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りっちゃんと大おばあちゃん

作者: 椎名実由

 年長さんのりっちゃんは、何にでも好奇心旺盛なお年頃。

 不思議に思うことがあると、すぐにお母さんに聞いています。


 お母さんは、りっちゃんが尋ねると、すぐに答えてくれることもありましたが、時にはちょっと困ったような顔になることもありました。

 そういう時は、お母さんは大抵こう言うのでした。


「ごめんね、お母さんには難しくてわからないの。お父さんなら分かるかもしれないから、聞いてごらん?」


 りっちゃんは、お母さんにそう言われると、大人でもわからないことがあるなんて、変なの、と思いながら、お父さんの所へ行って、お母さんに聞いたのと同じように聞くのでした。


 りっちゃんが聞くと、お父さんは決まって

「お母さんは?」

 と尋ねます。だからりっちゃんは、

「難しくてわからないんだって」

 と答えました。

「そうか……じゃあ、ちょっと待って」


 お母さんが降参したことが分かると、お父さんは携帯電話で調べ物を始めます。

 勿論、調べなくても答えてくれることもありましたが、調べてからのことの方が、ずっと多くありました。

 結局のところ、お父さんも知らないことが多いようです。

 でも、りっちゃんが尋ねると、お父さんは大体のことを調べて教えてくれました。


 お父さんが調べてくれても、本当にたまに、分からないこともありました。

 そうするとお父さんは、お母さんと同じようにちょっと困ったような顔をして、

「ごめんねりっちゃん。お父さんにも分からないんだ。おじいちゃんかおばあちゃんが知っているかもしれないから、聞いてごらん」

 と言いました。

 りっちゃんはお父さんとお母さんの他に、お父さんのお父さんとお母さんであるおじいちゃんとおばあちゃんとも一緒に住んでいました。

 特におじいちゃんは、昔小学校の校長先生をしていて、物知りで、お父さんが調べられなかったことも、いっぱい知っていました。


 お母さんに聞いて、お母さんがわからなかったらお父さんに聞いて、お父さんが分からなかったらおじいちゃんとおばあちゃんに聞いて。

 そこまで行くと、りっちゃんの疑問はいつも解決してしまうのでした。

 

 でも、りっちゃんには気になっていることがありました。

 本当は、りっちゃんの家族は、他にも2人。

 もうすぐ2歳の弟のしょうちゃんと、おじいちゃんのお母さんの大おばあちゃんがいました。

 しょうちゃんは赤ちゃんなので仕方がないのですが、いつも、聞きに行く前に解決してしまうので、りっちゃんは大おばあちゃんにも質問をしてみたことがありませんでした。


 大おばあちゃんは、あの物知りなおじいちゃんのお母さんなんだから、もしかしたらおじいちゃんよりももっと、色んなことを知っているかもしれません。


 もし、お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんでも答えられないような、りっちゃんがなるほどと思う答えが出ないことがあったなら。

 その時は大おばあちゃんに聞いてみよう。

 りっちゃんは心の中で思っていました。



 ある金曜日のことです。

 りっちゃんが幼稚園で遊んでいると、りっちゃんがいるすみれ組のよしこ先生が言いました。


「みんな、聞いてー。今度みんなが住んでいる町で、みんなの夢の絵を募集することになりました。すみれ組のみんなには、来週からそれぞれ、みんなの夢の絵を描いてもらおうと思います。お休みの間に、お家でどんな絵を描くか考えて来てね」


 先生の言葉を聞いて、すみれ組の子供達はざわざわ、お喋りを始めました。

 先生は来週から、と言いましたが、今から何を描こうか、他の子は何を描くのか、みんな気になって仕方がありません。

「うわぁ、何を描こう。ケーキ屋さんもいいなぁ、お花屋さんもいいなぁ、何が1番いいかなぁ」

 みきちゃんが言うと、お調子者のけんちゃんが、

「おれ、今日アイスクリームを山ほど食べる夢見たぜ。あれが本当だったらなぁ」

 と、心底残念そうに言います。


 よしこ先生は、みんなを見回してにこにこ笑いながら言いました。

「ケーキ屋さんも、お花屋さんも素敵ね。アイスクリームを山ほど食べるのも、素敵な夢よ。夢が今は思い付いていない子や、何を描けばいいのか決められない子は、お休みの間におうちの人に聞いてみてもいいかもしれないわね。お仕事をしているお父さん、お母さんは、何でそのお仕事を選んだのか、子供の頃にどんな夢を持っていたのか、みんなが聞いたら教えてくれるかもしれないわよ」


 なるほど、とりっちゃんは思いました。

 りっちゃんはその時、何を描けばいいのか、決められずにいました。

 将来の夢なんて、今まで考えたこともありません。

 よしこ先生の言うように、お父さんやお母さんに聞いてみる、というのは、いいアイディアです。

 りっちゃんはお家に帰ると、早速聞いてみることにしました。


 まず、いつものようにお母さんから。

「来週、夢の絵を描かないといけないの。お母さんは、なりたいものとか、子供の頃の夢とか、なぁい?」

「ええっ。そうねぇ……。りっちゃんくらいの頃は、お母さん、アイドルになりたかったかなぁ。お歌を歌うのが好きだったのよ」

 りっちゃんが聞くと、お母さんは少し照れ臭そうに答えました。

 お母さんは今でも、機嫌がいいとよく鼻歌を歌っていることがあります。

 アイドルって、可愛いし、素敵な夢だなぁ、とりっちゃんは思いましたが、りっちゃんがなりたいものとはちょっと違うような気がします。


 やっぱり次はお父さんに聞かなくてはいけません。

「お父さんは、夢ってある?子供の頃の夢でもいいよ。小さな頃から今のお仕事がしたかったの?」

 りっちゃんが聞くと、お父さんは苦笑いをして、

「小さな頃から今みたいな仕事をしたかった訳じゃないよ。……そうだなぁ、お父さんは子供の頃、電車が大好きだったから、電車の運転手になりたかったなぁ」

 と答えました。

 電車の運転手は、確かに格好よくて素敵な夢だなぁ、とりっちゃんは思いましたが、やっぱりりっちゃんがなりたいものとはちょっと違うような気がします。


 やっぱり次はおじいちゃんとおばあちゃんに聞かなくてはいけません。

 おじいちゃんとおばあちゃんは、2人とも部屋でテレビを見ていたので、一緒に聞きました。

「おじいちゃんとおばあちゃんは、夢ってある?おじいちゃんは、子供の頃から学校の先生になりたかったの?」


 おじいちゃんは、

「そうだなぁ。おじいちゃんが子供の頃教わった先生が、とてもいい人だったんだ。だから、先生になりたいと思ったのかもなぁ」

 と答えました。

 おばあちゃんも、

「子供の頃の夢なんて、すごく昔だから忘れちゃったわねぇ。少し前までは海外旅行に行くのが夢だったけど、去年行ったから、今は夢はないわねぇ」

 と答えてくれました。


 学校の先生はりっちゃんはまだ年長さんなのでよく分かりませんが、幼稚園の先生なら、優しくて大好きです。

 海外旅行も、おじいちゃんとおばあちゃんが去年2人で出掛けてたくさん写真を見せてもらったので、とても素敵だなと思いましたが、やっぱりりっちゃんのなりたいものや、やりたいこととはちょっと違うような気がします。


 おじいちゃんとおばあちゃんに聞いても、りっちゃんの気持ちは落ち着きません。

 そこで、りっちゃんはいいことを思い付きました。

「そうだ!大おばあちゃんにも聞いてみよう!」


 そうです。今こそ、大おばあちゃんに質問をする時です。

 けれど、それを聞いたおじいちゃんは、心配顔をして言いました。

「大おばあちゃんに夢なんてあるかなぁ。昔の夢も、覚えているかどうか。大おばあちゃんは大分歳を取っているからね」

「でも、聞いてみたいの!」

 りっちゃんは言うと、早速大おばあちゃんの部屋に向かいました。


「大おばあちゃん、聞いてもいいですか?」

 大おばあちゃんは、耳が悪いので、小さい声や早口で話し掛けてはいけません。

 りっちゃんがいつもより少し大きな声で、ゆっくりと話し掛けると、大おばあちゃんは、

「はいはい。いいですよぉ」

 とにっこり笑って言いました。

 大おばあちゃんの優しい笑顔にりっちゃんもにっこりして聞きました。

「大おばあちゃんは、夢はありますか?」

 大おばあちゃんは、目を細めて驚いたような顔をしています。

「夢かい?そうだねぇ……」

「子供の頃の夢でもいいですよ」

 大おばあちゃんは、どんなことを答えるのでしょう。

 りっちゃんがわくわくしながら待っていると、大おばあちゃんは言いました。



「私は鶴になるのが夢だねぇ」



 それは、お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんの夢とは全然違う、不思議な答えでした。


「鶴って分かるかい?」

 大おばあちゃんに聞かれて、りっちゃんは頷きました。

 お父さんやお母さんと動物園に行った時に見たのです。

「鳥の鶴のことでしょう?」

「そうだよ」

 大おばあちゃんはにこにこ笑って言いました。

 鶴は分かるけれど、大おばあちゃんが何故鶴になりたいのかが、りっちゃんにはちっとも分かりません。

「何で、鶴になりたいんですか?」

 りっちゃんが更に聞くと、大おばあちゃんはにこにこの笑顔のまま答えました。


「昔の人は鶴は長生きすると考えていてねぇ、長生きの象徴なんだよ。おじいちゃんのお父さん、大おばあちゃんの旦那さんはねぇ、りっちゃんのお父さんが生まれるよりも前に病気で亡くなったんだけど、その人が亡くなる前に言ったんだ。お前はずーっと、鶴になるくらいに長生きしろ、ってねぇ。そう言われてから、おばあちゃんになって私が死ぬ時は、鶴になって、先に待っているあの人の所まで飛んで行くんだって思うようになったんだよ」

「大おじいちゃんは、大おばあちゃんに長生きして欲しかったのね」

 りっちゃんが言うと、大おばあちゃんは頷きました。

「大おじいちゃんのお陰か、ひ孫のりっちゃんとこんな風にお話が出来ているんだから、ありがたいねぇ」


 大おばあちゃんはそう言うと、皺くちゃの手でりっちゃんの頭を撫でてくれました。

「でもまだまだ、鶴になるのは先にしないとねぇ。来年はりっちゃんも小学生だもんねぇ。ランドセル背負った所も見たいし、七五三も見たいもんねぇ」


 大おばあちゃんの夢は、みんなに聞いた中で、1番不思議な夢でした。

 でも、1番素敵な夢だなぁ、とりっちゃんは思いました。

 勿論、大おばあちゃんの夢もりっちゃんのなりたいものとはちょっと違いましたが、今度はちゃんと、他のみんなの誰とも違う、りっちゃんがなりたいものや叶えたいことを、もっと考えてみようと思いました。



 月曜日、りっちゃんは幼稚園ですみれ組のお友達と一緒に夢の絵を描きました。

 りっちゃんが描いた夢は……さぁ、何だったでしょう。

 ……ここでは、秘密です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 私も大家族で、ちょうどりっちゃんと同じ家族構成なので微笑ましく読ませていただきました。 大ばあちゃん、元気に長生きしてもらいたいと思います^ ^ りっちゃんの夢は結局、どう…
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