第十六話 人の醜さ
魔素の完全に抜けきった魔人のコアは、握りこぶしぐらいの大きさだ。
とにかく、あの醜悪な魔人から出てきたとは思えないほどに美しい。
俺はそっと白衣のポケットにそのコアをしまった。
「タスク!! やったね!」
姉さんが飛びついてきた。
思わず受け止めたが、べちゃっとなんだか濡れた感覚がする。
「って、傷だらけじゃないか……!」
「深い傷は無いよ、急に兵たちが大暴れして……すでに魅入られていたんだね」
「魔人の眷属? って奴だっけ」
「魔人の意のままに戦闘人形に変えられてしまったみたい……」
「それでも、俺たち獣人を虐げていたのは人間の意志だ!」
「ええ、そうね。酷い扱いの獣人も少なくなかった……タスク、本当にありがとう」
「いや、俺の力じゃないだろ。強いて言えばこの白衣のおかげだ」
ふと白衣に目をやると何やらポケットが光り輝いていた。
「??? なんだ……こ、コアが光ってる!」
「す、凄まじいマナが秘められているよそのコア……」
「そういえば街中の淀んでいた魔素の気配がすっかり消えているわね!」
「白衣が魔素をマナに変えて、コアに溜め込んだのか……」
「……ドライアドに聞いたほうがいいんじゃない?」
「ああ、そうだな……とりあえず森に戻るか、獣人たちは動けそうか?」
「馬車も奪った。大丈夫、いつでも行けるよ」
「待て貴様ら!!」
突然攻撃的な大声で呼び止められ、戦士たちが身構える。
声の主は町の人間だった。
中年か、初老かそのあたりだな。
険しく憤怒を隠さない顔でこちらを睨みつけている。
「なんだ、お前は?」
「なんだではない!! 族に語る名など無い!
いや、そんなことよりも、どうしてくれるんだ!!」
「……何の話だ?」
こうやって一方的な怒りをぶつけられるのはすこぶる不愉快だ。昔を思い出す。
「なんだではない!」
二回目だな、と思うと少し怒りが薄まる。
「旦那様がいなければ俺たち町の人間はどうすればいいんだ!?
魔物から誰が守ってくれるんだ!?」
「知るかよ」
「し、知るかよ、だと……!?」
「お前らは獣人のことを心配したことなんてあるか?
俺が吊るされて連れてこられて少しでも心配したか?
知るかよ、勝手に魔物に襲われて死ね……」
恐怖と絶望に支配されて最初に町に吊るされて釣れられた時の感情が、怒りを沸き立たせた。
しかし、ある程度以上の怒りを感じることはなかった……
これも、仙人とやらの恩恵なのか……
そして、あんな目にあっても、俺は……建物の角から恐る恐るこちらの様子を伺っている子供を見てしまえば、心配になってしまう。
人間は殺す。そう決めて、自分たちと仲間でたくさんの人間を殺して、なお、そんな偽善と呼ぶのも反吐が出るような感情が湧いてしまった。
この街の人間を、なんとかしたい、せめて子供は……
「タスク、貴方の考えていること当てようか?
あの子供は助けたいと思ってるでしょ」
「……ああ……」
「わかった。ドライアド、こっちの状況を見てるんでしょ?
どうにかならない?」
『……タスク、そのコアを使えば魔物から町を守れるわよ』
「ドライアド、本当か?」
『魔人のコアは魔素もマナも凄まじい量を蓄えることが出来るの、貴方が魔人と町に漂う全ての魔素をマナに変えてそのマナに溜め込んだわ。そのコアを街の中心の水源に沈めれば、その水は聖水となって周囲からの魔素を抑えるし、魔物は近づけなくなるわ』
「……デメリットは?」
『そのコアを失う、そのコアは強大な力の根源、それがあればどんな事ができるか……
国ぐらい起こせるんじゃない?』
「興味ないな……俺はみんなとのんびり暮らしていければいい」
「何だ何なんだ貴様は、俺と話しているんだぞ今は!!」
……あーあ、こいつは馬鹿だな……話にならない。
「俺を不愉快にさせて、お前にはメリットがあるのか?」
「な、何を偉そうに……ワシ達のこれからの生活を滅茶苦茶にした癖に!!」
「はぁ……とりあえず、お前は話にならん。
もっとまともに話せるやつは居ないのかこの町には……」
「な、なんだっ!」
叫ぼうとしたその頭は、体と別れて、ようやく静かになった。
弟が代わりに俺の行動を示してくれた。
……子供には見せたくなかったが、仕方がない。
「誰か、少しは話せるやつは居ないのか!?
居ないのなら俺は去るぞ、そして外に大挙している魔物が町を蹂躙する」
ようやく状態を理解したのか、周囲で様子を覗いていた人々が騒ぎ出す。
「状況をわかりやすく説明してやる。
この町は魔人に操られた魔法使いによって、魔人の餌を育成する場所になっていた。
俺は獣人を開放するために魔人を討った。
ここに暮らしている人間には恨みこそ有るが助ける義理はない。
しかし、おれは元人間だ。子供が魔物に喰われるのは多少は後ろめたい……
子に罪は無いだろうからな。
そして、この馬鹿以外に、まともに俺と話す気のあるやつはいないのか?
この町は全てあの旦那様とやらが仕切っていたのか?」
「……話したとして、俺達は魔物に殺されるんだろう?」
俺の話を聞いて、先程よりは少し若い男が出てきた。
多分奥さんだろう人が止めていたが、どうやら話せるようだ。
そして、奥さんの側には小さな子供が二人いた。
全員ガリガリだ……
「魔物から守る手立ては、ある。
ところで、この町の人間も、あまりいい暮らしはしていないのか?」
「……ああ、作物や家畜は旦那様のものだから、俺達は、ギリギリ食っていける食料と、この安全な場所に居られるだけで……この世界ではそれだけでも幸せなんだ……」
「……お前、獣人をどう思う?」
「……俺達と一緒さ、旦那様の近くにでもいなければ、獣人だろうが農奴だろうが変わらない……」
「支配する側の人間は残っているのか?」
「いや、兵士はあんたたちが殺したんだろ?
屋敷の中の人間も、ソレが全てだ、ソレ以外は旦那様の生活を支える奴隷みたいなもんだ。
さっきのやつはまとめ役だったから……正直少しスッキリしたよ」
「ふむ……この町の水源はどこだ?」
「屋敷の噴水だ。そこから水は街全体を巡っている。
ただ、水も旦那様の魔力を使って生み出されて居たはずだ」
なるほど、だからこの地の水は淀んでいるのか、淀んだ水で魔物を呼んで、それから守ってやることで農奴として扱う。とんだマッチポンプだ。
俺は、迷うことなく屋敷の噴水へ向かい、光り輝くコアを水の止まった噴水、その台座の頂上に埋め込まれた石を破壊し、その場所に嵌めた。
コアは穴の形態に合わせて変化し、噴水と一体化する。
それと同時に、澄み切った水が勢いよく噴水から溢れ出すのだった。