第一話 思い出さないように
ピピピとけたたましく部屋中に鳴り響くアラーム。
毎日正確に同じ時間に同じ音で鳴る。
しかし、私、稲田晴夏は正確にいつも通り起きようと思わなかった。
体が重い。
アラームを止める気力もない。
偏頭痛もひどく、とても起きられるような状態では無かった。
「うっ・・・」
頭痛とともに脳裏に走る昨日の記憶。
私は目を固く閉じて耳を塞いだ。
思い出さない。知らない。私には関係ないー・・・
「晴夏ー、学校行かないのー?」
部屋の外から呼びかける聞き飽きた声。
私の双子の弟の稲田晴斗だ。
もうそんな時間か。
正確に鳴ったと思っていたアラームはどうやら狂っていたらしい。
「今日は行かない、休む・・・」
気力も何も無い声で答える。
事情を知っている晴斗は
「ふーん。じゃ俺は行くから、戸締りしてね」
とひとこと言うと階段を降りていった。
数秒後、「行ってきまーす」と小さく聞こえた。
「はぁ・・・」
小さな溜息がこぼれる。
本当は布団から出たくないが喉が渇く。
頭痛薬も飲みたい。
重い体をゆっくり起こし、布団を半分引きずりながらベッドから降りる。
ショートボブの髪を手櫛で整えながら窓の外に目をやると、風が吹いているのか、木が大きく揺れているのが見える。
こんな日に外に出ると髪の毛が鬱陶しくて仕方ないんだろう。
特にこの髪型じゃ余計にだ。
「ふぁーあ」
大きな欠伸をしながら部屋を出る。
リビングには晴斗が作っておいてくれたのだろう、サンドイッチとポテトサラダが置いてあった。
この家では晴斗と私の二人暮らしだ。
両親は海外で仕事をしている。
女の私より家事ができる晴斗に食事はいつも任せきりだ。
今度なにか作ってみようか。
一度だけお味噌汁を作ったことがある。
我ながらうまくできたと思ったのだが晴斗には「兵器だ」と言わてしまった。
一体何がいけなかったのだろう。
レシピ通り作っただけなのだが。
残念ながらいまは食欲がないためサンドイッチはスルーし、冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出す。
いつもの薬入れから頭痛薬を取り出し、水と一緒に口に含む。
ダイニングテーブルに置きっぱなしのケータイは通知だけ確認し、すぐに自分の部屋に戻った。
頭痛は少し収まったものの、だるさは全く消えない。
「うぅ・・・」
呻き声を漏らしながらベッドにダイブ。
私の体を布団は受け止め、衝撃を吸収する。
素晴らしいシステムだ。
もうひと眠りしようと、布団の中にもぞもぞと侵入する。
先程の自分の体温で、シーツはまだ暖かかった。
窓の外の風はもう止んでいた。