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勇者に庭先を荒らされる者

 我が名は魔王である。

 またの名を、しがない中間管理職とも言い、第一の臣下曰く「勇者に庭先を荒らされる者」である。

 その力をして、指先ひとつ揮えば一国は跡形もなく吹き飛び、その魔力たるや神にも匹敵するであろうとも噂される、それが我輩である。

 更に比類なき美貌を持ち、カリスマ性とやらも持ち合わせている。と、言われているが、我輩の力の一端にも及ばぬ雑兵のたわ言ゆえ、聞き流すにやぶさかでない。


 さて、それはさておき先日、実に23年ぶりに我輩の仕事が神界より下されたとあって、短い休暇ではあったが重くなった腰をあげたのだ。本心を言えば、後57年位は休暇が欲しかった所であるが、それはあえて口に出すまい。


「宰相はおるか」


 何年ぶりになるか、休暇中はほとんど顔を合わせなかった宰相を呼ぶ。基本的に細かい内政やら外政やらを一手に引き受けさせているので、我輩の休暇中は必要がなければ特にべたべたと顔を合わせることもない。

 足元にぞろりと忍び寄る影が膨らみ形をなせば、老木が人の形を成したような宰相が現れた。


「は、魔王様、馳せ参じましてございます」

「久方振りの執務だ、しばしアレを閉じよ」

「は……アレ、ですか? 良いのですか?」

「構わぬ、アレが無くとも他に手段はある。そもそも我輩の慈悲あって開けておるのだ。奴らにも良い戒めになるであろ」


 そうですね、と宰相はしげしげと頷く。

 『アレ』とは、我輩の城や庭に点在する転送陣である。もともとは磁場が狂いやすく、空気中の魔力が吹きだまりやすい我が居城と周辺地域の磁場と魔力を制御してやり、魔法暴発を防ぐために設置された陣であるが、近年それを中間地点として活用している不届き者がいるのだ。

 そもそも転送陣ではなかったが、磁場や魔力を制御した陣は魔法を呼び込みやすい。陣を活用した魔力供給が本来の活用の仕方ではあるが、この陣、座標としても大いに活躍するのである。更に言えば、この地域は我輩の力で何処にも移動可能な別次元へと隔離しているのだ。

 そのおかげか、はたまたそのせいか、この陣を転送陣に勝手に改造し、我が物顔で我が城を中間地点やら宿代わりやらと闊歩する不届き者が出てきたのである。


「しかし」

「アレは我輩が自力で制御していたものを肩代わりさせていただけに過ぎぬからな。以前に戻るだけよ」


 魔王とは、魔物を統べる王ではない。

 魔王とは、勇者に対するものではない。

 我輩は、ただこの土地を力を持って制し、治めるために存在するしがない中間管理職なのである。


「それにな、うぬに我輩の代わりが務まるとでも言うのか?」

「……僭越で御座いました」

「であろ、あまり過ぎたことを口にするな」


 宰相は我輩に次ぐ力の持主であるが、それでもこの土地を治めるには足らぬ。我輩としても肩代わりしてもらえるならば喜んで差し出し昼行燈と決め込みたいが、そうはいかぬ。我輩に匹敵するか、我輩よりも強い能力をもつものでなければこの仕事は全うできないのだ。そう、神でもなければ。

 その神が我輩に仕事を押し付け、臣下は我輩に王たれと信を寄せる。

 まったくもって、気苦労が絶えぬ。


「それでは魔王様、今からアレを?」

「うむ。そうと決まれば面倒が起こらぬ内にさっさと閉じてしまうに限る。貴様も手伝え」

「承知しました」


 宰相の答えを聞くまでもなく、我輩は踵を返した。ここで否と言うならば死後まで放っておけば良いだけだ。我が慈悲を得られぬ事がこの土地に生きる者にとってどれ程苛酷であるか、それを知らぬ者はいない。

 ひとまずは稼働率の高い陣から閉じようか。そう我輩は決め、足を向ける。

 が、その前に立ちふさがる影があった。



「それは困るんだ、魔王!あの陣を閉じようと言うのならば、俺を倒してから行け!」



 噂をすれば影とでも言うだろうか。

 つい、と足元から見上げれば、これがまた中途半端な履物、中途半端な鎧、中途半端な兜に中途半端な武器、とどめに中途半端な練度(レベル)の人間が仁王立ちをしていた。顔だけはまずます整っているので、そこだけは中途半端ではない。が、その顔と中途半端な装備と練度の違和感が更に中途半端さを醸し出している。

 イラつく程の中途半端さに思わず舌打ちしたくなるも、我輩はれっきとした魔王である。

 魔王らしく、その男に応対すべきだと頭を切り替える。


「下らぬ事を囀るな、勇者殿」

「下らなくなんかない! 命を懸けた大事なんだ」


 そう、この男は勇者である。しかし、この練度を見れば分かる通り、我が城に来る練度の程度には及ばない。

 通常であれば我輩が治める土地に住む、理性なき魔獣どもの手にかかってもおかしくないその矮小なる力の人間がなぜここで我輩とこのように会話を交わしあっているかと言えば、答えは一つしかない。

 『アレ』である。

 つまり転送陣を勝手に活用している不届き者と言うのは、勇者のことなのだ。


「うぬが命を懸けると言うならば我が城を通らず、真に命を懸けてゆくがよい。そのような脆弱な覚悟でその大事とやらに挑むと言うのか? 嘆かわしい。哀れにすら思うぞ」

「お? そんなに心配してくれるのか! 魔王は優しいな! だがすまない、俺はその好意を受け取れない……」

「魔王様、あやつはある意味勇者でございますね。だからこそ勇者と呼ばれているのでしょう」


 頭が痛くなる事を口走る宰相共々縊り殺してやりたい。我輩は宰相をするどく一瞥し、小さく震えあがった宰相に他の全ての転送陣を任せた。閉じる程度ならば宰相でもできる。

 そして勇者に向き直り、思う存分じっくりと睥睨した。このへらへらとした面を爪で掻きまわして顔などなかったようにしたい衝動に襲われる。

 だが、相手は勇者である。詳しいことは省くが、我輩の仕事上の相方と言ってもよい。

 相方と言っても、勇者は一人ではないのだが。


「魔王よ、閉じるとしても三日! 三日待ってくれ! 陛下に討伐報告してから歌姫勇者ケルバローゼちゃんのライヴツアーファイナルに俺の脚では間に合わない……!」


 そう、勇者は一人ではない。勇者は両手で数え切れないほどいるのだ。


「さよう、世迷言であったか。安心したぞ勇者殿、人間という生き物が如何ほどに愚劣極まりないかどうか、先程は少しばかり不安に思っていたのだ。やはり人間は屑にも劣る存在だという事が再確認できた。礼を言おう」

「いいやとんでもない! でもそのややこしい賛美はマニア向けだな。俺は普通に褒めて貰ったほうが嬉しい」

「……ふ、やはり人間と我らは相容れぬようだ」


 ここまで意思疎通が図れぬ者が我輩の仕事上の相方であるなど、考えたくはない。むしろ我輩の方が勇者と呼ばれるべきではなかろうか。ああ、勇者と呼ばれる生き物はこやつだけではないと分かっている。分かっているが、今まで勇者と呼ばれる生き物とまともな意思疎通を図れたことなど両手で数えられる程しかない。

 我ら魔族と彼ら人間は起源を同じくし、分かたれた種族のはずだ。進化と繁殖能力に特化し最低限まで力を排除した人間と、起源種の力を保存し進化と繁殖能力を最低限まで排除した我らは、客観的に見ればどんぐりの背比べであるが、本来は共通概念を持ち合わせているはずだ。

 まあとにかく勇者どもは人の話を聞かない。我輩も始めはここまで罵倒することはなかったはずだのに、ありとあらゆる勇者に裏切られたことで一切の容赦を捨てた。

 そうでなければ奴らはのうのうと我輩に寄りかかってくるのだ。

 いくら我輩が勇者の敵に回らぬからと言って、我輩に頼り切るなど言語道断。恥じて勇者の名を捨て去るべきだ。

 しかし我輩は勇者に便宜を図ってやらなければならぬ。


「よかろう、中1日待ってやる。刻限は明後日早朝、四の刻だ。さっさと報告してさっさと戻ってくるがよい」

「無理だって! 最寄のポータルから歩いて1日掛かるってのに!」

「我輩ならば5刻とかからぬ。それはうぬがぐずぐずと休み休み歩くからであろ。全身全力で駆けよ。さすれば練度もあがり一石二鳥、王の覚えめでたくおぬしはなんとかの歌姫にも間に合う」

「じゃ、じゃあ2日にしてくれよ、やっぱライヴには最高の状態で行きたいし」

「ならぬ、1日経ったら我輩はこの陣を閉じる」

 

 それが最大限の譲歩だ。我輩にも本来の仕事と言うものがある。勇者への便宜はそのついで、あってもなくても良いがあるととても便利な外交手段といったものだ。

 勇者はぶつくさと我輩への不満を垂らし、転送陣と我輩を交互に見た。未だに譲歩を強請る目つきをしているが、我輩には毒にしか思えない。はっきり言って奇妙である。成人を迎えた男のする目つきではない。


「はよう行くが良い。今も刻一刻とうぬの時間はなくなってゆくぞ」

「ちぇ! ケチ魔王!」


 我が譲歩に対し聞き捨てならぬ暴言を吐き、勇者は転送陣に飛び込む。あまりの言い草に我輩はたった今転送陣を閉じようかと衝動に震えたが、愚劣で矮小な勇者の妄言にいちいち揺さぶられる必要はない。

 今後締め上げを強化してやれば良いだけのことだ。

 我輩は神界からの仕事の事を頭の片隅から引っ張り出しながら、やはり果たしてその手は効くだろうかと暗澹たる気持ちにそっと溜息を吐いた。

刻=時

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