死ぬからな、運がよかったな」
「いや、いきなり攻撃って……って、魔法?」
「田舎者は知らないかもな、旦那様は魔法使いだ。
逆らうだけ無駄だぞ」
「俺が死んでたらどうするつもりだったんだ?」
「は? いや、ほっとくだけだが?」
そんなこと当たり前だろとでも言うようにあっさりとそう伝えられた。
「……はい? ……人殺しとか……重罪じゃないのか?」
「何言ってるんだ? 殺される方が悪いだろ、あんなとこ一人で暮らしていれば獣人と間違えられてもおかしくない。もしくは山賊だな、そんな奴らがいくら死んでも問題ない」
唖然とするしかない、俺の持っている常識が、根底から通じない。
「ま、お前は殺されていたほうがよかったかもな、どうされるかわからないが、良いおもちゃを手に入れた時の旦那様はこえーからなー」ゲハハハハハハハハハ
また俺を運ぶ馬の両側で男たちが下品な声で笑いだす。
「その、旦那様とやらは……どこに……?」
「なんだ、命乞いでもするつもりか? 無駄だけどね。
それに旦那様は狩りの途中だからな、俺たちはお前を屋敷で儀式を受ける準備をするだけだ」
「儀式……?」
あまり日常では聞くことのない、どう考えても嬉しくない響きの言葉だ。
「お前に奴隷の呪印を刻み込む。
そうすれば旦那様の命令に逆らえば気が狂うほどの激痛に支配される。
お前の命は旦那様の物ってことだ」
「そんなこと、許されるかよ……」
「はっはっは!! 旦那様に逆らう奴なんていねーよ!
許すか許さないかは旦那様が決めるんだ」
めまいがする。何を言っているのだこいつらは?
「法律が、許さないだろそんなもの! 警察は、誘拐だぞこれは!」
「はぁ? 法律? 警察? おとぎ話の話をしているのか?
まてよ……お前、別の世界から来たのか?」
「あん? そうだったらどうだっていうんだ?」
「おいおいおい、流石旦那様だよ、迷い人捕らえたってことだろ!
これで旦那様は安泰だ!」
「ああ、俺たちだって偉くなれる! 運が回ってきたぜぇ!!」
「何を言ってるんだ?」
「いやいや、あんたほんとに死ななくてありがとうな!」
「今度は旦那様のために死んでくれ!」
「お前たち、本当に何を言っているんだ?」
「どうせもうすぐ意識も駆られて搾り取られるから教えておいてやる。
この世界以外の世界から迷い込んだ人間を迷い人って言うんだが、お前らはなぜか強大なマナを持っているんだ。
そして、迷い人の血を魔法使いが飲むと、使用できるマナの量が増えていくんだよ。
つまり、お前の血液を搾り取って飲み干せば、旦那様はもっと強大な魔法使いになる!」
「はぁ!? いや、待て待て、なんだその魔法使いとかそのワードは!?」
「おお! 魔法がなかった世界から来たのか!
すげぇ、こりゃいい人の部下になったぜ!」
「ついてるぜ!! もしかしたら国ぐらい作っちゃうんじゃないか旦那様は!」
もう、限界だ。こんなふざけた話があるか!
俺の夢のはずだろ! こんな不条理があってたまるか!
どうやらその旦那様が帰ってくる前に逃げなければ殺されるらしい、いや、拠点となる場所に連れていかれれば、牢屋にでも入れられておしまい。
つまり、逃げるなら今しかない。
改めて自分の状況を把握する。
腕は手首を縛られている。
足は……よし、縛られてないぞ。
馬の背中に簡単に縛られているだけ、腕さえ何とかなれば脱出は可能……な、気がする。
ついてきている二人は騎乗しているが、背後の人物が見えないが、目の前の男はそれほどでかくもなく、相手できなくはなさそうだ……
問題は、腕の縄だ。俺の健康に配慮もしてないので食い込むぐらいきつく縛られているし、縄自体も頑丈そうだ……牛や馬の係留に使われるような奴っぽいな。
ちんたら切っていたらばれる。
一気に切って、抜け出して森へ逃げ込む。
馬に乗ってる奴らから逃げるならそれしかない。
牛の角切鋏なら、こんな縄でも楽勝だろ……
「で、誰が斬るんだよ俺は馬鹿か!!」
「うおっびっくりした!」
「まぁ、おかしくなる気持ちはわからんでもない。もうすぐ死ぬんだもんなぁ。
さ、街が見えたぞ。せめてもの最期に旦那様の偉業を見て糧になることを誉と感じればいいさ」
「な、もう!?」
「そうだ、ここが旦那様、いや、ガイルディアンク様の街、ゲイルだ」
石壁で囲われている街。門は衛兵が守っていて俺たちは顔パスで通れる。
「イテッ!」
門をくぐる時に肌がビリッとした。
「それが旦那様のお力だ、その力で獣や魔物はこの街に入れない」
「人が暮らすには危険すぎるこの世界で、旦那様は俺たちに安全な場所を提供してくれているんだ」
「あんたの力もたくさんの人を救うんだ。ありがとうなー」
「俺の都合は無視なのか?」
「仕方ないだろ、あんたは捕まったんだ。捕まったほうが悪い」
「捕まえるほうが悪いだろ!?」
「なんでだ? 捕まりたくなければ逃げればいい」
「いきなり攻撃してきて逃げるも何も……」
「なら何かが近づいたら気が付けるようにしておけば良かったんだ」
「おまえさんは随分と平和なところから来たんだな、この世界、外にいたらいついかなる時でも簡単に死ぬんだぞ? 油断してるほうが悪い」
「は、話にならない……」
「まぁ、残念だったな。次に生まれ変わったら生き残れるといいな」
「なんだよ、お前らは死ぬことが恐ろしくないのか!?」
「うん? 恐ろしい? なんで? 仕方ないことだろ」
「そうそう、この街にいたって死ぬときは死ぬ。
そういうもんだって」
その言葉からは何の感情の起伏も感じない。
本当に当たり前に死を受け入れているとしか思えないほど平坦な声色で背筋が寒くなる。
そして、本当にこの世界が壊れていることを知るのはその直後だった。
「おい、お前、邪魔だぞ」
馬の前に歩き出した男を、俺を運んでいた男は、まるで息をするかのように切り捨てた。
「なっ!? 何を??」
斬られた男は血を吹き出してその場に倒れる。
すると周囲から小さな人影が集まって、あっという間にその男の死体を片付けて、道に飛び散った血もふき取っていく。
よく見ればその人影は子供、獣のような毛の生えた子供だった。
「な、なんだ今のは……?」
「ああ、俺達は旦那様の部下だからな、邪魔すれば殺される。
そして死体は獣人奴隷の貴重な栄養源だからな」
それから改めて周囲を注意深く見れば、店先、裏道などに黒い塊がある。
静かに息をしてまるで存在を消すかのようにそこに在る。
人が指図すると素早くそれを実行して、蹴飛ばされ殴られている。
獣人だけじゃない、動物も同じような扱いだ。
人間が、無表情で、当たり前の世に子供、獣人の子供を、動物を使っている。
「狂ってる……」
「いやいや、外ではあいつらは俺たちを当たり前のように殺すぞ?
なら、中では逆になっても何もおかしくないだろ?」
理屈では、合っている。合っているのか?
あまりに狂ったものを見続けて、俺の頭が悲鳴を上げている。
「もうすぐお館だ。あとは旦那様が帰ればお前さんはたくさんの人を救うことになる。
良かったなー!」
こちらを向いた兵士の顔は満面の、一切の曇りもない笑顔だ。
本当に心の底からそのことを良かった!と信じ切っている。
そういう、笑顔だ。
「う、うえええぇぇぇぇぇぇぇ……」
たまらず胃袋から胃酸が逆流する。
俺の吐いたものに黒い影が集まってすぐに綺麗になる。
俺の吐いたものをすする黒い影を見て、もう一度吐いた。
こんな世界、狂っている。
俺がどう考えようと、絶望の時間は近づいて来る。
「さ、着いたぞ」
見たこともない大きな門が開いて、俺の最期が口を開けて迎えてきたような気持ちになった。




