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第181話 さまよえる破壊神(前編)

 豚のような男、などと言ったら豚に失礼であろう。

 脂肪で弛みきった身体に、豪奢な衣服が全く似合っていないが、そもそも何を着ても様にはなるまい、とルネリア・エセルナードは思っている。

 そんな男が、脂ぎった顔面をニンマリと歪めた。

「これは姫、ご機嫌麗しく……」

 貴方の顔を見て機嫌麗しくなどなれるとお思いですか、という言葉をルネリアは辛うじて飲み込んだ。

「ご機嫌……麗しそうですわね、公爵閣下」

「それはもう、貴女にお会い出来たのですから」

 公爵の眼差しが、ドレスの上からネットリと絡み付き、17歳の王女のすらりと伸びた肢体を舐め回す。

 この男の妄想の中では、自分はドレスなど着ておらず、常に裸か下着姿でいるに違いない、とルネリアは思う。

 トーマガルタ・ボフマー公爵。35歳。

 エセルナード現国王ペラネテス5世の弟で、つまりルネリアにとっては叔父に当たる。

「公爵閣下などと他人行儀な。私の事は叔父上と、あるいは単にトーマとでも呼び捨てていただければ」

「おどき下さい公爵閣下。私、陛下に奏上奉るべき事案を持って参りましたの」

 エセルナード王国、王都クレシオス。

 王宮の回廊でルネリアは今、トーマガルタ公爵の巨大な肥満体に行く手を塞がれているところであった。

 この先の、国王の自室で、ペラネテス5世は病床にある。

 容態は、悪化する一方であった。

 特に今回の事態は、もともと病弱な国王に、凄まじい心労をもたらしたはずだ。

 それはしかし、自業自得であると言えない事もない、とルネリアは思う。

 父は、唯一神教会の意向に圧され、国王として下してはならぬ決定をしてしまったのだ。

「我が愛しの姪よ、貴女らしからぬ酷い事をしてはいけない」

 トーマガルタが、ヌルリとまとわりつくような声を発した。

「兄は……国王陛下は、絶対安静の身であられるのですよ」

「意識はおありなのでしょう? ならば何としても聞いていただきます」

 視線で舐め回してくる叔父の目を、ルネリアは正面から睨み据えた。

「何でしたら、公爵閣下もおいで下さいな。私が陛下に申し上げたい事は、そのまま貴方と教会の方々に申し上げたい事でもありますから」

「愛しの姪よ、何故そこで教会が出て来るのかね」

「貴方が教会の傀儡である事は一目瞭然! まさか御自身、気付いておられないわけではないでしょうね」

 教会の、と言うより聖女アマリア・カストゥールの傀儡と言うべきであろうか。

 彼女の意向で、ヴァスケリア王国から何名かのローエン派司祭が派遣されて来た。

 ここエセルナードとは関係のあまり良好ではない隣国ではあるが、6カ国にまたがる唯一神教会を通じ、聖職者の往来は普通に行われている。

 その聖職者たちによって、エセルナードには強大な力がもたらされた。敵国サフラシアとの長らく続いた国境紛争を、たちどころに終結せしめた力。

 ヴァスケリアから来た司祭たちは、その力をもって、エセルナードを支配下に置こうとしている。

 無論、露骨な侵略はしない。

 傀儡に出来そうな人物を、王族の中から見繕って擁立する。まあ誰でも思いつく手段だ、とルネリアは思う。

 そしてエセルナード王国には、このトーマガルタ・ボフマー公爵という、傀儡にはうってつけの人物がいる。

「……傀儡でも良いではないか、愛しの姪よ」

 脂ぎって弛んだ顔が、おぞましく笑い歪む。

「ここエセルナードは平和な国、国王が英邁である必要はない……おっと、我が兄にしてそなたの父である現国王は確かに英邁なる人物だ。が、もはや認めても良かろう? ペラネテス5世陛下は、今や明日をも知れぬお命よ」

 次期国王の最有力候補者が、このトーマガルタ公爵なのである。

 何しろ教会の後ろ盾がある。

 教会が、王族の中で最も無能な年長者を、傀儡として選定した。つまりは、そういう事だ。

 アマリア・カストゥールは死んだ、らしい。

 だが彼女の遺した陰謀は、国境を超えて息衝き、蠢いている。おぞましい怪物のようにだ。

 死せる者の陰謀に踊らされてトーマガルタは今、のたのたと無様な動きを披露している。

「無能ながら平和を愛するこの私が、教会の後ろ盾を得て平穏に国を治める。そなたにも良い思いをさせてあげよう、我が愛しの姪よ」

「この国が、平和……公爵閣下は本当に、そうお考えでして……?」

「我が国は、平和を維持するための最強の力を得たのだ。その力をもって今、暴虐の女王エル・ザナード1世によって塗炭の苦しみのさなかにある隣国ヴァスケリアの民を救いつつある。エセルナードの前途には、光のみがある!」

 エセルナード、サフラシア、ザナオン、ロードマグナ。4カ国の連合軍がヴァスケリアに攻め入り、連戦連勝で王都エンドゥールに迫りつつあるという。

 教会の布告したその情報を信じ、国民は浮かれ騒いでいる。

「……お話に、なりませんわね。公爵閣下、やはり貴方にお話しする事などありません。そこを、おどきなさい」

「だから公爵閣下はよせと申しているではないか、我が愛しのルネリア姫よ……」

 視線で舐め回すだけでは飽き足らず、トーマガルタは手を伸ばして来た。芋虫を思わせる五指が、姪王女の優美な細腕を掴もうとする。

 その嫌らしい手を、ルネリアは掴んで捻った。

 公爵の肥満体が、無様に転倒した。

「お身体……少し鍛えた方がよろしくてよ?」

「こ……の小娘……姪の分際で叔父に、王女の分際で王弟に! 逆らうかああああ!」

 肥満体が、猛然と起き上がり襲いかかって来る。

 豚と言うよりは、欲情したオークか。否、それでもオークに失礼だ。

 思いつつルネリアは、突進して来る巨大な肉塊を掴みながら身を翻した。仕立ての良いドレスに一瞬、凹凸のくっきりとした魅惑的な曲線が浮かび上がる。

 投げ飛ばされたトーマガルタが、壁に激突し、鼻血をぶちまけ倒れ伏した。

 一瞥もせずにルネリアは、国王の寝室に向かって歩を進めた。



 アマリア・カストゥールが人間ではない事に、クロッグ・ゼネオンは随分と前から気付いてはいた。

 正体を暴き立てる事に意味はなかったから、黙っていただけだ。その時の彼女はすでにヴァスケリア唯一神教会において隠然たる勢力を有しており、聖女とおだて祭り上げ取り入っておけば損にはならなかった。

 弱みを握ったつもりになって、アマリアを脅しにかかった愚か者も何人かはいた。全員、魔獣人間や聖なる戦士の材料となった。

 クロッグはそんな無意味な死に様を晒す事なく、聖女に仕える忠実な司祭であり続けた。

 やがて、この蛇の指輪を与えられてエセルナードへと派遣された。

 魔法の鎧の軍事戦力化。それが聖女アマリアより与えられた任務である。

 クロッグがそれを難なく成功させたところで、しかしアマリア・カストゥールは死んだ。聖女として唯一神教に殉じた、のではなく醜い怪物として無様に敗死したのだ。

(ならば私が……このエセルナードを統治する、より他にあるまい。貴女より授かった、この聖なる力をもって。そうであろう? 偽りの聖女殿)

 否、とクロッグは思う。聖なる力は、聖女アマリアから与えられたものではない。

 自分にこの力を授けてくれたのは、唯一神だ。

 40代の働き盛り、でありながら老人の如く痩せ衰えた、このペラネテス5世という国王に代わって、自分クロッグ・ゼネオンがエセルナード王国を支配する。それはすなわち天命なのである。

 無論、自分は国王にはなれない。だから玉座に座らせておく傀儡が必要だ。

 傀儡の人選には、随分と悩んだものである。

 順当に、あの愚か者のトーマガルタ・ボフマー公爵を次期国王として祭り上げるか。

 それとも、このルネリア・エセルナード王女を懐柔しておくべきか。

「クロッグ司祭殿は……このような所で一体、何をしておられますの?」

 冷ややかに、ルネリア王女は声を投げて来る。

 国王の御前でなければ、もっと容赦のない罵声を浴びせられているところか。

 そんな事を思いながら、クロッグは恭しく答えた。

「私ごとき者を、国王陛下は頼りにして下さいますゆえ……」

「教会には、唯一神の御加護を自在にもたらし、人々の病や怪我を消し去って下さる方々がおられると。そう聞き及んでおりますわ」

 王女の冷ややかさが、鋭利な冷たさに変わってゆく。

「クロッグ司祭殿は、陛下の病を治しては下さいませんの?」

「申し訳ございませぬ。私には、癒しの力の心得がありませぬゆえ……癒しの力よりも、ずっと貴国の御ためになるものをヴァスケリアより携えて参りました次第」

「……あの、魔法の鎧とやらが……そうである、などと」

 ルネリア王女の美貌が、怒りで引きつり震えている。

「おっしゃいません、わよね? よもや……」

「……やめよ、ルネリア」

 ペラネテス5世が、豪奢な寝台の上で、ようやく言葉を発した。

「魔法の鎧を支給されたる四カ国連合軍、総勢6万……国境近辺にて敗滅せるとの報は、余も受けておる。それはクロッグ司祭ただ1人のみの責任にあらず、まずは国王たる余を大いに責め詰るが良い」

「おわかりでしたら父上、いえ国王陛下! このクロッグ・ゼネオン司祭を今少し遠ざけなさいませ! 兵員6万人ことごとくを惨死せしめたる者に、御寝所への出入りをお許しになるなど」

「お怒りはごもっとも、なれど王女殿下。6万もの兵の死を、無駄にする事は出来ません。魔法の鎧には、さらなる改良が必要……このクロッグ・ゼネオン、何としてもやり遂げなければならぬ事でございます。エセルナード王国の御ために」

「現実を御覧なさいな司祭殿。貴方をはじめ教会の方々が、神の力、最強の聖なる力などと喧伝なさった魔法の鎧……6万もの兵が、それを着用し戦った結果、いかなる事が起こったのか。ご存じない、とはおっしゃいませんわよね?」

 軍兵6万人ことごとく、着用した魔法の鎧もろとも粉砕された。ヴァスケリア方面からエセルナード国内に流れ込んで来た、何者かによってだ。

 かの赤き魔人であるに違いなかった。

「ルネリアよ、ヴァスケリアの赤き魔人は噂に違わぬ恐るべき怪物……1度や2度の敗北で、魔法の鎧に見切りを付けてはならん」

 ペラネテス5世が言った。

 病身の国王の方が、健康であっても思慮の足らぬ王女より、遙かに現実が見えている。クロッグは、そう思った。

「赤き魔人は……ヴァスケリア女王エル・ザナード1世の意向で動き、殺戮と破壊を繰り返しておると聞く。かの女王が、ついに我が国に狙いを定めたのであろう。軍備は整えねばならぬ……相手はのう、兵6万を殺し尽くす怪物ぞ。魔法の鎧、以外に抗する手段はあるまい」

「そう……それが陛下のお考え、でしたら。私しばらく勝手に動きますわ」

 ルネリア王女は、父王に背を向けた。

「後程、罰はお受けいたしますから少しの間、どうかお見逃しになって」

「ルネリア……そなた、まさか単身で」

 病身の国王が、死んでしまいそうなほど青ざめて息を呑んでいる。

 単身で、赤き魔人との接触を図る。

 それを言いはしないままルネリア王女は、足取り強く、国王の御前を退去した。



 国境付近で4カ国連合軍6万を殲滅したのが、本当に、噂に聞くヴァスケリアの赤き魔人であるのかどうか。まずは、それを確認しなければならない。

 それが本当であり、なおかつ噂通り赤き魔人がヴァスケリア女王エル・ザナード1世の意向を受けて動いている、のであるとしても、エセルナード側にそれを糾弾する資格はない。

 殲滅された兵員6万人が、ヴァスケリア侵略のために編成された軍であるのは事実だからだ。

 4カ国の軍勢が、教会による魔法の鎧の実験に使われた。結局はそういう事でしかない、とルネリアは思う。

 エセルナード以外の3国にも、クロッグ・ゼネオンのような派遣聖職者がいて各王家を口車に乗せ、魔法の鎧の実験を今も行なっている。

 聖女アマリア・カストゥールによって各々、魔法の鎧の技術を持たされ、派遣された聖職者たちである。

 ヴァスケリアで誕生した魔法の鎧が、唯一神教会によって各国に広まった。

 アマリアの死後も、派遣聖職者たちは、それぞれの国に魔法の鎧を根付かせようと躍起になっている。クロッグ司祭のようにだ。

 魔法の鎧の戦力は、国王・為政者たちから見れば、確かに魅力的なのであろう。

 ルネリアは、己の行動を振り返った。

 魔法の鎧の導入と、4カ国連合軍によるヴァスケリア侵攻。それらに対して自分は、言葉による反対表明をしただけだ。6万もの兵が無残に殺戮される、その事態を未然に防ぐ努力を何もしなかったのだ。

 今からでも、何かをするしかない。

 魔法の鎧が一体どの程度のものでしかないのか、それが証明されつつある今をおいて、行動を起こす機会はない。

 連合軍によるヴァスケリア侵攻を未然に食い止めた何者かが、このエセルナード国内にいるのであれば、まずは接触して対話を試みる。

 理想論だとルネリアは思わない。魔法の鎧の装着者6万人ことごとく虐殺してのけた怪物を、力で排除しようとするよりは、ずっと現実的である。

 噂に聞く赤き魔人であるかどうかはともかく、少なくとも会話は出来る相手なのではないか、とルネリアは期待した。

 期待を抱くに足る根拠は、眼前に広がる、この光景である。 

「あ、王女殿下。直に御覧になっては……」

「ふふっ。綺麗なものだけを、見ていたい……ものですわね、確かに」

 腐臭の漂う虐殺の光景を、ルネリアは見渡した。

 王都から南へと向かう街道の途中で、馬車を降りたところである。

 村が1つ、壊滅していた。

 建物の残骸と一緒に、ほぼ一個部隊分の屍が散乱している。

 叩き潰され、捻じ折られ、引きちぎられ、ぶちまけられているのは、人間の屍ではなかった。眼球や脳髄を垂れ流した豚の頭部が、散見される。

 全て、オークの屍であった。

「オークの群れが、村1つを……占拠していた、と?」

「虐げられていた村人たちは、しかし救出されて近隣の村に避難しております」

 近衛兵の1人が言った。

「そして王女殿下……お見苦しくはありますが御覧いただけるのでしたら、あれを」

 1つだけ、人間の屍があった。

 かつて人体であったものが、鈍色のひしゃげた金属屑と混ざり合いながら臓物を露出させ、蝿をたからせている。

「これは……魔法の鎧を着用した兵士? ですわね」

「軍を脱走し、オークの群れを力で従えていたようです」

「魔物を引き連れて村に押し入り、様々な悪事を働いていた……と」

 小さく溜息をつきながらルネリアは、同じく魔法の鎧を装着した近衛兵をちらりと見据えた。

「力を手に入れたから、と言って……貴方がたは、そのような事なさいませんわよね?」

「む、無論であります」

 1人ではない。魔法の鎧を支給された近衛兵数名が、王女の護衛として同行し、周囲を固めている。

 護衛の輪の中で、ルネリアは考えた。考えるまでもない事、ではあった。

 人助けが行われた。どう考えても、そういう事にしかならない。

 この殺戮を行った者の意図がどうであれ、結果として村人たちは救われているのだ。

 この殺戮者と、南国境で兵6万人を虐殺した何者かが、同一の存在であるかどうかはわからない。

 何者であるにせよ、意図的に人助けをするような思考の持ち主ならば、対話は不可能ではないだろう。

 ルネリアが思った、その時。

 護衛の輪に、緊張が走った。

 魔法の鎧を着た近衛兵たちが一斉に、剣を抜き、槍を構える。

 同じく鈍色に武装した何者かが、歩み寄って来たところである。

「ルネリア……我が愛しの、ルネリアぁあああ……」

 聞き覚えのある声を発しながら、その男は巨体を揺らしている。巨大な肥満体を、鈍色の全身甲冑に無理矢理、押し込めている。

 魔法の鎧の、体型に合わせた特注品であるのは間違いない。

「何だ貴様……止まれ、王女殿下に近付くな!」

 2人の近衛兵が、槍を突き付けてゆく。

 そして、叩き斬られた。2つの人体が、魔法の鎧もろとも真っ二つになって臓物をぶちまけた。

 鈍色の巨体を揺らす何者かが、いつの間にか抜き身の剣を握り構えている。

 魔法の鎧の装着者2名を、抜き打ちで斬殺。人間離れした剣技と力、としか言いようがない。

 ルネリアは、息を呑むしかなかった。

 特注品の魔法の鎧をまとったこの男が、何者であるのかは見当が付く。いや、本当にあの男なのか。

「王女殿下、お逃げ下さい!」

 近衛兵たちが一斉に、その男に斬りかかって行く。突きかかって行く。

 そして、スパスパと滑らかに切り刻まれていった。

「いかがですかな、ルネリア王女。武芸の心得など欠片もない脂肪の塊を、瞬時にして剛勇無双の士に作り変える……新たなる、魔法の鎧でございますよ」

 クロッグ・ゼネオン司祭が、いつの間にか、そこにいた。

「魔法の鎧は日進月歩。1度2度の敗北でお見捨てになるなど、未来を放棄するに等しいとはお考えいただけませぬか」

「貴方は……貴方たちはッ!」

 ルネリアが後退りをしている間に、近衛兵の最後の1人が首を刎ねられた。

「ルネリア……我が愛しの姪よ……そなたの無礼、忘れ難いぞよ……」

 大量の贅肉を閉じ込めた魔法の鎧が、返り血にまみれてヌラリと光る。

 そんな姿のまま、トーマガルタ・ボフマー公爵がルネリアに歩み迫る。

「そなたの……無礼……とても気持ちが良かったぞよぉおおおおお」

 ギラギラと脂ぎった眼光が、鈍色の面頬から溢れ出して王女の全身にまとわりつく。

 ルネリアは逃げた。

 いや。逃げようと1歩、動きかけたところで追いつかれ、捕まった。

「きゃっ……」

 小さく悲鳴を漏らしている間に、ドレスを引きちぎられていた。下着もろともだ。

 白く若々しい裸身が、地面に投げ出されて倒れ込む。ルネリアはとっさに両脚を閉じ、両腕で胸を抱き隠した。

 左右の細腕の間で、深く柔らかな谷間が生じた。

 むっちりと形良い両の太股が、震えながら密着し、隠すべき部分を覆い隠す。

 だが、瑞々しい白桃のような尻の膨らみまでは隠しきれない。

 見事にくびれた裸の曲線も、綺麗な鎖骨の窪みも、隠せはしない。

 両手両足だけでは到底、その魅力を隠しきれない乙女の裸身に、トーマガルタが舐め回すような眼差しを向けて来る。一緒くたにちぎれたドレスと肌着を、己の面頬に押し付けながら。

「むふぉおおお素晴らしい、素晴らしいぞ魔法の鎧! このようなもの被っていても、ルネリアの匂いが感じられるぅうううフンガフンガむふむふむふ」

「…………!」

 ルネリアの美貌が、初々しく紅潮しながら引きつった。

 この愚かしい男に自分は今から、どのような目に遭わされるのか。

「王弟という身分以外に何の取り柄もないトーマガルタ公と、美しく聡明で声望高きルネリア王女……どちらを傀儡とするべきか、いや実に悩みどころであった」

 クロッグ司祭が言う。

「とりあえずは両方、確保しておこうと思う。さあトーマガルタよ、この高慢なる姫君を下半身で屈服させよ。女は、身体で言う事を聞かせるのが一番のようであるからな」

「聞かせてやる聞かせてやる、私には逆らえぬようにしてやるとも愛しの姪よ」

 トーマガルタの巨体が、迫り寄って来る。

 鈍色の手甲に覆われた五指が、嫌らしく蠢く。

「こ、この鎧の上からでもフヒヒヒヒヒ、そなたの柔らかさを感じられるのであろうなあ……さ、さあさあ愛しのルネリアよ、そなたも私を感じるが良いぞグフッ、ぐふへへへへへへ」

 魔法の鎧の下腹部から、おぞましいものが露出した。

「嫌っ……いやぁ……ッ!」

 ルネリアは声を震わせ、涙をこぼした。

 舌を噛むしかない、と思いかけた、その時。

「……何を、しているのかな? そこで」

 涙で潤んだ視界の隅。民家の残骸を押しのけるようにして、細身の人影が立ち上がった。

「ちなみに僕は、疲れたので一眠りをしていたところだ。何やら騒がしいので目が覚めてしまったが、ここは僕の家ではないからね。静かにしろ、などと言うつもりはない……にしても、あなた方が何をしているのかは気になってしまうな」

 粗末な衣服の上から、襤褸も同然のマントを羽織った若者、と言うより少年か。

 細い身体は、しかし過酷なまでに無駄なく鍛え込まれている。ルネリアも護身のための武術を学んでいるから、見ればわかる。

 薄汚い衣服など剥ぎ取って、裸にしてみたい。今の自分のように。

 ぼんやりとルネリアは、そんな事を思った。

 それほどまでに、美しい少年だった。

 澄んだ青い瞳、さらりとした金髪。凛々しくも、どこか頼りない顔立ち。

 女装をさせたら、自分などよりずっと美しくなってしまうのではないか、とルネリアは思った。

 そんな少年と、目が合った。

 青い瞳が、裸のルネリアを一瞥する。欲情した様子はない。ただ確認しただけ、のようだ。

「そうか……大体、わかった……」

 少年は言った。

「僕は……次は、貴女を守ればいいんだな……」

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