第十七話 帰り道
大量の水が噴水から溢れ出してくる。
……大量すぎる……
「ちょ、ちょっと多すぎだろ! やばいって、洪水になる!」
周りの水路には大量の水が流れ込んで、凄まじい勢いで水位が上がっていく。
『コアに触れて出力を抑えて!』
「やってみる!」
コアに触れるとなるほど凄まじいマナの奔流を感じる。そして、魔道具とでも呼べば良いのか噴水に向けて大量のマナが流れ込んでいる。その流れを落ち着かせるように操作していくと、コアはその呼びかけに応えてくれる。それと同時に噴水から吹き出していた水の量も落ち着いてくる。
多すぎず少なすぎず量を調整する。流出するマナとコア内部に有るマナの量を考えれば、向こう10年は問題がないことは間違いない。
全身びしょ濡れになってしまったが、とりあえず仕事を終えて振り返ると、なんというか、町が一変していた。
「なんだか、空気が……変わった……」
言ってみれば森の中にいるような清々しい空気。
薄ら寒かった天候さえも、心地よく包み込んでくれるようで、全身びしょ濡れでも寒さを感じない。
「これは……何が起きたんだ……?」
さっきの男が屋敷の中に入ってきた。
「これで水の心配も魔物の心配もない……はずだ」
「大丈夫、魔物たちはみんな森へ逃げていったわ」
屋敷を囲む壁から姉さんが降りてきた。どうやら周囲の様子を探ってきてくれたんだろう。
「うーん……気持ちのいい空気になった……血だらけだから水浴びしたい……」
なるほど、よく見れば相手の血か自分の傷からかわからないか、かなり汚れてしまっている。
「たぶん……良い水だからみんなも汚れ落としてきたら?」
「そうする。タスクはまぁ、話をつけて、終わったら声かけて」
「ああ、すまない」
姉さんは軽々と壁を超えて言った。
「獣人とは凄いんだな……」
「まぁ、流石に特別だけどな……さて、この町はしばらくは大丈夫だ」
「次の旦那様は……貴方なのか?」
「いや、俺はそんなものに興味はないし、人間とは暮らさないと決めた。
10年は魔物もよってこない、たぶん、この地は豊かになる。
その時間でなんとかするんだな」
「そ、そんな……」
「……正直、俺はこの世界の人間が大嫌いだ。
だけど俺はこの世界について何も知らない、そのくせ異常な力だけ持っている。
こんな人間に頼って生きるんじゃなくて、弱いなら弱いなりに知恵を出して生きていこうとしなければ、ずっと奴隷のままだぞ……」
「……くっ、わかった。やってやる!」
「……しばらくは、可能なら援助する。
これ以上人間に絶望させないでくれると助かる……」
「すまない……、俺は、お前、貴方のことを初めてみた時、目を伏せて見ないことにした……
今度はまっすぐ貴方を見られるように、やってみる……!」
「……頑張ってくれ……」
俺は屋敷の敷地を出て、みんなと合流する。
どうやらここの水はよっぽど相性がいいみたいで、みんなびしょびしょになって水浴びを楽しんでいる。なんていうか、川に大型犬を連れて行ったみたいなん感じだ。
基本的にはでかい獣人がもつれ合ってるのだが、なぜか大型犬が楽しそうに踊っているようにしか見えない。思わず笑みがこぼれてしまう。
「アニキ! もう行きますか! ほら、みんな上がるぞ!」
不思議なものだ、みんなの汚れというか血糊を洗い落としても水の流れが汚れることはない、それどころか……
「あれ? なんか傷が治っちまった」
軽いキズなら完全に、それなりの傷でも塞がるくらいまでは回復していた。
獣人たちの回復量はかなりのものだが、どうやらこの水は彼らの力を増幅する力があるみたいだ。
奴隷とされていた獣人たちも、栄養欠乏状態の子も多かったが、なんだか元気が出ているようだった。
「やっぱりあのコア残しておいたほうが良かったかな……?」
「今更何を言っても遅い遅い、さ、帰ろう!」
門を開けて町の外に出ても、心地のいい空気が広がっている。
魔物の姿もすでにない。
「ちゃんと門は閉めろよ!」
遠巻きにこちらを窺っていた人間たちに声をかけて森へと走り出す。
苦労はしたが、町から獣人を救う、魔法使い一派を掃討する。
そして魔人を排除することは成功した。
ちょっと驚くこともあったが、結果としては……
「結局俺は人間なんだな……」
「いいじゃない、タスクはタスク、力あるものが助けるなら助ければいい、それがこの世界の掟」
「俺達だって、アニキのために何だってやります! 何でも言ってください」
「いやいや、お前たちは自由に暮せば……」
「何言ってるんですか、俺達のボスはアニキっすから!」
「……もしかして獣人って完全なリーダー制なのか?」
「何を今更、タスクは私達のリーダー、今回助けた獣人も村の獣人も動物も、みーんなタスクに忠誠を立てるさ」
「仙人様のもとで生きれるなんて思わなかったなぁ!」
「俺以外にも仙人ってのはいるのか?」
「遠き地にはいらっしゃるみたいですが、人と、ましてや獣人と交わってくれる仙人様なんてのはタスク以外聞いたことがないよ」
「ドライアド様ならもっと詳しいんじゃないですかね?」
『今のこの世界の住人は、魔素を嫌ってほとんど聖地とかに引っ込んでるわよ』
いつの間にかドライアドさんが隣りに座っていた。
その姿を見て馬車に乗っている他の獣人たちが驚いている。
『皆様はじめまして、これからいく村で同居しているドライアドですわ』
挨拶をしただけで奴隷だった獣人たちはひれ伏したり涙を流したりしている。
結構すごい人なんだな……そういえば最近神々しいと言うかなんというか……
『そりゃタスクがものすごいマナで満たしてくれるから、存在格も上がっちゃうわよー』
「なんだそれは、初耳だぞ?」
『私なんて所詮森や木の精霊に過ぎないけど、さすがに大量のマナを浴び続ければ成長するってことよ。だって町まで行けるようになってたでしょ? 大地の気脈とかにも干渉できるようになったから、言ってみれば低級精霊が中級精霊になった的な?』
「ゲームみたいだな……」
『貴方だって人間から仙人になったように、周りの住人たちもそのうち変わっていくわよ』
「それはいいのか?」
『もちろんよ! 存在進化なんて、生きる者にとって気の遠くなるような鍛錬と強大な運でも無ければ出来ないのに、タスクのそばにいるだけで代われるんだから!』
「俺は課金進化アイテムみたいなもんか……」
「何言ってるかわからないけど、私も進化したらもっと役に立つから待っててね!」
なにやら、凄いことになっていきそうだ。
とにかく作戦は成功した。これからまた森で静かな生活が送れるのは俺にとって望ましい。
……もちろん、そんな時間はわずかでしかない。
圧倒的な力を持つ集団に、トラブルはつきものだ。