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第二十五話 北の猛獣

「父さんと母さんは、北の山の方でなにかに襲われて、それからどんどん状態が悪くなったんだ……」


 保護した二人から有益な情報を得られたので、二人を保護した地点から山の方を重点的に調べていく。

 結局あの兄妹は村に居住することになった。

 多くの獣人が自由に暮らしていることに大層驚いていたけど、獣人同士すぐに打ち解けてくれた、少しさみしいが……彼らの両親に近い獣人も多く、きっと彼らの心を癒やしてくれるだろう。


「魔素が濃いな……」


 ドライアドさんがいなくなってから、森で効率よく魔素溜まりを浄化できなくなってきたので、人海戦術で森を監視して魔素溜まりを発見したら浄化するという形になっている。

 村の周囲は良いが、少し離れると監視の網も目が荒くなり、どうしても抜けが多くなってしまう。

 その問題の解決は監視の目を増やすしかないのだが、村自体の発展も、村の自衛も優秀な人間は喉から手が出るほどほしい。

 結果として、時間をかけて回数でカバーすることになってしまう。

 そして、その歯車に自分もどっぷりとハマっている。


「ま、こんなの現役時代に比べれば軽い軽い。

 それに、今の体は、()()()()()()な……」


 さして食事も必要としないし、睡眠も同様だ。

 もちろん肉体的な成長は存在するので、食べたほうが効率はいいし、食べるのは好きだから今でも皆の負担にならない程度に食事は行っている。

 万が一飢饉などのになれば自分の食い扶持は全て皆に分け与えて問題は無い。

 すでに人間とはかけ離れたものになってしまっている。


「とりあえず、浄化しよう」


 白衣に力を込めて周囲の魔素を取り込んでいく。

 同時に心地の良いマナを含んだ風が周囲の空気を変えていく……


 その風を嫌うように、俺の前に魔獣が飛び出してきた。

 少し前から何かがこちらの様子を窺っていることは気がついていたが、まさかこれほど巨大な魔物が身を潜めているとは思っていなかった。


「……この距離まで巨体の気配もさせない……相当な格の魔物か……」


 なんとなく、この魔物が噂の魔物だという予感がする。

 見たこともない白と黒が混じり合ったような、斑の毛色。

 獅子なのか狼なのか、判断が難しい獣。

 するどいキバが光り、真っ赤に輝く瞳はこちらをじっくりと観察している。

 四肢も逞しく、巨大な爪で切り裂かれれば間違いなく胴体も千切られるだろう……

 正直、相手の強さの予想がつかない、このレベルの魔物と対峙したことはない。

 背中に嫌な汗が滲む。久しく忘れていた恐怖という感覚が顔を出す。


「お前は、自由にさせておくわけに行かないな……」


 絶対になんとかしなければいけない……

 心の警鐘が最大限の音を立てて警戒している。


 最大限の警戒を行っていて、なお、次の瞬間、その魔物の巨体が消えた……ように見えた。


「早っ!?」


 僅かに目の端に魔物がサイドステップしたことがわかった、が、対応できるような動きではなく、兎にも角にも自分に出来る最大限の速度で後方に飛ぶことしか出来なかった。

 ほんの刹那、髪を散らすほどの距離を爪が掠めていく……


 心臓が高鳴る。

 しかし、僅かな冷静さが違和感を抱く。

 俺の頭を弾き飛ばすような攻撃も出来るはずなのに、無理やり下半身を狙ってきたような気がする……もし、その迷いのような動きがあったおかげで僅かな遅れが生じて避けることが出来た。


「混じり合っているような……」


 近くに来て思ったのはその存在の不安定さ、おぼろげ……

 穢れた存在でもなければ、普通の存在感ではない少し清らかな存在感が混じっているような……

 俺が避けたことに警戒しているのか、二の爪は仕掛けてこない慎重さも魔物としては珍しい……


「まさか、穢に抵抗しているのか……?」


 世の中には魔人とか魔獣という存在がいて、高い知識を有する魔素を利用する者がいることはしっているが、魔獣には実際に出会ったことはない。

 どうやら目の前の魔物には複雑な事情がある気がする。

 俺は、体内のマナを励起させ、ありったけの力を白衣に込めて、覚悟を決める。

 俺の気配に魔物も警戒を高める。

 

「来い!」


 俺の声に反応して、魔物が飛び込んできた。

 俺は、避けない。飛び込む。

 まだ攻撃態勢に入っていない状態の獣に一気に接近して、振るおうとしていた腕の脇下から逆袈裟に腕をかけ、首ごとロックする。

 でかい! ぎりぎり腕が回った!

 体に足を巻き付けて、暴れまわる獣を押さえつける。

 流石にこんなに大きな犬を抑えたことはないが、なあに、応用みたいなものだ。

 白衣が触れ合った獣の身体の穢れを急速に浄化していく。


「ガアアアアアアァァァァァァ!!!」


 大声で泣き叫びながら身体を捩って逃げようとする獣を、俺の腕と脚が締め付けて離さない。

 締め付けはするが、絞め落としはしない、離すこと無くそれでいてきっちりと固定する。

 保定で暴れている子を押さえつけすぎて危険な状態にしてしまうことは稀に起こる不幸な事故だ。

 抑える方も怪我をするわけには行かないが、全ての動物が言うことを聞いてくれるわけではない、締め付けるのではなく。身体に沿わせて動かない。保定の極意みたいなものだ。

 締め付ければ、苦しさからもっと暴れる。

 しかし、完全に動きを封じられ、ピタッと抑えている状態を維持すると……


 獣は諦めたように動きを止めた。

 そして、白衣は獣から穢を吸い取り切るのであった。



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