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第一章 オーク商店②

「さて、まずはうちの仕事を紹介するぞ」

 エリカを伴い、オーク商店の裏口から建物の中へと入ったガイアは通路を歩きながらそう言った。


「うちのメインの仕事はさっき言った通り、山の中に入っての獣退治だ。狩りも兼ねた、な」

 普通はお前らが退治される側なんだが、とエリカは思ったが、口には出さなかった。


「で、もちろん狩ったら狩りっぱなしじゃない。その後の処理が必要だ」

「処理?」

「ああ。俺たちオークならいざ知れず、人間は生じゃ肉は食わないだろ? それに保存の問題もある。今は夏だし、放っておくとすぐに傷んじまう」

 そう言えば、とエリカはさっきまでいっしょだったマークの言葉を思い出す。

 曰く、オークたちの加工した肉が都でも大人気だと。


「その加工を、この向こうで行っている」

「向こう……? な、何だ……この場所は!?」

 エリカが顔を青ざめるのも無理はない。通路の片側の壁がガラス張りになっている場所に出たかと思えば、そのガラスの向こうでは、無数のオークたちが見慣れぬ作業をしていたのだから。それも、その全員が真っ白なエプロンと帽子をつけて。

 しかし、エリカが顔を青ざめたのは、何もオークたちがその部屋で妙な格好で作業をしていたからだけではない。


 問題なのはオークたちの作業している作業台だ。その上では、夥しい数の肉片が転がっていた。これはまさかオークたちがさらってきた人たちの――そう思ってしまうと、エリカの口の中に胃液がのぼってきて、

「おっと、嬢ちゃんには刺激が強すぎたか。だがちゃんと見とけよ。ここが肉の加工場だ。山に入ったチーム――まぁ俺たちのことだが――が獲ってきた動物の肉を部位ごとに捌いたり、保存用の加工を施す」

「……ですよねー」

 エリカの顔が青ざめていることに気づいたガイアに気遣うようにそう言われると、すんなりと吐き気は収まった。いやまぁ人の肉じゃないとわかったからってばらばらにされてる肉とかは少し気味が悪いことには変わりないのだが。


「お、ちょうどいい。あれ見てみろ」

 ガイアが指差した方向、そこでは今まさに何かの作業が始まるところだった。

「ソーセージを作り始めるところだ」

「ソーセージ!?」

 それは挽き肉を腸詰めにして燻製した保存食で、エリカの好物でもあった。


「お、好きか? ソーセージ。最初は苦労したんだよ、作るの。俺たちはこの通り、指も太くて細かい作業には向いてねぇ。形も不格好なもんばっかできあがっちまってなぁ。だけど今じゃあの通りだ」

 ソーセージ作りを担当しているらしいオークは、鮮やかな手つきで挽き肉を腸に詰め、それを綺麗に等間隔で結んでいく。


 今まで食べるだけだったエリカにとって、ソーセージを作っているところを見るのは新鮮だった。それも、人ですらないオークが作っているのだ。その見事な手際にしばらく驚嘆していたエリカがそれを最後まで見届けるのを待たず、

「他にもここじゃいろいろやってるが……まぁ詳しくはまた今度でいいか? これから案内したいところはまだいくつかあるんだ」

「あ、ああ」

 ガイアに言われ、ガラスの向こう側を夢中で見ていたエリカは我に返る。すでに歩き始めているガイアの背中を追うが、エリカの頭の中は先ほどのソーセージでいっぱいだった。


 それは決して食い意地からというわけではなく、オークがソーセージを作っていたという事実に対する衝撃からだ。ガラスの向こうのオークたちはまるで人間のように仕事をしていた。自分で確かに見たというのに、未だに半信半疑だ。まるで狐にでも化かされているような気分だ。もっとも、エリカの相対している相手は狐ではなく豚なのだが。


「作業関連だったら解体やら袋詰めやらもあるぞ。基本的にみんな俺たちオークで行ってる。解体はともかく、せっかくいい体してんだ、お前は袋詰めなんて地味な仕事じゃなく、狩りのほうで活躍してほしいもんだがな」

 そんなエリカの心情も知らず、ガイアは会社の紹介をしながら廊下を進んでいく。――と。


「――!?」

 廊下の向こう側から信じられないものがやってきた。それはやはりオークなのだが、単なるオークではない。

「……メイド……?」

 そう、メイド服を着たオークだった。


「あら社長」

 そのオークはやはりこの会社の社員らしい。

「おう、いつも掃除ご苦労さん」

「いいのよ、わたしは好きでやってるだから……って、その子は?」

「ああ、いろいろあって今日からうちで働くことになった人間のエリカだ」

「エリカちゃんね。わたしはナタリーよ。ここの清掃やユニフォームの洗濯、それに朝昼晩の炊事なんかを担当してるの。よろしくね」

 メイド姿のオーク――ナタリーが手を差し出してくる。握手だ。


 オークがメイド服を着ている。そのあまりにも奇妙な状況に呆然としていたエリカは、何も考えることもできず、ナタリーの手を握っていた。

 当たり前だが、大きな手だった。いや、それにしてもすごい光景だ。オークがメイド服を着ているなんて。エリカも本物のメイドを何度も見たことがあるが、これほどの衝撃を覚えたことはない。黒と白を基調としたオーソドックスなメイド服と豚鼻の獣人の組み合わせはあまりにもミスマッチすぎて、失礼だという思いすらわかずにまじまじと見いってしまう。


 そうやって握手が終わると、

「あ、あの……失礼かもしれないが、聞いてもいいだろうか?」

 ややあって、エリカは思いきって気になっていることを尋ねることにした。

「なぁに?」

「その……なんでメイド服なんて着ているんだ?」

「趣味よ」「ナタリーの趣味だ」

「趣味!?」

 予想外な返答に、エリカはつい叫んでしまった。


「だってこのメイド服ってすっごく可愛いじゃない? 社長に頼み込んで仕事の時の制服にしてもらったの」

「あんときのナタリーはすげぇ迫力だったからな。思わず首を縦に振っちまった」

「わたし的には、美味しい野菜が食べられるようになったことより、こんな可愛い服を着れたことのほうが嬉しかったわ」

 うふふと笑ってナタリーは、エリカに服を見せるようにその場でくるりと一回転する。


 相手はオークで自分と違う種族だが、同じ女として可愛い服を着る楽しさはわかる。本当に嬉しいんだなと思っていると、

「そうだ、あなたもうちで働くのよね? それなら、制服をメイド服にしたらどう? きっと可愛いわよ」

「え゛っ」

 そんな提案を受け、固まってしまう。ナタリーの言葉につられて自分がメイド服を着ているところを想像する。デザインは目の前のナタリーが着ているものと同じ、黒と白のオーソドックスなものだ。


(ちょっといいかも……って、ダメだ! 私は騎士だぞ! メイド服を着て騎士の務めが果たせるわけが……いや、しかし……今の私は騎士ではなくここの従業員なわけで、ということはメイド服を着るのもさほど不自然ではないのか……? 思い返せばずっと訓練ばかりで女の子らしい服など着る機会が……いやだからといって……)

 などとエリカがひとりで煩悶していると、

「悪いなナタリー。エリカはそういった用途で採ったわけじゃないんだ」

「あら、そうなの? 女の子なのに何をさせるの?」

「こう見えて腕っぷしはいいみたいだからな、俺らと同じ狩りのチームに入れる。だからメイド服はお預けな」

「なぁんだ、せっかくいっしょにメイド服を着てくれる子が増えたと思ったのに」

 ガイアの言葉にしゅんとするナタリー。そして陰ではエリカもちょっとしゅんとしていた。


「……っと、そうだ。夕食の支度はもう済んだか? もしかしたら必要なくなるかもしれないんだが……」

「え? どうして?」

「エリカの歓迎会をするからな。村の食堂に行くつもりだ」

「歓迎会!?」

 その言葉に、しゅんとしていたエリカは我を取り戻した。


「そんなことまでやるのか!?」

 エリカはあくまでも期間限定で働く人間だ。そんな彼女の歓迎会をわざわざやるとは思えず、つい驚いてしまう。ここに来てからは驚いてばかりだ。

 それとは別に、エリカが反応した理由もある。歓迎会を開いてもらえる喜び……ではない。


「当たり前だ。ちょっとの間とはいえ、お前は俺たちといっしょに働く仲間だろ。なら、歓迎会は当然やる」

「そうか……」

「何だ、あまり嬉しくなさそうだな……?」

「い、いや、嬉しいぞ! 短期で働くだけの私に歓迎会までしてもらえるなんて!」

 ガイアに怪訝な顔をされ、エリカは慌ててごまかした。


「……? まぁいい。そんなわけでナタリー。今日は夕食はたぶんみんな食堂で食うと思うから、用意しなくていいからな」

「はぁい、わかったわ。それじゃ、私は仕事に戻るわね」

「ああ、掃除の邪魔して悪かったな」

「いいのよ。……あ、それとエリカちゃん」


 話が終わり、仕事に戻ろうとするナタリーがエリカの耳元に口を寄せる。そして小さな声で、

「メイド服、着たいならいつでも言ってね?」

「――っ!?」

 自分の心のうちをズバリ指摘されて顔を真っ赤にするエリカをよそに、ナタリーはメイド服のスカートをなびかせて去っていくのだった。

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