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第一章 オーク商店⑤

「雇用契約も済んだことだし、あとは他の部署への案内で今日は終わりだな」

「もう今日は仕事はいいのか?」

 窓から見える空はまだ明るく、日暮れまでまだ時間があることを示していた。


「契約関連で時間がかかりすぎた。これから山に入ってもすぐに日が暮れて何もできずに戻ってくる羽目になりそうだ。それに、会社の案内も立派な仕事のひとつだ」

「そういうものか」

 エリカがそう答えると、ガイアはニイッと意地悪そうに笑った。


「ああ、そうそう。そういうことだからちゃんと給料は出る。安心しろよ」

「なっ――!?」顔が真っ赤に染まるエリカ。「そんな意地汚いことは言わん!」

「ハッハッハ、冗談だ」

「パワハラだぞ」

「……お前、そういうことは知ってるんだな」

「当然の権利だ」

「それなら雇用契約書のことも当然のように知っとけよ……と、着いたな。ここは営業部だ」

 と、二人が他愛もないやり取りをしているうちに次の部署についていたようだ。


 営業部も知識としては知っている。自社の製品をお店に買ってもらえるように――まさしく営業をする部署だろう。

 騎士学校で何度か、そういう仕事の人が教材はもちろん、模擬戦用の剣などを売りに来ているところを見たことがある。

 村人のマークがこのオーク商店の加工肉を王都でも売られていると言っていたから、きっとこの部署がそれを担っているのだろう。

 そこまでは予想できたエリカだったが、扉の向こうの光景はさすがに予想できていなかった。


「おう、お疲れ」

「あ、社長。お疲れ様です」

「何だと!?」

 ガイアが開けた扉の向こう側――そこでは、人間の青年が作業をしていたのだ!


「ど、どういうことだ!? 私の他に人間が働いていたのか!?」

「そうだが?」ガイアが事もなげにそう答え、「ここはオークの会社だが、人間が働いてないとは言ってないだろう」

「それは、確かにその通りだが……」

「我が社は人種差別はしないからな」

「…………」

 人種というか種族を越えているのだが……。


「ああ、あなたがエリカさんですね。ナタリーさんから聞きました。僕はレイ=コーラルです。これからよろしくお願いしますね」

「あ、ああ。エリカ=ウッドマンだ。しばらくの間、よろしく頼む」

 戸惑うエリカをよそに、青年は立ち上がってにこやかに右手を差し出す。その手をエリカは握り返した。

 やわらかい。無意識に、先ほど握手したオークのナタリーと彼の手を比べてしまっていた。オークと人間なのだからそれは当たり前といえば当たり前なのだが、騎士学校の男たちの手よりもやわらかいのには驚いてしまう。


「僕の父――クルーゼは、商隊を所有していまして、商人として王都やいろいろな都とこの村を行き来しているんです。それでガイアさんとは懇意にさせていただいているんですよ。僕は父の跡を継ぐための修行の一環で、オーク商店の営業部として働かせてもらってます」

 エリカの戸惑いを読み取ったレイがそう説明する。


「レイ=コーラルと言ったな。父君の商隊というのはもしや……コーラル商会か?」

「父をご存知でしたか」

「ああ、有名な商隊じゃないか。しかし、こう言っては何だが、なぜこんな村と……」

「この村は父の故郷なんです」

「何だと!?」

「俺たちの加工肉を売ろうと言い出したのも、レイの親父さんだ」ガイアが会話に混ざってくる。「俺たちはこの通りオークだから村の外に出ても面倒が起こるだけだし、村の中だけで商売をやるつもりだったんだがな」

「それを父が見かけて、商隊を使って方々に出荷することになったんです」

「そうだったのか……」


 レイの説明を聞き、言われてみれば王都で加工肉を売るにはどうしても人間の助けが必要だと気づく。王都で売るにしても、そこまで運ぶにしても、だ。

 商隊を使うとしても、その代表者と話をすることは必須だ。まさか事情を知らない商隊とガイアたちオークが話すわけにもいくまい。下手をすれば大騒ぎだ。そうならないためのコーラル親子なのだろう。


「とはいえ、まさか商店の中で従業員として働いているとは……」

「いえ、これは仕方のないことなんです」

「仕方ないとは……?」

 レイの言葉に、エリカは眉をひそめた。そんなエリカに、青年は再び説明を始める。


「もともとガイアさんたちは、村の中でのみの取引を想定されてました。それなのに、父が強引に村の外への出荷をしたいと頼み込んだんです。でも、この会社にはその業務を行うだけの人員はいなかったんです」

「村の外で売ること自体は、別に業務委託っつぅ形でレイの親父さんに任せればいいんだが、それに伴う受注や売上の管理なんかも出てくるだろ? そういうのはレイに頼んでるんだ」

「なるほどな……」

 ガイアは、おそらくオーク商店で働くオークを最低限――村の中で売り買いをするのに必要な数だけ連れてきたのだろう。だが、レイの父親が村の外にも売りたいと言ってきたことで、ガイアの言う「受注や売上の管理」といった余計な業務が出てくる。それを青年――レイが担っているということか。


 得心がいったエリカが感心したようにつぶやくと、

「もっとも、父に言われてやっていることなんですけどね」

 と、レイは照れながらそう答えた。


「謙遜するな。レイにはいつも助けられてる」

「それはガイアさんたちの加工肉がいいからですよ。営業部と言っても、僕はガイアさんたちが作ったものを父さんの商隊に、右から左へ流してるだけですし……受注や売上の管理だってそんなに大変ではありません。仕事としてはだいぶ楽をさせてもらってます」

「そうは言うが、親父さんと出荷数のことで相当やりあってくれてるみたいだしな」

「えっ……」

 ガイアの言葉に、レイが意外そうな顔をする。


「レイの親父さんは根っからの商人だからな。都で売れるならもっと売りたいと思うのが商人の性ってもんだ。だけど、それをお前が止めてくれてたんだろ?」

「どうして、それを……」

「この間、入荷でこの村に来たときに親父さんから直接聞いたんだよ。親父さん、喜んでたぜ。お前が一人前になったってな」

「そう、でしたか……」

 そう言うと、レイはうつむいてしまう。


 だが、途中から話の流れについていけないエリカは、頭に疑問符を浮かべっぱなしだった。

「なぁ……今のはコーラル商会が村の外で売る肉の量を増やしたいと言ってきたが、レイがそれを止めたということか?」

「そうだ」

「なんで増やさないんだ?」

 エリカとしては、単に売れるならもっと売ればいいじゃないかという程度の考えだった。しかし――。

「そんなこともわからないのか」

「うぐっ」

 ガイアにあえなく一刀両断されてしまう。


「いいか、出荷を増やさない理由は大きく二つある。第一に、出荷量を増やすということは業務が増えるということだ。ついさっき話した通り、うちには最低限の人員しかいないんだ。これ以上、業務が増えると人を増やさなきゃいけなくなる」

「増やせばいいじゃないか」

「誰を?」

「えっ……? あっ!」

 ガイアに問い返され、一瞬、呆気に取られてしまったが、すぐに気づく。

 そうか、この会社はオークの会社だ!

 人間を雇うことなんてできない!


「お前やレイはあくまでも例外だ。村の外からオークの会社で働く人間を雇うなんざ、混乱を招くだけだ」

 確かにガイアの言う通りだ。もし事情を知らない人間がこの会社のことを知ったら、それこそ自分のように勘違いして騎士団にガイアたちの討伐を依頼するだろう。

 だからこそ、オーク商店は狭い世界の中で展開していかなければならない。村の外と取り引きをするのであれば、コーラル商会のような代理を立てる必要があるのだ。

 村の外から事情も知らない人間を招くなど、言語道断だ。パニックになる。


「し、しかし……村の中の人間ならば大丈夫なのではないか?」

 苦し紛れにそう提案してみるが、

「バカめ。俺たちの最初の目的を忘れたか」

「えっと……村の人たちに野菜を分けてもらうため……?」

 ガイアたちに負けた直後に聞かされたことを思い出して答えるエリカ。

「その通りだ。じゃあ、村の人たちに俺たちの会社で働いてもらったら、誰が野菜を作るんだ?」

「あっ……」

 今度こそ、自分の考えがどれだけ浅はかだったかをエリカは悟った。

 村の人たちがオーク商店の業務を行うとして、それでは野菜を作る農家たちが減ってしまっては意味がない。


「それに、肉の加工ならいざ知らず、狩猟は俺たちオークじゃなきゃ安全にできない。狩猟に出る数が増えない限りは、肉だって増やせないからな」

 ぐうの音も出ないほどに正論を叩きつけられ、エリカは何も言えなくなってしまう。


「第二に、山の生態系への懸念もある」

「生態系」

 ガイアの口から出てきた意外すぎる言葉を、エリカはオウム返しにつぶやく。


「そうだ。あまり取りすぎると山の中の生態系が狂ってしまう可能性が出てくる。簡単に言うと、全ての動物を狩り尽くしたら、二度と肉は手に入らない。そうならないよう、俺たちは取りすぎないように心がけているが、村の外への出荷が増えるとそうも言っていられない。だから、俺は出荷数を増やすのは反対なんだ」

「現在、父の商隊には、村で売れ残った分を出荷してます。商隊の保存は優秀なので、それでも他の地域で売るまで痛んだりはしないはずです」


 労働力と生態系――それぞれの問題を見据えた上で、ガイアたちは村の外への肉の出荷を増やさないと決めている。おそらく、もっと儲けられるなどとは考えずに。

 いや、きっと儲けなんて必要ないのだ、彼らには。

 美味しい野菜を食べたい。

 あくまでも彼らの目的はそれなのだから、それ以上は必要ない。

 だけど、その姿はとても立派だと感じた。


(くっ……私はまだ社会を……いや、労働を知らなさすぎる!)

「……っと。つい話し込んじまったな。まだ少し案内するところはあるし、そろそろ行くぞ」

「くっ、殺せ!」

「殺さねぇよ……」

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