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契約

 S氏はいわゆる怠け者であった。机は汚いし、最低限の仕事しかしないので、同僚や上司からはどうしようもないやつ、という評価がなされていた。

 ある日S氏が自分の仕事を片付けてトイレの個室に篭っていると、上司たちがやってきてこう言った。

「お前の部下のSというやつは、自分の仕事もたいしたことはできない上ににほかのやつの仕事をまったく手伝ってやらないそうじゃないか。そんなやつを雇っている価値はあるのか」

「おれも考えてはいるんだ。近々あいつをクビにして、新しいやつを入れようと思っているよ」

「そうしたほうがいい。しかし、後腐れのないようにしろよ。後のないやつは逆恨みが怖いからな」

 それを聞いたS氏は、すぐに携帯端末を立ち上げ、職を失うのを防ぐにはどうしたらいいか調べたが、そんな都合のいい情報はどこにもなかった。

 うまい話が見つからず慌て始めたS氏の目に、「貴方の願い叶えます――明間契約会社」という広告が映った。離職の危機に動揺していたためか、普段なら絶対に興味を持たないであろうその広告元に、S氏は藁をもすがる思いで電話をかけた。

「お電話ありがとうございます、こちら明間契約会社でございます」

「もしもし、願いを叶えてもらえると聞いたのですが」

「ええ、ええ、わが社ならお客様の願い事をなんでも叶えて差し上げられます」

「なんでも、ですか」

「はい、なんでも、でございます。もしよろしければ、その願い事をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 連絡してみたはいいものの今になって胡散臭く思ったS氏だったが、駄目で元々願いを言ってみることにした。

「実は仕事をクビになりそうでして、職に未練はないのですが、仕事がなくなると生活ができなくなってしまいます。なので、一生遊んで暮らせるような資金が欲しいのです」

「なるほど、では、一生遊んで暮らせる資金を手に入れる、というのがお客様の願い、ということでよろしいですね」

「そのとおりです。しかし、そんなことが本当に可能なんでしょうか」

「ええ、ええ、先ほども申し上げました通り、わが社はお客様の願い事をなんでも叶えて差し上げることができます」

「ものすごい自信ですね。しかし、これだけ大きなこととなると、対価のほうはどうなるんでしょうか」

「とんでもございません。わが社はお客様は神様、をモットーにしておりますので、対価など頂けません。強いて言うなら、お客様の幸せが対価、ということになりますが」

 いよいよもって怪しくなってきたが、職を失ってしまう恐怖がそれを打ち消した。S氏は言った。

「では、お願いします。それで、私は何をすればよいのですか」

「はい、では10分以内に係の者を送りますので、詳しくはその者からお聞き下さい」

「わかりました」

ずいぶん対応が早いと思いつつ待っていると、5分ほどで家のチャイムが鳴った。

「さきほどお電話をいただきました、明間契約会社の者です」

「はい、どうぞ中へ」

 ドアを開けると、そこには見たこともない美人の女性が立っていた。美人というだけでなく、立ち振る舞いも見事なもので、会社名とは裏腹に不信感など感じる由もなかった。

「お忙しいところ、お時間を割いていただきありがとうございます」

まず確認させていただきますが、お客様の願いは一生遊んで暮らせる資金が欲しい、ということでよろしいですか」

「あ、はい、そうです」

「では、こちらにサインを・・・」

「ちょっと待って下さい、本当にこんな契約が実現するんですか」

「ええ、わが社のモットーは・・・」

「それは聞いていますが、あまりにもうまい話がすぎる。なにか落とし穴があるんじゃないでしょうね」

「それについては、こちらをご確認していただければと思います」

 女性から渡された契約書を眺めても、S氏に不利益があることや、法に背いている等の情報は見られなかった。対価についても、S氏が支払うものはなにもないということが確認できた。

「いやはや、疑ったりして申し訳ない。失礼ですが御社の名前も聞いたことがなかったもので疑ってしまいました」

「いえいえ、わが社も設立したばかりなので、名前を知らないのは当然です。それにわが社は、本当に困っている人にしかお伺いしないのです」

「それはまた、どうして」

「私どもは困っている方々をお助けしたいがために会社を設立したのです。それに困っていない方をお尋ねしても、怪しいと門前払いですからね。もちろん、その契約書にも書いてあります通り、怪しいことなどひとつもないのですが」

「それもそうですね。実を言うと、この契約書を見るまでは私だってちょっと疑ってましたから」

「うふふ・・・それでは、サインをいただけますか?」

「はい」

「ありがとうございます。では、この契約は翌日より有効となります。ご利用まことにありがとうございました」

・・・・・・

・・・

 女が帰ったあと、そういえばいつどうやって資金がもらえるのか確認しそびれたことを思い出したが、

それよりもこれからの贅沢な暮らしを手に入れたことに舞い上がり、平日だというのに酒を飲んで夜更かしをした。

 それがS氏にできる最後の贅沢だった。

・・・・・・

・・・

 S氏の同僚や上司はS氏の変わりように驚くことになった。

 ある日からS氏は何かに取り付かれたように仕事に励み、嫌がっていた仕事も進んで手伝うようになった。

 結果としてリストラは取り消され、信頼も回復、彼の地位はどんどん上がっていった。

 今までの態度との差に、なにがあったのか聞くと、彼はこう言うのだった。

「一生遊ぶ金が欲しいなんて契約しちゃったばっかりに、俺自身は一生遊ばずに金を貯めなきゃいけなくなっちゃったのさ。とほほ・・・」


通学・通勤時の暇つぶしになれば、と思います。

しつこいようですが感想お待ちしております。

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