10,本当のイブ
大事件の夜が明けた、クリスマスイブの朝。
日本中でちょっと変なことが起こっていました。
大人たちがみんなみょうにそわそわして、10時になってお店が開くと、特にオモチャ屋に、多くの人が殺到(さっとう)して、たくさんのオモチャを買っていきました。先週の土日と昨日の祝日が忙しさのピークだったと思っていた店員たちは買い物客の多さにびっくりして、開店と同時にもうてんてこ舞いです。
それにしても不思議です。たいていの子どものいる大人は昨日までにプレゼントを買ってしまって今夜の本番の準備は終わっていたはずです。すでに子どもへのオモチャを買ってしまっている大人たちが、またオモチャをたくさん買っているのです。いえ、子どものいない大人たちまでみんなオモチャを買ったり絵本を買ったりかわいらしい文房具を買ったりしているのです。
彼らはいったい、誰にプレゼントするつもりなのでしょう?
この現象は日本だけのことではないようで、世界中で大人たちがオモチャ屋や本屋にたくさん訪れて、誰に贈るともなくたくさんのプレゼントを買っていくのです。
彼らはいったい、誰にプレゼントするつもりのでしょう?
どうやら今年は世界中の大人が誰かのサンタクロースになりたくてたまらないようです。
三太郎が似合わない赤サンタ姿で店長代理を務める「サンタのオモチャ屋」も押し寄せるお客にてんてこ舞いで、昨日空飛ぶトナカイそりで大活躍だった、島村、荒木、矢木沢のおじさんサンタたちも、笑顔で忙しそうに働いていました。
夕方になり、さすがの忙しさも落ち着いたようです。それはそうでしょう、もう家族で楽しいクリスマスパーティーの時間です。
そんな遅くになってから、ゲーム売り場に、小浜リク君が姿を現しました。
「やあ、いらっしゃい」
島村サンタが見つけて声をかけました。
「3DEESをやるかい? 今日はもう誰もいないから、好きなだけ遊んでかまわないよ?」
そうです、オモチャ屋にはすっかり子どもの姿はなくなっていました。今頃はみんな自分の家で美味しそうなごちそうを前に、夜枕元にサンタさんが届けてくれる自分のプレゼントのことで頭がいっぱいのことでしょう。
リク君はゲーム売り場の入り口につっ立ったままで、今日は3DEESで遊ぼうとしませんでした。島村サンタが困った顔で見守っていると、三太郎がやってきました。
「よう、悪い子。どうしたい?しけたツラしやがって?」
三太郎は硬い黒ひげの間に白い歯をのぞかせてニヤニヤ笑いました。リク君は怒ったような顔でじいっと三太郎をにらむようにしました。
「おーい、霧山部長ー」
三太郎に呼ばれてりっぱなおひげの執事サンタがやってきました。
「はい、なんでしょう?」
三太郎は赤い帽子をぬいで硬い黒髪をなでつけました。
「俺の店長代理のバイトはここまでにさせてもらうよ。いいかな?」
霧山部長は三太郎の手から帽子を受け取ると、ニッコリ笑顔で言いました。
「ご苦労様でした、黒岩君。よくやってくれました」
「そうでもありませんがね。それじゃあ俺はこれで」
三太郎は部長にがらにもなく照れたように笑い、
「ほれ、行くぞ」
と、リク君の背を押しました。
リク君といっしょにお店を出ていく三太郎に、島村サンタ、荒木サンタ、矢木沢サンタが、
「黒岩店長代理。ありがとうございました」
と笑顔であいさつしました。三太郎も
「うん。君らもな」
と手をさっと一振りしてあいさつを返しました。
三太郎はリク君をショッピングモールの屋上駐車場に連れていき、出入り口の自動販売機であたたかいイチゴ・オ・レをおごってやりました。
「サンタのクリスマスプレゼントだ、ありがたく飲みやがれ」
三太郎もブラックコーヒーを買い、二人は外のベンチに並んで腰かけ、飲みました。
リク君が怒った声で言いました。
「なんで僕を怒らないんだよ?」
「うん? 知らねえ。俺は悪い子のための黒サンタだからな、悪い子を叱るのは俺の仕事じゃねえや」
「僕が鐘楼に逃げ込んだときには怒ったじゃないか?」
「あーー……、そうだったっけか? じゃあもう怒ったんだから、それでいいだろう?」
リク君は不満そうにじいっと下を向いていました。
三太郎はグイッとブラックコーヒーを飲んでしまって、言いました。
「おい。おめえ、クリスマスが嫌いか?」
「嫌いだよ、クリスマスなんて」
「ハッハッハ。さすがは悪い子だ。
……あの三人のおじさんサンタどももな、クリスマスなんか、もう、大っ嫌いになっていたんだ」
リク君はチラッと目を上げて三太郎を見ました。
「おめえの悪い子のおかげで、今はまた好きになったみたいだがな。………
ま、なんだ、おめえも、今は嫌いでも、もう一度、大人になれば、クリスマスが好きになるさ。ま、俺としちゃあ、良い子になられちまうのはつまんねえんだがな」
「なんで大人になるとクリスマスが好きになるんだよ?」
「決まってる、プレゼントを、あげる楽しさがあるからさ。おめえだって、今はそんなひねくれた顔してやがるが、大人になりゃあ、そういう相手ができるさ」
「……できないよ、そんな相手……」
ぶすっと言うリク君の頭を、三太郎の大きくごつい手が包み込むように、なでました。
「おめえの人生だ。俺は知らねえ。……そうだな、自慢じゃねえが、俺も生まれてこの方、プレゼントなんて、一度ももらったことねえし、あげたこともねえな」
「これ」
「うん?」
「おごってもらったよ?」
「いけねえ、黒サンタとしたことが、うっかりしていた。
じゃあ、おめえが俺からプレゼントをもらった初めての子どもだ」
本当でしょうか? でもリク君は可笑しそうに、嬉しそうに、ちょっと笑いました。
三太郎は立ち上がりました。
「よし、俺は帰るぞ。ここでの仕事は終わった。また来年まで、のんびり悪い子さがしさせてもらうぜ」
ううーーん、と両腕を開いてのびをしました。
「送っていくぜ?」
三太郎は親指で奥に止めて、ひどく目立っている、大きな黒塗りのリムジンを差して言いました。今日は仕事納めなので便利なこちらへ止めておきました。
「ううん」
リク君も立ち上がって言いました。
「いいよ。歩いて帰るよ。またいつの間にかひょっこり帰っていたら家の人が心配するから」
「そうか。じゃ、気を付けて帰れよ」
「うん。ありがとう。さようなら」
「おう、あばよ」
三太郎は大きな手を振って、リムジンに歩いていき、乗り込むと、ニッと笑って、リムジンごと消えてしまいました。光学迷彩のスイッチを入れたのでしょう。もうそこにいるのかいないのか、リク君にも分かりません。
空には明るい星があちこち輝きだしています。
リク君も自分の家に帰ることにして、温かな光の漏れるショッピングモールの中へ入っていきました。