序章 くっ、殺せ!
初投稿です。まだ書き途中ですが、よろしくお願いします。
序章 くっ、殺せ!
エリカ=ウッドマンは焦っていた。
彼女は騎士学校の最上級生であり、女子でありながら学校始まって以来の天才として名の知れた騎士見習いだ。
騎士見習いの常として経験不足であることはともかくとして、騎士としての戦闘能力や兵法の知識などは目を見張るものがあり、現役の先輩騎士たちにも優るとも劣らない実力を持っている。
騎士学校に入学してから二年半。天性の才能もあっただろうが、たゆまぬ努力を続けてきた彼女は、あと半年もすれば騎士学校の歴史に名を残して卒業する。
しかし、そんな優秀すぎる彼女は今、焦っていた。
まだ内定が出ていないのだ。
この時期、騎士学校の最上級生は卒業後の進路として、どこの騎士団に所属するかを決めなければいけない。それは類稀なる天才であるエリカも同じだ。
騎士団と言ってもピンキリで、王やその身辺を守る近衛騎士団や王宮を警護する王国騎士団といった給料も高くて名誉のある騎士団、地方でオークや魔物などの侵略者と戦う地方騎士団など、さまざまだ。ちなみに地方騎士団はやることが多い割には給料が低く、騎士見習いの間では絶対に所属したくない騎士団としてよく挙げられる。
優秀なエリカは、どこの騎士団からも引く手数多、近衛騎士団や王国騎士団に所属することが確実だろうと見られていたが、現実はそう甘くはなかった。
(……女だからって甘く見て!)
男女平等が叫ばれ始めた昨今、女性の社会進出も顕著になってきたが、それでもまだ社会の中では騎士は男がなるものだという風潮は強く残っていたのだ。
そのあおりを受け、エリカは未だに内定ゼロ――どこの騎士団に所属するかが決まっておらず、このまま卒業でもしたらあれほど優秀だったのに就職浪人、果てはニートという考えるのも恐ろしい未来が待っている。
(騎士に必要なものは強さ……女の私は腕力が弱いというのはわかってる。けど、私にはそれを補う戦闘技術がある! 実技試験に辿り着けさえすれば内定なんて余裕なのに!)
騎士団の就職試験には、エントリーシートの選別から始まって筆記試験、面接、実技試験を経て最終面接という過程を取っている。
エリカは就職活動用の参考書を読みふけり、友人と面接の練習に明け暮れ、それでいて訓練も怠らず、試験対策はバッチリだった。
だが、エントリーシートで落とされては――試験に辿り着けなければそんな対策は意味がない。どこの騎士団にエントリーシートを送ってもお祈り手紙が届くばかりだ。
ごくたまに、地方の貧乏騎士団でエントリーシートを通してくれるところもあったが、だいたい面接で落とされる。
(しかも圧迫面接とセクハラのオンパレードだし! ホントに信じられない!)
ストレートなものでは「おっぱい大きいね。何カップ?」と他の男性受験者の前で聞かれて「Eカップです……」と答えさせられたり、ひどいものでは「そんないい身体してるとオークに捕まったら苗床にされちゃうよー?」などというものもあった。誰が捕まるか。
そんな状況を打破すべく、エリカは強硬手段に出た。
すなわち、オークの退治である。
王国北方の険しい山に、オークが住み着いた。その山の麓には最近になって豊かになり始めた村があり、それを狙っているという噂だ。まだ実害があったわけではないが、近くを通った旅人たちによる目撃情報が相次いでいるのだ。
(ルメール山のオーク……これが本当なら、チャンスよ!)
オークは王国郊外に広く生息する魔物だ。魔物の中では弱い部類に入り、戦闘訓練を受けた騎士ならば一対一で圧倒、二〜三体相手でも戦い方次第では一人でも倒すことは可能だ。だが、普通の人間からしてみれば十分なくらい脅威的な腕力を持っている。
まだ実害がなかったとはいえ、オークを退治して民衆の脅威を取り除いたという実績があれば、頭の固い騎士団の役員や人事担当の連中も自分が騎士にふさわしいと認めて内定を出さざるを得ないだろう。
そんなわけで、エリカは目撃情報に従い、ルメール山に分け入っていた。
ただ気がかりなのは、近くの村に立ち寄った時の住民たちの反応だ。
エリカが自分を騎士だと名乗り(実際は騎士見習いなのだが面倒なのでそう告げた)、オークの退治にやってきたと告げた時、彼らの顔が曇ったのだ。さらには、実害もないのだから別に退治しなくてもいいんじゃないかとまで言ってきた者もいた。
エリカはピンときた。
もしかしたら、人質を取られているのかもしれない。
実害を受けているわけではないという話だったが、それは人質を取られて逆らえない住民たちが虚偽の報告をするように脅されているに違いない。
(そうなると、ますます都合がいい。騎士団も掴めていない事件を私が解決したとなれば、近衛騎士団も夢ではない!)
そんなことを考えていると、ガサガサ、と草をかき分ける音が聞こえてきた。
エリカは立ち止まる。オークだ。
こちらには気づいておらず、まるで警戒心などない様子でどこかへ向かって歩いている。
数は五体。一人で相手するのは少々厳しいが、自分なら何とかなる。エリカはそう信じて仕掛けるタイミングを窺い始める。
幸い、オークたちは山を流れる川辺へと出た。川の反対側から奇襲すれば、川を背にしたオークたちは逃げられないし、奇襲で一体を倒せばあとは四体。混乱に乗ずればもう一体は倒せるかもしれない。そうすれば三対一だ。
あとはタイミングだ。オークが油断しきったところを狙わなければ……。
そうやってエリカがオークたちの様子を窺っていると、奴らは川辺の岩に座り込んで何やらゴソゴソし始めた。
(今だ!)
オークすべてが座り込んだのを確認し、エリカは身を潜ませていた茂みから飛びだした。
「覚悟!」
そして、一番端に座っているオークに容赦なく剣を振りおろす。
「グワー!」
オークの身体は頑丈で皮膚も硬い。女であるエリカの細腕では刃は通らなかったが、それでも何キロもある鉄の塊を脳天に叩き込まれたのだ。運の悪いオークは妙な叫びを上げながらそのまま気絶した。
「トォル! てめぇ、よくもトォルを――」
隣に座っていたオークが、仲間をやられたのを見て立ちあがるが、それを見逃すエリカではない。すかさずそのどてっぱらに剣で横殴りにする。セリフを言い切る前にそのオークは悶絶して倒れる。
他のやつらがまだ立っていないならそのまま追撃を、と思ったエリカだったが、さすがに他の三体はすでに立ちあがり、戦闘態勢を取っていた。
「騎士か……」
「村の奴らが通報したんですかね?」
「どうします、アニキ?」
油断なくこちらから視線を外さないオークたち。エリカは対峙しながら考えを張り巡らせていた。
(山に住み着いてるオークがこいつらだけとは思えない。それに人質も取り戻さなきゃいけない。あのアニキとか呼ばれてるオークを捕らえる。他は少し眠っててもらう!)
方針が決まると、エリカは剣を構え直した。
「人質は返してもらう! うおおおおおおおおおおおおおお!」
裂帛の気合い!
オークはその気合いに気圧される!
しかし、オークも黙ってやられるわけにはいかない!
「人質ィ? 何のことかわかんねーが……」
「こっちだってみすみすやられるわけにはいかねーんだよ!」
「いくぞ、オルテガ、マッシュ!」
「「あいよ!」」
来るか! エリカは身構える。
とはいえ、オークは集団戦闘を行う種族ではない。それぞれが別個に襲いかかってくることで知られている。それならば、一体ずつ倒していけばさほど困難ではない。
予想通り、オークの一人が連携など考えることなく突進してくる。エリカは冷静にそのオークに剣をたたき込み、卒倒させる。
「グワー!」
(この調子なら楽勝だな……何っ!?)
しかし、その直後、エリカの予想を裏切ることが起きた。
倒したオークの陰から、二体目のオークが現れたのだ。
「オルテガ! お前の死は無駄にはしないぞ!」
「……死んで、ねぇよ……」
それだけ言って、最初に突進してきたオークはガクッと気絶した。
「くっ!」
囮にしただと!?
エリカは驚愕する。連携など取れるわけがない、ただ突進してくるしか能がないと思っていたオークが、チームワークを取っている!
仲間を囮にすることは今までにも何度か事例はあった。だが、それはあくまでも結果的にそうなっただけで、狙って行われたわけではないというのが通説だ。
しかし、目の前のオークたちは明らかに狙って囮にしている!
一体目のオークに攻撃を加えたことで、エリカには隙ができていた。
「もらったああああああああああああああああ!」
二体目のオークの拳が迫る!
「舐めるなあああああああああああああああ!」
しかし、エリカも伊達に天才と呼ばれているわけではない。崩れた体勢を必死に立て直し、瞬時に攻撃へと転じる。オークの拳を紙一重で避け、カウンター気味に剣を叩き込む!
「グワー!」
二体目のオークはエリカの剣を受け、あっけなく地面に倒れた。
だが、強引に体勢を変えて剣戟を放ったエリカもまた、大きな隙ができてしまった。
(まずい……!)
このオークは学校で習ったオークたちとは違う。自ら囮となり、連携を取っている。
つまり、先の二体のオークたちは布石。本命は――
「うおおおおおおおおおおおおおおおお! オルテガとマッシュの仇いいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
やはり三体目のオークが迫ってきていた。
無理な体勢で強引に攻撃を放ったことに加え、頑丈なオークにダメージを与えるために必要以上に力を込めたことで、エリカには致命的な隙ができている。
避けられない。
防御も間に合わない。
「これぞ、オークストリームアタック!」
ふざけた技名を叫ぶオークの振り下ろした拳を受け――エリカは意識を失った。
「――はっ!?」
意識を失っていたエリカは目を覚ました。
どうやら拘束されているようだ。太い樹の幹に縄で縛られている。何とか縄が緩まないか身体をゆすってみるが、固く結ばれている縄はびくともしない。
「目が覚めたか」
離れたところで仲間の手当てをしていたらしいオークがエリカのもとへとやってくる。
「くっ、殺せ!」
エリカは死を覚悟した。
「殺すだと? 見ろ、俺たちの仲間を! お前に痛めつけられてろくに動けない状況だ! お前は殺さない。生かしてその補填をしてもらう」
オークがエリカの身体を頭のてっぺんから足先まで、まるで品定めをするように眺める。
Eカップのバストと、きゅっとくびれたウエスト、そして桃のようにふっくらとしたヒップ……顔も綺麗なほうだと自負している。同級生からは目つきがきついとはよく言われるが。
「なかなかいい身体だな、ブッヒッヒ」
(……まさか、このまま犯されてオークの子供を産まされるのか!?)
――そんないい身体してるとオークに捕まったら苗床にされちゃうよー?
セクハラ面接官の言葉が脳裏を過る。
(嫌だ! 私は騎士だ! 騎士になるんだ! こんなところでオークの子供を孕まされるなんてことがあったら故郷の父や母、妹たちに顔向けができない! いざとなれば舌を噛み切って死ぬ!)
覚悟を決めたエリカにオークは宣言した。
「ウチの会社で働いてもらう」
「そんな辱めを受けるくらいなら死んでや……え?」
働く?
エリカは耳を疑った。
「あいつらは全治二ヶ月といったところか。その間、俺たちにも仕事がある。お前にはあいつらが働けない分、それを手伝ってもらう。もちろん給料は払うが、仲間の治療費の分を引かせてもらうぞ」
「え? は? 仕事? え?」
最初、エリカはわけもわからずに混乱していたが、すぐにハッと我に返る。
オークの仕事といえば、人さらいだ。騎士の誇りにかけて、そんなものを手伝えるわけがない。
「うちでは最初は契約社員扱いで正社員登用制度もあるんだが、二ヶ月間だけの雇用なら最後まで契約でいいな。とはいえ、週休完全二日制で、交通費は支給、社会保険も完備、慶弔休暇も保障しよう。残業代も出す。深夜手当ては二十五パーセントアップだ。あいつらの代わりなんだからあまり休んでほしくはないが、必要ならば有給も使っていい。遠慮なく相談しろ」
「働く! って、あ、違っ、今のなしで――」
手伝えるわけがないと考えていたエリカの誓いがあっさりと揺らいで即座に出た言葉を、エリカは慌てて打ち消す。
しかし何とも魅力的な待遇だろう。土日も関係なし、残業代も出ず、有給もろくに使えないという騎士団とはえらい違いだ。
いやいや待て待て。大切なのは待遇ではない。給料……じゃなかった、仕事の内容だ。それに騎士団はいくら福利厚生が悪くとも、誇りがある。
確かにこの騎士としての能力があれば一般人をさらうなど朝飯前ではあるが、そんなことは騎士(見習い)の誇りにかけて――
「……? まぁいい、お前に拒否権はないからな。で、業務内容は森の中の獣の退治でいいな? 騎士なだけあって、なかなか鍛えられた身体だから期待してるぞ」
「獣退治ィ?」
「あ? 何か文句あんのか? じゃあそうだな……食品加工でもいいぞ。退治した獣の肉を村の連中に売る前に食品用に加工する仕事だ。俺としちゃぁ、そんだけいい身体してんだから退治のほうを手伝ってほしいんだがな。まったくこれだから最近の若いやつらは。ゆとり世代って言うのかね。あ、ってかお前料理できる?」
「いやいやいやいやいやちょっと待て。ちょっと待て! いったい何の話をしてる!? お前らの仕事は人さらいじゃないのか!?」
「人さらいィ?」
今度はオークが怪訝な顔をする番だった。
「いつの時代の話だ、そりゃ。いいか? 俺たちオークも栄養を取らなきゃならん。肉ならそこらへんの獣を捕まえて食べればいいが、野菜は違う。食うならちゃんと育てられた栄養価の高いもんが食いてえ。しかし俺たちは美味い野菜の作り方を知らん。そこでだ、俺たちは村の奴らと取り引きをすることにした」
「取り引き……?」
野蛮なオークのものとは想えない言葉に、エリカは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
「そうだ。つまり俺たちは、村の連中の畑を荒らす獣を退治したり、猛獣ばかりで危険な森の中で捕まえた動物の肉を売り、そのお金で村人たちが作ってる野菜を売ってもらうことにしたんだ」
どうだ、頭がいいだろう、とドヤ顔を晒すオークに、エリカはイラッとする。イラッとしながらも考える。
このオークの言っていることが本当だとして、獣退治やそれに伴う村人への動物性タンパク質の供給を行うのは特に人道にもとる行為ではない。実際、地方では猛獣に苦しまされておちおち狐や鳥、川魚すら取れないところもあるという。むしろ騎士として当然の行為も含まれているだろう。それに何よりこの福利厚生だ。何かもう騎士団に入るよりここに就職したほうがよくね? とエリカは思い始めていた。
しかしそんなに美味しい話があるわけがない。きっと給料などもらえないブラック企業なのだ。オークたちならともかく、エリカは人間だ。裕福に暮らせるくらいのお賃金が欲しい……じゃない、騎士団は幼い頃からの憧れだ。誇りある仕事なの――
「給料は……そうだな、獣退治なら三十万ゴールドでどうだ?」
「三十万!?」
地方騎士団の三倍の給料だった。ちなみに王宮騎士団の初任給ですら二十万代後半だという噂だ。余りの額に、エリカの決意は再び、しかし先ほどよりも激しく揺れた。
しかもこれは正規の給料ではない。ということは正社員だともっともらえるのか? というより、なんでこいつらそんなに金持ってるんだ?
「あぁ、いたいた。ガイアさん。よかった、無事……じゃないみたいだね」
エリカがオークの言葉にぐらぐらと揺れながら疑問に思っていると、新たな人物が現れた。それはオークではなく、
「あなたは、村の……!?」
「おう、マークじゃねぇか。どうした?」
麓の村の住人だった。
「いやぁ、どうしたっていうか、その騎士様がガイアさんたちを退治しに来たらしいから、注意するよう会社のほうに伝えに行ったんだけど、ガイアさん釣りに行っちゃったっていうからさぁ」
「釣り!? 釣りしようとしてたのかお前たち!?」
「鮎が美味い季節だからな」しれっとオークが言う。言われてみればあれは釣りをしようとしていたようにも見えた。「あと肉ばっかじゃなくて魚も食べなきゃ栄養が片寄るし」
「んで、どうせここだろうと思って来てみたら……どうも手遅れだったみたいだなぁ」
負傷しているオークたちを見て、マークと呼ばれた男性が困ったように言う。
「そいつは手間かけさせちまって悪かったな。見ての通り、俺は無事だが、トォルたちがなぁ……今、この姉ちゃんに代わりに働いてもらうように交渉してたんだ」
「えぇっ!? 働いてもらう!? この人に!?」
「あぁ。トォルたちを倒すようなやつだ。害獣退治くらいやってもらえるんじゃねぇかと思ってな」
「でもそれはまずいんじゃないかな? 騎士団って副業禁止じゃ……」
よく知ってるな、とエリカは思った。そしてツッコむところそこかよ、とも。
「それに騎士様の行方がわからなくなったら騎士団のほうでも調査に来るかも……」
「あ、それなら、あの、実は……」
エリカは自分が単なる騎士見習いというか学生でしかなくて正式な騎士ではないこと、内定が出なくて焦っていたこと、そして内定をもらうためにオークの退治という実績を作ろうと夏休みを利用してここに来たことを打ち明けた。
「はぁ、人間たちの社会ってのは大変なんだな」とオーク。
「最近は都会なんかだと就職氷河期とか言われてるらしいし、大変だったんだね」
「しかし、こういうバイタリティがあるやつを採用しないとはその騎士団とやらも見る目がねぇなぁ」
退治しようとしていたり助けようと考えていた側から慰めてもらうという状況に、エリカは屈辱以前に何だこれと思い始めてきていた。しかも未だ縛られたままなのでだいぶシュールな光景だ。
「なぁ騎士様……じゃなくて騎士見習い? まぁいいや、お嬢ちゃん。そんなに働くところがないなら、ガイアさんの言う通り、ガイアさんところで働いたらどうだい? ぶっちゃけ騎士団よりも給料いいと思うよ。なんせこの村が豊かになったのはガイアさんたちの会社のおかげなんだから」
「……え?」
「俺らの村も、ちょっと前までは他の地方の村と同じで、そりゃ貧乏だったさ。だけどな、ガイアさんたちが来てくれて変わったんだ」
村人が言うには、オークたちが山に入ってくれるおかげで以前よりもはるかに楽に肉を手に入れられ、さらに畑を荒らす獣も退治してくれるから野菜の収穫も安定し、さらにはオークたちの取ってきた獣の肉を加工したものが都でも人気でよく売れ、そのおかげで村が豊かになったらしい。しかも、肉をオークが取ってきてくれるし畑を荒らす獣もいなくなったことで村人は野菜作りに集中でき、より美味くて栄養価の高い野菜を作れるようになり、これも都でよく売れているという。そうして、オークたちが来てからというもの、村はどんどん豊かになったのだ。
「そこらの商人よりよっぽど儲かってるからな、ガイアさんところは」
エリカは「豊かになった村をオークが狙っている」という噂を思い出しながら、その話を聞いていた。
つまり、村が豊かになったからオークに狙われていたのではなく、順番が逆。オークがやってきたことにより、村が豊かになったのか。なるほど、それならつじつまも合うし、オークたちが騎士団を優に超える給料を払えるのも納得――
「……って、納得できるかそんなもん!」エリカは叫んだ。「それじゃ私はバカみたいじゃないか!」
豊かになった原因であり、村人たちからも感謝されているだろう――それはマークと呼ばれた村人の態度からも感じられる――オークを退治するなんて、まさに余計なお世話だ。
そこまで考えて、エリカはハッと気づいた。
「そういえば……オークを退治しに来たと言ったとき、反応が悪かったが、それも……」
「あー、うん。ぶっちゃけどうやって断ろうかなって思っててねぇ。さすがにオークはいいやつらだから退治しないでくれなんて言っても信じてくれないだろうし」
「なっ……!」
内定を得るために実績を作ろうと躍起になり、しかしそれが実は誰からも望まれていないことだった。まるで自分が道化にでもなった気分だ。
「くっ、殺せ!」
「いや殺さねぇよ……」
あまりの羞恥から再び口に出た言葉も冷静に返されてしまう。もう本当にいっそ殺してほしいくらいだ。
「まぁ何だ。結局勘違いであいつら怪我させちまったわけだし、働くところもないって言うなら、あいつらの代わりに働いてもらうからな。いいな?」
意気消沈したエリカはしばらくの間逡巡していたが、伝えられた待遇、業務内容、給料などを考えると何かもう比較するだけ無断じゃないかってくらいオークの会社が魅力的に思えてきて、
「……………………………わかった、働く! 働かせてくれ!」
ついに騎士としての誇りを捨てて頷いていた。
こうして女騎士見習いのエリカ=ウッドマンは、オークの会社で働くことになったのだった。