ちょっと異世界まで世直しをしに(旧タイ:傾国に逆ハー女は要らない)
『ねぇ、生き返って人生やり直してみない?』
黒い髪と目の少女は私にそう言ってきた。
少女はデビュタントかそれよりもやや年上のような年頃と思えるのに、不思議なくらい落ち着いていた。そして、ややのっぺりとした顔立ち。その服も私の知らない形のものだった。
(この少女は一体・・・)
『ねぇ、生き返って人生やり直してみない?』
少女は同じ言葉を繰り返す。
あれほど騒々しかった歓声や罵声もなく、人の気配自体消えていることに彼女は気付いた。私の死を望むよう、騙され、誘導された人々がいない世界。
それどころか目に映るのは黒髪の少女と白い雲に覆われた空間。
『ねぇ、生き返って人生やり直してみない?――』
「貴女は・・・?」
『王妃様』
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前の王妃様のことは王宮では禁句となっております。
何故なら、前の王妃様はご実家と協力して反乱を起こそうとしたとして処刑されたからです。
前の王妃様はそれは優しく、聡明な方で、王妃となるに、国母となるに相応しい方でした。諸外国は前の王妃様をそれは敬っておりました。
では、そのような方が反乱の罪で裁かれたのか?
それはあの女――現王妃のせいです。
王は現王妃―その頃はただの寵姫でした―に誑かされ、前の王妃様と前の王妃様と共に王を諌めた邪魔な諸侯を処刑しました。
王の代替わりで入れ替わった若い重鎮たちも現王妃に誑かされ、現王妃―寵姫―の散財を前の王妃様のものだと騙された民衆の歓喜に包まれる中、前の王妃様と諸侯の処刑は行われたのです。
この世界では国が倒れる時は必ず、傾国の美女が現れて世を乱すということは多くの歴史書が語っております。
ああ、この国は前の王妃様の死と共に終わってしまったのでしょう。
小職はただ、このことを書き記すのみ。
後世の者に傾国の美女が現れた時には寵愛が浅いうちに何とかするよう、警告する文書を残すことしかできない。
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なんで?
なんで?
なんで?
なんで、皆いないの?
なんで?
わたしは皆に愛されている王妃よ?
なんで?
わたしは隣国の侵攻からこの国を救った英雄を労う宴で独りぼっちだった。
リチャードも、ジョンも、ヘンリーも別の女の傍にいてベッタリだ。
その女たちは誰よ?
今までジェームスと一緒に私の傍にいつもいてくれたのに。
なんで?
そのジェームスは隣国の侵攻を私軍で追い払った英雄と話が弾んでいるようだ。こちらにはチラリとも目をやらない。
確かに英雄は綺麗だけど、それは男よ?
身長はジェームスと同じくらいで、肩まである艶やかな黒髪。体つきは騎士たちのようにがっしりしているのに猫のようなしなやかな動きをしている。
「ご無沙汰しておりました、リリー様。私はロス・アスタリフト。この国の新しい王です」
黒髪紫眼の男―英雄ロス・アスタリフトが紫の目を光らせ、笑って言う。笑っているのにその顔は怖い。涼やかなその美貌が冷たくしか見えない。
ご無沙汰?
初対面よね?
それにこの国の王はジェームスのはず。
「何を言っているの? この国の王はジェームスよ?」
「これが見えていておっしゃているのでしょうか?」
男の傍に立っていたはずのジェームスがいない。
代わりに、ジェームスが男の足元に倒れている。
「ジェームス!!」
あたしはジェームスに駆け寄ろうとするが男に抜身の剣先を向けられて近付けない。
鼻に皺を寄せて男は言った。
「ああ、近付かないで下さい。穢れる」
「え? 何を・・・」
「穢らわしい貴女に近付かれると私が穢れる」
「なんで、わたしにひどいこと言うの? どうして、ジェームスにこんなひどいことするの?」
「酷い? これが酷いというのか? これが酷いなら貴女のやったことは何だ? 自分の気に食わない相手を一族郎党処刑した貴女は? 貴女の贅沢のために重税に苦しみ、飢餓の中で死んでいった民衆のことは? 税が払えぬからと他国に売られていった民衆のことは?」
「え?」
何を言っているの?
「さようなら、傾国の女リリー・チルベント」
風がわたしの頬を打つ。
それがわたしの最後の感覚だった。
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王妃の身体を貫く剣。
続いて吹き上がる血飛沫を浴びて微動だにしない英雄の姿に悲鳴が上がる。
先王ジェームスを支えた重鎮たちは主君夫妻の姿を目の当たりにした。二人を見捨てて平民として生きる決意をしたとは言っても、目の前でこのような場面を見せつけられて平然としていられない。
「アスタリフト、何ということを!!」
「ジェームス!! リリー!!」
「こんなことをして、ただですむと思っているのか?!」
傍らにいる最愛の女性を置いて、先王の重鎮たちは英雄に食ってかかる。
「やだやだ、女の色香に弱い馬鹿な男ってのは」
英雄の傍で給仕をしていた侍女がぼやく。
「無礼な!!」
「頭の軽い女に騙された挙句、国を滅ぼしかけたのに暢気な男たちね」
「ジェーン。滅ぼしかけたではなく、滅ぼした、だ」
英雄が侍女を窘める。
「貴方たちは既に亡国の貴族にすぎない。彼女らとの契約がなければ生きている価値すらないのだから、私の恩人に二度とそのような口を利くな」
その言葉に亡国の重鎮たちは憤ったが、英雄は気にも留めない。侍女は英雄の後ろに隠れる。
「亡国だと?!」
英雄はその紫の瞳の一瞥で亡国の重鎮たちを制した。
「・・・」
何も起こらないとわかり、侍女は英雄の後ろから出てきて、腰に両手を当て、亡国の重鎮たちを眺める。
「散々、ダメ男に利用されてきたけど、こういうダメ男もいるのね、ロー」
「同感だ。かつての王妃として頭が痛いばかりだ」
「っ?!」
(((王妃?!)))
亡国の重鎮たちは英雄に萎縮させられただけでなく、その内容に言葉が出なかった。
侍女は思い出すように懐かしそうな顔をして、英雄を見る。
「あの頃のローは本当に世間知らずで困ったわ~」
英雄も懐かしむ。
「あの時は本当に世話になった、ジェーン」
「いいの、いいの。だってこれは彼女からのご褒美だもの。彼女たちだってそうでしょ? 彼女たちは確か、『顔だけの男と恋してみない?』だっけ?」
亡国の重鎮たちの連れの女性たちを侍女は振り返る。
「そうだな」
「あたしはこれからこの国でクズ男が裁かれればいいだけだから。前例がこれだけいれば、そういう国になるでしょう、ロー?」
「多くの民を苦しめ、殺したのがクズ男だとわかっていて放置していた今までがおかしかったのだ」
「頼りにしているよ、ロー」
ジェーンと呼ばれた侍女はウィンクする。
英雄は柔らかな笑みを友人に向けた。
「任せてくれ。王妃として受けた教育と国を動かしていた手腕は心置きなく発揮しよう」
「じゃ、お邪魔虫は去るわ。愛しのジュリーとお幸せに~」
「ジェーン、気軽に遊びに来てくれよ」
「ふふふふふ~♪」
鼻歌交じりに立ち去る侍女を見送る英雄を、亡国の重鎮たちは混乱している頭で見ていた。
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黒髪の少女が問いかけた。
『顔だけの男と恋してみない? 今なら魅了の力で一人だけ手に入れられるわよ』
「そんなのいらないわ。あたしにはあのひとだけ」
死に瀕した老女は粗末な寝台で息も絶え絶えに応える。
『あら? その歳になるまでずっと想い続けている相手がいたの』
「それが悪いことかしら?」
老女の黄色く濁った目で睨みつけられた少女は首を振る。
『いいえ。悪いことじゃないわ。それなら・・・あら、その相手はもう生まれ変わっているのね』
「あの人は生まれ変わっているの?」
『ええ。逢いたい?』
「逢わせてくれるの?」
『ええ。かつてはこの国の王妃だった彼女がどうして、ロス・アスタリフトなんて名前を名乗るようになったのか不思議だったけど、前世の名前だったのね』
「あのひとが王妃?」
『王妃だったの。傾国の女にとって邪魔だからと処刑されちゃったから、性別変えて生き返らせたわ。他の処刑された人たちも生き返らせてきたし、この国はどうなると思う、ジュリー?』
「あんたは・・・。あんたは何がしたいの?」
『私は国が傾国の女の出現で滅ぶのが嫌だったのよ。この世界を任せられたんだもの、この程度の介入くらい許されて当然よね』
「姉さん、どこ行ってたの?」
「ちょっと異世界まで世直しをしに行って来た」
「異世界トリップ?! スゴイ! マジで!」
「異世界の神様代行よ」
「え⤵」
「そんなにがっかりしないでよ」
「じゃあ、向こうの人たちの人生、目茶苦茶にしてないよね?」
「目茶苦茶って何よ、目茶苦茶って」
「逆ハーが嫌いだからってとんでもないことしてきてないよね? 浮気男や体目当ての男が嫌いだからって、男を全員去勢してきたとか」
「・・・してない」
「姉さん、俺の目を見てそれ言える?」
「(そこまでは)してない。私を信じられないの、真一郎?」