その3「転」
保安官の控所は、町はずれ、街道の脇に寄り添うようにして立っている。ここなら西部に向かう人々の往来が見えるからだ。かつてはここに何人もの保安官が控え、西へ向かう賞金首や指名手配犯に対して目を光らせていた。だが、今となってはそんな影はまったくない。
「ほう、これは綺麗な建物だな」
「そりゃ皮肉か?」
俺は苦笑いを浮かべた。
長年アウトローたちを抑えてきた堰だ。ここでの銃撃戦なんてそれこそ星の数ほどあったろう。もちろんそれ用に堅牢に作られてはいるが、滴る水がやがて岩を穿つかのように、この建物の壁はすっかりでこぼこになっていた。すべて、ここでの銃撃戦のモノだ。今では銃撃戦などない。だが、不思議と、あの命がけだった頃が懐かしい。
「とにかく、入りなよ。外は暑いだろ」
「そうだな」
ハミルトンも頷いた。
日の光が入らない控所の中は、ひどく冷たい空気に支配されていた。その辺にあるイスに座るようにハミルトンに言った俺はしつらえてある台所へと向かった。柄にもなく何か出さないのも失礼だと思ったのだ。しかし、しばらく使われていない台所には、変なにおいを立て始めている野菜だった何かが転がっていた。おずおずとハミルトンの待つ部屋へと戻ると、ハミルトンは賞金首のリストをやはり眺めていた。
「こいつにこいつにこいつ……。おいおいおい、なんだよここは」
「何がだ」
「とんでもない賞金首がゴロゴロいるぞ……。あいつは“早撃ちのロメル”、こいつは“目隠しのサジ”だぞ。これは全員ぶっ倒せば儲かるな」
「本気か」
「ああ本気だ」ハミルトンは賞金首リストをめくった。「こいつら全員の賞金で、楽に一年は暮らせるぞ」
「でも、分かったろ、あいつらのクレイジーさは」
街中で手榴弾を投げてくる奴がいる。それだけじゃない。拳銃の弾を銃弾で撃ち落とす奴すらいる。そんな状況下で賞金首がゴロゴロしていたところで、どんなに腕の立つガンマンでも『待て』を命じられた犬のようによだれを垂らしておずおずと見ているしかあるまい。
しかも――。
「あいつらが面倒なのは、後ろに町長がいることだ。最悪、殺しさえも合法化するからな」
簡単だ。町長の命を狙っていた不逞な奴だった。こんな言い訳の元、これまでも正義のガンマンたちは頭を撃ち抜かれて死んでいったのだ。
俺はその辺に置かれていたイスに座り、ハミルトンに向いた。
「やめときな。悪いことは言わない。早くこの町から去るんだ」
「なぜ?」
「決まってる。あんたがどんなに優れたガンマンだって、アウトローの暴力と、町長の権力には敵わない」
すると、何がおかしいのか、ハミルトンは鼻で笑った。
何がおかしい? そう訊くと、ハミルトンは潰れた目の辺りを撫でながら、不敵に微笑んだ。
「逆に聞こうか。なんであんたは、そんなにもアイツらを恐れる?」
「なんだと?」
「あいつらの暴力権力は確かに大きいが、それはあくまで普通の人間の理屈だろう」
「は?」
訳が判らずに首をかしげていると、ハミルトンは言葉を重ねた。
「判ってないな。俺たちはガンマンだ。普通の人間とは違う。腰に差している拳銃を使うことのできる、ガンマンなんだ」
「だが、アイツらには」
「仮に殺されたとしても、ガンマンの魂は失われはしない。それが、ガンマンというものだろ。ならば、何を恐れる必要がある」
ガンマン。銃を手に取った人間に与えられる称号。そして、この称号を負った人間は、普通の人間とは違う生き方を選ばざるを得なくなる。腰に差している銃は自由への免罪符。それと同時に、地獄へと向かう片道切符。銃を腰に差しているだけで、多くの死に出会う。多くの死を他にもたらす。そしてやがて、苦悶と苦痛の中で己が生を括らなければならない。
だが、それがガンマンだったはずだ。
生と死が紙一重の中でも、通したい何かがあったから――。
「おう」
ハミルトンが薄く微笑んだ。それはまるで、いたずらを咎める大人のようだった。
「あんたにも、まだガンマンの魂が残ってたんだな」
「え?」
「固い決意があんたの拳に宿ってる」
言われて初めて、自分が固くゲンコツを握っていることに気づいた。
聞いてもいいか。そうハミルトンは云った。
「なんであんたは、保安官になった? なぜ、ガンマンになった」
「――そんなに珍しい経緯でもないさ」
俺の両親はもういない。親父は南北戦争の時、北軍の下級将校として戦った。だが、南軍の凶弾に倒れて死んだ。体の弱かった母親は、戦死の知らせを聞いてから寝込みがちになり、まるで水を与えられなかった観葉植物のように、枯れて死んでいった。孤児だった俺には仕事を選ぶ自由なんてなかった。ただ、アウトローとして生きるんだったら日の当たるところで生きてみたかった。だから、保安官になった。
だが、駄目だった。
保安官になっても、日の当たるところを歩けるような人間にはなれなかった。そして、今の町長が町を牛耳るようになってから、保安官としての魂を失くしてしまった。そうして、俺は保安官としての自分さえ守れないまま、ただこの町で生きている。
「あんたの魂は、何処に行った?」
何処に行ったわけではない。ここにある。この握った拳の中に、確かにある。
拳を目の前で握る俺に対して、ハミルトンは謳うように言った。
「なら、撃ってみろ。その銃で風穴を空けてみろ。そのための道具が銃だろう」
「だが――」
「判ってるさ。どんなにあんた一人が猛ったところで町長には勝てない。だが、二人だったらどうだ」ハミルトンは腕を差し出した。「俺が手伝おう」
「え、なんであんたが」
「何、ただ単にビジネス上の理由だ。――俺としては、あの町長子飼いの賞金首たちを捕まえれば大儲けだ。だが、一人でやるにはリスキーすぎる。つまりは、相棒が欲しいというわけだな」
「俺を、相棒に? だがいいのか? 俺の腕を見ずに?」
ハッ、と短く笑ったハミルトンは、俺の銃を指した。
「腕に覚えのない奴が持っている銃にしては使い込まれてる。しかし、整備は欠かしていない。手錬の証拠だ」
ハミルトンはす、と手を差し出した。
「しばし、よろしくな。相棒」
「あ、ああ」
俺はハミルトンの手に自分の手を伸ばし、そのまま握った。
と――。
なにやら表が騒がしい。
大の大人の怒鳴り声が聞こえる。喧嘩でもあったのだろうか。でも、こんな町はずれで?
いぶかしく思いながら窓から外を眺めると、そこには――。
アウトローたちがこの小屋を囲んでいるところだった。数はざっと二十人。拳銃だけではない。ショットガンや長銃を構える者の姿もある。見れば、その誰もが右の二の腕に揃いの腕章をつけている。あれは、カーペンターズファミリーの腕章だ。
なるほど。
状況を理解した俺は、窓から離れてホルスターから銃を抜き放った。
ハミルトンも即座に銃を抜き放った。
「どうした」
「判ってるんだろ、状況は」
「危険な状況なのは分かった。だが、何があった」
「カーペンターズファミリーがきやがった」
「向こうから来てくれるとはありがたい話だ」
「そんな場合か」
「そうか? だって、この建物は、銃撃戦用にあつらえているんだろう」
「それはそうだが――」
表からは屈強な男たちによる、出てこい、の合唱。ここをのこのこ出ていけば、すぐに蜂の巣だ。なら、この建物を盾にして籠城を取るのが一番正しい。
が。
突然、強烈な破裂音と共に壁の一部が崩れた。爆風が容赦なく俺の体に当たり、部屋の中に土ぼこりが入ってくる。何が起こったのか最初判らなかった。だが、埃がようやく止んで窓の外を見遣った時、ようやく何が起こったのかを把握した。
相手の陣の真ん中で、ニヤニヤ笑うひょろっとした男。そして、その男の手には、手榴弾。モイだ。
「なるほどな」ハミルトンは云った。「モイの手榴弾か」
「手榴弾ってここまで威力があったか、そもそも!」
「モイのは特別仕様なのさ」
「って、そんな呑気に話してる場合か!」
どっちにしても、銃弾を防ぎ切る壁を一撃で崩す威力なのは間違いがないということだ。
俺とハミルトンは顔を見合わせた。
きっと考えていることは同じだろう。一撃で壁を吹き飛ばす威力を持つ武器を向こうが持っている。この事実は籠城という行為に意味がないことを如実に示している。つまり、打って出て戦うしかない。
だが――。
「どうする? このまま籠城は出来ない。かといって、表に出れば殺される」
「なら、取る道は一つ。奇襲だ」
ハミルトンは崩された壁の際から外を見遣る。俺も、残された窓から外を見遣る。十数メートル先の陣に立つモイは、右手の手榴弾の信管を歯で抜き取って、乱暴にこちらに投げ遣って来た。そしてそれからややあって、地響きとともに爆裂の衝撃が走った。パラパラと木屑が頭の上から落ちてくる。
「出来るのかよ、奇襲なんて!」
「出来る」
左手で帽子を抑え、右手に銃を構えるハミルトンは、すう、と息を吸った。その姿はまるで、川の上にかかる枝に止まって、水面の下を泳ぐ魚の動きを捉えようとしている水鳥のようだった。
ハミルトンの視線の向こうでは、モイが次なる手榴弾の信管を抜こうとしているところだった。左手の手榴弾の信管を歯で引き抜き、へらへらと笑いながらこっちに投げ遣ったか否か。その瞬間だった。
ハミルトンの銃が火を噴いた。
何が起こった?
向こうを見ると、モイが地面に尻もちをついていた。左手を庇うようにして抑えている。
そうか。ハミルトンの狙いが読めた。ハミルトンが狙っていたのは、モイが手榴弾を投げるその瞬間だった。向こうまで距離は十数メートル。拳銃の狙撃距離ではないが、腕のいいガンマンならば狙撃距離なりえる。そう、ハミルトンは、十数メートル先のモイの、左手を狙ったのだ。
そして――。
次の瞬間、俺はハミルトンのさらなる狙いを思い知った。
モイが投げそこなった手榴弾が、モイの足元で爆発したのだ。その瞬間、辺りに土煙が飛び、カーペンターズファミリーの数人が宙を舞った。たまたま爆風に巻き込まれなかった者たちも、目を見開いて突如として自分の横で撒き上がった爆風に唖然としている。
すると、ハミルトンは立ち上がった。
「行くぞ、相棒!」
「お、おう!」
そこからはまるで牧羊犬のような気分だった。あれほど数に頼んで銃を構えていたカーペンターズファミリーは、こちらの銃撃を恐れ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。わずかに反撃してくる者たちもあったが、冷静を欠いているのかあさっての方向に銃弾が飛んでいく。代わりにこちらの鉛玉がよく当たる。俺が数人を撃ち取ったところで、カーペンターズファミリー側の反撃は完全に止んだ。
逃げていく敵の後ろ姿を眺めながら、俺は銃をホルスターに収めた。
「全部、あんたの狙いの内か?」
「まあな、もっとも、こんなに上手くいくとは思ってなかったが」
「で、これからどうする?」
「まあ、その、なんだ」ハミルトンは云った。「モイを換金するだけでももう十分といえば十分だが、俺の銃撃を防いだ奴の正体が知りたい」
「じゃあ、決まりだな」
俺たちの視線は、現町長・カーペンタージュニアがいる、屋敷の方角へと向いた。




