第十九話 相棒と謎
手袋をつけた俺は最強だ。
獰猛な大型犬も完璧に保定する。
部屋の壁を走る猫も関係ない。
森を消し飛ばしてしまう火球だろうが……
「オラァ!!」
アッパー1発で空の彼方へ飛んでいく。
さすがは手袋、手はなんともない。
黄金に輝いているけど、相変わらず頼りになる奴だ。
「次は俺から行くぞ!」
全力で大樹を蹴るが、その反動はマナで作った足場に伝わるので木は傷まない。
木には優しくだ。
カーラ改は、あんな足場からそれほどの跳躍をしてくるとは考えていなかったのか、突然近づいた俺に向かって、再び火球を打ち込もうとする。
「遅い!!」
前蹴りを鳩尾に叩き込み、屈み込んだ顔面に逆足で膝を入れ、浮き上がったところに正拳を叩き込む。現役時代の俺の必殺技だ。
闘気で輝いた手袋でぶん殴られたカーラ改は森に叩きつけられる。
また火球を放たれては森に被害が出る。
足場を作り後を追う。
「ガァ!!! シ、シネェェェェ!!」
地面にめり込んでいたカーラ改が跳ね起きて俺に向かって掴みかかってくる、無造作に振り下ろされる腕を廻し受けで大勢を崩し、無防備に晒された脇腹に中段突きを叩き込む。
一切の手加減抜き全力の拳が肋に突き刺さり、ボキボキィと嫌な感触を手袋越しに感じる。
「グボォえええぇぇぇぇ!!」
大量の黒い液体を吐き出す。地面に落ちるとジュワジュワと煙を上げて地面も黒く変色する。
「高濃度の魔素の液体か……?」
俺はようやく感覚が戻ってきてくれた右手を白衣のポケットに入れて、手袋を装着する。
「ガァァアアアァァァ!! シネ、シネェェェ!!」
よだれなのか血液なのかわからないが、いろいろなものを撒き散らかしながらカーラ改が襲いかかってくる。しかし、どうにもお粗末だ。ただ力任せに、怒りに駆られた攻撃を繰り返してくる……
「カーラの恨みを核に森の魔素が集まった……とかそんな感じか?
なんにせよ、早く仕留めたいんだが、頑丈だなこいつは!!」
もう何度、拳を突き入れたかわからない。
肋骨は粉々に粉砕しているはずだが、それでも全く痛みも感じていないかのように襲いかかってくる。周囲は魔素で侵食されていく、その端から白衣が吸い込んでいるが、とんでもない濃度の魔素が周辺を覆っている……
「つまりカーラに集まった魔素を全て吐き出させて浄化しなければ止まらないのか!?」
闘気をまとわせた靴も壊れたので白衣から長靴を出して、完全武装している。
白衣に布袋手袋に、白長靴……これでツナギを来ていたら完全に大動物獣医師だな……
ボキィ!
もう何度目かわからない上段回し蹴りがカーラの首をあらぬ方向にへし折った。
大量の魔素が首から噴出したが、グチュグチュと傷口がふさがって、頭をぶらぶらとさせながらもカーラ改は向かってくる。
「哀れだな……」
俺は拳から抜き手に変える。
魔人の解剖学はわからないが、コアの位置は覚えている。
砕けた腕をムチのようにしならせて飛び込んできたカーラ改の攻撃を捌き、抜き手を深々と胸に打ち込む。
コアを掴んだ感覚がする。
「これで、終わりだァァァ!!」
全身の気を巡らすようにマナを高め、掴んだコアに注ぎ込む!
「ぐああああああ!! ころ、ころ、コロスーーー!!」
鬱陶しい攻撃を左手で捌き、そのまま抜き手で胸を貫きコアを掴む。
「いい、加減に、しやがれぇぇぇぇ!!」
全力全開のマナをコアに叩きつけるように送り込む。
「ガガガガガガガガァァァァァァァ!!!」
ガクンガクンと首を揺らしたカーラ改が突然ビクンと揺れて完全に停止する。
両手の間にあるコアにマナが通った感触が伝わる。
前足でカーラ改の体を蹴り飛ばすようにコアごと抜き取った。
コアから分離された体は真っ白に変化して、灰のように風に舞って消えていった。
汚染元である魔素が無くなったことで、周囲の魔素は白衣に処理されていく。
濃厚な魔素汚染状態になってしまったので動物とかが魔物化仕掛けていたが、白衣によって食い止めることも出来た。
森林火災は有り難いことにどんどん雲が集まって豪雨となってくれたことで鎮火した。
もしかしたらドライアドさんがなにかしてくれたのかも知れない。
結局魔素を取り除くのに時間がかかってしまってすっかりあたりは暗くなっていた。
村への移動は諦めて、適当に野宿の準備をする。
「結局コアを手に入れてしまったな……しかし、あいつは何だったんだ……?」
枝と草で作った簡易ウッドハウス。
流石に疲労した体をいたわりながらマットに横になる。
激戦の疲労は俺のまぶたを重くする……僅かな隙間に今日の出来事を反芻する。
町の魔人と同じ姿をしたあの強力な魔人から得られたコアは俺が注ぎ込んだマナで満たされている。優しい光と、なんといっても心地よい暖かさが部屋の中を満たしてくれるので気持ちがいい。
ウッドハウスの外では、土砂降りの雨はまだ続いていた。