第一章 オーク商店⑨
いわゆるサービスシーン、ラッキースケベ的な描写があります。苦手な方もいらっしゃるかと思いますが、我慢して読んでいただけますと幸いです。
歓迎会の後、ほとんどのオークたちは社宅へと帰る一方で、エリカは明日からの仕事についての説明を受けるためにガイアとともに会社に向かい、生まれて初めての残業をしたのだった。
一通りの説明を受けたら解放されたエリカは、今は宛がわれた社宅の一室で休んでいる。
社宅はオーク商店のすぐそばにあり、オークたちはここにまとめて住んでいるらしい。最初は仕事が終わると山に戻っていたが、いちいち山を上り下りする姿を不憫に感じた村人たちが彼らが住むための建物を作ってくれたとのこと。
中は大きな宿屋といった感じで、二階建ての大きな建物にいくつもの部屋があり、オークたちは二人(?)で一室を分け合っている。外見は質素だが、中は豪邸もかくやと言わんばかりの広さだった。
エリカも社宅に住ませてもらえることになり、彼女が今いるのもその一室だ。オーク商店で働く人間はエリカを含めて二人いるが、レイは村に家がある。身寄りのないエリカはこの社宅で暮らすしかない(ちなみに村には宿屋もないため、宿屋に泊まるという選択はできなかった)。
ガイアは気前よく「余ってるから存分に使ってくれ」と言っていたが、本来討伐する対象とされているオークと同じ建物に住むというのは、騎士見習いであるエリカにとっては何だか妙な気分だ。
さらに社宅の中には食堂もあり、オークたちはそこで朝と昼と夜の三度、食事をしているらしい。レイは朝と夜は家で食べるようで、昼だけ。たまにおやつを食べにくる食いしん坊もいるとガイアはこっそりと教えてくれた。おそらくザクイーだろう。
ご飯を用意するのは、ナタリーを主とした家事班だ。ナタリーたちは食事の用意の他にも会社と社宅の清掃や、社員の衣服類を洗濯したりもしていると聞いた。こういった形で会社に貢献する者もいるのだな、と今更ながらにエリカは気づいたものだ。
(ふぅ……。それにしても今日はいろいろあった一日だった……)
何日もかけてやってきた辺境の村でオークを退治しようとしたら返り討ちに遭い、さらにはそのオークたちは別に悪さをしているわけでもなく会社を営んでおり、エリカがその会社で働く契約社員にようになるなんて、一日前の自分に教えたら「何を言ってるんだ?」と言われるに違いない。
(そうだ。しばらくこの村に滞在するのであれば、家族に連絡をしておかなければ)
そう思い立ったエリカは、ベッドから起き上がって部屋の中に設えられた机へと向かう。
オークに返り討ちに遭ったなど書けるわけもなく、理由は適当にごまかしつつ村に二ヶ月ほど滞在する旨の手紙を書き終えると、睡魔が襲ってきた。やはり衝撃だらけの一日だったので、知らず知らず疲労が溜まっていたのだろう。
(……寝る前に体を洗おう)
このままベッドで横たわって睡眠を貪りたいという欲求もあったものの、エリカも女の子。ただでさえ季節は夏で汗をかきやすいうえに、山に入ったりして汚れた体が気になっていた。
社宅には湯浴み場もあると案内の際に説明は受けており、そこに行こうとエリカは立ち上がる。
湯浴み場は一階の奥にあった。ご丁寧に、男性用と女性用に分かれている。エリカは当然女性用を選び、かなり広い脱衣所に驚きながら着ているものを脱いでいった。女子にしては高い身長ながらも鍛えられていてスレンダーな体が露わになる。
そうして裸になると湯浴み場に入る。中はかなり広く、奥の壁沿いに大きな容器があり、そこに大量の水が張られていた。さっと手で掬ってみるとお湯ではなく水だった。夏だし、お湯にする必要もないということなのかもしれない。実際、エリカとしては水のほうが気持ちいいだろうと思っていたのでちょうどいい。
さっそく桶で水を掬って頭からかぶる。暑さで火照った体に水の冷たさが心地よく、汗や汚れとともに一日の疲れが流されていくような気分を味わえた。
その時、入口の方から誰かがやってくるような気配を感じ、ナタリーか誰かかと思ってエリカがそちらを見ると、
「ん? エリカか?」
「その声は……社長か!?」
「ありゃ。こっち女湯だったか。間違えちまった。すまねぇ」
さすがに一日そこらではまだ外見で区別がつかないため口調で誰であるかを判断し、咄嗟に体を隠すエリカ。それに対し、ガイアの反応は何とも緩やかなものだった。慌てて引き返すような素振りも見せない。
そこで彼女はピーンときた。
(まさか……やっぱり私を凌辱して苗床にしようとしているのではないか!?)
何だかんだと言ってはいたが、やはりオーク。
人間の女性を苗床にするモンスターに過ぎないのだ。そして自分を陵辱し、苗床にするつもりに違いない!
今のエリカは裸で、ろくな武器もない。ましてや相手は力自慢のオークときた。果たしてエリカに勝てるだろうか。しかし、むざむざとやられてやるつもりはない。たとえ敵わないとしても一矢でも報いてやる! セクハラで訴えてやろうかと、やはり半端な知識で考えるエリカだったが、
「じゃ、男湯の方に行くわ。悪かったな」
「何だと!?」
ガイアはそのまま湯浴み場から出ていこうとするではないか!
「ま、待て!」
「…………? 何だよ?」
「わ、私を凌辱しないのか!?」
「はぁ?」
何言ってんだこいつ、みたいな顔をされた。
エリカ自身、何を言ってるんだ自分はと思う。出てくなら出てくでいいじゃないか。なんでこんなことを言っているんだ。しかし、自分で言い出したこともあり、恥ずかしがりながらも言い訳のように続けてしまう。
「じ、自分で言うのも何だが、私はそこそこいい体をしているし、顔も悪くないと自負している」
面接官からセクハラまがいの質問をされたし、とは思っても言わなかった。
「オークといえば人間の女性をさらい、苗床にするものなのではないのか!?」
まるで襲ってほしいとも取れなくもないエリカの問いにへのガイアの答えは、
「何それこわっ……」
「えっ」
そんなものだった。
「人間ってそんなことあると思ってんのか……? オークの俺が言うのも何だが、普通は有り得ないぞ」
「えっ、でも、じゃあオークって人間を捕らえたりしたらどうするんだ? 綺麗な女は苗床にされるって聞いたんだが……」
「いやしないしない。別に何もしないよ。普通は脅して帰すだけじゃないか? 俺も他の地域のオークがどうやってるのかなんて詳しくは知らんが……」
「そ、そうなのか……!?」
「だって俺らとお前たちとじゃ種族違うし……ぶっちゃけ人間相手に欲情しない。人間の美醜になんか興味ないしな。人間だって普通はオーク相手に欲情しないだろ?」
「え…………」
言われてエリカも考える。確かにその通りだ。
人間はオークに欲情はしない。それなら逆もまた有り得る……?
「お前が人間としては美人って言われる類なのかもしれないが、悪いが俺にはまったく興味もわかないね」
うっとうしそうなガイアの言葉に、それはそれで何か傷つくと感じるエリカだった。
「言いたいことはそれだけか? じゃあ俺はもう行くからな」
「あ、あぁ…………」
ガイアが出ていくと、あとに残るのは静寂の中に体から滴り落ちる水音だけ。
「な、な、な………………………………………………………………」
そんな静かな空間の中、わなわなと震えるエリカの喉から搾り出されたのは、
「なぁにがオークに捕まったら苗床になっちゃうよ、だ! あのクソ面接官!!!!!!!!!!!!」
セクハラ面接官への盛大なクレームだった。
「うっせーぞエリカぁ! 寝てる奴もいるんだから静にしろぉ!」
「ひぃっ! す、すまん!」
男湯のほうからガイアの怒号が響き、エリカはすかさず謝罪する。
こうして、エリカの長い一日は今度こそ終わるのだった。
これでひとまず第一章は終わりで、次回から第二章に入ります。
オーク商店の契約社員として実際に業務に入るエリカ。果たして彼女を待ち受ける過酷な業務とは!? そして本当に基本的に残業はないのか!? オーク商店はホワイト企業なのか!?
こうご期待!
早めに更新するようにします。