04,北極防衛戦
「おおー、確かにばかでけえくずまんじゅうだ。しかしまあ、きったねえまんじゅうだな。食う気にはなれねえな」
氷の原に着陸して、まだ200メートルくらい離れたところからながめた三太郎は冗談まじりの感想を言いました。
サンタのオモチャ工場は三角帽子のような氷の山の中にあります。東京タワーがすっぽり入ってしまうくらいの大きな山です。
その大きな山に、ブニブニの肌をした、中が真っ黒い、おまんじゅうのお化けが、山の上3分1くらいをすっぽり包み込んでいます。
そのふもとでは、おおぜいのサンタたちがわーわーと騒いで、工場にのしかかった怪獣を攻撃しています。
ドーン、ドーン、と大砲を撃って、怪獣に命中していますが、怪獣のプルプルした肌はぜんぜん攻撃が利いていないようです。しかしまあそれも当然で、撃ち出される砲弾は雪玉です。なにしろサンタクロースは平和の使者ですから、いかに相手が怪獣だろうと生き物を傷つけるような武器は持っていません。巨大怪獣相手にはなはだ非力ですが、各国の軍隊に応援を要請するわけにもいきません。サンタクロースは世界の政治宗教とは関係なく、子どもたちみんなの幸せを願う活動をしているので、サンタの国の存在は公(おおやけ)には秘密なのです。
怪獣に対するサンタ軍団の攻撃はまったく無駄なようです。遠くから見ていてまったく歯がゆいことこの上ありません。だいたいサンタは伝統的に泥棒の技術は世界のどのスパイ組織にも負けないものを持っていますが、「見つかったら逃げろ!」を信条にしているので戦うということをしない団体なのです。そんな平和な慈善団体であるサンタの国が襲われるなど、まったく前代未聞のことです。
「ふうむ、何をしてやがんのかな?」
三太郎は腕を組み、工場におおいかぶさったまま動かない怪獣を見ていぶかしく思いました。
戦っているサンタたちには赤と黒と茶と白がいました。
赤は普通のサンタ、黒は三太郎のような悪い子専門のサンタ、茶は主にヨーロッパ地域の伝統的なサンタ、白は……大きな白熊です。白熊がサンタたちといっしょに怪獣と戦っていますが、その正体は、白熊の着ぐるみを着たサンタの国の守衛たちなのでした。サンタの国の守衛たちは、知らずに近づく人間がいるとこのかっこうで白熊のふりをして追い払うのです。
そうしてわーわー怪獣にぜんぜん利かない雪玉攻撃しているサンタたちの中で、目立って大きい三人のサンタがいました。
「よし、様子を聞いてくるか。おまえらとりあえず役に立ちそうもねえからそこで待ってろ」
三太郎はぽかんと口を開けて怪獣大戦争?をながめているおじさんサンタたちに言って一人駆け出しました。
目立って大きな三人は、一カ所に固まって、仲間のサンタたちの攻撃をむっつりした顔でながめていました。
「よお、極悪ブラザーズ」
三太郎が軽い調子であいさつすると、
「「「誰が兄弟だ!」」」
と、三人は仲良くいっしょに答えました。赤サンタ、黒サンタ、茶サンタと揃って、三人ともバスケットボールの選手みたいに背の高い、ごつい体をした外国人です。
彼らも三太郎を見るとニヤッと笑いました。
「「「似合わね〜〜」」」
三太郎はきっすいの黒サンタですが、今はアルバイトの続きで赤いサンタ服のままです。
「うるせーよ。で? 状況はどうなってる? 怪獣はずっとあのままなのか?」
「いや」
一見気のよさそうな丸々した顔の黒人の赤サンタが極悪プロレスラーみたいな怖い顔になって言いました。
「奴は中で動いているんだ。屋根に穴を開けて、触手を伸ばして、手当たり次第に工場を荒らしているようだ」
顔まで鉄板で出来たみたいな怖い人以外何者にも見えない黒サンタが言いました。
「奴の正体は分かった。皮膚(ひふ)からサンプルを採取(さいしゅ)して調べた結果、奴はクラゲの一種だと判明した」
声までロボットみたいに硬いです。いくら黒サンタとはいえ、こんな人にサンタクロースを名乗らせてよいものでしょうか?
顔中黒ひげだらけの茶サンタが不気味に笑って言いました。
「放射能による遺伝子の突然変異だな。日本のモンスター映画のお家芸じゃわいな?」
日本ならサンタクロースじゃなくなまはげです。少なくとも日本では彼はけっしてサンタクロースとは認められないでしょう。
「なるほどなあ」
三太郎はぼりぼり硬いあごひげを掻いて大クラゲの怪物を見上げましたが、こんなモンスターみたいな三人に混じるとあの三太郎がかわいく見えてしまいます。
「なんでクラゲがサンタの国を襲いやがる? 日本が発生元とは不名誉きわまりないが」
三太郎は不愉快そうに口をへの字に曲げて、三人に聞きました。
「で? おめえらが揃って怪獣のやりたい放題か?」
「今、秘密兵器を用意しているところだ。見ろ!」
普通の雪上車の3倍も横幅のある大型のキャタピラー車に載せられて、何やら巨大なピンク色の、胴の太い、先が四角にすぼまった大砲が運ばれてきました。
「なんだありゃ? でっけえドライヤーみてえだな?」
「でっけえドライヤーだ」
黒人プロレスラーの赤サンタが胸を張って威張りました。
「クラゲだろう? クラゲって言やあ体のほとんどが水だろう? このスーパーウルトラジェットドライヤーで熱風を吹き付ければ、あっと言う間にかさかさのビニールに干上がっちまうって寸法さ!」
「なんのためにあんな物があんだよ?」
三太郎は針金のように細い目をめいっぱい細めてあきれて言いました。
「だいじょうぶかねえ? だがよ、電気で動かすんだろう? かなりの電力を食うんじゃねえか? 動かせるのかよ?」
「抜かりはねえわな」
こっちの方がよっぽど怪獣らしいなまはげの茶サンタがイヒイヒ笑いながら言いました。
「電力なら海から取り放題じゃわいな」
巨大ドライヤーのお尻から太いコードが伸びて、氷原のはるか向こうへ消えていきます。
「こっちの準備に手間がかかってな、出遅れてしもうたが、これから反撃開始じゃわい」
「海から電力を取るとはどういうことだ?」
ロボットみたいな鉄面皮(てつめんぴ)の冷血黒サンタが答えました。
「ホタルイカの大群を呼び寄せた。海の生き物のしでかしたことだ、彼らに責任を取って電気を供給してもらう」
「ホタルイカが光るのは化学反応で電気じゃねえだろ? ……ま、いいや、サンタのやることだ」
サンタクロースはファンタジーの存在なので多少の科学的でたらめさは許されるのです。
三太郎は効果に疑問を感じて言いました。
「温めるより凍らせた方がよくねえか?」
「あんなでかい氷の固まりが出来たら工場を掘り出すのがたいへんだ。第一サンタの国に冷凍庫はない」
そりゃあ周りが氷だらけですからね、必要ないでしょうけれど。じゃあ巨大ドライヤーはなんであるんだ?と思いますが、ともかく、三太郎の提案は却下されてしまいました。
巨大ドライヤーの位置が決まり、照準が巨大クラゲに合わされました。
「ヒーター加熱!」
赤サンタの号令で内蔵の電熱線に電気が通され、外にもブ〜〜ン……という電子音が漏れ聞こえてきました。早くも熱気が周りの景色を揺らめかせています。ものすごいアンペア数です。普通の家なら1000軒くらい簡単に停電してしまいそうです。
「退避(たいひ)ーーっ!!」
雪玉バズーカを撃つサンタたち攻撃隊に周囲から離れるよう勧告(かんこく)され、4色のサンタたちは慌てて逃げ出しました。
巨大ドライヤーの電熱線は真っ赤に灼熱(しゃくねつ)して運んできた雪上車のドライバーも逃げだし、リモコンが赤サンタの手に握られました。
「灼熱温風、発射!」
ドライヤー後部のプロペラが猛スピードで回転し、超高温の空気がジェットで噴き出されました。
煮えたぎった油のように揺らめく気流がぶつかり、巨大クラゲの影がぐらぐらと揺らめきました。
ものすごい熱が放射されて、三太郎も、サンタたちもみんな、手で目をかばわなければなりませんでした。
「おうりゃっ!」
三太郎は空手の突きで足下の氷を砕き、即席(そくせき)のゴーグルを作って巨大クラゲの様子を見ました。真っ赤に揺らめく景色の中、もうもうと水蒸気が上がっていますが、その中に薄く見えるクラゲのシルエットは、まるで縮んでいる様子はありません。分厚い即席ゴーグルもあっと言う間に溶けてしまい、三太郎はチッと舌打ちすると赤サンタを怒鳴りつけました。
「やめろっ! 効果ねえ! 周りの氷が溶けて水分を補給させちまってるんだ! 地球温暖化を促進(そくしん)してんじゃねえやっ!」
「ううむ」
赤サンタも無念そうにうなってドライヤーのスイッチを切りました。
シュウシュウと上がる湯気が再凍結してキラキラ輝きました。ダイヤモンドダストです。綺麗ですが、今は観賞している場合ではありません。灼熱のサウナ地獄から解放されたサンタたちはほっとしながら巨大クラゲを見上げましたが、巨大クラゲはでーんと工場の三角山に取り付いたままです。その位置がだいぶ下がったように見えて、その分三角山の氷が溶けてしまったのでしょう。
効果なし。
みんながっかりして、侵略者になすすべはないのかと憎々しく思いましたが、表面上ずっとじっとしていた巨大クラゲが、動き出しました。やっぱり熱い思いをして腹を立てているのか、工場の中に差し込んでいた長ーい脚を引き抜いて、むちゃくちゃに振り回し始めました。山の斜面をめちゃくちゃに叩き、亀裂が走り、氷の固まりが吹っ飛び、ついに、
ドッガーーンッ!!!
と、三角山は崩壊(ほうかい)してしまいました。
「ああっ・・・・・」
その光景にサンタたちはひどいショックを受け、呆然としました。
世界中の子どもたちにプレゼントするオモチャを作っているサンタクロースのオモチャ工場が、無惨に破壊されてしまったのです。
力が抜けてひざをつくサンタたちがたくさんいました。
敗北です。大敗北です。
勝利した巨大クラゲは、無数の長い脚を踊らせて、今度は、隣に立つ鐘楼に巻き付かせ、三角山と同じように上からすっぽりかぶさりました。
鐘楼は100メートル程度しか高さがありませんから、完全に飲み込まれてしまいました。
「いかん!」
赤サンタがまったく余裕をなくして叫びました。
「鐘楼の鐘を食われちまったら、24時の魔法がなくなって、世界中からクリスマスイブがなくなっちまうぞ!!」