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第二章 初めての労働③

 朝食が終わり、朝八時の鐘が鳴る。

 それと同時にオーク商店の業務が始まった。

 まず動き出したのは販売部。精肉部門が加工したものや、狩猟班が捕ってきた新鮮な肉を村人に売る部署だ。要するに村のお肉屋さんである。

 他にもナタリーが作った揚げ物などもここでは売られていて、ひそかな人気商品だったりするのだが、それは別の話だろう。


 オーク商店の営業時間は八時から夕方の五時。

 村人と最も接点が多く、商店の顔と言っても過言ではない販売部は何があっても、開店を遅らせることはない。

 一秒だってお客様を待たせるわけにはいかない。

 販売部のリーダーであるミリィは姿見で改めて身嗜みを整えてから(もっとも村人にはその身嗜みはほとんど理解できないのだが)、八時ちょうどに店頭の扉を開く。


「オーク商店、開店よ!」

 すると店が開くのを待っていたのだろう、村の女性たちが何人も店頭に押しかけてくる。

 客層は既婚者が主だが、ちらほらと若い娘も混じっていた。

 彼女たちは口々に注文を言う。


 ハムをちょうだい。

 私はイノシシフライ!

 こっちは熊肉ベーコンのサンドイッチよ!


 店が開いたばかりだというのに、店頭に置かれた商品がみるみるうちに売れていく。

 それだけ安定して安全に供給される肉は、この村では需要があるのだ。


「はいはーい! 商品はいっぱいあるから焦らないでねー」

 こうして販売部の忙しい一日は今日も始まる。


 * * *


 次に動き出したのは精肉部門だった。

 彼らの仕事は言うまでもなく狩猟班の捕ってきた獣肉の加工。


 生肉は捕ってきた日のうちに売るか、自分たちで食べるのだが、それでも余ってしまう時がどうしても出てくる。そういう余った肉は、精肉部門が加工するのだ。

 放っておけばただ腐って食べられなくなるだけの肉も、加工すれば保存が利くようになる。

 そうすれば、それを売ることもできるし、後で自分たちが食べられる。


「おーい、マーチンくん。ついてきたまえ」

 今日は加工の第一段階である塩漬けにしていた肉の熟成が終わる予定の日だ。

 精肉部門の責任者であるアンドリューは、部下のマーチンを連れて肉の様子を見に行く。


 肉の熟成は会社の陰の小屋で行われていた。

 日陰で風通しがよいため、中が暑くなりすぎることはなく、夏でも腐らせることなく熟成できるのだ。


 ここまで三週間ほど熟成させているが、まだ足りないと見ればもう少し寝かせておく必要がある。

 この判断ができるようになるには、とにかく経験だ。

 それができるのは、今この商店の中ではアンドリューだけだった。


 だが、ひとりだけしかできないというはまずい。もしアンドリューが働けなくなったときに業務が破綻する。

 だからこそ、彼はマーチンにもその判断ができるように経験を積ませようと思っていた。

「マーチンくん、どう思うかね?」

「えっと……」マーチンは肉を軽く触って、「いい感じで熟成できてると思います」

 その答えに、アンドリューは満足げに頷いた。彼も同じ意見だった。


「さぁ、次の工程は何かな?」

 アンドリューはまるで学校の先生みたいな口調で問いかける。

「はい、水洗いで脱塩です」

「注意点は?」

「ためた水につけるのではなく、流水で行うこと」

「うん、その通りだ。ではさっそく始めようか」

「はい!」

 生真面目なマーチンの返事が小屋の中に響く。

 今日も精肉部門は美味しいお肉を作るのに大忙しだ。


 * * *


 営業部も時を同じくして業務を始めていた。

 オーク商店で唯一の人間の正社員であるレイは、まずは届いた手紙のチェックをする。

「父さんからの発注書が来ましたか」


 その日届いたのは、レイの父親ことコーラル商会の会長からの手紙だった。

 オーク商店の主要取引先であるコーラル商会からは、こうして定期的に手紙がやってくる。

 そこには、次に村に寄る予定の日付と、その際にどれだけの肉を仕入れたいのかが書いてあるのだ。


 手紙によると、どうやら次に彼の父親が村に帰ってくるのは二週間後のようだ。

「二週間後……それなら、エリカさんを父さんに紹介できそうですね」

 もちろん、その日付はあくまでも予定であり、悪天候やトラブルでずれることはあるだろう。

 しかし、少しくらいずれようともエリカの雇用期間中には間に合うはずだ。


 村の外からやってきて、オーク商店で働くことになったエリカ。

 そんな彼女を知ったら、父はいったいどんな反応をするだろうか。

 この村でオークが商売を始めたと知ったときもそれはたいそう驚いていたものだ。

 そこに、人間の女の子が新たに働きはじめたのだ。それも、村の外の。

 きっとまた驚くに違いない。

 そのときのことを考えると何だか楽しくなってくる。


「おっと……それもいいですけど、ちゃんと発注分の確保をしておかないと」

 レイの仕事は精肉部門などに掛けあって、コーラル商会に卸す分の肉を確保することだ。

「……って、また発注の量が増えてますね」

 営業といえば顧客の要望に応えた無茶な仕事を取ってくるイメージがつきがちだが、ここオーク商店は少し違う。


 まず社長含め社員のオークたちは美味しい野菜が食べられればいい。

 そのため、野菜が買えるだけのお金があればいいので、無理に稼ごうという意思がない。

 成長しても忙しくなるだけということがわかっているのだろう。

 お金を使う場面が彼らにはあまりないというのも大きい。

 また、獣を捕りすぎて山の生態系が狂ってしまうのを社長が良しとしていない。


 普通の会社ならば「仕事をくれ」と頼み込む側なのだが、オーク商店では外への仕事が必ずしも必要ではない状況だ。

 むしろ取引をしてほしいと言われている側の立場である。

 そういった事情もあり、割と取引先にNOと言えるのだ。


 とはいえ、父の先には村の外の客がいるのも確かだ。

 父のためではなく、オーク商店の肉を楽しみに待っている顧客のために、レイは今日も現場と交渉をする。

「よし……今日も頑張りますか」

 それは彼の父が期待していた変化であり、彼自身の成長でもあった。


 * * *


 そして総務経理部。

 一見地味な部ではあるが、彼らこそが会社の中枢を担っていると言っても過言ではない。

 なにせ会社のお金を管理している部署なのだから。


 会社のお金の使い方は多岐にわたる。

 社員の給料はもちろん、身近なところでは書類に必要なインクや紙といった備品を買うにもお金がかかるし、精肉部が肉の加工に使うための塩なんかも買わなければいけないのだ。

 他にも社食の食材を買うのも会社のお金だし、ナタリーがお掃除をするのに使う箒も消耗品だ。

 それらに使われるお金はすべて総務経理部が管理している。


 基本的に会社のお金というのは総務経理部から出るし、入るときも総務経理部宛に入る。

 唯一の例外といえば、直接お客様とやり取りをする販売部だろうか。

 店頭での販売のみ、お金を手にするのは販売部である。


 とはいえ、入る場所は違っても同じお金である。

 ちゃんと管理はしなければならない。

 そのため、総務経理部ががまず行うのは、前日の売上の確認だった。


 販売部は狩猟班が捕ってきた獣の生肉や精肉部の作った加工肉を村人に売り、それをすべて帳簿に記録している。

 その帳簿と昨日持ってこられたお金の金額が合っているかを確認するのだが、

「まぁ合ってますよね」

 総務経理部のひとりがつぶやいた。

 帳簿と売上の金額は完璧に合っていたのだ。


 このあたり、人間社会では数字が合っていなかったら誰かがちょろまかしたのではないかと騒ぎになったりと少し大変なのだが、この会社ではちょっとした間違え(お釣りの渡し間違え)はともかく、大きな差異は今まで生じたことがない。

 ひとえに社員の生真面目さ故だろう。

 それに加えて、社員のほとんどが金に無頓着であるということも理由に挙げられる。


 それから総務経理部は各部署からの稟議の確認と承認を行っていく。

 やれ加工用の塩が足りないだとか、やれ箒のほつれがひどいので新しいのを買いたいだとか、やれ食材が足りないだとか、やれシーツを洗う洗剤を買うだとか、ひとつひとつは地味な要望だが、とにかく数が多い。というか大半はナタリーからの申請だった。


 会社の中で消耗品を取り扱うことが多いだけに仕方ないことだが、やれやれまたか……といった感じで承認していく総務経理のオークたち。

 それが終わっても、社員の給与計算やコーラル商会からの入金の確認など、やらなきゃいけないことは山ほどある。

 彼らの書類との戦いは一向に終わりが見えることがなかった。


 * * *


 そしてエリカが配属された狩猟班では――。

「まだ登るのか……?」

「黙ってついてこい! 騎士のくせに根性ねーな!」

「むっ! き、騎士は関係ないだろう!」

 絶賛山登り中であった。

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