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灼熱のドラゴンニュート  作者: 小湊拓也


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第180話 清らかなる魔王

 ケリスは1度だけ、自分を抱いてくれた。

 誘ったのはメイフェムの方からだ。誘った、と言うより襲った。

 赤き竜との最終決戦で、自分は死ぬかも知れない。慎ましくなど、してはいられなかった。

 生きよう、とケリスは言った。メイフェムを抱きながら。

 もちろん君も死なせない。もう誰も死なせはしない、皆で生きて皆で幸せになるんだ、と。

 それはそれとして、死を覚悟するのは当然の事である。

 だから棺を5つ、用意した。覚悟を決めるための、まあ儀式のようなものである。

 とある教会の、地下納骨堂。

 人骨製の柱に囲まれた空間に、5つの棺が、花弁の形に配置されている。

 20年前、ここで最後の酒盛りをした。5人で安酒や粗末な肴を持ち込み、各々の棺に腰掛けて大いに飲み騒ぎ、下手くそな歌声を納骨堂に響かせて死者の安眠を妨げた。

 これら棺に今、屍は入っていない。

 ダルーハとドルネオは、ガイエル・ケスナーに殺された。屍も残さずにだ。

 ゾルカは、ゼピト村に埋葬されている。

 そしてケリスも。

 皆で生きよう、と言っていたケリス自身が、唯一の戦死者となってしまった。赤き竜の炎をまともに浴び、遺灰すら遺さず綺麗にこの世から消え失せたのだ。

 5人の中で今、この世にいるのは自分メイフェム・グリムただ1人である。

 己の棺を、メイフェムは見下ろした。

 この中に当然、自分はいない。

 だが、メイフェムは思う。

 赤き竜との最終決戦。それ以前の自分と、それ以後の自分は、全くの別人であると。

 以前の自分が、この棺の中で死んでいる、とは言えなくもない。

「目を覚ましてもらうわよ……今よりも少しだけ純粋だった頃の、私」

 棺に語りかけてみる。当然、返事はない。

 声を発する者は、別にいる。

「ここって……勝手に入っていいの? ねえちょっと」

 シェファ・ランティが、いくらか不安そうにしている。

 メイフェムは冷笑した。

「まさか死者の安息がどうのと気にしているわけじゃないでしょうね? どちらかと言うと、死者を大量生産する側にいる小娘が」

「……あんたに言われたって事は、誉められたって事よね」

 人骨で出来た柱や燭台、人骨で飾り立てられた壁。

 そんな光景を見回しながら、シェファは言った。人骨ごときに動じる少女ではない。

「この教会だって、管理している司祭様なんかがいるんじゃないの? あたしたちって今、不法侵入してるんじゃ」

「いないわ。ここの司祭様は、私が殺したから」

 ある時ダルーハの一行が、この教会に一夜の宿を求めた。

 教会の司祭は快く応じ、一行を歓待しながら、赤き竜の配下に密告をした。

 深夜、魔物の軍勢が教会を襲った。

 ダルーハもケリスも、ゾルカもドルネオもメイフェムも、夜通し戦ってこれを撃滅した。

 魔物たちには逆らえないのだ、と懸命な命乞いをする司祭の顔面を、メイフェムは膝蹴りで凹ませた。耳から様々なものが噴出した。

 その後、この教会は5人の隠れ家の1つとなった。

 赤き竜との戦いの後も、メイフェムは時折、様子を見に来ている。盗賊団の類が住み着いている事もあり、その時は面倒でも皆殺しを実行している。

 シェファに対して、得意げに語る事でもなかった。

「それよりもシェファ・ランティ、貴女に贈り物よ。私から、じゃなくゾルカからね」

「ゾルカさんが……?」

 シェファが、怪訝そうな顔をする。

 ゾルカの屍が入っている、わけではないにせよ彼のものである棺の蓋に、メイフェムは手をかけた。

 棺は5つとも、ゾルカの魔法によって閉ざされている。

 己の手で命を奪ってしまった魔法使いに、メイフェムは問いかけていた。

「いいわよね? ゾルカ……」

 そうしながら、棺の蓋をゆっくりと持ち上げる。

 ゾルカの屍が横たわっている、わけでは当然ない。

 屍の如く棺の中に安置されているのは、丁寧に折り畳まれたローブと、1本の杖だ。

 翼を広げて牙を剥いた竜、の姿が彫られた杖。

 それを、メイフェムは手に取った。

「『魔匠の衣』は要らないわね。魔法の鎧があるわけだし……この『吼竜の杖』を使いなさいシェファ」

「こうりゅう……の、つえ……?」

 ゾルカ・ジェンキムの遺品を、シェファはおずおずと受け取った。

「赤き竜との最終決戦、その時のゾルカの装備品よ。貴女の非力を、いくらかは補ってくれると思うわ」

「最強装備……あんたのも?」

 シェファが問いかけてくる。

 メイフェムは、他4つの棺を見つめた。

「戦いが終わった後、私たち4人はここに集まって、各々の装備品を棺の中に封印したのよ。今や自分たちこそが、赤き竜と同等あるいはそれ以上の破壊と災厄を世にもたらし得る存在となったから……確か、ゾルカの発案だったと思うわ」

 ケリス・ウェブナーの装備品『勇者の鎧』『破邪の盾』『光輝の聖剣』は、所有者の肉体もろとも赤き竜の炎に灼き砕かれて跡形も残らなかった。彼の棺には、だから何も入っていない。

 ダルーハが着用していた『戦王の鎧』は、赤き竜の返り血を浴びて融解し、同じく跡形も残らなかった。彼の棺に収められているのは、赤き竜にとどめを刺した『斬竜刀』のみである。

 ドルネオ・ゲヴィンの棺には、彼の最強装備『竜将の鎧』『星砕きの斧』が収められている。

 両名とも、これらを使っていればガイエル・ケスナーに敗れる事もなかった、のであろうか。人間である事をやめた彼らは、最後まで徒手空拳の戦いにこだわり抜いた。

「私は違う。使えるものは、使わせてもらうわ。とうに捨てた、過去の自分であってもね」

 己の棺に、メイフェムは語りかけた。ちらりと、シェファを一瞥しながら。

「ふふっ……武装転身、とでも言うのかしら?」

 言いつつ、己の身体から法衣を引きちぎる。

 子供を生んでも凹凸の見事さが全く損なわれていない裸身を、メイフェムは晒していた。シェファが、息を呑んでいる。

 棺から光が溢れ出し、蓋を押しのけて迸り、裸のメイフェムに激しくまとわりついた。

 全身あちこちで、光が物質化を遂げてゆく。新たな法衣となってメイフェムの胴体をぴったりと締め上げ、力強くくびれた曲線を際立たせる。

 豊麗な胸の膨らみが閉じ込められ、深く柔らかな谷間が露出する。むっちりと美しく強靭な両の太股も、露わである。

 先程まで着用していた法衣と比べ、肌の露出は随分と多い。

 だが、メイフェムは感じていた。とてつもない力が今、自分の全身を隙なく防護してくれているのを。

 懐かしい、力の感覚だった。

「そ、それ……何?」

「聖竜の衣。私の、あの時の最強装備よ」

 応えつつメイフェムは、身体の軸を維持したまま身を捻った。

 旋風が生じた。

 凹凸のくっきりとした全身が竜巻の如く捻転し、形良く暴力的な太股が躍動して『聖竜の衣』の裾を跳ね上げる。

 旋風を伴う蹴りが、手刀が、拳が、メイフェムの想定した敵を全て打ち砕く。

「それなら……女王陛下にも、勝てるかもね……」

 シェファが言った。

「つまんない事、言わせてもらうけど……魔獣人間になって、それ着てみたら、もっと強くなれるんじゃない?」

「聖竜の衣はね、悪しき力を全て封じてしまうの。魔獣人間の力もね。私は、それでいいと思ってるわ」

 メイフェムは、笑って見せた。

「魔獣人間の姿で、こんなもの着てもねえ。様にならないでしょ?」



 ダルーハ・ケスナーは、竜退治の褒賞として王女レフィーネとの結婚を許され、そのままヴァスケリア王国最北端の地レドンの領主に封ぜられた。

 赤き竜の子を孕んでしまった王女もろとも、厄介払いの扱いを受けた。要するに、そういう事である。

 だがレドン地方は、ヴァスケリアとあまり関係が良好ではない北隣国エセルナードに対する最前線でもある。

 英雄ダルーハ・ケスナーは、国境の守りの要でもあったのだ。

 ダルーハとヴァスケリア王家との関係が、当時から最悪であったのは間違いない。

 それでもレフィーネ王女さえ当てがっておけば、ダルーハは決してヴァスケリア王国を裏切る事なく、北国境を守り続けてくれる。そう読みきった知恵者が、王都エンドゥールにいたのだろう。

 レドン領主ダルーハ・ケスナー侯爵は、確かに国境の強大なる守護者であり続けた。

 ガイエルが幼い頃、エセルナード王国軍が無謀にもレドンに攻め込んで来た事がある。

 エセルナード軍は、撃退されたと言うより虐殺された。

 幼いガイエルも戦場に連れて行かれ、虐殺の光景を見学させられたものだ。

 戦いに敗れたら、お前もこうなる。父ダルーハは、それだけを言った。

「案外……領主としての仕事は、しっかりこなしていたのかも知れんな。あの男」

 城壁の上からエセルナード王国の方角を睨みながら、ガイエル・ケスナーは独りごちた。

「それもまあ、おふくろ様が生きておられた間だけだが」

 レドン地方、領主城館。かつてのダルーハの居城であり、ガイエルが生まれ育った場所でもある。まあ懐かしくはある。

 この城壁の上でも散々、ダルーハに鍛え抜かれたものだ。

 この親父は、いつか殺す。いつも、そんな事を考えていた。願いは叶った。

 もしも自分に子供が出来たら、とガイエルは思う。

 ダルーハと同じ事を、自分はするのだろうか。子を虐待も同然に鍛え上げ、殺意を抱かれ、やがて本当に殺される。

(……悪くはない、か)

 思いつつガイエルは、敵国の方向から吹く風を全身で受けた。

 豪奢なマントが舞いはためき、たくましく力強い裸身が見え隠れする。

「結局ダルーハなど、レフィーネ王女に手綱を握られた暴れ馬でしかなかった、という事ですわ」

 闇をまとったかのような黒衣の少女が、そんな事を言いながら身を寄せて来る。

 禍々しいほどの美貌が、艶然と微笑む。

「この世を統べるにふさわしきは、ダルーハ・ケスナーではなく貴方様……うふっ。相変わらず、衣服をお召しにはなりませんのね」

「服など、どうせすぐに破けて散る」

「猛々しくも清らかなる、裸の帝王……」

 ブラックローラ・プリズナが、うっとりと世迷言を漏らす。

「ローラ知っておりますのよ。竜の御子は、まだ女の身体をご存じない……」

「それがどうした」

「本当に、もったいない……これほど御立派なものを、お持ちなのに」

 マントの内側に繊手を這入らせようとするブラックローラを、ガイエルはいくらか乱雑に振り払った。

 振り払われた吸血鬼の少女が、ゆらりと身を踊らせながら、なおも言う。

「貴方様の御父上もね、本当に淡白なお方でしたわ。我が主・赤き竜が、狂おしいほどの欲望を示したのは……レフィーネ・リアンフェネット王女に対してのみ」

 ダルーハも、側室の類は置かなかった。妻レフィーネ以外の女性を、全く身辺に近付けなかったものだ。

 あの男の、数少ない美点の1つなのであろうか。

「我が新たなる主、竜の御子……貴方様の妃となるは一体、いかなる女なのでしょうね。うっふふふふローラはね、御子様の妃などではなく肉便器で充分ですわ。滾って滾ってたまらない時は、ローラをいくらでも」

「そろそろ黙れ」

「ふふ……そのような欲望が、根本から欠けておりますのね。竜の御子様ときた日には」

 自分が人間ではないからであろう、とガイエルは思う。

 人間は、弱い。すぐに死ぬ。だから子を産み、殖えねばならない。

 だが自分ガイエル・ケスナーは、人間ほどには容易く死ねない。だから焦って同種を殖やす必要もない。

「俺は……俺のような者は、子孫を残してはならん。そういう事ではないのかな」

 いずれ自分の子供を産んでくれる、かも知れない女性。

 1人の少女が、ガイエルの脳裏で、胸中で、母レフィーネに似た微笑みを浮かべている。

 だが彼女とは、今や完全に敵対する間柄となった。

「……まあ、そんな事はどうでもいい。黙れとは言ったがバンパイアロードよ、俺に報告する事があるのではないのか」

「でしたわね。はい、ローラは国境近辺を調べて参りましたのよ」

 ブラックローラの口調が、いくらかは改まった。

「エセルナード、ザナオン、サフラシア、ロードマグナ……4カ国の連合軍総勢約6万、ことごとく雑草の肥やしに変わっておりましたわ」

「魔法の鎧が支給されていたと聞くが」

「ああ確かに、それっぽい残骸がこびりついておりましたけれど。まあ、あんなものは粗製濫造の出来損ないですわね」

「そう、か……ブレン・バイアスのような者たちが6万人、俺を殺しに来てくれると思っていたのだがな」

 ガイエルは目を閉じ、マントを翻して、エセルナードの方角に背を向けた。

「どちらへ行かれますの?」

「北から攻め込んで来る者どもがいなくなった以上、俺がこの城にいる意味もあるまい」

 南。王都の方から、ガイエルの命を奪いに来る者がいる。

「……ティアンナを出迎える。彼女が正式に、戦争を仕掛けて来たようだからな」

「6万人ことごとくを殺戮したのが何者であるのか……それは、どうでもよろしいの?」

「他人の口から聞きたくはない。そやつが直接、俺の目の前に現れるまで、まあ期待せずに待つとしよう」

 ガイエルは思う。その何者かが、自分の思った通りの相手であったなら。

 そして、殺し合いになったとしたら。

 それは女を抱くより、ティアンナを凌辱でもするより、ずっと楽しい事になるであろう。

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