第一章 オーク商店⑥
「実はな、レイは就活失敗してるんだよ」
「なっ――!?」
営業部の部屋から出た直後、ガイアに告げられた言葉に、エリカは驚愕を禁じ得なかった。
コーラル商会のトップの息子なのに?
エリカの表情から言わんとしていることがわかっていたのだろう、ガイアはそれに答える。
「今会ってもらってもわかる通り、レイはかなり真面目な性格でな。父親の跡を継ぐべく勉強をしていたんだ。そして、当然のようにコーラル商会の採用試験を受けた。一般受験者と同じ待遇で」
「それはつまり……」
「ああ。親父さんが商会のトップだっていうコネを使わなかったそうだ」
その結果、採用試験に落ちた。
「コーラル商会は大きな商会だ。自分の父親がトップだから入れてもらえたなんてことがあっちゃ、真面目に受けてるやつらに不公平だ、ってな」
「その心構えは立派だが……受からなければ意味がないではないか」
「親父さんの話を聞く限りは、だいぶいいところまで行ってたらしいんだがな……そのあたりの詳しい事情は俺にもわからない。他のところのことだしな。ただ、それからレイはこの村にある実家に引きこもるようになっちまったらしい」
あまりのことに、エリカは言葉を失ってしまう。
引きこもりたくなる気持ちは、エリカにもわかるような気がした。
自分だって、夏休みになってもまだ内定が出てないという時点でだいぶつらいのに、このまま内定がもらえずに学校を卒業してしまったらと思うとゾッとする。
もしそうなったとき、自分だったらどうなってしまうのだろうか。
「そんな時に、俺たちがこの村に来た」
「…………?」
ガイアのその言葉に、その話と今までの話とで何か関係があるのだろうかと、エリカは不思議に思う。
「結果的にだが、レイが就活に失敗したことで、村の外への出荷が可能になったんだ」
「……どういうことだ?」
「さっきも言ったが、俺たちはオークだから村の外の人間には存在を隠さなきゃいけない」
オーク商店などというふざけた名前を会社につけてるくせに何を……とは思ったが、話の腰を折るのもためらわれ、エリカは言葉を飲み込んだ。
「だが、これもさっき言ったが、俺たちの作った肉を村の外へ出荷するなら人手がいる。俺たちのことを知っていて、なおかつ村の仕事もしていなくて、それでいてコーラル商会との中継ぎを担えるような人間の手が」
「――っ! つまりそれが!」
そこまで言われて、ようやくエリカも得心がいく。
今言われた条件を満たす、そんな都合のいい人間が――!
「ああ。レイだった」
「…………」
「俺たちがこの村に来たとき、レイはすでに引きこもるようになっていた。とは言っても、たまに村の中を散歩したりはしていてな。それで俺たちオーク商店の存在は知っていたわけだ」
おふくろさんも俺たちから肉を買ってたしな、と付け足してガイアは続ける。
「親父さんが俺たちのことを知ったのはそれからちょっと経ってからだ。何ヵ月かに一回、この村に帰ってくるそうなんだが、初めて俺たちの会社を見たときはたいそう驚いていた」
そりゃあそうだろう。オークが会社をやってるんだ。誰だって驚く。
「ただ、やっぱり大きな商会を束ねる人ってのは違うもんだな。俺たちが売ってる肉を見て、すぐに村の外で売りたいと話を持ちかけてきた」
「それで、人員不足のこともあり、彼――レイを雇ったのか」
「そんな感じだ。俺たちの存在は隠してもらわなきゃ困る。そもそもこの村を選んだのは、こう言っちゃ何だが、特に名産品があるわけでもなく、街道から近いわけでもない、至って普通の村だからだ」
「それだけ村の外から人がやってくることが少ない……ということか」
「ああ……まさか大きな商会のトップがこの村の出身だったとは思わなかったがな」
ガイアは困ったようにその大きな手で額を押さえた。そのときのことを思い出しているのだろうか。
「ともかく、俺たちがコーラル商会と取引をするなら人手が必要だが、村の外の人間であるコーラル商会の人間を招くわけにはいかない。そこで、コーラル商会と関わりがありつつ、村の人間でもあるレイにお呼びがかかったってわけだ」
「だから、結果的に彼の就活の失敗が村の外への出荷を可能にした、か……」
「親父さんもレイのことは気にしててな、どうにかして自分の商会と関係のある仕事をさせてやりたかったらしい。まさに俺たちの会社はうってつけだったってことだ」
「なるほどな……」
「俺たちも最初はどう断ろうかと悩んだんだが、ああまで熱心に頼み込まれちゃ断りきれなくてな。まぁこの村に世話になってるわけだし、地域貢献だと思って余った分の肉を商会に卸すことにしたんだ」
レイの父親にしてみれば、新しい取引先に加えて心配していた息子の仕事まで用意できて一石二鳥だろう。
「しかし、やはりお前たちにはあまりメリットはないのではないか?」
「言ったろ、地域貢献だって。オークである俺たちを受け入れてくれる村の人たちには感謝してるんだ。レイも親父さんも村の人間だからな、何かしらの方法で恩を返したいとは思ってたんだよ」
「そういうものか……」
筋道の通っているガイアの言葉にエリカは納得する。
だが、彼女まだ知らなかった。
ガイアの言う「地域貢献」は今語られたものだけではなく、クルーゼ=コーラルと交わされたもうひとつの隠された「地域貢献」があることを――。