08,クリスマス大作戦
緊急事態です。
日本中の空から子どもたちの耳にだけ聞こえる超超超ソプラノでサンタクロースからのメッセージが伝えられました。
今年のクリスマスイブがピンチに直面している!
ぜひ君たちの力を貸してほしい!
今年も幸せなクリスマスを迎(むか)えられるように、
サンタクロースに協力してほしい!
テレビを見たり、音楽をきいたり、コンピューターゲームなんかで遊んでいる子どもたちにはこのメッセージは聞こえなかったようです。
聞こえた子どもたちの中でも、サンタクロースなんて信じていない子は、空耳だろうとぜんぜん気にとめませんでした。
時刻は10時を過ぎていましたので、布団に入って、さびしく、楽しかったクリスマスの思い出をなつかしんでいる子どもたちだけが、真剣にこのメッセージに耳をかたむけました。
協力してくれる子どもたちよ、窓から手を振ってほしい。
迎えのそりがやって来るから、それに乗ってほしい。
君たちの幸せなクリスマスを願う声が、
今年の幸せなクリスマスを守るのです!
どうか、よろしくお願いします。
一人の男の子がそっと布団を抜け出しました。すると、となりで寝ている妹も起き出しました。
「お兄ちゃん、サンタさんに手を振るんでしょう?」
「しいーー」
お兄ちゃんは家の人に気づかれないように妹に合図して、
「いっしょに手を振ろう!」
と小さく言いました。
「うん!」
妹は嬉しそうに返事をして、二人でこっそり窓を開けると、夜空に向かって
『おおーーーい!』
と手を振りました。するとしばらくして、
夜空を赤い光が飛んできて、シャンシャンシャンと静かな鈴の音が聞こえてきて、なんと、本当にトナカイの引く空飛ぶそりがやってきました。
兄妹はわあっ!と顔を輝かせましたが、そりを運転しているサンタが下手くそで、
「わあ〜っ、止まれ止まれ!」
と二人の窓を行きすぎてしまい、
「ドウドウドウ」
とトナカイのご機嫌を取ってバックしてもらい、なんとか二人の前にそりを止めることが出来ました。
「やあ、メッセージに答えてくれてありがとう。さあさあ時間がないんだ、乗ってください」
それはおじさんサンタの一人、荒木サンタでした。赤い光はサンタの赤い帽子と服が光っているのでした。
「おじさん、サンタクロースう?」
疑わしそうにきく女の子に、荒木サンタは自信なさそうに苦笑いして答えました。
「いちおうね。ごめんねえ、おじさん、今年のアルバイトのサンタクロースなんだよ。でもほら、本物のサンタクロースの空飛ぶトナカイそりを任されているんだよ?すごいだろう?」
嬉しそうに自慢するおじさんサンタに、たしかに空飛ぶそりなんて本物のサンタクロース以外持っているはずありませんから、女の子も信じることにして、お兄ちゃんといっしょにそりに乗り込みました。
「よおし、行くよお」
荒木サンタは軽くたづなを振ってトナカイに合図して、空へ駆け上がってもらいました。
星の世界を、町の灯を下にながめて飛ぶのは最高にファンタスティックで、兄妹は目を輝かせて今度こそえんりょなしの歓声を上げました。
そりが駆けていると、向こうから赤い光が近づいてきて、別の空飛ぶトナカイそりが合流しました。反対からももう一台。おじさんサンタ仲間の島村サンタのそりと、矢木沢サンタのそりです。それぞれ後ろに子どもたちを乗せていて、子どもたちはお互いに手を振り合いました。
あちこちから子どもたちを乗せたトナカイそりが飛んできます。緊急事態に世界中のサンタが大集合です。
そりは海の方を目指し、ある三日月型の湾(わん)に下りていき、海の方から回って、ぐるーっと湾をかこう堤防(ていぼう)に着陸しました。
三日月の堤防にはすでに子どもたちが集まっていて、わいわいがやがやと、これからいったい何が始まるんだろう?と期待に胸をおどらせて話していました。新しく到着した兄妹と子どもたちも彼らの仲間に入り、トナカイそりたちは到着して子どもたちを下ろしてはまた空へ次の待っている子どもたちを迎えに飛び立っていくのでした。
三日月の真ん中の真っ黒な海に、8頭のトナカイの引く、特別大きく、赤いエナメルで塗られ金の模様で飾られた豪華なそりが下りてきて、そのまま海の上に止まりました。
特別仕様(しよう)の豪華そりは金色の髪の女のサンタ…クーシことキルシマルヤが運転していました。その後ろのいすには、集まった子どもたちが歓声を上げる、真っ白なひげをふさふさ生やした本物のサンタクロースが笑顔で手を振っていました。……クーシがお供をしていっしょに来日した「フィンランドのサンタの家の本物のサンタクロース」です。
本物のサンタクロースはいすから立ち上がると
「ホウホウホウ」
と楽しそうに笑い、子どもたちにあいさつしました。
「日本の子どもたちよ。今日は集まってくれて本当にありがとう。
実はみなさんにとても大事なお願いがあるのです。
今、東京でクリスマスが大嫌いなクラゲの怪獣が暴れて、今年のクリスマスをすっかり食べてしまおうとしているのだよ」
子どもたちから「え〜〜〜〜〜っ!!」という抗議(こうぎ)の声が上がりました。サンタクロースは両手を上げて子どもたちの声を受け止め、
「まあまあみんな。おさえておさえて。
そこでです、みなさんには怪獣にクリスマスの楽しさを伝えて、怪獣にクリスマスを好きになってもらうようにしてほしいのです」
と言いました。子どもたちから
「どうするのー?」
と質問の声が上がり、サンタクロースはうなずいて、クーシに説明を任せました。
「日本の皆さん、こんにちは。サンタクロースのお手伝いをしているサンタ娘です。
皆さんには、大きな声で、クリスマスの歌を合唱してほしいのです。
歌ってくれますかー?」
クーシの呼びかけに子どもたちからは「えー?」とか「うーん…」とかあまり乗り気でない声が聞こえてきました。
「あらあらー? サンタさんに協力してくれないのかなー?」
クーシが困ったように首をかしげると、
「だってー、なんの歌を歌ったらいいのか分かりませーーん」
「うまく歌える自信がありませーーん」
と声が返ってきました。
クーシはニッコリ笑って答えました。
「だいじょうぶですよー。みんなのところに、お手本の歌のお兄さん、お姉さんたちが来てくれますからねー?」
子どもたちが「えー?」と思っていると、ひょっこり、三日月堤防のあちこちで、後ろから子どもたちの間に、「T○KI○」や「モー○ング娘○」や「ス○イレージ」や「ア○ド○ン○」といったアイドルグループのメンバーたちが現れ、子どもたちはキャーッ!と歓声を上げる一方、いまいち旬(しゅん)を逃したメジャー感の欠ける、一部ミスキャストなキャスティングに
「『あ○し』はー?」
「『A○○48』はー?」
「『pe○fu○e』はー?」
という不満の声も聞かれましたが、クーシはニッコリ笑って
「『ミュー○ックス○ーシ○ン・スーパーライブ2011』に取られちゃいましたー」
と解説し、「え〜〜っ!!」と大声でがっかりする子どもたちに、せっかく来てくれたアイドルたちも苦笑いしました。
みんながリラックスしたところで、気を取り直して。
「みなさん。
どうか、心を込めて、楽しく、歌ってください。
みなさんの、クリスマスを待ち望む気持ちを、
歌に込めて、
ひとりぼっちでさびしい怪獣に、
聞かせてあげてください」
「怪獣、来るの?」
ちょっと恐くて不安な声に、クーシは優しく笑って答えました。
「来ますよ。でも安心してください。怪獣がみなさんを襲うことはけっしてありません。ですから、どうか、怪獣をお友だちにしてあげてください」
子どもたちにはまだ不安がありましたが、アイドルのお兄さんお姉さんが手をつないでくれ、子どもたちはみんな手をつなぎ、なんだかとても楽しい気分になりました。
「さあ、歌いましょう。ではまず、『ジングルベル』から、盛り上がっていきましょう!」
空にトナカイの引く3台の空飛ぶそりが、赤い光を放ちながらくるくると輪を描いて駆けました。
クーシの指揮で子どもたちが歌い出し、その歌声は、3台のそりがかかげるラッパの先を逆さまにした大きな収音(しゅうおん)マイクに吸い込まれ、その上に立つアンテナから電波になってどこかへ送られていきました。
東京ではクラゲ怪獣と宇宙戦艦ダイワとの激闘が続いていました。
中に子どもを人質に取られて決定的な攻撃の出来ないダイワは、ポリマー弾でクラゲ怪獣の元気を奪うのがせいいっぱいで、クラゲ怪獣の侵攻を阻止(そし)することは出来ませんでした。
人々は、どうやらクラゲ怪獣はクリスマス関係のデコレーションに反応して攻撃しているようだと気づき、クリスマスツリーやお店の電飾の電気を切っていました。
キラキラした目標を見つけられないクラゲ怪獣は、一つ、大きな目標を見つけました。
完成間近の、スカイツリーです。
スカイツリーももちろん電気はついていませんでしたが、見るからにクリスマスツリーみたいで、怪獣はもうこれに狙いを決めてしまい、まっすぐに進み始めました。
「これはいかん!」
八九車艦長は怪獣とスカイツリーの間に入って決死の防衛を行うことも考えましたが、クラゲ怪獣には強力な電撃があります。もしそれがそれて背後のスカイツリーに当たったら、せっかくの日本人の大きな夢が、無惨に破壊されてしまいます。
ポリマー弾を撃ち込んで足取りをにぶらせながら、迫る破壊の危機に八九車艦長はじりじりと汗を流して打開策(だかいさく)を考えました。
「まだか、まだなのか、黒岩!」
ビーッ、と通信が入りました。太った通信オペレーターが答えました。
「こちらダイワ」
『こちら黒サンタだ。作戦が開始されたから、誘導頼む』
「よし!」
八九車艦長は力のこもった声で命令しました。
「ダイワ船首スピーカー、最大出力、オン!」
ダイワの船体の一番前に船体の奥まで通る穴が開いています。ダイワの最大の武器、「波浪砲(はろうほう)」を発射する筒(つつ)なのですが、今ここには大きなスピーカーが取り付けられています。
今、スイッチが入れられ、波浪エンジンに増幅された子どもたちの歌声が、大音量で放たれました。
楽しい「ジングルベル」の歌声が、大都会東京の夜空に響きます。
ときおり笑い声のまじる歌声は、心から楽しそうです。
クラゲ怪獣はスカイツリーへの進撃を止め、歌声を放つダイワへ注意を向けました。
その歌声を捕まえようとするように2本の手を伸ばしました。
「急速後進!」
前部のバックジェットを全開にしてダイワは急速に後ろへ飛びました。
クラゲ怪獣は足を伸ばして高く立ち上がり、外側の腕を回転させて飛び上がりました。
「急速回頭! 全速前進!」
ダイワはバックしながら向きを変え、後ろのメインジェットを爆発させて全速で飛びました。
キイイイーーン、と甲高い音を上げて猛スピードで腕のプロペラを回して、クラゲ怪獣も空を飛んで追ってきます。
「よおし、追ってこい! おまえのためのパーティー会場に、エスコートだ!」
ダイワとクラゲ怪獣は、東北方向へ飛び去っていきました。