その4「結?」
カーペンタージュニアの屋敷は恐ろしく静かだった。
いつもはこの屋敷の前にいるアウトローたちの姿がない。恐らくほとんどが俺たちに殴り込みをかけてきたのだろう。そのほとんどを返り討ちにしてしまったのだから、ここに人がいるはずもない。ガットリング速射砲が隠されているロココ調の庭を抜け、玄関のドアを蹴破った。だが、屋敷の中にはアウトローはおろか執事、メイドの姿すらもない。
二人で顔を見合せ、銃を構えながら進む。しかし、人の気配がない。
どうしたことだろう?
しかし、その疑問はすぐに氷解した。
俺たちが二階の階段の踊り場を見つけた、その瞬間だった。真っ赤な絨毯敷きの階段の向こう、二階の部屋のドアが、突然勢いよく開かれた。
「やあやあ、ようこそここまで」
口もとの髭を触りながら、俺たちを見下ろすのは、カーペンタージュニアだった。腹に貯め込んだ脂肪を揺らしながら、卑屈っぽく貌を歪める。
「よく来てくれた。歓迎しよう。いつもご苦労、保安官君」
俺は銃口をカーペンターに向けた。
「今の状況、判ってるのか、あんたは」
「ああ、判ってるつもりだがね。言うなれば、飼い猫だと思っていたものが、外からやって来た犬に唆されて飼い主の手を噛んできた、ということだと理解している」
なんだ、この余裕は。
そんな俺の疑問の答えを述べるかのように、カーペンターはハッハ、と短く笑う。その笑い声は吹き抜けの踊り場によく響いた。
カーペンターはにやりと笑い、指を鳴らした。
と――。
二階の各ドアが一斉に開き、中からアウトローたちが一人、また一人と躍り出て、二階の廊下を埋め尽くす。吹き抜けになっている廊下から身を乗り出すようにして銃を構えるのは五人。相当の実力者たちのようだ。
「余裕の理由が判ったかね?」カーペンターは鼻を膨らませた。「備えあれば憂いなし。そういうことだよ」
その言葉にかぶせるようにして、俺は口を開いた。
「おう。備えあれば憂いなし。その通りだな」
「む?」
「まさか、俺たちがここまで、何の準備もせずに来たとでも?」
そうして俺は、ジャケットの中に隠していたそれを皆の眼前に晒した。
すると、アウトローたちがどよめいた。
それはそうだ。
「ほれ、あんたらのところの爆弾魔の手榴弾だ! 誰か一人でも銃を撃ってみろ、これの信管を抜くぞ」
アウトローたちがたじろく。
額から汗をたらしながら、カーペンターが口元をひくつかせた。
「ほう、自殺志願者かね」
「違う」
「ならば、私の大嫌いな正義漢というやつかね、保安官君」
「違う。ただ単に、お前がここに居るのが気に食わないだけのことだ」
「ほうなるほど、シンプルで実に分かりいい」
「交換条件だ。カーペンター、町長の職を退け。そうすれば命を助けてやる」
俺の声が、廊下の中に響き渡って消えた。
「ほう」
カーペンターは目を細めた。しかし、その顔にはありありと恐怖の様が浮かぶ。
「だから、出ていけカーペンター」
「出ていけば、命を助けてくれるのか、本当に」
「ああ、保証する」
頷いた。だが。
次の瞬間、銃声が響き渡った。やや遅れて、右手にビリビリという衝撃だけが残り、持っていたはずの手榴弾が床に落ちた。慌てて取り上げようとしても、次なる銃声とともに手榴弾が跳ね、あさってのほうへと飛んで行ってしまう。そうして手榴弾は一階のあるドアの前に転がった。
しまった。取り上げようとその場まで走る。
しかし、それよりも前に、ドアの中から伸びた手が、手榴弾を取り上げてしまった。
そのドアの奥から、ふわあ、とあくびの声がした。
「まったくうるさいな。おい、カーペンターの旦那、昼寝の時間の確保は契約のうちだったよな?」
すると、真っ青な顔をしていたカーペンターが一転、満面の勝ち誇り顔を浮かべた。
「ええ、そうですが先生、ちょっと今は取り込んでいましてね。あとで御条件を変えさせて頂いても?」
「高くつくぜ?」
手榴弾の頭で肩を叩きながらドアの奥から現れた男は、ひどく静謐な雰囲気を持った男だった。それは、黒髪の黒い瞳の、いかにも異国情緒の顔立ちがそうさせるのだろうか。服はいわゆるガンマンのスタイルそのものだが、明らかに西洋人ではない。恐らくは亜細亜の――、清国あたりの人種の顔立ちである。年は存外に若そうだ。しかし、目の奥に潜む強い意志はすぐに見て取ることが出来た。
そして、この男の右手に握られているのは、硝煙を巻き上げたままの、コルトネイビー。
ハミルトンの顔色が変わった。
だが、現れた男はそんなハミルトンの変化に気づいていないのか、カーペンターに軽口を飛ばした。
「おし、じゃあ早速交渉だ。一人当たり、いくらだ」
「三ドル。これ以上は譲れませんね」
「おいおい、命の代金にしちゃ随分と安くないかい? あんたの命の代金としちゃ」
「今、なんと?」
「もしも俺が手を出さなけりゃ、あんた、最悪死ぬぜ? ハッキリ言うが、今ここに居るメンツじゃあ、この二人は殺せねえんじゃねえかな」
「なんですって? ここにいるのは――」
「ああ、それなりに腕の立つ連中だろうよ。でも、あの二人には勝てねえよ」
ふうとコルトネイビーから立ち上る硝煙を吹き消した男は、にやりと笑った。
「だったら、やってみればいい」
その言葉をきっかけにして動いたのはカーペンターではなかった。銃を構えていた五人のアウトローたちだった。それはそうだ。目の前で実力不足と看過されたのだ。黙って見過ごせるわけはない。いきり立った一人が引き金を絞り込もうとした。
だが、こちらとしてもそれを見逃すわけにはいかなかった。
ガンマンの本能が、理性をはるかに超えたところで体を突き動かした。ハンマーを倒して引き金を引く。その作業をただただ無心に五回繰り返す。五回鳴り響いた稲妻のような銃声の後、銃を構えていた五人は二階の手すりから一階の床にと落ちていった。
ひゅう。黒い瞳の男は口笛を吹いた。
「おやおや、二人どころか、一人の相手にもならなかったってことか」
どうする? 皮肉めいた笑みを浮かべながら、黒い瞳の男はカーペンターに向いた。カーペンターはといえば、すっかり顔面蒼白になっている。
「ななな、なんでもいい。いくらでもいい。先生、こいつらをなんとかしてください!」
「よおし分かった。一人三十ドル。どうだ」
「分かった」
「なら!」
すると、黒い瞳の男は突如こちらに突進してきた。肩口から突き上げるようなショルダータックル。一陣の風となった男を目で追い切ることが出来なかった。結果――。
鳩尾に、激痛が走った。当て身だ。
「ぐっ!」
思わず地面にへたり込む。その隙に、男は俺の頭に銃を突きつける。
「ハイまず一人目!」
死を覚悟した。だが――。
「待て」
ハミルトンの一言が、場の空気を止めた。俺も、カーペンターも、そして、黒い瞳の男さえも。確実に俺のことを殺そうとしていた男の行動を掣肘してしまうほど、ハミルトンの言葉には力があった。しかし、なぜこんなにも、ハミルトンの言葉にこれほどの力がこもっているのか、俺には測りかねた。
そしてしばらくして、ようやくハミルトンの作った重い空気から脱した男が、口を開いた。
「なんだい、俺を代わりに撃て、ってかい? 安心してくれ、次はあんただからな」
「違う。あんたに聞きたいことがある」
「へえ、なんだい」
男は俺の頭に銃口をごり、と押し付けた。何か変な素振りを見せたら撃つぞ、という謂いだろう。
ハミルトンは自然体に立ったまま、言葉を重ねた。
「あんた、南北戦争の頃、どこに居た?」
「南北戦争ねえ、俺が亜米利加に来たのはブンキュウ2年のことだから……。ああ、多分ニューヨーク辺りに上陸して、食う伝手がなくて雇われ兵士をやってた頃か。あー、あの頃は南軍の傭兵になって、色々な戦場を回ってたな」
「お前が回った地域に、ペンシルベニアのウォレスという町がなかったか」
「さあな、あの頃の俺は英語もろくすっぽ喋れなかったからな」
「山を抱くいい町だった。だが、南北戦争の際、戦火で全てが灰に消えた」
まるでその喋り口は、誰かに問うているというよりは、昔話でもしているような雰囲気だった。しかし、その淡々とした言葉尻に、ふつふつと悪意のようなものが立ち上っていた。
「そこに、ある兄妹がいた。親を早くに亡くし、兄妹寄り添って生きていた。兄は畑を耕し、妹はその兄を手伝って。だが、そこに南軍が攻めてきた。村は焼かれ、村人は皆銃で撃たれた。そして、妹はある兵士に頭を撃ち抜かれて殺された。そして兄は、左目を撃ち抜かれた。本当ならば、兄も死んでいた。だが、何の因果か生きている」
「それで?」
「兄は、今でも覚えている。妹を殺し、自分の目を奪った兵士の風貌を。黒髪に黒い瞳の東洋人。そして、手にはコルトネイビーを持った男の姿を」
ぎり。ハミルトンは拳銃の取っ手を強く握った。
「ようやく見つけたぞ、怨敵」
黒い瞳の男は眉をひそめた。
「で?」
「まず、名前を聞いておこうか。殺す前に、名前を聞いておきたい」
「殺されるとは思ってないが」黒髪の男は云った。「俺は、マタエモン・スガワラ」
聞いたことのない響き方をする名前だ。何処の言葉だろう。
そうか、と短く答えたハミルトンは、銃をゆっくりと構えた。
「マタエモン、あんたはどうして皆を殺した? 俺の目を奪った?」
「さあね、理由なんかないさ」
「なんだと?」
「戦場において敵を殺すのは悪徳じゃない。正義だ。そして、効率よく殺すには目を狙うのが一番だ。弾が目から脳を撃ち抜くからな。そしてその結果、お前の妹は死に、お前は生き残り、こうして俺の前に立っている。それだけのことじゃねえか」
ハミルトンは、穿たれた目を左手で抑えた。しかし、覆われた左手に隠れない表情がみるみるうちに変わっていく。光を宿す目の奥に、どす黒い感情がたぎるのがはたで見ていても分かった。
「お前は殺すぞ」
「はん、やってみろ」
薄く笑ったマタエモンは俺に突き付けていた銃をハミルトンへと向けた。そして、俺を一瞥して、薄く笑った。
「後で殺してやるからちょっと待ってろ」
そうして、マタエモンはハミルトンの射程内に入った。
しかし、それを見て気色ばんだのがカーペンタージュニアだ。
「ちょっと先生、どういうことですか! あの保安官を先に殺してしまえば話は楽なのに!」
「判ってねえなあスポンサー様は。仇討に来た奴は、何に代えても返り討ちにするのが最低限の礼儀だろ……。ってそうか、此処は亜米利加だったな。仇討の理屈なんて分からねえわな。まあとにかく」
邪魔するな、とマタエモンは吐き捨てた。
二人の男が、拳銃の射程の中で睨み合う。二人とも既に銃を抜いている。そして、互いに相手を殺す覚悟を決めている。人を殺す覚悟をした時の人間は人間としての表情を失う。いうなれば、人間という仮初の殻を捨てて獣の本性を剥き出しにする。否、しなければ、人を殺すことなどできない。二人もそうだった。
だが。こんな場で、マタエモンが不意に笑った。
「何がおかしい」
獣の表情で、ハミルトンが訊く。
すると、子供のような笑みを浮かべて、マタエモンは答えた。
「不思議なもんだ、と思わないか」
「何がだ」
「ただ一人、俺はこの国に来た。そして、銃でこの国を渡ってきた。だから、だろうな。百万語を費やして話すより、こうして銃を持って敵と対峙している瞬間が、恐ろしく愉悦だ」
「――狂ってる」
「ああ。だが、その俺を殺すには」マタエモンは云った。「お前も、狂わなくちゃならねえんだろうよ」
っ!
ハミルトンが引き金に触れた。
と――。
閃光と共に爆発音が辺りに響いた。だが、銃声ではない。
何があった!?
音の方を見ると、そこには、さっき撃ち倒したはずのモイが立っていた。胸から血を流し、口もとから血を吐きながらも目だけは生きている。両手に手榴弾を構え、もうもうとわき上がる埃の向こうのモイは、やはり獣の顔を浮かべていた。
ひゅーひゅーと笛のような息を吐きながら、モイは手榴弾の信管を口で抜いた。
や、やばい。
しかし、ここに居る誰もが間に合わなかった。
俺がモイの眉間に撃ち込んだ。だが、それは既にモイが手榴弾をこちらに投げた後だった。してやったり、とでも言いたげな顔を浮かべて倒れるモイを尻目に、手榴弾がこちらに転がってくる。
「や」
ハミルトンたちには避ける時間もなく、手榴弾が炸裂した。
轟音と共に爆風が立ち込める。「ひゃあ」というカーペンターの悲鳴は聞こえるが、ハミルトンたちの様子が判らない。声も発さない。気配さえも消えてしまった。
どこに?
だが、土煙が晴れた頃になって、二人の姿が浮かび上がった。
勝ち誇りの表情を浮かべるマタエモンは、地面に膝を屈するハミルトンの頭に銃口を突き付けていた。
「オーテ、か。ああ、こっちの言葉だとチェックメイト、か」
「……」
ハミルトンは俯いて固まっている。
きっと、あの土埃の中でも、マタエモンは動いていた。そして、あの爆風に対応できなかったハミルトンに駆け寄って頭に拳銃を突きつけたのだ。
俺は銃をマタエモンに向けた。理屈じゃなかった。
だが、それを、ハミルトンが制した。
なぜ?
そうアイコンタクトを向けると、ハミルトンは答えた。
「これは俺の復讐だ」
目は死んでいない。銃を突きつけられながらも、ハミルトンの隻眼はマタエモンを捉えている。
と――。
ふーん、と声を上げたマタエモンは、銃口を下ろし、銃をホルスターに収めた。何が起こった? 思わず俺はマタエモンの表情をずっと見遣っていた。俺の目に映るマタエモンは、実にすっきりとした表情で、ハミルトンの前に立っていた。
「どういうつもりだ」
忸怩たる表情を浮かべるハミルトン。
しかし、マタエモンはそんなハミルトンのことなど意にも介さず、ハミルトンの左肩を指した。見れば、無数の傷が肩口に集まり、そこから血が滴っている。恐らくはあの手榴弾に仕込まれていた鉄片が刺さったのだろう。力を入れることも出来ないようで、ハミルトンの左腕はだらりと肩から垂れ下がっていた。
「邪魔が入った。戦場だったら邪魔も運の内だ。だが、仇討だからな。横槍が入った以上は仕切り直しだろう」
昔の騎士道物語みたいなやつだ。そんな俺の心の呟きを尻目に、マタエモンは満面の笑みでカーペンターに向いた。
「というわけで、悪い、スポンサー様。俺はここで降りる」
納得がいかないのがカーペンターだ。声を震わせながらギャーギャーと騒ぐ。
「ふ、ふざけるな! いったいお前にいくらつぎ込んでると思ってる! そういう時のための用心棒だろう、わかってるのか!」
「おう、だからよ、今月の給金はいらねえからよ。もちろん、さっきの30ドルって話も無しだ」
「え? そ、そんな! ……わかった、50ドル! 50ドルでどうだ? 70、いや、85! あ、い、いや、100! 一人当たり100ドル出そうじゃないか、どうだ、悪い話じゃないだろう!」
「おいおい、わかってねえなあ、ミスターカーペンター?」
次の瞬間、銃声が響いた。カーペンターの脇、顔から数センチも離れない壁に小さな穴が空いている。ホルスターに収まっているはずだった拳銃の銃口を息で吹いたマタエモンは、奥歯を鳴らして立ち尽くすカーペンターのことを見上げた。
「俺たちアウトローは、ひいてはガンマンは――。金で飼えるようなもんじゃねえんだよ。金で俺たちガンマンを飼えると思ったことが、そもそもあんたの間違いなんだ」
マタエモンは俺たちの方へ向き直した。いや、正確には、ハミルトンの方に向き直した。
「その腕を治したら、来い。西部で待っててやる」
「それまでに、殺されるなよ」
「ふん、俺を殺せる奴があるか」
そう吐き捨てて、マタエモンはその場から去った。




