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灼熱のドラゴンニュート  作者: 小湊拓也


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第178話 大地を砕く竜の騎士 

 敵から武具や兵糧を奪う作戦ではない限り、戦争時の略奪行為は禁止されている。

 たとえ、そこが敵地であったとしてもだ。

 民衆を殺め、女子供や財物・食糧を奪う。これを軍規で認めている国などない。

 ヴァスケリアであろうとバルムガルドであろうと、ロードマグナ、ザナオン、サフラシア、そしてここエセルナード王国においても当然、軍兵による人民への無法行為は厳禁である。

 万国共通の軍規である、と言ってもいい。

 問題は、その軍規が守られるかどうかである。

「おい、何をしている!」

 王国騎士アルウィン・アルフは声を投げた。

 兵士の一団が、陣に戻って来たところである。

 エセルナードの南国境近辺。あといくらかでも軍を進めれば、隣国ヴァスケリアに突入する事となる。

 ヴァスケリア北国境の強大なる守護者であった英雄ダルーハ・ケスナーも、すでに亡い。

 まさしく好機。開戦の時は近い、というわけだ。

 そのような時に、隊長アルウィンの許可もなく外出していた兵士たちが、ニヤニヤと笑いながら答える。

「物資の調達でありますよ隊長殿。何しろ、戦が近いですからねえ」

「俺らもよ、英気を養っとかねーとよォ」

 鈍色の面頬で、素顔は見えない。だが上官への敬意の欠片もない表情は見て取れるようだ。

 兵士5名。全員、鈍色の甲冑を身にまとっている。顔面から爪先に至るまで、露出は1カ所もない。

 エセルナード王国正規軍の、正式な軍装ではなかった。

 エセルナード軍、だけではない。サフラシア、ザナオン、ロードマグナ……この国境地帯に集結した4カ国連合計6万の軍勢、その兵員1人1人に支給された装備品である。

 6万人ほぼ全員に行き渡っている、ようであるが、アルウィンのように支給されなかった者もいる。

 自分が教会に批判的だからだろう、とアルウィンは思うが、今はそんな事よりも。

「調達、だと……英気を養う、だと……」

 この兵士らが何を調達してきて、どのように英気を養うつもりなのか。それは、問いただすまでもなかった。

 大型の檻車を1台、兵士たちは馬に引かせている。

 捕虜を収監・護送するための檻車であるが今、閉じ込められているのは捕縛された敵兵などではなく自国民である。

 それも女性……若い娘ばかりが十数人。檻車の中で怯え、身を寄せ合い、すすり泣いている。

「おらぁ泣いてんじゃねーよ。俺らが今から、もっとイイ声で泣かしてやッからよぉー」

 鈍色の全身鎧をまとった兵士5人が、げらげらと笑い合う。

 うち1人に、アルウィンは訊いた。鈍色の甲冑を、赤黒く汚している1人に。

「貴様それは……返り血、ではないのか……」

「いや俺悪くないっスよ? その嬢ちゃんの弟ってえガキがぁ、しゃしゃり出て来やがってェー」

 返り血まみれの兵士が、檻車の中で茫然自失している少女の1人に親指を向ける。

「姉ちゃんを返せーとか騒いで軍務執行妨害するもんだからぁ」

「……斬った……とでも、言うのか……」

「斬っちゃいませんて。こう、掴んで引っ張ったら裂けちゃいましてねぇー。いやもう、はらわたが出たの何の。凄いッスねええ、この魔法の鎧ってヤツはさあ」

「男のガキじゃなくてぇ、幼女だったら生かしといてやったんすけどねぇー。どの道、俺が突っ込んで裂けちまう事になるんスけどォーぎゃははははは」

「俺ぁ男でも構わねーのによ。ったくこのバカ、殺しちまいやがってよお」

 アルウィンは言葉を失った。

 もはや会話も出来ず、身体が勝手に動いた。

 腰の長剣を抜き放ち、この兵士5人をことごとく斬殺する。すべき事は、それしかない。

 5人とも、まだ調練の仕上がっていない、新兵に毛が生えた程度の者たちである。エセルナード随一の剣士と言われる自分アルウィン・アルフであれば、5人ことごとく苦しませずに首を落としてやれる。せめてもの情けだ。

 そう思って一閃させた長剣が、折れた。兵士の手刀でだ。

「お貴族様の坊ちゃんがよォ……散々調子ぶっこいてくれたなぁ今までよおおお!」

 鈍色の手甲が、手刀から拳へと形を変えてアルウィンの腹に叩き込まれる。

 凄まじい量の体液を、アルウィンは吐き散らした。

 鮮血に、破裂した臓物の汁気が混ざり込んでいる。

 その赤黒い液体の飛沫を飛ばしながら、アルウィンは地面に倒れ伏していた。

(……魔法の、鎧……これほどとは……)

 元々ヴァスケリアで、かの聖女アマリア・カストゥールが作り上げたものであるらしい。

 それが唯一神教会を通じて4ヶ国に広まり、こうして軍事利用される事となった。

「この魔法の鎧っての最高ッスよおぉ隊長。あんたをよォー、こうやってオモチャみたく扱えるんだからなあああ」

 別の兵士が、アルウィンの右腕を引きちぎった。

 自分がどのような悲鳴を上げているのか、アルウィンはわからなくなった。

 兵士たちの、獣じみた笑い声が降り注いで来る。少女たちの悲鳴も聞こえる。

 足音も、聞こえて来た。

「隊長、怪しい奴を捕まえて……って何だテメエら、やっちまったのかよおお」

 鈍色の、魔法の鎧に身を包んだ兵士が、さらにもう2人。旅人らしき何者かを引きずるように連行して来たところである。

「このクソ隊長は、いつか俺がブチ殺すつもりだったのによぉおお」

「まだ生きてるぜー。腕ぇ1本残ってるし、足もあるし。もいじゃえ」

「で。怪しい奴ってのぁ、そいつか?」

「おおよ、多分ヴァスケリア人だと思う。何か国境ウロウロしてやがったからよ」

 粗末な衣服、ボロ布も同然のマントに身を包んだ、若い男である。若者、と言うより少年か。

 さらりとした金髪、儚げな顔立ち。檻車の中にいる美少女たちよりも、下手をすると美しく見えてしまう。

 目は、ぼんやりと、ここではないどこかを見つめている。

 細い身体は、しかし無駄なく鍛え込まれて強靭に引き締まってはいる。か弱そうな外見に反して戦闘の心得はあるようだが、魔法の鎧を着た兵士たちを相手に何かが出来るとは思えない。

 逃げろ、少年。

 アルウィンは叫ぼうとしたが声は出ず、代わりに大量の血を吐いた。

 ヴァスケリア方面からの旅人あるいは流れ者であるらしい、その少年に、兵士たちが群がってゆく。

「綺麗なツラぁしてやがる……が、何でぇ男じゃねえか」

「お、俺ぁ男だってイイぜぇーヒへへへへへ」

 暴虐そのものの力を得た、野獣のような兵士たちを、しかし恐れた様子もなく、少年は陣中を見回している。そして声を発する。

「……貴方たちは……見たところ、戦争をやろうとしている……ようだけど……」

「当然よ。それが俺らの仕事だからなあ」

「これからヴァスケリアに攻め込んで、男は殺りまくり女は犯りまくりよォ。あっいけねえ、軍事機密バラしちまった」

「聞いちまったからにゃ生かしておけねえ、この坊やもブッ殺すしかねーなぁあ」

「こここ殺す前によォー、女装させてブチ込んでやンからよぉおおお」

 少年が一瞬、国境の方を振り向いた。

「ヴァスケリア……そう。それが、僕のいた国の名前……」

 記憶喪失者を装ったところで、助かるとは思えない。

「僕は……ここまでの道中、平和を見てきた」

 少年の、ぼんやりとした眼差しが、囚われの少女たちに向けられる。そして、死にかけたアルウィンの有り様にも。

「ヴァスケリア? という、あの国では……人間と、そうではないものたちが仲良く暮らしている。皆、神を信じて……平和に、幸せに、生きている。そんな場所で貴方たちは、こんな事をしようと?」

「ッッッッッたりめーだろ戦争なんだからよおおおおお!」

 兵士の1人が激昂し、少年の衣服を掴んだ。

 鈍色の手甲をまとう五指が、粗末な衣服をマントもろとも引きちぎってゆく。薄く引き締まった、綺麗な胸板が露わになる。

「殺す! 奪う! 犯す! そンくれえイイ目が見れねぇでよお、やってられるワケねえだろ戦争なんざぁー!」

「……戦争をしない、という選択肢は……無いのかな?」

 ちぎれた衣服を振り払うように、少年の強靭な細腕が動いた。

 兵士の身体が、歪んだ。

 鈍色の甲冑もろとも、腕が、首が、胴体が、ねじ曲がってゆく。骨の砕ける音、内臓の破裂する音が聞こえた。魔法の鎧の隙間から、どす黒い鮮血が溢れ出す。

「それなら僕は、貴方たちを……この世から、消さなければならなくなる……」

 少年の細い裸身が、鈍色に完全武装した兵士の身体を、ねじり歪めて捻り潰し、肉と金属の残骸に変えていた。

 素手の戦闘訓練、に似た動きであった。武器を失った際、敵に組み付いて各部関節を極め、制圧する戦闘技術。

 似ているが違う、とアルウィンは思った。

 今この少年が披露したのは、人間の格闘技ではない。

 この少年は、人間ではない。

 薄れゆく意識の中、アルウィンはそう確信していた。

「僕は、守らなければならない……何を……?」

 魔法の鎧もろとも残骸と化した兵士の屍を、少年はまたいで越えた。そして、硬直している他の兵士たちに歩み寄って行く。

 謎めいた事を、呟きながら。

「わからない。だから僕は……今は、まず目に見えるものを守ろうと思う」

 檻車の中の少女たちを、少年は一瞥した。

「今まで僕が見てきたものを、守ろうと思う……ヴァスケリアという、祖国を」

 ぼんやりとした眼差しが、仄かに燃え上がってゆく。

 その目が、アルウィンの方を向いた。

「……貴方を守る事は、出来なかった。僕が、もう少し早く……この場にいれば……」

「私の……事など、いい……それよりも……ッ!」

 血を吐きながら、アルウィンは言った。

 自分は、もはや長くはない。この少年が何者であるかを詮索している時間はない。

 託す事は、1つしかなかった。

「頼む……魔法の鎧を、この世から消し去ってくれ……あれは、人を……容易く、怪物に変えてしまう……その力で、我が国は……他国を蹂躙せんと……止めてくれ、どうか頼む……」

「……よくわかった。それは、きっと大勢の人々を……守る事に、繋がると思う。引き受けよう」

 少年は言い、兵士たちは逆上した。

「てめえ……何、しやがったあああああッ!」

 鈍色の甲冑姿が複数、全裸の少年に殴り掛かって行く。

 そして、裂けた。潰れた。破裂した。

 少年の細い拳が、兵士の頭部を兜・面頬もろとも陥没させる。鮮血と脳漿が、霧状にしぶいた。

 少年の鋭利な膝が、兵士の腹部に叩き込まれる。魔法の鎧をまとった胴体が、前屈みにへし曲がりながら裂けてちぎれ、潰れた臓物が激しく噴出する。

 残り4名となった兵士たちが、剣を抜き、槍を構え、戦斧と戦鎚を振りかざす。

 うち3人が、即座に死んだ。魔法の鎧もろとも、縦に、横に、斜めに、真っ二つとなって崩れ落ち、人体の内容物をぶちまける。

 少年が、剣を奪い取って一閃させたところである。一閃で、3度の斬撃が繰り出されていた。

「ま……待って……」

 この場の最後の1人となった兵士が、戦斧を放り捨てて土下座をしている。

「悪かったよ……ごめん、許して……俺には女房と子供が」

「ここで貴方を見逃したら……僕のいない所で、貴方は同じ事をするだろう」

 少年も剣を放り捨て、兵士の身体を掴んで引きずり立たせた。

「それは、誰かを守る事にはならない……」

 細身の刃を思わせる五指が、魔法の鎧を引きちぎってゆく。

「お、俺の事は守ってくれねえのかよ!」

「すまない。僕は、貴方のような人たちは守りたくないんだ……本当に、すまない」

 生身となって泣き喚く兵士の顔面から、少年は皮膚を剥ぎ取った。眼球を抉り出し、下顎を引きちぎった。

 ここが陣中でなければ、少年はなおも時間をかけて解体作業に没頭していた事であろう。

 剣呑な足音が、あらゆる方向から押し寄せて来る。

 魔法の鎧を着用した兵士たちが、駆けつけたところであった。

 鈍色の大軍勢が、返り血まみれの少年を包囲しつつある。

「……君たちが安全に逃げられる状況を、今から作る。もう少しだけ、待っていて欲しい」

 檻車の中の少女たちに声を投げながら、少年は拳を握った。

「……殺して……」

 少女の1人が言った。

「あたしの弟を、殺した奴ら……みんな、殺しちゃってよ……軍の連中なんて、兵隊なんて、この世に要らない……どいつもこいつも、皆殺しにしちゃってよおぉ……」

「……了解した。殺す、皆殺しにする……それが、君たちを守る事になる……」

 少年の拳が、燃え上がった。

 鈍色の軍勢が、一斉に襲いかかって来る。

 その襲撃の中で、少年は激しく身を屈め、燃え盛る拳を地面に叩きつけた。

 大地を粉砕するかのような一撃を繰り出しながら、少年が呟く。

「悪竜転身……」

 炎が、少年の拳から地面に燃え広がり、渦巻いて猛り狂う。

 この世を、焼き尽くす炎。

 それが、アルウィン・アルフの最後の思いとなった。



 聖女アマリア・カストゥールの死後、まるで火事場泥棒の如く勢力を保有し、かつて真ヴァスケリアであった地に我が物顔で君臨している背教者を、何としても討ち果たさなければならない。

 カルツ・ナードのその主張を、4カ国の大司教たちは快く聞き入れてくれた。

「なにとぞ……どうか、よろしくお願い申しあげます。かの背教者マディック・ラザンに、唯一神の聖なる罰を」

「お任せあれ、カルツ・ナード司祭よ」

 エセルナード、ザナオン、ロードマグナ、サフラシア。4カ国の大司教たちが今、この本陣天幕に集結している。

「聖女アマリアよりもたらされたる、神の力をもって……聖なる万年平和の王国を築き上げる時が、ついに来たのです」

「そのマディック・ラザンなる背教者……聞けば、かの赤き魔人を、事もあろうに唯一神の化身などと祀って擁立し、無法の限りを尽くしておるとか」

「聖戦の時は来たれり、という事です。聖女の遺志を、我々が」

「聖なる力をもって、友邦ヴァスケリアに神の救いをもたらしましょう! 今や神の戦士となった4カ国連合軍総勢6万、その命燃やし尽くせば赤き魔人とて容易く討ち滅ぼす事が出来ます」

(そういう事だ、マディック・ラザン……おぞましき背教者めが)

 カルツの胸中で、憎悪が燃えた。

 聖女アマリアの下、神の支配する万年平和を成し遂げんとしていたローエン派が、今やこうして他国の教会に身を寄せなければならなくなった。

 かの背教者が、暴虐の女王エル・ザナード1世と結託し、万年平和の王国に破滅をもたらしたのだ。

(破門を受けたる身でありながら、その分際をわきまえず無法を為し、大聖人ローエン・フェルナスの教えに背き続ける者! この私が、4カ国の力をもって貴様に罰を下し、この世に正しき教義を)

 轟音が、聞こえた。

 地震、であろうか。陣そのものが、揺れているようでもある。

 兵士らの怒号も聞こえて来る。いや、悲鳴か。

「何事……」

 大司教4名が、うろたえ怯え始める。

 カルツは、天幕の外に出た。

 血生臭い熱風が、激しく吹き付けて来た。

 4カ国連合軍の兵士たちが、魔法の鎧もろとも原形を失い、肉と金属の残骸となって、カルツの視界全域にぶちまけられている。

 地震などでは、なかった。

 殺戮の光景の真っ只中に、その怪物は佇んでいた。

「僕は、守る……守らなければ、ならない……」

 魔法の鎧をまとった兵士。一瞬、そう見えた。

 だが鈍色ではない。白い。

 純白の甲冑が、全身の左半分のみを防護している。

 右半分では、禍々しい怪物の本性が露わであった。

「わかってきたぞ……守るとは、戦う事……」

 炎にも似た形に角を伸ばした、魔物の頭蓋骨。そんな素顔を右半分だけ露出させた怪物が、眼窩の奥で炯々と光を燃やしながら言う。

 それは、この世ではないどこかから響き渡り聞こえてくるかのような言葉であった。

「守る、とは……戦い、殺し……滅ぼす事……」

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