第165話 大聖人
聖なる戦士たちが、変わらぬ勢いで押し寄せて来る。口々に祈りを唱えながら。
聖女アマリア・カストゥールを護衛する5名の司祭が、言葉高らかに彼らを鼓舞している。
「進め、平和の使徒たちよ! 聖女アマリアの祝福が、お前たちを聖なる万年平和の王国へと導くであろう。討て、平和の敵を!」
「貴様ら……おい聞いてなかったのか!」
石の松明を投擲して聖なる戦士の一部隊を石化・粉砕しながら、魔獣人間ユニゴーゴンが吼える。
「アマリア・カストゥールは聖女なんかじゃない! 反吐が出るような正体を今、現したばかりだろうが!」
「喚くなギルベルト・レイン。信仰とはな、こういうものの事を言うのだ」
魔獣人間ギルデーモン……ラウデン・ゼビル侯爵が言う。
「信仰の対象がいかなるものであるのかは今や無関係。それを深く信仰している己自身から、こやつらはもはや抜け出せなくなっているのだよ」
すでに人間をやめてしまった者たちが、仮に聖女アマリアへの盲信・狂信を捨て去る事が出来たとして、その後はどうするのか。ラウデン侯はそう言っているのだ、とティアンナは思った。
「大聖人ローエン・フェルナスに始まる唯一神教、その聖なる栄光は今! 聖女アマリアによって確固たるものとなり世にもたらされるのだ!」
司祭5名のうち、すでに正体を明らかにしている強化魔獣人間ドレイクデューサが、叫びと共に火竜の群れをうねらせた。
手足の生えた巨大な人面、とでも言うべき身体から毛髪の如く伸びた火竜たちが、鎌首をもたげ、一斉に炎を吐く。
紅蓮の嵐が、激しく渦を巻きながらギルベルトを襲った。
ユニゴーゴンを包囲していた聖なる戦士5、6体が、炎の渦に呑まれて焦げ砕ける。
その炎の中から、しかしギルベルトはすでに駆け出していた。
青銅色の力強い体躯が、蹄で土を蹴散らしながら疾駆し、踏み込んで行く。アマリア・カストゥールを護衛する、司祭5名に向かってだ。
ドレイクデューサ以外の4名が、メキメキッ……と全身を痙攣させる。司祭の法衣と一緒に、人間の姿を脱ぎ捨てようとしている。
女1名、男3名の、人間ならざる司祭たち。
うち男2名が、
「聖女アマリアの祝福を受けたる我ら平和の使徒! 貴様ごとき旧型の魔獣人間になど負」
「聖なる裁きを下してくれよう! この強化魔獣人」
金属質の巨体をメキメキと隆起させながら潰れ、破裂し、飛び散った。
ユニゴーゴンの重い拳が、左右立て続けに隕石の如く叩き込まれていた。
その間、他2名の司祭が正体を明らかにしている。
男女の、強化魔獣人間。
うち女の方が、金属製の細腕でブンッ! と戦斧を振るい構えた。
甲冑状の外皮に覆われた全身を豊麗に起伏させた、一見すると女性用の鎧をまとった女騎士である。
首から上は兜と面頬で、ユニゴーゴンのそれに劣らぬほど厳つい角が一対、力強く湾曲しながら生え伸びている。
その背中からフワリと羽毛の翼を広げながら、彼女は名乗った。
「この強化魔獣人間ハーピータウルス……聖女アマリアに仇なす者どもを、生かしてはおかぬ」
「聖なる万年平和の王国を、我らはこの地に築くであろう」
男の方も、やはり甲冑騎士の姿をしていた。鈍色の全身鎧。その右手で長剣を構え、左腕に楯を装着している。聖なる戦士と見分けがつきにくい。
「その礎となるが良い……この強化魔獣人間デュラワームの、聖剣にかかってだ!」
ドレイクデューサを含む計3体の強化魔獣人間が、ユニゴーゴンを取り囲む。
いや、囲まれる前にギルベルトは動いていた。
鉄槌のような蹄が、地を割る勢いで踏み込む。隕石のような拳が、まずはドレイクデューサを襲う。
だがすでにデュラワームが、両者の間に入り込んでいた。その左腕の楯が、ユニゴーゴンの拳をグシャリと受ける。
楯もろとも、デュラワームの左腕は原型を失っていた。
その時には、ハーピータウルスが羽ばたいている。半ば飛翔にも等しい跳躍。戦斧が、ギルベルトに向かって唸りを立てて宙を裂く。
ユニゴーゴンが首を振り、青銅の兜にも似た頭部を振り立てた。猛牛の角が、戦斧を弾き返す。
その間、デュラワームの潰れた左腕が、白い光に包まれながらメキメキと自己修復を遂げてゆく。
癒しの力。
この強化魔獣人間たちは、狂信的にとは言え修行を積んだ、本物の聖職者ではあるようだ。
左腕の回復を済ませつつあるデュラワームの背後で、ドレイクデューサが何本もの火竜をうねらせる。
彼らの口から一斉に炎が吐き出され、デュラワームを迂回しながら渦を巻き、ユニゴーゴンを襲った。
後方へと跳躍しながら、ギルベルトも炎を吐いた。
シューッ! と蒸気の如く噴出した石化の炎が、火竜何匹分もの火炎嵐とぶつかり合い、これを押しとどめる。
相殺・消滅してゆく2つの炎を切り裂くように、その時、稲妻が走った。
紫色の電光。
アマリア・カストゥールの嫋やかな指先から放たれ迸ったそれが、ギルベルトを直撃する。
「ぐっ……!」
青銅の鎧のような全身あちこちで火花を爆ぜさせながら、ユニゴーゴンは吹っ飛んだ。
「旧型の魔獣人間が、なかなかに健闘するものよ」
聖女アマリアの美貌を、おぞましく歪ませ震わせながら、ゴルジ・バルカウスは言った。
「私のもとへ来い、お前を強化魔獣人間に改造してやる。新たなる力を持って、赤き魔人と戦うのだ」
「……魔獣人間に……魔法の鎧を、着せる……そんな、誰でも考え付くような手で……」
よろり、と身を起こし片膝をつきながら、ギルベルトは言葉を返す。
「あの若君に勝てると……本気で、思ってるのか」
「出来る事は全てやる。打てる手があるなら全て打つ。あの怪物を討つためには、なりふり構わず力を尽くさねばならんのだ。それがわからぬか」
アマリアが牙を剥いた。滑らかな頬が無惨に裂け、乱杭のような歯が露わになる。
法衣がちぎれ、美しい聖女の裸身……ではないものが隆起してくる。
白い、外骨格であった。
「確かにな、赤き魔人ガイエル・ケスナーの力は強大極まる! だからとて見て見ぬ振りをしておれば、人の世は滅びるのだぞレグナードの如く!」
裂けた顔面の皮膚がパリパリと干涸びて崩れ、艶やかな金髪も一気に抜け落ちてゆく。
やがて、頭蓋骨が出現した。牙を剥き、眼窩の奥で炯々と真紅の光を燃やす頭蓋骨。
首から下も、今や聖女の豊麗な肢体ではなく、白色の甲殻に包まれた怪物の異形であった。
直立する人間大の甲虫、とでも言うべきか。悪鬼の頭蓋骨を頭部とする、人型の甲虫。
聖女アマリア・カストゥールが、そのような正体を現したと言うのに、聖なる戦士の群れも、それに強化魔獣人間たちも、変わらぬ勢いで戦いを挑んで来る。
「聖女アマリアが我らに、唯一神の導きと加護をもたらす……永遠に!」
デュラワームが、ギルベルトに向かって踏み込み、長剣を一閃させる。
ユニゴーゴンの両手には左右2本、燃え盛る石の棍棒が握られていた。その片方が、強化魔獣人間の剣をガッ! と受け流して火の粉を散らす。
もう片方を、ギルベルトは別方向に振るった。防御の形にだ。
ハーピータウルスが、羽ばたき叫びながら斬りかかって来たところである。
「我らはお前たち平和の破壊者に、裁きをもたらす! 聖女アマリアと、大聖人ローエン・フェルナスの名のもとに!」
空中から振り下ろされた戦斧が、石の松明とぶつかり合う。
そこへ、いくらか離れた所からドレイクデューサが、
「この聖なる裁きの炎が、お前の罪を清めるであろう!」
何本もの火竜の口から、炎を放射した。
強化魔獣人間2体を相手に防戦を強いられつつ、ギルベルトも炎を吐いた。先程と同じく、石化の炎がシューッ! と迸り、襲い来る紅蓮の嵐に激突する。
そちらへ向かって、聖女アマリアの姿を脱ぎ捨てたゴルジ・バルカウスが片手を掲げた。
嫋やかな繊手、ではなく異形の鉤爪から、紫色の電光が放たれ迸る。
それをシェファ・ランティが、雷まとう魔石の杖で打ち払った。ギルベルトを背後に庇う格好で、着地しながらだ。
「人間の世界を……守ろうってわけ? あんたみたいな出来損ないの化け物が、あのガイエルさんから」
青い面頬の下で、シェファは嘲笑ったようだ。
「相変わらずのトチ狂った救世主気取り、リム様にも見せてやりたいわ」
「何とでもほざけ。レグナード魔法王国の悲劇、繰り返させはせぬ」
眼窩の中で禍々しい赤色光を燃やしながら、ゴルジが叫んだ。
「人の世は私が守る! 存在するだけで、道を歩くだけで死と破壊をもたらす、そのような怪物は消去する! このゴルジ・バルカウスが!」
「ガイエルさんは……確かに、ちょっとムカついただけで人たくさん殺しちゃうわね。ぶっ殺したくなる奴、多過ぎるもん」
シェファの言葉に合わせ、青い魔法の鎧の全身で、いくつもの魔石が赤く輝き始める。
「あんたもその1人よ、ゴルジ・バルカウス。こんなとこガイエルさんに見っかったら、あんた間違いなく殺されるから……その前に、あたしが始末してあげる!」
それら赤色の輝きが炎となり、放たれ、小さな太陽の如き球形を成す。
無数の火球が、シェファの全身から発射されていた。
それらが戦場に降り注ぎ、聖なる戦士たちを爆砕してゆく。
流星雨のような火球の幾つかが、ゴルジに集中して降り注ぐ。
白色の人型甲虫が、片手を掲げた。長剣のような5本の鉤爪が、紫色の電撃光を放つ。
雷鳴が轟いた。紫電が渦を巻いて、降り注ぐ火球をことごとく粉砕する。幾つもの爆発が、空中に咲いた。
「デーモンロードを倒してくれた事……お前たちには、感謝をせねばならんな」
左右の鉤爪にバリバリと電光をまとわせたまま、ゴルジが言う。
「その時点で、貴様はすでに用済みだシェファ・ランティ。死ぬが良い」
魔法の鎧の装着者たちが、デーモンロードを倒す。
聖女アマリアであった頃のゴルジは、事がその方向に進むよう策略を駆使したのだ。
その策略に乗せられ、リムレオンとブレン兵長がバルムガルドへと向かった。
やがてバルムガルドにおいて魔法の鎧の装着者6名が揃い、デーモンロードを討ち果たした。魔族がヴァスケリアを脅かす事態は、ひとまず回避されたと言える。
ゴルジの目論見通りの結果となった。
「ゴルジ・バルカウス……確かにヴァスケリアを救ってくれた、とは言えるかも知れません。私たち王族が、ろくに手を打てずにいる間」
魔獣人間ギルデーモン……ラウデン・ゼビル侯爵と対峙したまま、ティアンナは言った。
「その手段はともかく、人の世を守るという思いに嘘偽りはないのでしょう。だから貴方は聖女アマリア・カストゥールに協力をしていたのですか? その正体を知りながら」
「あの女の正体など、どうでも良いと思っておりました。私はただ、赤き魔人に対抗し得る戦力を作り上げるため……利用していただけでございますよ。唯一神教を、そして聖女などと名乗る怪物を」
赤き魔人に対抗し得る戦力。その一環として魔獣人間化の道を選んだラウデン侯が、牙を剥いて笑う。
「結果、出来上がったのが御覧の通り……赤き魔人に対抗どころか、あやつの手慰みとして虐殺されるしかない、この出来損ないの軍団でございます。反面教師となさいませ、女王陛下」
ギルデーモンが踏み込んで来る。
鉤爪が、拳が、鋸状のヒレが、立て続けにティアンナを襲う。言葉と共にだ。
「赤き魔人と戦うための……正しき力を、どうかお求め下さい」
「ガイエル様と戦うならばラウデン侯、貴方の力も必要となります」
全ての攻撃を楯で受け、魔石の剣で受け流しながら、ティアンナは言った。
「……生きて、下さい」
「まだ、そのような事を……!」
ラウデンが激昂した。鋸状のヒレが、激しく一閃した。
「人の世を守るには、人ならざる者どもを一掃するしかない! それが何故わからんのだ小娘、貴様これまでの戦いで一体何を学んできた!」
その斬撃が、ティアンナの左腕から楯をもぎ取った。
魔法の鎧で赤く武装した細身が、弱々しく揺らぐ。
そのよろめきが一応、回避になった。連続で襲い来るギルデーモンの拳を、鉤爪を、ティアンナは辛うじてかわしていた。
かわしながら、言葉を漏らす。
「これまでの戦いで……私は、思い悩んできました。学びと言えるものかどうかは、わかりませんが」
「ほう。何を思い悩んだ」
「貴方がた魔獣人間は、何故……人間を、助けるのですか?」
魔石の剣に魔力を流し込みながら、ティアンナは問いかけた。
「私が最初に出会った、ダルーハ軍の魔獣人間たちは皆、人々に害をなす醜悪な怪物でしかありませんでした。全ての魔獣人間がそうであれば、私も思い悩まずにいられた……貴方のおっしゃる通り、人ならざる者たちを人の世から排除する。その道を突き進む事が出来たでしょう」
「構う事はないんだぜ女王陛下。俺たちが有害だと思うなら遠慮なく、皆殺しの道を突っ走るといい」
言いつつギルベルトが、左の松明でデュラワームの剣を叩き折る。そうしながら、右の松明を投擲する。
「1人や2人の例外を尊重してたら、かえって面倒な事になりかねんからな」
投擲された石の松明が、地上から天空へと流れる彗星のように飛んだ。
そして、空中で戦斧を構え急降下せんとしていたハーピータウルスを直撃する。
爆発が起こった。
石の破片をバラバラと振りまきながら、ハーピータウルスが墜落して行く。甲冑状の外皮があちこち破裂し、溢れ出した臓物が半ば石化している。
その屍が地面に激突し、石と金属屑と有機物をぶちまけている間。ギルベルトは得物を失った右手を握り拳に変え、デュラワームの顔面に叩き込んでいた。
兜と面頬、としか言いようのない強化魔獣人間の頭部が、ぐしゃりと潰れ砕けた。
首から上を失ったデュラワームは、しかし倒れない。
その身体を迂回するように炎が渦巻き、ユニゴーゴンを襲う。
ドレイクデューサが、火炎を放射していた。
後方へと跳んでかわしながら、ギルベルトが左の松明を振るう。
デュラワームが、新たな頭部を生やしてきたのだ。いや、それは頭部と呼べるのであろうか。
甲冑状の胴体、その頸部であった大穴から生え伸びて高速でうねり、ギルベルトを襲ったもの。それは、節くれだった金属製の鞭であった。
魔法の鎧と同質の金属で出来た、巨大なミミズ、のようでもある。
その鞭の一撃が、燃え盛る石の棍棒を粉砕した。
金属の鞭が、なおも高速でしなってギルベルトを襲い、そして止まった。
ユニゴーゴンの両手が、鈍色の金属ミミズを掴み捕えていた。
青銅色の剛腕が、掴み捕えたものをそのまま振り回す。
物の如く振り回されたデュラワームの身体が、炎を吐こうとしていたドレイクデューサに激突する。
一まとめになった強化魔獣人間2体に向かって、ギルベルトが踏み込んで行く。
鉄槌のような蹄による、地形をも変える蹴り。それが、ドレイクデューサとデュラワームを一緒くたに叩き潰していた。原型を失った金属屑から、大量の臓物が絞り出されて飛散する。
「ふっ……まったく、ものの役に立たぬ輩よ」
ティアンナと対峙したまま、ギルデーモンが牙を剥いて嘲笑う。
「もっとも、このラウデン・ゼビルとて、あやつらに幾らか毛が生えたようなもの……この程度の魔獣人間、蟻を踏み潰すが如く殺せぬようでは」
「ガイエル様と戦うなど夢のまた夢、とおっしゃるのでしょう」
魔石の剣が、赤く、光を燃やす。
赤熱光を帯びた刀身を、片手でゆらりと構えたまま、ティアンナは言った。
「何度でも申し上げましょう。あの方と戦うにはラウデン侯、貴方の力が必要なのです。そして真ヴァスケリアと呼ばれる、この地の復興にも」
「今この場で私を殺さねば、ヴァスケリア全土が聖なる戦士の軍勢に蹂躙される……何よりも、まず貴女が死ぬ! それがまだわからぬか!」
ラウデンが激昂し、踏み込んで来る。
ティアンナも踏み込んだ。もはや楯はない。ギルデーモンの攻撃は、踏み込んで前進しながら回避するしかない。
ガイエル・ケスナーと同じ色をまとう少女の細身が、風を受けた若草のように揺らぎながら翻る。ギルデーモンの爪が、拳が、ヒレが、赤い魔法の鎧をかすめるように空を切った。
赤く熱く発光する剣……ゼノス・ブレギアスの命を奪った刃を、ティアンナは一閃させた。そして止めた。
ラウデンの身体も止まった。硬直していた。
硬直する魔獣人間の首筋に、赤熱光をまとう剣の切っ先が突き付けられている。
「……何の……真似だ、小娘……」
ギルデーモンの上下の牙が、噛み合って屈辱に震える。震える牙と牙の間から、呻きが漏れる。
その首筋をいつでも切り裂ける体勢のまま、ティアンナは言い放った。
「私は今、貴方の首を刎ねました。ラウデン・ゼビル、貴方は私に敗れたのです」
ゼノスの時には何故、これが出来なかったのか。
ほんの一瞬、浮かびかけたその思いを、ティアンナは押し殺した。
「敗者は、勝者に従うもの。それが戦ではないのですか?」
「殺せ……!」
「お黙りなさい魔獣人間。首を刎ねられた者が、言葉を発するなど」
こういう口調で罵ってみたりすると、ゼノス王子は妙に悦んだものである。
「敗者には、己の生命を捨てる自由などありません……生きて、私に従いなさい」
「聖なる戦士どもは……もはや、皆殺しにするしかないのですぞ」
ラウデンの呻きが、震えている。
「なのに私1人、生きろと仰せられるか……!」
「貴方はやはり、彼らと共に死んで……けじめをつけようなどと、安易な事を考えておられたのですね」
「死ぬのが格好いい。男って、そう考えちゃうもんなわけ?」
電光まとう杖を振るい、ゴルジの鉤爪を受け流しあるいは弾き返しながら、シェファが言う。
「リム様にも、その気はあったけど……ブレン兵長にもね。それで結局、本当に死んじゃうし」
「貴様も死ね、小娘!」
白い人型甲虫が、叫びながら雷鳴を発する。紫色の電撃光が、鉤爪もろともシェファに叩きつけられる。
青く武装した少女の肢体が、帯電する魔石の杖をくるりと躍動させながら舞う。それは回避の舞いであると同時に、攻撃の舞いでもあった。
紫電をまとう鉤爪は空を切り、白色の稲妻を帯びた杖はゴルジを打ち据える。人型甲虫の白い巨体が、バチバチッ! と感電しつつ揺らぎよろめいた。
もはや見る影もなく異形化した聖女アマリア・カストゥールを、護衛する者はもはやいない。強化魔獣人間たちはギルベルト1人に倒され、そして聖なる戦士たちは爆砕されつつある。
突然、天空から降って来た、巨大な流星のようなものによってだ。
それは炎の塊であった。燃え盛る隕石が、戦場を直撃したかのような光景である。
地面が、広範囲にわたって隕石孔の如く凹んだ。
聖なる戦士たちが、轟音と共に焦げ砕け、鈍色の甲冑も醜悪な中身も一緒くたに遺灰と化して熱風に舞う。
「ガイエル様……」
息を呑みながら、ティアンナは呻いた。
焼き殺しながら粉砕する。このような殺戮を行える者はガイエル・ケスナーしかいない。そう思った。
だが。
「ローエン・フェルナスは、お前たちを優しく迎え入れてくれるだろう……死後の世界などというものが、本当にあるのならばな」
それは、ガイエルの声ではなかった。
隕石孔のような凹みの中心部で、流星のようなものがユラリと翼を広げている。
巨大な炎の塊。最初はそう見えたが、炎の発生源そのものはさほど大きくはない。
むしろ小柄である。が、体格は力強い。凄まじい量の筋肉が、10歳程度の子供の大きさに圧縮されている感じである。
そんな身体が、黒革の翼を広げながら、真紅の体毛を禍々しく揺らめかせている。
それらは体毛でありながら、燃え盛る炎でもあった。
「この地をな、つぶさに見て回った。いるかどうかもわからぬ唯一神を信仰し、ローエンの名を唱えながら、貧しくとも幸せに暮らしている者どもが多い。実に多い。貴様らは馬鹿か、と言いたくなるほどにな」
炎の体毛を、太陽の紅炎の如くうねらせながら、その怪物は言った。
「ローエンであれば、そういった馬鹿どもを守ったであろう。己の非力も顧みず、命を捨ててだ」
言葉を発しながら、牙を剥く。白く鋭い牙。凶暴な、肉食の猿を思わせる顔面であった。
その眼光が、ティアンナを射すくめる。
炎の塊のような眼球が発する、猛々しく禍々しい眼差し。
「あやつの作り上げた唯一神教は元々、そいつらを守るためのものだ。だから俺が……取り戻す」
苦しむ人々を救うため、唯一神が恐ろしい怪物の姿で天下る。
その伝説を、ティアンナは思い出していた。
「今ある余分なものどもは、全て焼き払う……ローエンよ、貴様が目指したものは俺が守る。そのために仕方がない、貴様に押し付けられたものを引き受けてやるとしよう」
眼光を燃やし、牙を剥き、紅蓮の体毛を猛り狂わせながら、怪物は名乗った。
「我が名はアゼル・ガフナー! 唯一神教の開祖なり……!」




