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第163話 ダークナイト

 自国の民を、殺戮する。

 王族であれば当然の行い、なのであろうか。

「我……汝殺すなかれの、破戒者と……」

「唯一神よ、我に罰を与え給え……」

「我を、導き給え……」

 ヴァスケリア王国の民が、魔獣人間に成り損ない、魔法の鎧の量産品を着せられ、祈りながら群れを成している。槍を、長剣を、戦斧を、叩き付けてくる。

 全てを、ティアンナはかわし、あるいは楯で防ぎ、弾き返し、受け流した。

 そうしながら、魔石の剣を振るう。細身の刃が、魔力の輝きを帯びて一閃する。

 真紅の魔法の鎧に包まれた細身が、軽やかに剽悍に躍動し、その周囲で斬撃の弧が生じては消えた。

 聖なる戦士たちが、量産された魔法の鎧もろとも滑らかに両断され、断面を魔力の光に灼かれてゆく。

 赤く武装した少女の前後左右で、灼き斬られた屍が惨たらしく散乱し続けた。

 ダルーハ軍に蹂躙され、全てを奪われた民衆が、祈りの言葉を唱えながら死んでゆく。斬られ、灼かれ、蹴散らされる。彼らを救う事も守る事も出来なかった、ヴァスケリアの元女王によってだ。

 信仰にすがる。唯一神に身を捧げ、人間ではないものとなる。

 それ以外の道を、生き方を、女王エル・ザナード1世は、彼らに示す事が出来なかった。

 もはや悔やんでも意味はない。詫びる事でもない。

 ただ決して忘れるまい、とだけ思いながら、ティアンナは踏み込んだ。真紅に輝く魔石の剣を、一閃させた。

 赤い光の弧が、広範囲に渡って発生し、聖なる戦士の一部隊を薙ぎ払う。

 屍が飛散し、そして視界が開けた。

 青銅色の魔獣人間と、青い全身甲冑に身を包んだ少女が、背中を守り合うようにしながら戦闘を行っている。隕石のような拳が、鉄槌のような蹄が、電光まとう魔石の杖が、聖なる戦士たちを粉砕してゆく。

 ギルベルト・レインと、シェファ・ランティであった。

 両名の戦いぶりを見下ろすが如く、高台の上に佇む黒い人影。

 暗黒そのものを鋳造したかのような全身甲冑の上からでも、力強い体格は見て取れる。

 両端から刃の生えた長弓を、槍の形に構えながら、その黒騎士はティアンナの方を向いた。厳しい面頬の奥で、眼光が燃える。

「戦場にて……まみえる事と相成りましたな、女王陛下」

「……敵同士として、ですか?」

 聖なる戦士を1体、赤く輝く細身の長剣で両断しながら、ティアンナは言った。

「貴方と、戦わなければならないのですか……ラウデン・ゼビル侯爵」

「さもなくば、こやつらがヴァスケリア全土を蹂躙する事となりますぞ。ダルーハ・ケスナーの如く」

 一向に減ったように見えない、聖なる戦士の軍勢を、ラウデン侯は長弓で指し示した。

「あるいはデーモンロードの如く……無辜の民を、ことごとく殺戮いたしましょうぞ。こやつら、皆殺しにせねば止まりませぬ」

「そして貴方は、皆殺しにされる方々と共に死ぬ……魔人兵の軍勢と運命を共にした、レボルト・ハイマン将軍のように」

 面頬越しの眼光を返しながら、ティアンナは言った。

「それで、何かのけじめを付けようとでも? 大勢の民を人間ではないものへと変え、死なせた……その罰を受けようとでも?」

「罰など受けるつもりは毛頭ございませんなあ。信仰に逃げ込んで働かず税も納めずという輩を、こうして使い捨ての戦力に作り変える……良心の咎めを感じる事でもありませぬゆえ」

 言いつつ、ラウデンが弓を引く。弦をつまむ指先から白色の光が伸び、矢の形を成す。

 光の矢が、シェファに向けられた。

「役立たずの民どもを実験台に、魔獣人間と魔法の鎧の研究をいくらかは進める事が出来ました。とは言え……あやつを討つには、まるで足りませぬ!」

 叫びと共に、ラウデンは弦を手放した。

「このっ……!」

 シェファが雷まとう杖を振るい、光の矢を打ち砕く。白色光の破片が、キラキラと舞った。

 その間、シェファの左右それに背後から、聖なる戦士たちが襲いかかってゆく。

 槍を、戦斧を、槌矛を振りかざす鈍色の鎧歩兵3体。

 次の瞬間、彼らは砕け散っていた。魔法の鎧の量産品が破裂して肉片が噴出し、ぱらぱらと小石に変わりながら飛散する。石化と粉砕が、同時に起こっていた。

 ギルベルト・レイン……魔獣人間ユニゴーゴンが、燃え盛る石の棍棒で、聖なる戦士3体を横殴りに一掃したのだ。

「あんたは愚かだ、ラウデン・ゼビル」

 石化の炎を燃やす石の松明を高台の上に向けながら、ギルベルトは言い放った。

「こんな連中を材料に、何を研究しようが……あの若君に勝てるわけがない。それもわからんのか」

「ではどうする。あの怪物に、ただひたすら守られながら生きろと言うのか何もせず」

 ガイエル・ケスナーは、人間を守ってくれる。

 だが彼は、人間を殺しもする。

 あの強大なる暴力によって、大勢の人間が守られるか、大勢の人間が虐殺されるのか。全ては彼の機嫌次第、という事だ。

「あやつを怒らせぬよう、せいぜい機嫌を損ねたりせぬように怯えながら生きろと言うのか!」

 魔法の長弓から、再び矢が放たれる。

 弓鳴りは1度。だが宙を裂く光の矢は3本、いや5本。飛翔しながら、分裂していた。

 燃え盛る石の棍棒を左右2本、猛然と振り回しながら、魔獣人間ユニゴーゴンは地を蹴った。蹄が、土の破片を舞い上げる。

 猛牛のような突進と共に、石の松明2本が激しく旋回し、光の矢をことごとく粉砕する。

 白色光の飛沫を散らせながらギルベルトは、高台のふもとに到着していた。ほぼ断崖にも等しい急斜面を、そのまま駆け登るのか。

 否。鉄槌のような蹄が、急斜面に杭の如く突き刺さっていた。駆け登るための踏み込み、ではなく蹴りである。

 急斜面に、亀裂が走った。

「うぬっ……」

 ラウデン侯が息を飲んでいる間に、高台は崩壊していた。

 足場を失い、落下する黒騎士の姿が、崩落に呑み込まれて巨岩の下敷きとなる。

 その巨岩が砕け散り、黒い影が飛び出してギルベルトを襲う。

「人間はな、制御可能な自前の力を持たねばならんのだ!」

 ラウデンが突進しながら、魔法の長弓を猛回転させた。

 弓の両端から生えた2本の刃が、白色光を発しながら立て続けに一閃する。

 燃え盛る石の棍棒2本を、ギルベルトは防御の形に振るった。

 2本とも、砕けて散った。

 炎まとう小石が大量に飛び散り、それを蹴散らすようにして蹄が跳ね上がる。

 ユニゴーゴンの蹴り。

 地形をも変えるその一撃を、ラウデンが後方へと跳んでかわす。

 開いた距離を、ギルベルトが猛然と詰めにかかる。

「その自前の力とやらが、この聖なる戦士、それにあの強化魔獣人間どもか……くだらん!」

 踏み込もうとする魔獣人間に、横合いから、背後から、聖なる戦士の一団が襲いかかった。

 ユニゴーゴンが、得物を失った両手で迎え撃つ。

 隕石のような拳が、魔法の鎧の量産品を中身もろとも叩き潰す。

 応戦中のギルベルトに向かって、ラウデンが弓を引いた。

「くだらぬものであろうと、人間は力を持たねばならぬ……赤き竜、ダルーハ・ケスナー、デーモンロード、それに赤き魔人といった者どもと戦うために」

 光の矢が生ずる、その寸前でしかし彼は、魔法の長弓を防御に用いなければならなくなった。

 小さな太陽のような火の玉が無数、黒騎士に向かって降り注いだのだ。

 長弓の両端から伸びた刃が縦横に弧を描き、飛来する火球をことごとく斬り砕く。

「あんた……あれね。リム様にそっくり」

 青い魔法の鎧の各所で、埋め込まれた魔石を赤く輝かせながら、シェファが言った。

「大勢の人間を守る……領主様って人種は、1人で思い悩んで、どうしてもそーゆうところに行き着いちゃうみたいね。思い悩んで思い込んで、突っ走って他人に迷惑かける! ふざけんじゃないってのよ、もう」

「あやつと同じ……か。民を守る、という思いは私などより、あやつの方が遥かに強いのだがな」

 言いつつラウデンが光の矢をつがえ、シェファに返礼の射撃を喰らわせようとしている……ところへ、ティアンナは踏み込んで行った。

 赤く武装した細身が一瞬、真紅の疾風となった。

 魔石の剣が、まるでガイエル・ケスナーの斬撃の如く赤熱・発光しながら一閃し、ラウデンを直撃する。

「ぐっ……!」

 黒い魔法の鎧から、血飛沫のような火花を大量に散らせつつ、ラウデンは揺らいだ姿勢を懸命に立て直そうとする。不安定な体勢ながら魔法の長弓を振るい、応戦の動きを見せたのは、さすがと言うべきであろう。

 弓の両端の刃が、連続で閃いてティアンナを襲う。

 左腕の楯で弾き、受け流しながらティアンナは、赤熱する魔石の剣を、斬撃と刺突の中間といった形に繰り出した。

 硬質の手応えが、少女の繊手を震わせる。

 魔法の長弓が、真っ二つに切断されていた。

「ラウデン・ゼビル、貴方を死なせはしません。生きて……力を、尽くしてもらいますよ」

 さらに1歩、踏み込みながらティアンナは、真紅に輝く細身の刃を突き込んだ。立て続けに3度、5度。

 赤熱する切っ先が、黒騎士の面頬を、胸板と鳩尾を、激しく直撃する。

 鮮血にも似た火花を飛ばしながら、ラウデンは岩にもたれかかった。

 その全身で、黒い魔法の鎧が白く染まってゆく、ように見えた。

 黒色が薄れ、いや甲冑そのものが薄れ、光に変わってゆく。

 魔法の鎧が、限界を迎えたのだ。もう間もなく光の粒子に変わり、ラウデンの全身から剥離して、竜の指輪に吸い込まれてしまうだろう。

「お見事……!」

 光に変わりゆく全身甲冑の中で、ラウデンが呻く。

「なれど……私を、生かしておこうなどと……お考えになるべきでは、ありませんぞ」

「何度でも申し上げておきましょう。貴方には生きて、事態の収束に力を尽くしていただきます」

 赤く輝く刀身を面頬の前で立てながら、ティアンナは言い放った。

「それが、この地の大領主たるラウデン・ゼビル侯爵の果たすべき責任というものでしょう」

「事態の、収束……そのためには、皆殺しにせねばなりませんぞ……聖なる戦士を……強化魔獣人間どもを……」

 光と化しつつある、魔法の鎧。その中で、ラウデン侯の全身が痙攣しているようだ。

「アマリア・カストゥールの造り上げたる……人間ならざる、ものどもを……」

 気のせい、であろうか。

 メキッ……と音が鳴った、ような気がした。

 ティアンナが今まで幾度も耳にしてきた、おぞましい響き。人間が、人間ではないものへと変異してゆく音。

「……ラウデン侯……! 貴方は……ッ!」

 ティアンナは息を呑み、後退りをした。

「……いつから……いえ、最初から……?」

「成功だ、などとアマリア・カストゥールは申しておりました……あやつにとって、このラウデン・ゼビルは、少なくとも失敗作ではないようですな」

 笑いを含む声が一瞬、裏返った。声帯が、痙攣しているようだ。

「ですが、まず私自身が理解いたしましたとも。この程度の力では到底……赤き魔人を倒すなど、いや善戦すら夢のまた夢であると」

「民衆よりも先に、恐らくは最初に貴方は……アマリア・カストゥールの、おぞましい研究と実験に身を捧げたのですね。バルムガルドにおいて、誰よりも先んじて魔獣人間となった、レボルト・ハイマン将軍のように」

 自領の民を、人間ではないものに作り変える。その行いを、それで正当化するつもりなど無論ラウデン侯には毛頭ないであろう。

 彼は、赤き魔人ガイエル・ケスナーを討ち滅ぼすため、あらゆるものを犠牲にしてきたのだ。自身も、民衆も。

「だから私は、魔法の鎧という新たなる力を手に入れた。イリーナ・ジェンキムに、真ヴァスケリアにおける生活・身分の保証を見返りとして、造らせたのです。あの娘は実に良い仕事をしてくれました」

 ゾルカ・ジェンキムの、もう1人の息女とは、ティアンナは面識がない。先程までラウデン侯の傍にいたようだが、高台の崩落に巻き込まれたのでなければ、戦闘開始前に逃げ去ったのだろう。

「この暗黒の鎧で己の正体を包み隠し、私はバルムガルドへと赴いたのです。最初に出会ったのが……貴様とマディック司祭であったな、シェファ・ランティよ」

「あの時……あたしとマディックさんを、デーモンロードから助けてくれた……」

 聖なる戦士の1体を、雷の杖で灼き砕きながら、シェファも驚愕を隠せずにいる。

「その恩があるから……別に、人間じゃなくたって構わない。あたしたちの味方でいなさいよっ!」

「そうはゆかぬ。貴様たち人間はな、人間ではない者どもを徹底的に排除し、自立せねばならんのだ」

 魔法の鎧が6色揃わねば、デーモンロードを倒す事は出来なかった。

 揃う事がもはや有り得ぬ今、ラウデン・ゼビルは魔法の鎧を脱ぎ捨て、その下に隠していたものを露わにせんとしている。

「人間の王国を……人間の世を、どうかお守り下さい。女王陛下」

 ラウデンの全身で、魔法の鎧が、完全な光の粒子に変わってゆく。

 そして、吹っ飛んだ。翼の羽ばたきに、吹き飛ばされていた。

 一対の、皮膜の翼。ラウデン侯の広い背中から、禍々しいマントの如く広がっている。

「人間を、守るも殺すも機嫌次第……そのような怪物、人の世に存在させてはなりませぬ」

 その力強い全身の筋肉は、金属板のような鱗でびっしりと防護されている。魔法の鎧と同程度の強固さを感じさせる姿だ。

「赤き魔人には遠く及ばぬ、とは言え……ここにも怪物はおりますぞ」

 言葉を発する口からは、魔法の鎧を噛み砕けそうな牙の列が見え隠れしている。

 凶猛極まる眼光をギラギラと輝かせる、それは肉食の怪魚の顔面であった。

「討たれよ、女王陛下。人間ならざる者を討滅し、人間の王国を守られよ」

 牙を剥き、言葉を発しながら、ラウデンは右腕を掲げて拳を握った。

 筋肉と鱗をガッチリと隆起させた前腕で、鋸にも似た鋭利なヒレが展開する。

「さもなくば……聖なる戦士どもを率いて、ヴァスケリア全土を蹂躙いたしましょうぞ」

 まるでガイエル・ケスナーのように、凶器状の腕を威嚇の形に構えながら、ラウデンは言い放った。

「……この、魔獣人間ギルデーモンが!」

 

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