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その2「承」

 ふーん、とハミルトンは鼻を鳴らして、裏路地からその建物を見遣った。

 アメリカ大陸西部の荒涼とした風景には不似合いな、ロココ調の建物。手入れのされた広い南向きの庭。もしこれが欧羅巴の歴史ある町にあったのならばいい趣味をした建物なのだろうが、いかにも西部の空気色濃いこの町ではすっかり浮いている。教会の真ん中にギリシャ彫刻が置かれているような、そんなちぐはぐさがある。そしてそんないかにも欧羅巴調な建物の周りを、物騒なものを構えたいかにもガラの悪そうな連中が巡回している。二重三重のちぐはぐさのある、いかにも胡散臭い建物である。

「へえ、なかなかのご趣味で」

「ま、そうだな」俺は煙草に火をつけた。「影じゃあこの屋敷、『バカ御殿』って呼ばれてるよ」

「まあ確かにバカ御殿だな」

「だが、外見に騙されちゃいけないぞ」

「ああ」

 判ってる。そう言わんばかりに、ハミルトンはその建物の庭、バラ園の影に置かれたものを見やって頷いた。バラの蔦に隠れるようにして置かれているそれは、さらに埃よけに布まで被さっている。しかし、あの独特の形状は隠せない。どう見てもあれは、南北戦争で猛威を振るったガットリング速射砲だ。

「へえ、これがこの町の町長さんの家か」

「いや、正確には、初代町長の家だ。俺はあいつが町長だとは認めていない」

 俺は言ってやった。

 この町は元々、興行師だったカーペンターという男が開拓した町だ。こんな荒涼とした地域であるだけに開拓者にありがちな農場や果樹園経営は出来なかった。しかし、この町は西部のさらに奥へと続く玄関口に当たる。西部のまだ見ぬ地平に夢を見る開拓者たち、中央に追われるアウトローたち、そしてそれらアウトローたちを追う賞金稼ぎたちを相手に商売をすることで、この町は大きくなっていった。

 そんな中でも、カーペンターは決してアウトローたちに加担することはなかった。

『あいつらはあくまでカモ。あいつらとは金を抜いた付き合いはしない』

 しかし、現町長。この男の登場がこの町を変えたのだ、と昔から町に居た者たちは口を揃える。

 カーペンタージュニア。彼はそう名乗った。

 元は西部に夢を求めて流れてきた商人だった。しかし、この町に居を定めて商売を始めるうちにアウトローたちとの付き合いが増え、やがてアウトローたちを使って商売をするようになってから頭角を現し、金と暴力にモノを言わせて初代町長・カーペンターの敷地を買い取って、こんな悪趣味な建物に作り替えた。そうしてやがて、町長にまでのし上った。しかし、アウトローを使ううちに、アウトローたちの力なくしては何も出来なくなってしまった。そうして、アウトローたちを公然と使う町長がこの町に誕生したのである。

「なるほどね、それでカーペンターファミリー」

「ああ。ま、これはあくまで町の人間たちの呼び名だよ。実際にはあいつらは――、町長の側の人間、つまりは公務員ってわけだ」

「あんたと同じ、保安官みたいなもんか」

「俺は違う。アイツらと一緒にするな」

「どう違う? 保安官っていうのは町長から任命されるんだろう」

「俺を任命したのは、前の町長だ」

 立派な人だった。心からそう思う。アウトローの往来で潤っているこの町の町長でありながら、「アウトローの締め出し」を打ち出し、保安官の増員を決めた人だ。その時の増員に伴って保安官に加わったのが俺だ。しかし、その前町長は、アウトローの放った銃弾によって今では墓の下だ。

 だが、とハミルトンは言った。皮肉っぽく口角を上げて。

「今のあんたを飼っているのは、こんな悪趣味な屋敷に住んでる町長なんだろ」

「って、ことになるな」

「じゃあ、あんたは所詮――」

「そんなことを言うなら、これ以上の案内はしないぞ」

 そう言いやって踵を返そうとした時、ハミルトンは、あ、と声を上げた。

「おい、あれがそうか?」

 その言葉に追いやられるようにして表の通りを見遣ると――。

 果たしてそこに、このロココ屋敷の主の姿があった。

 きっと役場からの帰りなのだろう、その男は町の目抜き通りを我がもの顔で闊歩し、屋敷の方に向かって悠然と向かっている。山高帽に仕立てのいい燕尾服姿。でっぷりとした腹を揺らしながら歩くその様は、まるで養豚場から逃げ出した豚が人間の服を着て歩いているかのようだった。しかし、一人で歩いているわけではない。その脇を固めるのは――。

 む? ハミルトンが目の色を変え、賞金首手配書の束を指でいくつも払った。これでもない、あれでもない……、と、一枚一枚めくるうち、ハミルトンの隻眼がある手配書を射止めた。

「おいおい、こりゃあかなりの大物が居やがったじゃないか」

「どういうことだ」

「見ろ、あの町長殿の脇にいるあいつだ」

 ハミルトンの指す先には、ひょろっとした上背の男がいた。辺りに鋭い目を向け、何かを探っているような仕草はその細い目と相まって狡猾な狐のようだった。

「あれはすごいぞ。まさかこんなところで用心棒をやってるとはね」

「知り合いか」

「んなわけあるか。あれは、『爆殺のモイ』だ」

「爆殺のモイ?」

 ハミルトンの言うところだと、爆殺のモイは、南軍出身の擲弾兵だったらしい。その蛮勇にも似た突撃からの爆弾投擲は北軍の兵士たちを恐慌に陥れた、という。しかし、南北戦争終結後は居場所がなく、アウトローとして流浪して悪逆を尽くしているという。

 確かに、キツネ顔の男の腰の辺りには、マラカスのような形をしたものがいくつもぶら下がっている。南北戦争で使われたものとは少し形が違うが、あれは間違いなく手榴弾だ。

「あいつは数年前、街中で爆弾を炸裂させて五人を殺してる。いわゆる“生死問わず”だ」

すると、ハミルトンはホルダーから拳銃を引き抜いてハンマーを倒した。そして、照準をキツネ顔の男に合わせる。

「殺るのか」

 ハミルトンは頷いた。

「ああ。あいつを引き渡せば数カ月は楽に暮らせるからな」

 迷いがない。

 しかし、一方で絶好の期であることも事実だ。相手とこちらとの距離は僅かに十メートルほど。拳銃の射程はわずかに五メートルほどだが、腕次第によってはそんなものどうにでもなる。風もないし、何より邪魔をする人の波がない。

 難なく、ハミルトンが引き金を引いた。

 爆ぜた。

 が、その瞬間、俺は確かに聞いた。ハミルトンの銃声に合わせるように、もう一つ、銃声が響いたのを。

 ハミルトンは剋目した。そして無造作に銃をホルダーに収めるや、裏路地の奥へ走って行ってしまった。

「おい、保安官さん! 早くしろ」

「は、何が起こった!」

「説明はあとだ! 早く」

「お、おう!」

 と――。

 何か、重いものが地面に落ちる音がして、思わず振り返った。

 そこには――。さっきまでモイの腰にぶら下がっていたマラカス、もとい手榴弾が転がっていた。もちろん信管が抜かれた状態で。

 や、やばい!

 本気で走った。その甲斐あってすんでのところで爆風をかわすことが出来たが、怖くて後ろを振り返ることが出来なかった。後ろで響く轟音からして、相当の破壊力に違いない。

「何が起こったんだ!」

「簡単に言おうか。俺の銃弾を銃弾で撃ち落とした奴がいたんだよ」

「は、カチ弾をしたってことか」

 戦場において銃は弾幕を張るために銃弾をばらまくようにして撃つ。相手も当然そのように撃つ場合が多いから、たまに敵と自身の銃弾がカチ合ってぶつかる「カチ弾」という現象が起こる。しかし、拳銃での撃ち合いでカチ弾が起こることなんてまずない。

「ま、まさか、カチ弾を狙って撃ったってことか」

「判らない。だが、相手は――」

 その瞬間、背中に熱を感じるのと同時に爆風が迫ってきた。手榴弾の第二撃だ。

 おわっと! そう声を上げながらハミルトンは続ける。

「少なくとも俺の位置を正確に把握して反撃してきたってことだ! そして、モイは死んでない! それはこの手榴弾の爆発で分かるだろう!」

「ってことは、モイがあんたの弾を防いだのか!?」

「いや、それはない!」ハミルトンは声を上げる。「あいつは気付いてなかったはずだ」

「じゃあ、誰が――」

「判らない! 判らないが、とにかく逃げるぞ!」

「あ、ああ!」

 そうしてハミルトンと俺は裏路地を必死に駆けた。このあと何発か、手榴弾の轟爆に巻き込まれそうになりながらもすんでのところでかわし、ほうほうの体で路地をジグザグに走り抜けるうち、やつらは追跡を諦めたらしかった。

 ようやく人気のない町はずれに至って、俺たちは同時にへたり込んだ。


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