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第161話 女王の帰還

 夜闇を、照らすと言うより焼き尽くすかのような炎である。

 昼間から、何時間にも渡って燃え続ける巨大な火柱。

 森の中であるにもかかわらず、周囲の木々に燃え移る事なく猛り狂う紅蓮の炎。

 焼却力が全て、火柱の内部に向けられている。

 炎に飲み込まれた1人の少年が、今もまだ焼かれ続けているのだ。

 その少年の肉体、以外のものは何も焼かない炎。

 炎そのものに意思があるのか。

 否。何者かの意思が働いているのだとしたら。

「貴様か……赤き魔人」

 黒く厳つい面頬の下で、ラウデン・ゼビル侯爵は呻いた。

 その全身で、黒い魔法の鎧が炎に照らされ、禍々しい赤みを帯びている。

 ヴァスケリア王国。サン・ローデル地方の、とある村。

 大領主ラウデン・ゼビルが直々に、仕掛けの結果を確認すべく訪れたところである。

 軽々しく動き回るべきではない身分だが、魔法の鎧がある限り、大抵の事には対処出来る。

 黒い全身甲冑の上から、炎の赤みをまといながら、ラウデンは見据えた。眼前で渦を巻きながら燃え猛る、巨大な火柱を。

 火柱を生み出した怪物は、すでにここにはいない。

 今は夜である。昼間ここで、その怪物が何かをした。

 ラウデンの想定、と言うか期待通りの、何かをだ。

 結果、ここに火柱が生じている。その中で今、1人の少年が焼き尽くされようとしている。

 伴って来た1人の尼僧に、ラウデンは声を投げた。

「全て貴様の目論み通り、というわけか? イリーナ・ジェンキム」

「こんな事……目論んで出来るわけが、ありません」

 唯一神教の法衣に身を包んだ、若い娘。一見、尼僧である。

「ラウデン侯は、おっしゃいました。赤き魔人ガイエル・ケスナーは、義侠心の塊であると……であれば、このような行いに出る可能性もあるのではないかと。私は、そう思っただけです」

「リムレオン・エルベットに、己の血を分け与える……まさしく、貴様の思い通りの行動に出てくれたわけだ」

 面頬越しに、ラウデンは火柱を見据えた。

「結果……赤き魔人を倒す戦力となり得る怪物が、この炎の中から生まれ出でる……かも知れぬ」

 まずは、リムレオン・エルベットの身柄を確保しておく必要があった。魔法の鎧もろともだ。

 瀕死のリムレオンに、ガイエル・ケスナーが己の血を浴びせる。そうして助けようとする。

 その状況を作り出す必要もあった。

 あの強化魔獣人間3体には無論、このような事を伝えてはいない。

 だが彼らは、実に上手くやってくれた。

 そして、その場にガイエル・ケスナー本人が現れるという、あり得ないほどの幸運にも恵まれたのだ。

「唯一神の加護、などというものが本当にあるのだとしたら……我らは、それを使い果たしてしまったのかも知れんな」

 火柱に照らされる夜空を、ラウデンは見上げた。

「後はリムレオン・エルベットが……ブレン・バイアスですら耐えられなかった竜の血に、耐え抜いてくれるかどうかだ」

「生身では無理でしょう。ですが、魔法の鎧と上手く融合する事が出来れば」

 イリーナ・ジェンキムが語る。

「父ゾルカ・ジェンキムが作り上げた、最初の魔法の鎧……そこに蓄積された豊富な戦闘経験情報が、リムレオン・エルベットの肉体に上手く還元されれば……竜、それに歴戦の魔法の鎧、2つの力を併せ持った最強の存在が……」

 語りながらイリーナは、涙を流していた。

「ラウデン侯……私たちは一体、何をしているのですか?」

「言うな」

 怪物を倒すために、怪物を作り上げる。罪のない、1人の少年を材料にだ。

 魔族がバルムガルド王国で行っていた魔獣人間製造と、一体いかなる違いがあると言うのか。

「赤き魔人を、この世から消す……まずはそれだ。思い悩むのは、その後で良い」

「お父様……」

 燃え盛る火柱から、少し離れた所に立てられた小さな墓石に、イリーナは語りかけていた。

「私、お父様に顔向け出来ない事をしています……今すぐに生き返って、私をひどく叱って下さい……お父様、どうか……」



 300年前。レグナード魔法王国は、魔族の襲撃を受けて滅亡した。

 滅亡直後の動乱を収拾し、魔族をひとまず退けたのが、大聖人ローエン・フェルナス率いる唯一神教勢力である。

 300年後の現在、旧レグナードの広大な版図を分け合う形に割拠しているのは、6つの王国だ。

 ザナオン、サフラシア、エセルナード、ロードマグナ、そしてヴァスケリアとバルムガルド。

 その6つの王国、全てに唯一神教は根付いているのだ。

 6カ国全てが唯一神教会によって繋がり、平和が保たれている……とは言い難い。現にヴァスケリアとバルムガルドの関係も、決して良好なものではなかった。

 今からでも繋げられる。繋げなければならない。

 アマリア・カストゥールは、そう思っている。

 赤き魔人を倒すためには、最終的には6カ国による物量作戦が必要となるかも知れないのだ。

 ガルネア地方、中央大聖堂に今、5名の高位聖職者が集まっている。

 バルムガルド以外の各国で唯一神教会を統轄する、大司教たちだ。

 ヴァスケリアの教会代表者としては、大司教クラバー・ルマンが亡くなっており後任も未定であるから、アマリアが大司教代理として出席している。

 出席と言うか、この会合は聖女アマリア・カストゥールの呼びかけによって実現したものだ。

 聖女1人と、大司教4名が、序列をはっきりさせないための円卓を囲んでいるところである。

「聖女アマリア・カストゥール……全ては、貴女のおかげですよ」

 サフラシア王国の唯一神教会大司教が、続いてエセルナード王国の大司教が、言った。

「我が国とサフラシアとの間に、和平が成りました。これも貴女がもたらしてくれた、唯一神の聖なる祝福のおかげ」

 聖職者数名を、サフラシアとエセルナードに派遣したのである。蛇の指輪を、持たせてだ。

 動く魔法の鎧たちを収納した、蛇の指輪。

 赤き魔人や6色の戦士が相手では、足止めすら務まらずに雑魚として始末されるしかない者たちではあるが、人間の兵士しかいない普通の軍隊が相手であれば、彼らはむしろ始末する側に立つ。

 魔法の鎧の、動く量産品。鈍色の鎧歩兵たち。疲労を知らず、剣でも槍でも弓矢でも致命傷を負う事なく、兵糧を全く必要としない不死の軍勢。

 その力をもって、サフラシアとエセルナードの長く続く国境紛争を鎮圧したのだ。

 殺し合う両軍の兵士たちを殺戮し、戦が続かなければ失脚してしまう政治関係者たちを片っ端から暗殺し、死の商人の類を殺し尽くし、自国が勝たねば気が済まぬ民衆を虐殺した。

 両国の首脳部には、ローエン派の平和主義に賛同してくれる者だけが生き残った。

 ザナオン王国とロードマグナ王国にも、アマリアは同様の戦力派遣を行い、両国の様々な国内問題を解決した。4国を、こうして国境を越えた団結へと導いたのだ。

 バルムガルド王国では、それが上手くいかなかった。

 中身のない魔法の鎧ではなく、聖なる戦士の軍勢を送り込んだのだが、デーモンロードを倒した者たちによって殲滅された。

 ここヴァスケリアにおいても同様である。

 聖なる戦士、それに強化魔獣人間から成るローエン派の大兵力が、しかし国王ディン・ザナード4世を警護するギルベルト・レイン1人を倒せずにいるのだ。

 数の力を圧倒する個の暴力というものが、この世には間違いなく存在する。かの赤き魔人が、そうであるように。

「見返りを求めるわけではありません。ですが、どうか皆様の御力を、私どもにお貸し下さい」

 円卓を囲む大司教たちに向かって、アマリアは乞い、語り、告げた。

「かの赤き魔人に関しましては皆様、お聞き及びの事と思います。その力をもって魔族の軍勢を糾合し、かつての赤き竜に勝るとも劣らぬ戦力を成しつつある怪物……放置しておけば、300年前のレグナード滅亡時と同規模の災厄がもたらされるでしょう」

「赤き魔人……英雄ダルーハ・ケスナーの息子。我が国にも、その名は聞こえております」

 ザナオン王国の唯一神教会大司教が、言った。

「実はザナオンにおいても、魔物どもの不穏なる動きが確認されておりましてな……赤き魔人と呼応、あるいはその配下に加わる事となれば」

「うむ……災いは、1国2国に収まらぬ。レグナードの血を受け継ぎし我ら6国が、力を合わせねば」

「唯一神の御導きによって……」

 大司教たちが、口々に賛同してくれている。

 彼らのもとへは、蛇の指輪を持った聖職者たちが派遣されたままだ。

 量産品とは言え魔法の鎧が、唯一神教会を通じて、ヴァスケリア・バルムガルド以外の4国にもたらされた事になる。

 各国が独自に技術開発を行ってくれれば、想像を超える性能を持った魔法の鎧が、いずれ誕生するかも知れない。

 そこまでの期待は出来ずとも、聖なる戦士よりはましな戦力を量産する事が可能となるだろう。何しろ、4カ国の人民を実験に使えるのだから。

(全ては……赤き魔人ガイエル・ケスナー、お前を滅ぼすため……)

 この場にいない怪物に、アマリアは語りかけた。

 人間という種族に災いをもたらす意思が、ガイエル・ケスナー本人にあるのか否か。それは問題ではない。

 道を歩くだけで人が死ぬ。そんな怪物が、この世に存在してはならないのだ。

 人間ではない、そして人間を圧倒する存在が、人間の世にあってはならないのである。

 アマリアは、決意を新たにした。

(レグナードの悲劇は、繰り返させない……人の世は、私が守ってみせる)



 ギルベルト・レインは、炎を吐こうとして咳き込んだ。

 触れたものを石に変えてしまう炎、ではなく鮮血の飛沫を吐きながら、魔獣人間ユニゴーゴンが片膝をつく。

 国王ディン・ザナード4世の本陣が後退を始めてから今まで、炎を吐き続けていた。石化の炎を棍棒に変え、投擲し続けていた。

 その力も、無限というわけではない。

「ふん。力尽きたようだな、旧式の魔獣人間めが」

 聖なる戦士の軍勢を率いるローエン派の高位司祭が、勝ち誇っている。

「貴様ごときが随分と好き勝手をしてくれた……唯一神の罰を、受けるが良い」

 その身を包む法衣がちぎれ飛び、鈍色の金属外皮がメキメキと盛り上がって来る。

 法衣と一緒に、人間の姿までも、司祭は脱ぎ捨てようとしていた。

 そして、人間ではないものの正体が露わとなる。

「聖なる裁きを下してくれようぞ! この、強化魔獣人間」

 名乗りの途中で、司祭はグシャアッ! と潰れ散った。

 ギルベルトが踏み込んでいた。鉄槌のような蹄が、地面を蹴り砕いていた。

 土の破片が大量に舞い上がっている、その間に、ユニゴーゴンの右拳が隕石の如く、強化魔獣人間を直撃したのだ。

 名乗り口上を吐いていた口元が、顔面が、頭部が、上半身全体が、粉砕されていた。

 金属屑と化した強化魔獣人間の屍を、蹄で踏み倒しながら、ギルベルトは見回した。

 不気味に蠢く鈍色が、視界を埋め尽くしている。

「唯一神よ……我らに、罰を……導きを……」

「聖なる、万年平和の王国へと……」

「導きたまえ……我らを、導きたまえ……」

 口々に祈りを唱える、鎧歩兵の群れ。

 鈍色の全身甲冑は、魔獣人間に成り損なった肉体を包み隠しているのだ。

 聖なる戦士。

 ダルーハ・ケスナーの叛乱によって全てを失った民衆の、成れの果て。

 統率者である強化魔獣人間が倒れたくらいで退却してくれるような、生易しい相手ではない。

 長剣で斬りかかり、槍で突きかかり、戦鎚で殴りかかって来る彼らを、ギルベルトは拳と蹴りで迎え撃った。

「俺はな、お前たちから全てを奪ったダルーハ軍で、隊長を務めていた……憎かろうな、ええおい」

 兜のような頭部甲殻から生え伸びた角が、襲い来る長剣と槍をへし折った。

 魔獣人間の拳が、蹄が、聖なる戦士たちを片っ端から叩き潰してゆく。金属の残骸と生身の屍とが一緒くたになって、ユニゴーゴンの周囲でグシャッぐしゃあっ! と噴き上がり飛び散った。

 その傍らを、しかし聖なる戦士の別部隊が素通りしてゆく。ギルベルトを迂回し、ディン・ザナード4世の本陣へ向かおうとする。

「おい……待て!」

 させまいとするギルベルトに、他の聖なる戦士たちが全方向から押し寄せる。

 その妨害を、左右の拳で粉砕しながら、ギルベルトは息を呑んだ。

 流星雨のような光景だった。

 小さな太陽、のようでもある火の玉が無数、降り注いでいる。

 戦場のあちこちで、爆発の火柱が立った。

 逃げた国王を追撃せんとしていた聖なる戦士の部隊が、その火柱に吹っ飛ばされて焦げ砕け、燃え滓となって舞い散った。

 引きちぎった聖なる戦士を放り捨てながら、ギルベルトは見上げた。

 少し離れた高台の上に、爆撃者が佇んでいる。

 青い全身甲冑に身を包み、魔石の杖を携えた、どうやら攻撃魔法兵士と思われる何者かが、高台からギルベルトを見下ろしている。

「こいつらとの戦い……ギルベルトさん1人に、押し付けちゃってるみたいね」

 聞き馴染みのある、少女の声だ。

「だけどね、あたしたちも遊んでたわけじゃないんで」

「シェファ……」

 何を言うべきか、頭で考える前に、ギルベルトは問いかけていた。

「お前……リムレオンの若君と、仲直りは出来たんだろうな?」

「……それは、まあ今必要な話じゃないから」

 そんな事を言いながら火の玉を降らせ続けるシェファの傍らに、もう1人、少女が立っていた。

 顔は見えないが、若い女性の体型である。

 そして、赤い。

 炎のような血のような赤さが、ギルベルトに、ある1人の若者を思い起こさせた。

「ガイエル・ケスナー……!」

 思わず、名を口にしてしまう。

 無論、そこにいるのは彼ではない。似ても似つかぬ嫋やかな細身に、真紅の全身甲冑をまとった少女。

「魔獣人間が、人間を助けている……」

 赤い面頬の内側で、彼女は言った。

「いかに人間が非力な存在であるかという事……私はまず、それを憂えてしまいます。貴方がたには感謝をしなければならないのに」

「そんな必要はないが……誰かね、あんたは」

「兄……いえ国王陛下に、お目通りを願う者です」

 兄。この少女は今、確かにそう言った。

「どの面下げて、と思われてしまうでしょうね……私、ティアンナ・エルベットと申します。ディン・ザナード4世陛下に、どうかお取り次ぎを」  

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