第一章 オーク商店①
第一章 オーク商店
「な、何だこれは……!」
麓の村の中心部に堂々と居を構えたその店に、エリカは驚愕の声をあげた。
「驚きましたか、女騎士見習いさん。これがガイアさんたちの会社――オーク商店です」
森の中からついてきていたマークがどこか誇らしげに言う。
郊外の村にしてはかなり大きい三階建ての建物――それがオークたちの会社らしい。ご丁寧にも『オーク商店』と看板まで掲げられている。ここでオークたちは働いているそうだ。
「そりゃ驚くだろ! ここ……私、さっき通ったぞ!?」
「ええ、あのときは焦りました。急いで店の中に皆さん隠れてもらって……ガイアさんたちは山に行ってたから教えるの遅くなっちゃいましたけど」
山へ行く前に通ったときは商店と名がついているのに無人で不思議に思っていたが、今は普通にオークが店頭で村人を相手に商売を行っている。どうやらそのときは村人たちの助けで隠れていたらしい。
オーク商店か、変わった店名だな、程度にしか思わなかった数時間前の自分が恨めしい。っていうか変だと気づけよ私!
「あら、社長。お帰りなさい……って、あれ? その子、例の女騎士じゃない? それに……やだ、後ろの子たち怪我してるじゃない! 大丈夫なの!?」
売り子をやっているらしきオークが接客の合間にこちらに気づき、声をかけてくる。言葉遣いからして牝だろうか。外見からはまったく見分けがつかないが。
「ああ、ミリィ、大丈夫だ。怪我はしてるが、命に別状はない。ちょっと不幸な勘違いがあってな」
そう言うガイアに、後ろを歩く負傷したオークたちが面目なさそうな顔をする。エリカにやられた彼らは歩ける程度には回復したが、それなりに傷は深く、しばらくは仕事ができないらしい。担当しているのが猛獣退治の類いであるため、一見大丈夫に見えても仕事中に怪我の痛みで動けなくなっては命に関わる、というガイアの判断もあるようだ。
不幸な勘違いで怪我を負わせた張本人であるエリカも、ひたすら申し訳なさそうな顔をするしかない。
「それはよかったわ。でも……その子は? 私たちを退治しにきた女騎士じゃなかったの?」
「ああ、そのことなんだがな。トォルたちの代わりにこいつが働くことになった」
ガイアに背中を叩かれ、エリカが前に出る。
「えぇっ、その子が!? ちょっと大丈夫なの!?」
「大丈夫だ。言っただろ、不幸な勘違いだって」
ガイアは接客をしているオーク――ミリィに、エリカが本当は騎士見習いであること、正式に討伐しに来たわけではないこと、その理由、そして負傷させてしまったオークの代わりに働くことを了承したことを伝えた。
「内定のために私たちを退治ぃ? 信じられない、そんな理由でトォルたちを襲ったの!? 私たちはねぇ、村の人たちと良好な関係を築いてるの! あんたの内定なんかのために退治される謂れはないわよ!」
「うぐっ……」
先入観から特に調査もせずに害のないオークに怪我を負わせたのは事実だ。ミリィの言葉にエリカは言い返せない。
「まぁまぁ、そう言ってやるな、ミリィ。どうやら人間の社会ってのもいろいろあるみたいだからな」
「社長はこの女の味方するの!?」
「味方するとかそういうのじゃない。コイツが間違いを犯したのは確かだ。もちろん、その分の落とし前はつけてもらう」
「なっ……!?」
エリカが呻く。落とし前とはいったい!? まさかやっぱり苗床にでもするんじゃ……!?
ビクビクしながらエリカがガイアを窺っていると、
「それよりいいのか? 客が来てるぞ」
「え、あらやだ! お待たせしましたー! まあ奥様! 今日もお綺麗ねー! 今日は何をお求め?」
来客に気づいたミリィは一目散に接客に向かっていった。そのまま村人と楽しそうに談話しつつ、てきぱきと売り物を詰めていく。
「本当に……村人たちと暮らしているんだな、オークが」
「ああ」エリカの言葉にガイアがうなずく。「俺たちは美味い野菜を食いたいだけだからな。村の人たちに害を与えるつもりはない」
ここに来るまでエリカもまだ半信半疑だった。しかし、今目の前に広がる光景を見れば、信じざるを得ない。ガイアやマークの言っていることは本当なのだと。
「さて、トォルたちは医者のとこに行ってこい。くれぐれも気をつけてな。マーク、知らせに来てくれてありがとな。もう大丈夫だから帰って仕事に行ってくれ。エリカと言ったな、お前は俺についてこい」
「――っ!」
「お前には落とし前をつけてもらう、俺の大事な社員を傷つけた落とし前を……な」
ガイアの言葉に、エリカはいよいよかと感じた。
いよいよ始まるのだ。
落とし前をつける時が。
そう、
「さっそく働いてもらうからな」
労働という名の落とし前を――。