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終章 ドラゴン・ロード

 その姿は、巨大な魔法の鎧であった。

 ただし歪んでいる。巨大な人型を構成する金属が、波打ったまま固まっているのだ。醜悪な金属像のようでもある。

 そして赤い。あるいは黒い。黄金に近い、まばゆい黄銅色にも見える。毒草のような緑色にも見える。

 先程までのティアンナの姿であった、4色の鎧巨人。それが6枚の翼を生やし、ゆったりと羽ばたき、滞空している。いや、体重に負けて少しずつ降下しつつあるのか。

 空一面、そんな有様であった。

 翼ある、無数の鎧巨人。

 見上げながら、ガイエル・ケスナーは呟いた。

「そう……か。そういう事か、ティアンナ」

 そのティアンナは地面に座り込んだまま呆然として、人形のような様を晒している。ガイエルの声など、恐らく聞こえてはいない。先程までの自分の姿が無数、天空に満ちている様も、果たして見えているのかどうか。

 ティアンナ・エルベットの心は、完全に折れている。

 折れる前の彼女の心は、ガイエル・ケスナーへの敵意で満ち溢れていた。

 その状態でティアンナは、唯一神という力の塊に接触したのだ。

 天空を満たす鎧巨人の群れに、ガイエルは語りかけた。

「なあ唯一神よ。貴様は強大なる力の塊、強い事は強い。だが弱い、とも言える……こうして人間の心に、たやすく影響されてしまうのだからな」

 自我を持たぬ唯一神という存在が、2人の少女の凄まじい自我によって、立て続けに接触を受けた。エミリィ・レアと、ティアンナ・エルベット。

 それは接触と言うより、侵蝕・侵略に近いものであったのかも知れない。

 唯一神という巨大な白紙に、彼女たちの思いが、望みが、強烈に書き込まれてしまったのだ。

 この世界を滅ぼし、造り直す。

 ガイエル・ケスナーを滅ぼし、造り直さない。

「自分で動くという事を知らぬ貴様が今、そのために動き始めたというわけか……ふん、良かろう」

 ガイエルは地を蹴り砕き、大量の土を舞い上げながら跳躍した。そして空中で翼を開く。

 赤い皮膜の翼が、羽ばたき、空気を殴打しながら、揺らめく闘気を放出する。後方に向かってだ。

「世界の前に、まずは俺を討ち滅ぼして見せろ!」

 推進力を得た赤き魔人が、鎧巨人の群れに突っ込んで行く。

 唯一神という力の顕現体である、4色の鎧巨人たちが、迎撃の構えを取った。ガイエルに向かって、一斉に片手をかざす。

 光の矢が無数、発生し、赤き魔人に降り注ぐ。

 電光が迸り、稲妻の嵐となってガイエルを襲う。

 炎のような闘気をまとう全身で、ガイエルはその全てを受けた。

 光の矢が、電光が、燃え渦巻く闘気に粉砕されてキラキラと砕け散る。

 煌めく光の破片を振り切って、ガイエルは鎧巨人の1体に激突した。

 飛び散った。肉片か、鎧の破片か、臓物の切れ端か、体液の飛沫か、判然としないものが大量に。

 それらを蹴散らすように、赤き魔人の拳が唸る。前腕に生え広がった刃のヒレが、赤熱しながら一閃する。真紅の大蛇にも似た尻尾が、暴風を起こして弧を描く。

 翼ある鎧巨人たちが、ことごとく粉砕され、両断され、ちぎれ飛び、よくわからぬものを飛散させながらキラキラと消滅してゆく。

「見ての通り……俺だ。貴様たちが最優先で排除すべき存在はな!」

 鎧巨人の1体を右足でグシャリと蹴り砕いて、ガイエルはさらなる高空へと跳躍した。

 左足が、赤熱する爪を一閃させて高々と弧を描く。真紅の軌跡を宙に残す、後回し蹴り。

 何体かの鎧巨人が、ちぎれ砕けて舞い散り、消える。

 別の何体かが、砕け散っていた。ガイエルは何もしていない。

「……ここにも、いるぞ」

 白い悪鬼。リムレオン・エルベット。

 鎧をまとう左手が、握り拳のまま上空へ向けられている。

「お前たちが、この世界で破壊と殺戮を行う前に滅ぼしておくべき存在……ここにも、いる。見落としてはいけない」

 その左拳から、気力の塊である白い光球が3つ、4つと高速射出されていた。

 鎧巨人たちが、その直撃を喰らって砕け、破裂し、消し飛んでゆく。

 空中から、ガイエルは微笑みかけた。

「なあリムレオン。こやつら、俺たちと同じだとは思わんか」

 1体の鎧巨人が、電光まとう拳で殴りかかって来る。

 右拳を振るって応戦しながら、ガイエルは言った。

「単なる、力の塊……ろくにものを考える事もなく、ただ破壊と殺傷をやらかすだけだ。俺は何だか、鏡を叩き割っているような気分だぞ」

 巨人の腕が、バチバチと帯電しながら裂けちぎれた。逆流した電撃が、肩を、胴体や頭部を粉砕する。

「考え無しに、ただ力を振るう……か」

 右手に握った魔法の剣を、リムレオンが掲げ揺らめかせる。

「僕たちには、それしかない……それも悪くはない、か」

 揺らめく白刃が、一閃した。まるで空を両断するかのような一閃。

 実際に、空が叩き斬られたわけではない。

 だが、鎧巨人たちは斬られていた。

 4色の巨体の群れが、鮮やかに滑らかに切り刻まれ、無数の断片となって飛散・消滅する。

「そうだ。戦い、殺し、滅ぼす事に……本来、意味など何もない」

 言葉と共に、胸中で熱いものが燃え盛る。

 それを、ガイエルは吐き出した。爆発そのものが、上下の牙を押しのけて溢れ迸る。

 まだいくらかは生き残っていた鎧巨人の群れが、爆炎に薙ぎ払われて灼け砕け、消滅する。

 空が、すっかり綺麗になった。

 鎧巨人が1体も残っていない事を確認しつつ、ガイエルは降下し着地した。

「やはり、な……空中の戦いは苦手だ。踏ん張りがきかんから拳にも蹴りにも力が乗らない。狙いも定まらん」

「いくらか説得力に欠ける言葉だが……」

 言いつつ、白い悪鬼が歩み寄って来る。

「それよりもガイエル・ケスナー。僕は、これで終わったわけではないと思う。第二波以降が、すぐに来るぞ」

「ほう。リムレオン、貴様……」

 口調に、揺らぎがなくなっている。ガイエルは、そう感じた。

「そうだな。俺を殺し、世界を滅ぼすための力……際限なく、押し寄せて来るだろう」

「それを防ぐ手段、あるわよ。1つだけ」

 1人の、若い尼僧が、そこにいた。

 着用している法衣は丈が短く、むっちりと鍛え込まれた太股も、深く柔らかな胸の谷間も、露わである。

 その胸に彼女は、すやすやと眠る赤ん坊を抱いていた。

 ガイエルは、まずは言った。

「メイフェム・グリム……生きていたか」

「何とか、ね」

 応えながらメイフェムが、傍らにちらりと視線を投げる。

 その赤ん坊を先程まで抱いていた少女が、地面に座り込んでいた。裸の身体にマントを被せられたまま、涙を流し、微笑み、何事かを呟いている。

 唯一神の、この世界への顕現を阻止する手段。

 メイフェムが何を言わんとしているのかは、ガイエルにも理解は出来る。

「今、唯一神をこの世へ導く通路となっているのは、このエミリィ・レアよ」

 それをメイフェムは、はっきりと告げた。

「その通路を閉ざす、つまりは彼女を殺す。貴方にとっては容易い事よね? ガイエル・ケスナー」

「その通路を……俺が通る事は、可能だろうか」

 ガイエルは訊いた。

 メイフェムが、じっと見据えてくる。

「生き物を通すための通路じゃないから、いくら貴方でも自力では無理……」

「自力では、か」

「……常日頃、唯一神と接触している聖職者なら。これだけ大きく通路が開いている今であれば、人を送り込む事は出来るでしょうね。唯一神の在します、虚空へと」

「常日頃、唯一神と接触しているメイフェム・グリム殿。あんたに頼みたい」

 ガイエルは頭を下げた。

 メイフェムは、即答はしなかった。

「唯一神という、強大にして純粋な力そのものを……戦って、滅ぼそうと言うのね」

「俺にとっては、それが最も手っ取り早い」

 もう1度、メイフェムはエミリィを見やった。

「……この子の首でも捻じ切ってしまえば、今すぐに終わる話なのよ?」

「僕たちを、唯一神のところへ送って欲しい。どうか頼む」

 ガイエルの傍らで、リムレオンも頭を下げていた。

「戦って滅ぼす。僕たちには、それしかないんだ」

「おい貴様……」

 ガイエルは牙を剥き、睨んだ。

 まっすぐに、リムレオンは見返してきた。

「ただ戦う。僕たちに所詮それしかないのであれば、今がその時だ」

「……そう、だな」

 ガイエルは、空を見上げた。

 禍々しいものが全て消え失せた晴天、に見える。

 その晴れやかな静けさを破って、何かが顕現しようとしている。その不穏な気配を、ガイエルは感じ取っていた。

「それを待つ必要もなし……行くか、リムレオン」

「……行って、どうするの」

 1人の少女が、問いかけてくる。

「前々からね、あんたたちには訊いてみたかった。誰にも期待されてない戦いが、そんなに楽しい?」

 シェファ・ランティだった。

 ティアンナも、セレナ・ジェンキムも、弱々しく座り込み俯いている。

 今この場にいる人間たちの中でシェファ1人が立ち上がり、人間ではない者たちとの会話に臨んでいるのだ。

「確かにね、あんた方が自己満足で大暴れした結果、偶然にも助かっちゃう人はいると思う。だけど……わかったでしょ? 誰も感謝なんてしない。上辺のお礼くらいなら、あたしにも言えるけど……」

 言いつつシェファは、唇を噛んでいる。

「わかってるわよ! 感謝なんか求めてないって言うんでしょ!? 恐がられたって嫌われたって、あんたたちは戦うのよね。で、あたしたちは惨めになる一方……それが許せなくて自力で何とかしようとしてるだけ、ティアンナ姫はずっとマシよ。あたしなんかより……あたしなんか、あたしなんか……」

「……わかるよ。守られる事は、とても惨めだ」

 リムレオンが言った。

「自分で戦えない。これほど惨めな事はない、だから僕は……自分で戦う力が、欲しかった。いざ、それが手に入ってみると」

 白い悪鬼の、左半分のみ面頬をまとった異相に、微かな笑みが浮かんだようだ。

「……思っていたほど、良くはない。上手くいかないものだと思うよ」

「リム様……」

「どんな境遇、状況であろうと、人は悩んだり惨めになったりするのだと思う。苦しみながら、嫌な思いをしながらでも、だから生きて欲しい」

 シェファに背を向けながら、リムレオンは言った。

「……元気で。シェファ」

「…………!!」

 悲鳴もろとも、シェファが息を呑む。

 そちらを、リムレオンはもはや見ない。

「さあメイフェム・グリム、僕たちを唯一神のもとへ」

 言わせず、ガイエルは拳を叩き込んだ。

 白い悪鬼の身体が、前屈みにへし曲がる。

 並の魔獣人間であれば、腹部が破裂して臓物がちぎれ、背骨が砕け、胴体が真っ二つになるであろう一撃で、リムレオンは身体を丸めて倒れ伏し、痙攣している。しばらくは立ち上がる事も出来ないだろう。

「リム様!」

 シェファが走り寄って、白い悪鬼を助け起こそうとする。

 一瞥もせずガイエルは歩み去り、メイフェムのもとへ向かった。

「待たせたな、不慮の事故だ。行くのは俺1人という事で、ひとつ頼む」

「なかなか面白い茶番劇を見せてもらったわ」

 メイフェムが笑う。

「思う存分、格好を付けて……もう思い残す事はないわね?」

「……もう一つ、あんたに頼んでおきたい」

「成り行きだけど仕方がないわね。この地の民は、私たちが守ってあげる。唯一神たる貴方が、唯一神との戦いに赴いた。世界を救うためにね……ふふっ、愚民向けの神話に仕立て上げておくわよ」

「それは好きなようにしてくれればいいが……すまん。返せるかどうかわからんが恩に着る」

「ガイエル様……貴方は……」

 ティアンナが、俯いたまま声を震わせる。

「どこまでも、私たちを……哀れむのですね……自力では何も出来ない、人身御供を捧げなければ生きてゆけない、私たち人間に対し……一体どこまで優越感に浸れば、気が済むのですか……ッッ!」

「許せんか、気に入らんか。ならば、ひたすら這い上がって見せるのだなティアンナよ。様々なものを踏み台にしながら、高みに達して見せろ」

 ガイエルは微笑みかけた。

「いつか、また会おう」

「今は、せいぜい私たちを見下ろしていなさい……」

 ティアンナが、いつの間にか立ち上がっている。

 凄烈な、怒りの眼光が、ガイエルに叩き付けられる。

「ガイエル・ケスナー、私は貴方を許さない!」



 あれで良いのだ、とガイエルは思う。ティアンナ・エルベットは、あれで良い。ダル一ハ軍と戦っていた頃の彼女が、ようやく戻って来た。

「俺はと言うと……どこへも戻れぬところへ、来てしまったようだな」

 ガイエルは見渡した。

 足元は、地面である。どこまでも続いている。

 空は、昼か夕刻か、よくわからぬ色をしている。どこかに太陽があるのか。

 そんな無限の大地が、空が、6色の軍勢で埋め尽くされていた。

 戦の汚れにまみれさせてしまうのが惜しくなるような、純白。

 澄み渡る晴天を思わせる、青。

 黄金色に近い、電光まとう黄銅色。

 豊かなる森林の緑。闇そのものの黒色。

 炎か、あるいは流血か、とにかく殺戮と滅亡の色である真紅。

 6体1組の甲冑歩兵部隊が、数百、数千、いや数万個。荒涼たる大地に1人佇む赤き魔人を、踏み潰さんと迫り来る。翼を生やし、空中を蜂の群れの如く高速飛翔している者たちもいる。

「そうか……そうだったのか、ティアンナ」

 唯一神という形なき力が、ティアンナによる接触そして干渉を受けた結果、このような形を取ったのだ。

 無限に展開される、6色の魔法の鎧の大軍勢。

「貴女は、嬉しかったのだな。魔法の鎧という力……俺たちのような者どもと戦える力を、手に入れて。本当に嬉しかったのだな」

 人ならざるものと大いに戦い、世界を救い守ってきた6色の鎧。その大軍が今、世界を滅ぼそうとしている。

 自分は別に、世界を救おうとしているわけではない、とガイエルは思う。

 ただ、戦うだけだ。戦い、殺し、滅ぼすだけだ。

「俺には力がある……ならば、戦わぬ理由がどこにある」

 ガイエルは拳を握った。

 赤熱する刃のヒレが、前腕でジャキッ! と広がった。

 筋肉と甲殻をがっちりと盛り上げた全身から、炎のような闘気が溢れ出す。

 剣を、魔石の杖を、戦斧を、槍を、刃ある長弓を、細身の長剣を、振るい構えて一斉に襲い来る魔法の鎧たち。

 ガイエルは見据えた。一瞬だけ、振り向いた。

 隣にも、後にも、リムレオンはいない。

「……最後は1人、か。それも悪くはない」

 ガイエルの方からも、踏み込んでいた。

「さあ、俺は今から貴様たちを殺し尽くす。全力で抗え! 最優先で俺を排除せよ!」

 純白の鎧を叩き潰し、青い鎧を溶断し、黄銅色の鎧を蹴りちぎり、緑の鎧を尻尾で粉砕し、黒い鎧を引き裂き、真紅の鎧を爆炎で消し飛ばしながら、ガイエルは吼えていた。

「俺は、残虐なのだ!」



 白い悪鬼を抱き起こす腕力が、生身のシェファにあるわけがなかった。

 リムレオンは自力で起き上がりつつある。そこへシェファは、寄り添っているだけだ。

 今のリムレオンのために出来る事など、自分には何もない。

「……メイフェム・グリム……僕を……」

 馬鹿を言おうとしているリムレオンを黙らせる事すら、シェファには出来ない。

 黙らせたのは、メイフェムだった。

「今の貴方に出来る事なんて、1つしかないのよリムレオン・エルベット。戦い、殺し、滅ぼした、その偶然の結果……でなくとも、守れるもの。そこにあるでしょ? それを守り抜きなさい。他の何もかもを見捨てて、ね」

 翼ある赤ん坊を抱くメイフェム、その傍らで地面に座り込むエミリィ。

 他にも、無数の人影が、いつの間にか出現していた。

 否、人影ではない。

 デーモン、トロル、オーガー、ゴブリンにオーク。ギルマン。バシリスクやワイバーンといった、大型の魔獣もいる。

 人ならざるものの軍勢が、メイフェムと赤ん坊を護衛していた。

「竜の御子は、おっしゃいましたわ。この地の民を守れ、と」

 怪物たちの中から、黒衣の少女がゆらりと進み出て告げる。

 ブラックローラ・プリズナであった。

「信仰以外の全てを失った、この地の哀れな人間たちを……私ども魔族は、守りましょう。大いに甘やかしましょう。お前、それで文句ありませんわね?」

「魔族が、人間の方々をお守りする。良き関係は、まずはそこから始めねばなりません」

 吸血鬼の少女の傍らで、1体の老ゴブリンが答える。

 ブラックローラが、美しい牙をにこりと晒した。

「この地の民はやがて、強者の善政に慣れきって自力では何も出来ない弱者の群れとなるでしょう……それも人間たち自らが選んだ道、ですわね」

「人間なんて、どいつもこいつも、いつまでもそう。強者に人身御供を捧げないと生きていけない……赤き竜に支配されていた時から、何も変わっちゃいないわ」

 メイフェムが嘲笑った。

「ああ本当、皆殺しにしたいけど守るって言っちゃったものね……で。私の扱いはどうなるのかしら? ねえバンパイアロード殿」

「現時点における、魔族の実質的な統率者……貴女以外にあり得ませんわ、メイフェム・グリム」

 ブラックローラが、そしてデーモンたちが、口々に言った。

「不本意ながら貴女は、デーモンロード様の奥方であられる」

「魔族の王子を……しっかりと、守り育ててもらうぞ」

 魔族の王子。メイフェムの抱擁の中ですやすやと眠る、翼ある赤子。

 魔族の帝王と魔獣人間との間に生まれた、怪物。

 結局のところ、ティアンナの危惧が現実のものとなりつつあるのか。

 そのティアンナが、言った。

「……私を、殺さないのですか」

「竜の御子の、ご意志ですもの」

 答えたのはブラックローラだ。

「生かされている、という現実を……そろそろ、ご覧になった方がよろしくてよ? ああ、それと。そこの方、ひとしずくの豊潤なる命をお持ちの方、いえ今はすっかり力強くなってしまわれて」

 吸血鬼の少女が、リムレオンに微笑みかける。

「ちょっと残念ですけど、ローラの好みからは外れてしまわれましたから……シェファ・ランティ、貴女に差し上げますわ。大事になさいな」

「そう……あなたたちはね、それでいいのよ」

 メイフェムが微笑み、空を見上げる。

「この世界と唯一神は、まだ繋がっている……この子が生きている限りは、ね」

 エミリィの頭を、そっと撫でながら。

「なのに唯一神が出て来ない、襲撃が止まったまま……ガイエル・ケスナーが、止めてくれているのね。一体どんな戦いと言うか大虐殺が、繰り広げられている事やら」

 ガイエルは本気で、唯一神という存在を、力を、滅ぼしにかかっている。

 この世界そのものが今、彼に守られているのだ。

「生かされているのは、私たちも同じかしらね……ふふっ、また会いましょうティアンナ・エルベット。人身御供を捧げるだけの人間どもを、少しは変える事が出来るかしらね貴女なら!」

 魔族の王子を抱いたままメイフェムはいつの間にか、ワイバーンに騎乗していた。エミリィを伴ってだ。

 そのワイバーンが、暴風を巻き起こして飛び立った。

 魔族の大軍勢が、土煙を舞い上げ去って行く。

 見送り、睨みつつ、ティアンナは呻いた。

「お前たちの、好きにはさせない……」

 セレナは、座り込み俯いたままだ。

 リムレオンは何も言わず、遠慮がちにシェファの肩を抱いている。彼らしい気弱な抱擁の中、シェファも無言だ。

 声を発しているのは、ティアンナだけである。

「人は、人の力だけで生きてゆく……人ならざるものの存在など、私は認めない! 許さない!」

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