第十話 獣人
「どうよタスク!?」
朝、叩き起こされて目が覚めると見慣れた猫が直立していた。
「なんだ姉さんか、おはよう。凄いな立てたのか」
「立てたのか? じゃないわよ、もっといろいろ変わってるでしょ!?」
よく見れば指が毛に覆われているが明らかに伸びていて、我々に近い形になっている。
「それ爪とかどうなってるの?」
「ふふん、ちゃんと出るわよ! ほら!」
誇らしげにシャキンと爪を出してくれる。
なんというか、子供の頃に見た銀河鉄道の夜を思い出す可愛らしい二足歩行の猫だ。
思わず頭をなでてみる。
「ちょ、ちょっと、こ、こんなところでゴロゴロゴロ……」
「立つのうまくなったんだな。偉いじゃないか、偉いのか? まぁ、偉いか。
それじゃぁもう少し寝るね……おやすみ……」
窓から差し込む日の傾きを見ても、入り込んでくる空気からしてもまだ早朝だろう。
俺は毛布で体を包み込んで少し硬い布団にもう一度体を預けて眠りにつく。
「おやすみー……って!! タスク!! もっと言うこと無いの? 獣人になったのよ?」
「ふえ……? 獣人化? 立っただけじゃないの?」
「指! それに顔だって少し変化したでしょ!?」
「ああ、言われてみれば……ちょっと人間らしくなったのかな?
まぁ、元が可愛いから相変わらず可愛いよ」
猫は可愛い。これは揺るぎない事実だ。
「!!? そ、そう……可愛良いんだ……う、うん、ご、ごめんね邪魔して、お、おやすみ……」
びたんびたんとしっぽで地面をたたきながら姉さんが部屋を出ていった。
なんだったんだ? と疑問に思ったが、とにかくまだ眠いので至福の二度寝に堕ちることにした。
「ちょっとタスク!」
「な、何さ今度は?」
今度は入れ替わりでドライアドさんが寝室に入ってきた。この寝室のプライバシー的な何かはないらしい。
「鼻の下伸ばしてだらだら寝てんじゃないわよ」
「いきなりの暴言だなぁ、どうしたんだよ」
「あの猫が勝ち誇った顔で可愛いって言われたって!」
「ああ、姉さんか、いやだって猫は可愛いじゃないか」
「ん? ああーなるほど、そういう意味ね……そーよね、タスクがそんな甲斐性あるわけないもんね」
「朝から酷い侮蔑の言葉を浴びせてくるね君は……」
「タスクって男よね?」
「そりゃそうだろ、見てわかるだろ?」
「私見てなんとも思わないの? 人間の男には大昔にはたくさん言い寄られたのよ?」
そう言われて俺はドライアドさんを見回す。
確かに、すごく優しそうで美しい顔つき、スタイルもまるでグラビアアイドルか何かのようだ。
まぁ、花が生えてたりするけど、それもきれいだからね。
ハッキリ言って、めちゃくちゃ素敵な女性だ。
しかも、一緒に働いていてわかったが、とにかくいい人なんだわ。
優しさの塊、嫌な仕事にも一切文句はないどころか、何か少しでも人のためになるのなら全力で力を尽くしてくれる。
人間としても尊敬に値する。
あれ? こんなに美人で、人間としても素晴らしい人? まぁいい、人がいつもそばにいるのに、俺、何も感じてないな……
「いや、すごく素敵だと思ってるんですけども……なんか、その、男としての感情が自分の中に無いことに今気が付きました……」
「? そうなの? ……!? そっか! ありえる! ちょっと失礼」
いきなりドライアドさんが俺の額に額をくっつけてきた。
なんかまっすぐ目を見つめてくるから驚いたけど、驚くだけだ……こんな異常な女性との接近でも、ドキドキしたりしてないんだが……
「やっぱり……タスク、貴方、仙人になってきちゃってるわよ……」
「仙人?」
「なんと言えばいいか、人間が進化した存在? 的な?
その……高い存在になって私達に近くなっている感じで……その、あまり人間としての欲が薄くなっていくのよ……」
「ああ、だからあんまりお腹が空いた感じもしないし、疲れないのか……って、それってなんていうか、人間としては、味気ないと言いましょうか……」
「そうね、普通は長い年月自分と向き合って、超越した修行の末になるものだから……
その白衣のせいでマナやら闘気やらを大量に浴びて強制的に進化させられた感じ……」
「これ、俺一生こんな感じなの?」
「えーっと、私みたいに比較的表情豊かな精霊がいるみたいに、物事を楽しむように心がけていけば……今よりはマシになるはずだけど……だいぶ達観した考え方はしてしまうかもしれない……」
「ふむ……まだ達観するには俺は人生を生きていないと思いたいが……
わかった。自分から色々なことに興味を持つようにしてみる」
「うん、そうしてみて……」
「とりあえず、大事なことをしれてよかった。ありがとうドライアドさん」
「なんか、大変だと思うけど頑張ってね。良いことも多いから、病気とか怪我とかしにくいしすぐ治るし、力は凄い出るし頭の回転も早い、人の到れる境地だから!」
「うーむ、実感がわかないけど。前向きに捉えるように頑張るよ」
「何でも言ってね、何ならくっついてあげようか?」
「それは少し恥ずかしいような気もする。その時が来たらお願いするかもしれない」
「そうね、それじゃぁ、なんていうか……ファイト!」
ドライアドさんがそそくさと出ていって、俺は自分の体を改めていろいろと確かめていく。
試しに息を止めてみたが、待てど暮らせど息苦しくもならない。
思考能力も落ちないし、ちょっと怖い。
心臓は動いているが、驚くほど静かに拍動していて変化がない。
一応体には自信があったが、ちょっと力を入れたら木片を粉々に握りつぶしたのはびっくりした。
さらに、ちょっと意識すると世の中がスローモーションに感じる。
以前魔法で補助してもらってやったことを自力で引き起こすことが出来た。
結果として、どうやら本当に仙人とやらになっていっているのだなと判断した。
この、妙に落ち着いているのも、きっとそのせいなんだな……
「人間離れしてしまったな……」
一応少し、途方に暮れた。