02,今年の悪い子
「サンタのオモチャ屋」。
ある町の本物のサンタクロースたちがやっているオモチャ屋さんの名前です。一年を通して季節外れの時期がたいはんですが、今はばっちりです。
「いらっしゃいませ。メリークリスマス」
とあいさつする赤いサンタ衣装の店員たちも今は恥ずかしくありません。
そこは一軒の独立したお店ではなく、大型ショッピングモールの中のテナントでした。ショッピングモールの他のお店もキラキラしたクリスマスの飾り付けをしていつも以上に華やいだ雰囲気です。
「サンタのオモチャ屋」はショッピングモールの中でも大きなお店で、広々した店内には赤ちゃんの紙おむつから子どもたちが大好きなゲームやお人形やプラモデルやキャラクターグッズ、大人向けの大きなジグソーパズルや知的なボードゲームまで、幅広い品揃えがされていました。
今日は12月23日、クリスマスイブの前日で、祝日で休日で、
オモチャ屋の忙しさのピークは前の土曜日曜日だったでしょうが今日もそれに負けない、最後の大忙しの一日になることでしょう。開店からどんどん家族連れのお客さんがやってきて、お昼過ぎにはもうたいへんな大混雑です。
あまりの混雑ぶりと忙しさに店員のサンタたちはてんてこ舞いで、いささかお店全体への気配りがおろそかになっていたかもしれません。
どんどん売れていく人気商品のたなに商品を補充(ほじゅう)していたサンタ店員にお客の、小学校中学年の男の子が声をかけました。
「ねえねえおじさん。3DEESのお試しコーナーでさあ、一人の子がいつまでもひとりじめして困ってるんだよねー。ちゃんと注意してよおー」
としかめっ面をしてクレームです。冴えないおじさんサンタは
「そうなのかい? そりゃあいけないなあ」
と、男の子に連れられてコンピューターゲーム売り場のNANTENDOの新型ゲーム機3DEESのお試しコーナーにやってきました。すると男の子たちが8人ほど列を作って1台しかない3DEESの順番を待っていましたが、みんなすごい不満顔で、うんざりした様子で今プレーしている子をにらんでいました。後ろに並んだ子どものお母さんでしょうか、やってきた店員サンタにジロリと恐い視線を向けました。
今プレーしているのはやっぱり小学校の3年生か4年生くらいの、女の子みたいに色の白い、やせた子でした。
「あの子がずっとひとりじめしてるの?」
店員サンタが聞くと、連れてきた男の子は
「そうだよ。もうずっと、10回くらいくり返して遊んでんだぜ? 店員さんもっとしっかりパトロールしてくれよお?」
と文句を言いました。おじさんサンタは並んでいる子たちにも「ごめんねえ」と謝ってお母さんにぺこぺこ頭を下げながら、3DEESを手にプレーしている男の子に話しかけました。
「ねえ君。後ろに並んで遊ぶのを待っているお友だちがいるからね、1回遊んだら次の人に代わってあげてね?」
ちょうどそこでレースゲームが終わって、店員はほっとしましたが、男の子はその目の前で内蔵されている他のゲームを選んで、今度はテレビの人気アニメのアクションゲームを始めてしまいました。店員は男の子の大胆さにびっくりしましたが、「ほらな?」と順番を待つ子は店員をつつき、もうがまんの限界というように、
「おいおまえ! いいかげんにしろよなあ!? こっちはずっと待ってるんだぞ? 分かってるんだろう?」
と、大人の男の人の味方を得て、今にもつかみかからんばかりに怒りました。
「まあまあ」
店員は慌てて男の子たちをおさえて、
「ねえ君。もう何回も遊んでいるんだろう? 次の子に代わってあげて?」
ともう一度注意しましたが、男の子はまったく無視してゲームを続けています。
「てめえ、いいかげんにしろよお!」
とうとう後ろの子がゲーム機を奪おうと手を伸ばし、男の子はそれをかわして背中を向けて、もくもくとゲームを続けました。後ろの子のお母さんがあからさまに大きなため息をついて、
「もうあきらめましょう。いつまでたっても順番は来ないわよ」
と自分の子の手をつかんで列から離そうとしました。新型ゲームをやってみたい男の子はだだをこねました。
「かせよお!」
すっかり怒ってしまった子たちを「まあまあ」となだめながら店員は
「ねえ君」
と男の子に呼びかけましたが、まったく聞く耳を持ちません。不満を爆発させて怒る後ろの子たちとうんざりした顔のお母さんと決してゲームをやめようとしない男の子のいたばさみになって店員サンタはすっかり困ってしまいました。
そこへ、
のっしのっしと、大きな男がやってきました。
その迫力にわーわー騒いでいた男の子たちはしんとだまり、ちょっぴり怖がりながら、いい気味だと、遊び続ける子に意地悪な笑いを向けました。
天井まで届くような……と言うと大げさですが、2メートルもありそうな大男は腰をかがめてゲームを放さない男の子に話しかけました。
「店長代理でございます。お客様、何かトラブルですか?」
身長約2メートル、横幅もがっちりした、岩みたいな大男。真っ黒な針金みたいなあごひげを生やしたサンタクロース…………世界でこれほど赤いサンタの帽子と服が似合わない人もいないのではないかと思われる、その人の胸には
「店長代理 黒岩三太郎(くろいわさんたろう)」
とネームプレートが付けられていました。
巨大な男にのぞき込まれて、やたらと響く太い声に呼びかけられ、男の子もさすがにビクッとしたようですが、白い顔を青くしながら、奥歯をカチカチならしながら、それでも頑固にゲーム機を放そうとはしませんでした。
店長代理の黒岩三太郎は真っ黒なひげの中でニヤリと白い歯をのぞかせ、嬉しそうに笑いました。
「フッフッフ。なかなかいい根性した坊主(ぼうず)じゃねえか。今年は赤サンタが忙しすぎて黒サンタの仕事はないかとがっかりしていたが、見つけたぜ、今年の悪い子だ」
フッフッフッフッフ。
深く響く声で笑われて、冷や汗をたらした男の子は、操作をしくじり、自分のキャラクターが敵にやっつけられてゲームオーバーになってしまいました。
「ほらよ、おめえの負けだ」
黒岩店長の大きくごつい手が素早くゲーム機を取り上げ、
「お客様、たいへんお待たせいたしました。どうぞ、ルールを守って仲良くお遊びください」
と、ずっと待ってた次の子に3DEESを渡しました。
「やっりー! やっと遊べるぜ。でもこれだけ待たされて1回きりなんて割に合わねえよなー」
男の子がずっとひとりじめして遊んでいた子に当てつけるように言うと、後ろの子が慌てて
「ルール守れよな? 1回ずつ交代だぞ?」
と念押ししました。念願の3DEESを手にした子は
「分かってるよ」
と冗談だったように言い、ゲームを選んで遊び始めました。周りで友だちもわいわい楽しそうに言いだし、ゲームを取り上げられた子はつんとして立ち去ろうとしました。
「おおっと、お客さん。もっとゆっくりしていけよ」
黒岩店長の大きな手ががっしり肩をつかんで男の子を逃がさないようにしましたが、男の子は別に逃げようともしませんでした。あまりの怖さに逃げようという気力もなくなってしまったみたいです。黒岩店長はちょっと太い眉を動かしましたが、面白そうにニヤリとしました。
「こいつは思った以上にいたぶりがいのありそうなガキだぜ」
と物騒(ぶっそう)なことを言って従業員専用の通用口に男の子を連れ込もうとしましたが、
「黒岩三太郎!」
女の人の大声が呼びかけられ、黒岩店長は面倒くさそうに声のした方を振り向きました。店の入り口からズカズカと女のサンタさんが早足で歩いてきました。
驚いたことにこの女サンタクロースは、細かいパーマのかかった白っぽい金髪に、青い瞳をした、本物の外国の女の人でした。3DEESに夢中だった男の子たちまで「うわあすげー、本物の外国人のねーちゃんだ」と注目しました。
黒岩店長には負けますがかなり背の高い女の人は黒岩店長の前までやってくると、ちょっと連れている男の子に目を向けましたが、それどころではないといった調子で恐い顔で言いました。
「緊急事態よ。サンタの国が、怪獣に襲われているわ!」