09,イブの鐘
三日月湾のクリスマス合唱コンサートは楽しく盛り上がっていました。
あらかた子どもたちを集め終わったサンタたちもコンサートに加わり、子どもたちの歌うクリスマスソングメドレーに合わせて赤い光の尾を引いてそりを空に駆けめぐらせました。
ゴオオオオ…と轟音を響かせてダイワが猛スピードで飛んできて、その後を追いかけてキイーーーン…と甲高い風切り音を上げてクラゲ怪獣が飛んできました。
うんと空高くのことですが、子どもたちは宇宙戦艦と大怪獣の迫力にしばし歌うのを忘れて見上げました。
「ダイワ、垂直上昇(すいちょくじょうしょう)!」
八九車艦長の命令でダイワは船首を上げ、まっすぐ上へ飛びました。くっきり輝く星の海が迫ってきましたが、その前に修理が完全ではない船体のあちこちが真っ赤に焼けて、火災が発生しました。
「艦長! このまま上昇を続けるのは危険です!」
艦内の安全を見張る毛里衛生(もうりえいせい)班長が必死の声を上げましたが、
「まだだ、頑張れ、ダイワ!…………」
艦長はそのまま上昇を命じました。ダイワは火の玉となって宇宙へ飛び出しました。宇宙の低温に急速に船体は冷やされましたが、あちこち空気漏れが発生して艦内ではビーッビーッと危険を報せる警報が鳴り響きました。
「艦長!!!」
「怪獣はどうなっておるか!?」
後を追って上昇してきたクラゲ怪獣は、ジェットエンジンのダイワと違ってプロペラ旋回で飛ぶので、宇宙に迫る高度では空気が薄くてプロペラでかき回すことが出来ず、それ以上高く上がれずにあたふたしています。
「よし! 回頭、船首下へ向け、怪獣めがけて、つっこめーーっ!!!」
ダイワは左右の補助ジェットで回転すると、頭を下に向け、再び火の玉となって怪獣につっこんでいきました。
ボヨオ〜〜〜ン。
クラゲ怪獣のプルプルの体が衝突の衝撃をクッションになって受け止め、ダイワとクラゲ怪獣はもろともに降下していきました。クラゲ怪獣は海に叩きつけられてはならじと腕のプロペラを猛スピードで回し、ダイワも前の後進ジェットで調節してスピードを弱めていきました。
狙うは、子どもたちの声を集める大きな収音マイクの上に立つ、アンテナ!
収音マイクは上空からの猛烈な風から子どもたちを守るように大きく傘を広げ、湾をすっぽりおおうドームになっていました。
ダイワの鳥(とり)航海長の見事な腕で、クラゲ怪獣はぴたりとアンテナにくっついて止まりました。
「今だ!!」
クーシが大きな声で子どもたちに呼びかけました。
「みんなーー! 大きな声でもう一度『ジングルベル』を歌ってーーーっ!!!」
さん、ハイッ!と、クーシの指揮で子どもたちと応援のアイドルたちとサンタたちは、『ジングルベル』を大合唱しました。一度リハーサルしているので元気に大声で上手に歌えます。
収音マイクのアンテナと、ダイワの超大型スピーカーに挟まれて、クラゲ怪獣の体に大音響で『ジングルベル』が流れました。クラゲのプルプルの体が、大音響でプルンプルンに大きく波立ちました。すると。
ブルンブルン震える体に共鳴して、中に飲み込まれていたサンタの国のイブの鐘が、
ゴオオオ〜〜〜〜〜〜ン…
ゴオオオ〜〜〜〜〜〜ン…
ゴオオオ〜〜〜〜〜〜ン…
ゴオオオ〜〜〜〜〜〜ン…
と、
ものすごい大きな音で鳴り始めました。あんまり大きな音なので子どもたちは「キャー」と悲鳴を上げて耳を両手で押さえました。
鐘の音は、七色に輝くオーロラと共に、日本中、いえ、世界中の空に響き渡っていきました。
ゴオオオ〜〜〜〜〜〜ンと響く鐘に、大クラゲは体の中にたまった静電気を青い光にして放出しました。収音マイクの半透明の傘の下から子どもたちはそのピカピカ光る青い光も見ることが出来ました。青い光はゴオオオ〜〜〜〜〜〜ンと鐘が鳴るたびに大きく光り、やがてだんだんと、小さくなっていきました。
ゴオオオ〜〜〜〜〜〜ン……………………………………………
鐘は24回鳴って止まりました。
大クラゲはすっかり光らなくなって、腕のプロペラ回転もとっくに止まっていて、ぐったりしたように収音マイクの傘におおいかぶさっていました。
そして、さんざん大暴れしたクラゲ怪獣は、命尽きたようにドロドロに溶けだし、ぼちゃんぼちゃんと細かい滴(しずく)になって海に落ちていきました。
すっかり大クラゲの体がなくなった傘の上には、銀色のイブの鐘がアンテナに引っかかり、その下に、すっかり疲れ切ったリク君がグーグー眠っていました。
豪華馬車のサンタクロースが立ち上がって大きな声で言いました、
「メリークリスマス! 日本の子どもたち! 世界の子どもたち!
ありがとう。
これで今年も幸せなクリスマスを迎えることが出来る。
ありがとう。」
子どもたちはわーっと歓声を上げて喜びました。自分たちがサンタさんを手助けして世界中の子どもたちにクリスマスを取り返したのです! こんなに楽しいクリスマスはありません! きっと、一生忘れられない思い出に、大切な宝物になったことでしょう!
傘の上のリク君は島村サンタがトナカイそりで迎えに行きました。事件の張本人がのんきにいびきなんてかいて、いい気なものです。島村サンタはリク君を後ろに乗せると、そのままお家に送っていきました。
歌を歌ってくれた子どもたちにとっても、残念ながら、楽しい宴(うたげ)の終わりです。名残惜(なごりお)しいですが、いっしょに歌った仲間の子どもたち、アイドルのお兄さんお姉さんたち、サンタクロースたちに手を振って、またトナカイそりでそれぞれのお家の窓へ、送られていきました。
夜空をまた忙しく赤い光のトナカイそりが駆けていきます。
その様子を黒岩三太郎は離れた丘からながめていました。
「おおっといけねえ、うっかり1日早くイブの鐘を鳴らしちまった。…ま、やっちまったもんは仕方ねえよな。さあーて、どうなることやら…。フフフ、明日も朝から忙しくなりそうだぞ。黒サンタらしくねえが……ま、たまにはいいだろう」
子どもたちがすっかりいなくなってから、三太郎は三日月湾に下りていき、最後の子どもを手を振って見送った本物サンタにあいさつし、
「こらー! 三太郎ー! あんたどこで油を売っていたのよーー!?」
と怒るクーシに、
「良い子のお相手は黒サンタの仕事じゃねえんでな」
とうそぶき、プンと怒りながらもニヤッと笑うクーシに、こちらもニヤッと笑い返し、お互い手を振って、豪華そりで二人が空へ去っていくのを見送りました。
イブの鐘はそりのサンタたちが大事に北極のサンタの国に運んでいきました。
無理をして故障がひどくなった宇宙戦艦ダイワも北極の秘密ドッグに帰還していきました。
三日月湾はすっかり静かになり、その静けさを満足そうにながめて、三太郎も立ち去りました。