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第二章 初めての労働②

「くそ……私のバカ者め……」

「まだ気にしてるのか」

「うるさい! このオークめ! 金さえあれば人が何でも言うことを聞くと思うなよ!」

「それはお前だけだろ……」


 朝の勉強会への参加はひとまず明日からということになり、エリカは当初の予定通り村の中を散歩した後、オークたちとともに朝食を取っていた。

 メニューはベーコンエッグにパン、そしてサラダを各自が取り分けるといった、エリカにとっても学生寮などでごく慣れたものだった。昨日の歓迎会でも思ったことだが、どうやらこのオークたちが食べるものや生活などは人間とそう大差ないようだ。


「屈辱だ……もぐもぐ……うむ! 美味い!」

「食うか屈辱を感じるか、どっちかにしろ……」

 ガイアが苦言を呈するが、しかしエリカはそれどころではない。

 ナタリーの作ったベーコンエッグは焼き加減が抜群で、特に半熟の黄身はとろっとろで素晴らしい。パンに乗せて食べるとこれまた美味だった。


「おかわり!」

「よく食うな、お前……」

「騎士は身体が資本だからな!」

「口元拭けよー」

 キリッと言い放つエリカ。その口元にはパンクズがついていて、何とも締まらない。


「よく食べるわねぇ、エリカちゃん。作った甲斐があるわぁ」

 そこへちょうどよく、おかわりのパンとベーコンエッグを持ってきたナタリーが通りすがる。


「ナタリー! このベーコンエッグ、とても美味いぞ!」

「うふふ、ありがとぉ。それは村でもいちばん美味しい卵を買って使ってるのよぉ。ベーコンはオーク商店の自前ね」

「えっ……」

 言われ、そういえばここは肉を取り扱う会社だったと思い出す。であれば、このベーコンすらも自社製品の可能性もあるだろう。いや高確率でそのはずだ。


(では、この肉は……)

 昨夜の熊やイノシシの肉を使った料理が脳裏に過る。

「村で飼育した豚のお肉をうちで加工してるのよ」

「豚か……」

 いつも食べているベーコンと同じ肉を使っていると知り、ホッと胸を撫で下ろすエリカ。


(…………ん? 豚?)

 直後、何だか違和感に襲われる。

 何がそんなに引っ掛かるんだろうと新しいベーコンエッグをパンに乗せて、さらにサラダを少し乗せながら考えていると、真正面の席に座るオークの顔が視界に入る。相変わらず豚みたいな顔だなぁと漠然と考えてから、

(……って、オークが豚食うって共食いじゃないか!?)


「いちおう言っとくが、別に共食いとかじゃないからな」

「ギクッ。なぜ私の考えていることがわかった!」

「だからお前、単純なんだよ。考えてることなんかすぐわかる」

「くっ……」

 そんなに自分はわかりやすいのだろうか。


「俺らからしたら、お前らが猿の肉を食ったら共食いかって話だぞ」

「それは……」

 確かに、共食いではないと思う。少なくともエリカはそう思うし、人間のほとんどは(本当に猿の肉を食べることがあるかどうかは別として)共食いだとは感じないだろう。


「オークだっていっしょだ。豚は豚、俺たちとは似て非なる生物なんだよ。……ベーコンうめぇな」

「そういうものなのか……このパンも美味いな。これもナタリーが焼いているのか?」

「ああ、それは違うわよ。卵といっしょで、村のパン屋さんから買ってるの」

 そう言われれば、先ほど散歩したときにやけに美味しそうなにおいがするパン屋があったと思い出す。きっとあそこから買っているのだろう。


「そのうち自分でも作ろうと思うから、その時は味見よろしくね、エリカちゃん♪」

「任せろ!」

 エリカが元気よく頷いたのを見届けてから、ナタリーは他のオークたちにおかわりを配りに行く。


「それにしても……もぐもぐ。お前たち、よく金があるなぁ」

「まぁ……儲かってるからな っつか、物食べながら話をするな。マナーが悪いぞ」

「もぐもぐ……ごくん。まさかマナーのことをオークに言われるとは……」

「俺だってまさか人間にマナーのことを言うことになるとは思ってもいなかったぞ……」

「しかし、儲かってるとはいえ、どうしてそんなに金があるんだ?」

「別に……使わないから貯まる一方なだけだからなぁ」

 おかわりのパンを食べ終え、食後のお茶を飲みながら問い掛けるエリカに、同じくお茶を飲みながら答えるガイア。


「使わない……?」

「ああ。言っただろ? 俺たちは野菜を食いたいだけだ。野菜を買ったり、昨日みたいに食堂で飯を食べる以外に特に使うことはないんだよ」

 だからこそ、食事にはふんだんに金をかける。


 そのガイアの言葉に、エリカは周りをぐるっと見渡し、

「ここの家賃とかは……?」

 眺めた感じ、かなり良い物件だ。新築みたいだし、家賃はなかなかお高いのではないだろうか。しかし、

「ない」

「えっ」

 ガイアの言葉にエリカは驚きを禁じ得なかった。


 これほど立派な建物なのに家賃がないだと!? まさか、村の住民を脅して手に入れたものではあるまいな。

 そんな心配が一瞬脳裏を過るが、後に続く言葉にさらに驚かされることになる。


「賃貸じゃなく、土地ごと買い取ったんだよ」

「何っ!? それはすごく金がかかるんじゃないのか……?」

「まぁそれなりにな。ただ、最初は村でも使われてない場所だからって、タダで渡されそうになってな……」

 エリカの頭に、村の住民たちの顔が浮かんだ。最初に自分を追ってきたマークだってそうだし、昨日の食堂の店員もそうだが、みんなオークたちのことを歓迎しているのがわかる。そんな彼らだからこそ、店や社宅をタダで譲ろうとするのも何となく納得できてしまう。


「それはさすがに丁重に辞退した。タダでもらっても気持ちがよくない。やっぱり自分たちで汗水垂らして手に入れてこそ、気持ちよく住めるってもんだ」

 もったいないと思いつつも、何だかんだでこういう奴らなのだなと納得するエリカ。だからこそ、オークなのに村の住民たちにも受け入れられているのだ。


「なるほど。建物を買い取ったから家賃を払う心配もないということはわかった。そして、だからこそ食事くらいにしか金を使うことがなく、良いパンも買えるということもな。だが、建物を買い取るほどの金をどうやって作ったんだ?」

「最初はローン組んでたんだが」

「ローン」

「金利もゼロで悪いとは思ったんだが、タダで受け取ってくれないなら金利はゼロだって村の奴らが聞かなくってな」

「人間社会に溶け込みすぎだろ……」


「最初は肉を売って、野菜とか買った残りの金でコツコツと返していくつもりだったんだが、コーラル商会に肉を卸すようになったらどんどん金が余り始めたんだよ」

「そうなのか?」

「コーラル商会に肉を売って金をもらえるのは村といっしょだが、いちばん大きかったのは余分に捕ってきちまった肉を売れるようになったことだな。保存食として加工すればこの村だけじゃなく、コーラル商会が他の村や都に行っても売れるから、これがけっこうな金になった」

 それから、とガイアは続ける。

「日常品とかもこの村だとコーラル商会から買うんだが、トップがこの村の出身ってことで、この村だと原価同然の特別価格で売ってるらしい。つまり、収入が増えて支出が減った。これで能動的に金を使う目的が食事以外ないってんだから、金が貯まるのは当たり前だろ?」


「娯楽とか趣味とかには金を使わないのか?」

「使わないな」

 エリカの問いに、ガイアはきっぱりと言い切る。

「というか、正直に言っちまうと、俺たちにはそういうものがよくわからないんだ」

「わからない……?」

「ああ。今でこそ村で暮らしてるが、昔は生きるか死ぬかって感じだったからな。そこらの木から果実を採ってきたり、獣を狩って肉を食ったり、あとは武器を作ったり、そういうことばかりしてた。そうしないとすぐに死ぬ」


 死ぬ。その言葉に、エリカは胸を締め付けられるような錯覚を抱いた。

 ぬくぬくと生きてきたエリカの知る「死ぬ」という言葉と、ガイアたちの言う「死ぬ」には大きな隔たりがあるように感じたからかもしれない。


 また、「死ぬ」という言葉がやけにあっさりと出てきたのもそれに拍車をかける。

 きっと彼らにとっては、さらりと言えるくらい、日常的な出来事なのだ。


「実際、俺たちの仲間も、何人も死んだ。俺たちの生き方は、生きるか死ぬかしかない。だから、生きることに直結しないことって俺たちはあまり関心が持てないんだよな……」

「…………」

「人間ってのは、そうじゃないんだろ? 村の奴らにも驚かれたけどよ、娯楽とか趣味なんてものがあるなんざ、俺たちのほうこそ驚いたもんだ」

「……そんな、働いて食べて寝るだけの人生なんて、寂しくないか?」


 エリカは絶賛就活中の身だ。

 いったい自分がどんな仕事に就くのかはまだわからないが、まさにこの「働いて食べて寝るだけの生活」になるのは嫌だなぁと漠然と思っていた。具体的には残業や休日出勤がめちゃくちゃ多い仕事だ。

 残業が多いと平日に寝る時間を確保できず、せっかくの休みも寝て過ごすことになると聞くし、休日出勤なんてもってのほかだ。


(ただ、残念ながら私の第一志望の騎士という仕事はまさにその残業と休日出勤が多めな仕事なんだよなぁ……)

 もちろん、そのあたりは騎士団によって変わってくるし、エリカだってそれを承知で騎士を目指している。


 人々の平穏のために騎士になる。

 だが、エリカだって人の子なのだ。

 たった一度の人生だし、できれば楽しく生きたい。

 自分のプライベートの時間も持って生きたい。

 だからこそ、エリカは少しでも待遇のいい騎士団に行けるように苦労して就活をしている。

 なのに、今、目の前に「働いて食べて寝るだけの生活」で満足している者たちがいて。

 気づいたときにはエリカはガイアにそう問いかけていた。


「その寂しいってのがよくわからねぇんだよな。楽しいことならあるしよ」

「それは?」

「美味い飯を食えることだ」

 ガイアは明るく言い切り、それにエリカはどう返せばいいかと迷ってしまう。


「まぁ何にせよ、エリカ。俺はお前が来てくれてちょっとよかったと思ってる」

「……なんでだ?」

「金の使い道ができたからだ」

 ガイアの答えに、エリカはどういう意味だと戸惑う。


「ぶっちゃけ、うちの奴らも金を余らせてる奴が多い。俺だってそうだ。食事くらいしか金の使い道がないからな」

 例外はナタリーくらいか、と言いながらガイアは続ける。彼女は服飾の楽しさに目覚めて、それに賃金を使っているらしい。


「金が余って、村でいちばん高い食べ物を買い続けても店や社宅のローンが払えるようになった。それでも金が余って、その次に会社の福利厚生を整えられるようになった。それでも金が余った。それなのに俺たちは金をどう使えばいいかわからないんだよ。手元にただ寝かせておくだけしかできない。食料を余分に買ってもそれこそ単なる無駄遣いだ。食べきれずに保存もできない食料は腐るだけで、まぁ経済は回るかもしれないが、腐らせるのがわかってて買うなんておおよそ健全とは言えない。だから割と途方に暮れててな」

 ガイアはお茶をすすり、一息ついていから、

「金の使い道をちゃんと知ってる『人間』に余ってる金を渡せてよかったよ」


 人間に金を渡すだけならば、村の人間を雇えばともエリカは考えたが、それは昨日の時点で否定されていた。村の人的リソースをオーク商店に割いては、彼らが楽しみにしている野菜作りに支障が出る。そのため、村の人間を雇うこともできず、ただ使う予定のない金を貯め込むに留まるしかない。

 このなぜか人間社会に精通しているオークは、経済が回ることを気にしているようで、金を寝かしておくのが嫌らしい。まったく本当にオークらしくないオークである。


「この村ではあんまり使い道がないかもしれないが帰ったら存分に給料を使えよ」

 そう言うガイアの横顔は飄々としたものだったが、何だか寂しそうだとエリカは感じた。

「お前、俗っぽいから絶対に趣味とかに使い込むだろうしな」

「うるさい!」

 ただ、一言多いやつだとも思った。

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