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三十と一夜の短篇

月見る人でも、愛でようか(三十と一夜の短篇第1回)

 高校に入学して一ヶ月。

 中学生のころからの親友とその女友達のじれったい関係に業を煮やして、二人が互いの気持ちを伝え合うよう暗躍した一ヶ月でもある。

 そうして紆余曲折あって、ようやく彼らをくっつけることに成功し、ほっとした矢先。

 俺は新たな問題に直面していた。


 イズンの園

 活動内容 奥ゆかしい青少年の恋路を応援すること

 会則   直接的な支援は避けるべし

      会員であることを吹聴してはならぬ

 合言葉  月見る人でも、愛でようか


 こんなことが書かれた紙が、俺の靴箱に入れられていた。文の最後には、果物を象った印が印字されている。葉のついた丸い果実は、簡略化された意匠で判別できない。

 部活動の勧誘チラシだろうか。そう考えるが、クラブに所属するつもりのない俺にはイズンの園なるクラブがあったか否か、判別がつかない。

 熱心に部活動見学を行っていた親友は、付き合いはじめたばかりの彼女と連れ立って早々に帰宅の途についてしまった。恥ずかしげに、しかしにじみ出る嬉しさを隠せずに仲良く歩く二人を見送って、我ながら良い仕事をしたものだ、と自画自賛したのはつい先ほどのことである。

 しかしまあ、青少年の恋路を応援するとは、また奇妙な活動をするものだ。と思ったところで己の行動を振り返り、まさに自分がしていたことではないかと思い至る。

 親友と彼女には気がつかれなかったが、俺の暗躍をどこかで見ていた人がいるのだろう。

 この紙はその人からの勧誘ということか。そう結論付けた俺は、しかし集会場所等が記されているわけでもないため、何をするでもなく帰宅した。



 昼食を済ませた昼休み。食事を共にした親友は彼女とお喋りに興じている。仲睦まじい二人をわざわざ邪魔することもあるまい、とさりげなく席を立った俺は、けれど行くあてがあるわけでもなくぶらぶらと歩く。

 良い機会だから学校探検でもしてみるか、とふと思い付きあえて人気の少ない箇所を選んで進んでみる。

 この高校は穏やかな人が多いのか、上級生も優しげな人ばかりで和気藹々としており、いわゆる不良といったものはいないらしい。そのおかげで、心置きなく人目につかない場所を探検することができる。

 ここは風が吹き抜けて、夏の晴れた日に昼食を摂るのに良いかもしれない。あちらは少し陽が当たるから、今時分の昼寝に適していそうだ。などと止め処なく考えながら歩いていると、前方にベンチを見つけた。

 各自の机や椅子がある教室の並ぶ学生棟と、パソコン室や家庭科室などの特殊な教室を集めた特別棟をつなぐ渡り廊下から少し離れた校舎裏にひっそりと置かれたベンチは、なかなか良い雰囲気をかもしだしている。

 あのベンチ周辺の様子を確認して教室に戻るか、とぶらぶら近寄っていると、不意に肩を叩かれて驚いた。

「ちょっと、きみ」

 振り向くと、そこには長い黒髪を揺らす澄ました顔の女子生徒。どこかで見たことのある顔だと考えれば、思い当たるのは入学式の会場。

「あー……生徒会長さん?」

 あまり自信もなく俺がそう言うと、女子生徒は眉を上げた。やはりおぼろげな記憶は間違っていたかと謝ろうとした俺に、女子生徒はにんまりと笑う。

「おや、わたしの顔は男性には特に覚えられやすいのだけれど。きみはあまり異性の美醜には頓着しない質なのかな」

 そう言って笑う顔をまじまじと見れば、なるほど確かに整った顔をしている。俺とて多感な青少年であるから、美人に興味がないわけではない。むしろ大いに気になる。

 だがしかし、入学式の最中は同じクラスに組み分けされた親友とその彼女、当時はまだ彼女ではないがややこしくなるため彼女とする、がそれぞれに互いを意識してそわそわしている様を見守り、そわそわしていた時である。あまりのじれったさに二人をくっつけるべく画策しようと決意した時でもあり、大変申し訳ないが生徒会長の挨拶は聞き流していた。

 そんなわけで麗しき会長さまのご尊顔をうろ覚えであった俺だが、それが逆に良かったらしい。きれいな作り笑いではなく、猫のように目を細めて楽しげに笑う顔を見ることができた。

「悪いけれど、ちょっとここから離れていてほしいんだ。一緒に移動してもらえるかな?」

 楽しげな顔に少しの申し訳なさを乗せて、会長が言う。

 気まぐれに歩いていただけの俺は特に困ることもないので、素直について行く。

 ふと、去り際に振り向いて見たベンチの向こう、先ほどは見えなかった位置に、一組の男女を見つけた。近からず遠からずの距離を保って立つ二人の間に漂う雰囲気に、俺は納得して前を行く会長の後を追った。

 しばらく移動して、学生棟の一角まで来たところで会長は立ち止まる。

「ついて来てもらってありがとう。申し訳ないのだけれど、移動の理由は……」

 言い淀む会長に、俺は首を横に振った。親友の恋を応援したように、俺は恋愛が成就するところを見るのが好きである。吹聴することでもないため知る者は少ないが、少女漫画や恋愛ゲームが大好きなのだ。そんな俺が甘酸っぱい青春の一ページを邪魔だてする男にはならずに済んだのだから、むしろ感謝したいのはこちらのほうだ。

「いえ、わかっています。ええと、月見る人を愛でようか、でしたっけ?」

 ふと数日前に見た文言を口にすれば、会長はおや、というように眉を上げた。

「月見る人でも愛でようか、だよ。今ごろはあの場所で彼らなりのI love you.がささやかれていることだろう」

 そう言って、会長はまた猫のようににんまりと笑って、俺に背を向けた。

「我々の活動は密やかに、人に悟られないように行われなければならない。さて、同士よ。また新たな青春の片隅ですれ違おう。それでは、月見る人でも?」

 そこで言葉を切って期待するような目を向けてくる会長に、俺は少し考えて思い当たる。

「愛でようか……?」

 疑問形での返答だったが、彼女は満足げに笑ってうなずいた。そうして長い黒髪をなびかせて去っていく会長の後ろ姿を見送りながら、俺はつぶやく。

「キャラの濃い人だな……」

 美人とか以前に、それだけが強く印象に残った。しかし、会長のおかげで怪文書の謎が解けた。あれは要するに、恋愛の後押しをこっそり行う秘密結社の勧誘であったのだ。

 その活動は俺の趣味である他人の恋愛鑑賞と大いに合致するため、これは気合いを入れて活動していきたい、と意気込むのであった。


 とはいえ、他人が手助けできる恋愛をしている者がそうそう転がっているわけがない。

 また、いたとしても他にも存在するのであろうイズンの園会員に先を越されて、俺が気づかぬうちに成っている恋もあるだろう。そもそもあの会に会長以外に何人の会員がいるやら、見当もつかないが。

「なにぼーっとしてるんだよ。時間、いいのか。なんか用事あるって言ってなかった?」

 親友に声をかけられて気づく。

 物思いにふけっている場合ではない。俺にはやらねばならないことがあるのだった。

「そうだ、そうだ。俺は委員の仕事があるから、もう行かなきゃならん」

 さすがは俺の親友、良いことを言うなと肩を叩いていそいそと席を立つ。

 入学してすぐに行われた委員会決めで放送委員に割り振られたため、全校集会の前などの集まりの際には放送機材の準備をせねばならない。

 とは言っても数人ずつの当番制であるので仕事はそうそう回ってこないし、実際の放送や機材の操作は放送部なる者たちが担うため大した仕事ではない。ちょっと皆より早く会場に行って機材を出し、会が終わればそれを片づけるというだけの簡単なものである。

 あまり熱心にやる気のない俺としては、なかなか当たりの委員会になれたものだ。まだ季節は初夏だが、来年の春も放送委員になりたいと思うほどには魅力的だ。だが来年は皆が委員会の仕事内容を把握しているから、放送委員は激戦区になるだろう。

 そんなことをつらつらと考えながら、集会の会場である体育館へ向かう。

 少し早めに来たために、他の者はまだ来ていないだろう。そう思いながらひと気のない体育館にひょいと入れば、予想に反してステージ袖には女子生徒の姿が。遠目なので確証はないが、あれは放送部の部長。放送部は準備の段階では指示を出すだけで良いのに、真面目な彼女はいつも率先して動く。ちんまりとした体で一生懸命に重たい機材を運ぶ姿は、体に見合わぬ大きさの果物を巣に持ち帰ろうとしているハムスターに似ている。

 そんなことを考えていないで、手伝わねば。

 はたと気が付いて足を踏み出しかけた俺の肩をとんとん、と叩く者がいる。

 既視感を覚えながら振り向いた俺の後ろには、白髪交じりの豊かな髪を丁寧に撫でつけて、パリッとした上下に見を包んだ老紳士がいた。少し派手めなネクタイを小粋に着こなすその男性は、我らが校長だ。

 微笑を浮かべたその人は、思わぬ人物に遭遇して戸惑う俺をそっと体育館の外へと連れ出し、体育館の斜め向かいに建てられた武道場へと向かう。その後を追いながら、また既視感を覚える。

 しかしなぜ俺は、高校における最上位の権力者である壮年男性と肩を並べて、扉の影に隠れているのだろうか。

 何となく虚しい気持ちになりながら体育館を眺める。何のためにここに移動したのかと思っていたが、なるほど、実にちょうど良い角度で体育館の中を見ることができる。

 そして待つというほどの時間も経たないうちに、誰かが駆けてくる足音が聞こえる。それからすぐに姿を見せたのは一人の男子生徒。あれは、放送委員長だ。

 体育館に駆け込んだ彼は、一人で機材を運ぶ放送部の部長に何事か言って、荷物の運搬を手伝い始める。 彼らが何を話しているかまでは聞こえてこないが、嬉しそうに頬を染めた部長の表情と、妙に張り切ってきびきびと動く委員長の様子を見れば十分だ。

 これは恐らく、校長もそうなのだろう。

 そう思いながら身近で繰り広げられる青春ドラマを楽しんでいると、不意に隣の観覧者がすっと歩き出した。その動きにはっと時計を見やれば、そろそろ集会の準備を終えなければならない時間がきていた。

「時には無粋な邪魔者が現れるのもまた、青春というものだろう?」

 肩越しに振り向いた老紳士は、ぱちりと片目を閉じて言う。その動作をして様になる成人男性が身近にいたとは、恐れ入った。

 俺が感心しているうちに、校長は首を戻して歩いていく。彼が前に向き直る寸前、その口が小さく何かをつぶやいた。あまりに小さなささやきは聞き取れなかったが、校長がなんと言ったのか俺にはわかった。り

 体育館に向かって颯爽と歩いていく彼の背に走り寄り、追い抜きざまに俺は声をかける。

「愛でましょうか」

 空気を読めない後輩っていうのも良いスパイスになりますよ、と驚き顔の校長に言ってから、俺はなに食わぬ顔で体育館に飛び込んだ。

 遅くなってすみませーん、と声をかけながら、部長にぶつかりそうになるのはわざとだ。

 そっとその肩を押せば、よろけた彼女が委員長に向かって倒れていく。とっさに支えた委員長の腕の中で顔を真っ赤にする部長と、はっと気付いて手を離した委員長の真っ赤な耳。それを見ながら、俺は遅ればせながら楽しい高校生活の幕開けを感じていた。


お読みいただきありがとうございます。

せっかく短編を書くのだから、自分の苦手なものに挑戦しようと思ったのですが、見事な返り討ちにあいました。

恋愛……自分にはいまだ、理解の及ばぬ憧れの対象であります。

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