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第159話 リムレオンの戦い

 ブレン・バイアスは何故、死んだのか。

 考えるまでもない。ガイエル・ケスナーに、殺されたからだ。

 この両者は何故、殺し合いをする事になったのか。

 これもまた、考えるまでもない。ガイエルが、女王エル・ザナード1世……ティアンナ・エルベットの命を狙ったからだ。

 ブレンは、女王を守ったのである。

 女王の付属品のように突っ立っていた自分リムレオン・エルベットも、彼はついでに守ってくれた。

 では何故ガイエルは、ティアンナの命を狙ったのか。

 ティアンナが、ゼノス・ブレギアスを殺したからだ。

 ガイエルは、友の仇を討とうとしただけなのである。

 ブレンは、それを妨げた。だから殺し合いになった。

 結果、ガイエルが勝った。それだけの事だ。

 もしもブレンが勝っていれば、それはガイエルを、同じく殺した結果としてであろう。

 両者共に何一つ、間違った事はしていない。

 間違った事をした者が、いるとすれば誰か。

 ゼノスの命を奪った、ティアンナか。

 彼女は、デーモンロードの子を孕んだメイフェム・グリムを殺そうとした。無論、胎内の子もろともだ。

 父親が魔族の帝王、母親が女魔獣人間。どのような怪物が生まれるか、想像もつかない。危険な怪物が、生まれ育ってしまってからでは遅いのである。

 いずれ奪う生命ならば、最初から産ませはしない。

 ティアンナのこの判断も、間違いであるはずはなかった。

 産ませるべきではない生命を庇ってティアンナの剣を受けた、ゼノスが間違っているのか。

 人間ではない、とは言え子を孕んだ女性を、彼は身を呈して守ったのだ。それを間違いなどとは言えない。

 要するに誰1人、間違った事などしてはいないのだ。

(僕は……誰を、憎めばいい……?)

 その思いだけを、心の中で渦巻かせながら、リムレオンは旅をしてきた。バルムガルド王国から、このサン・ローデル地方まで。

 誰かを憎む事すら出来ない。何も出来ない。

 そんなリムレオンを、ティアンナたちは見放した。見放されて当然の様を自分は晒していたのだ、とリムレオンは思う。

 もはや戦力外であるリムレオンを、旅の聖職者アレン・ネッドに託し、ティアンナたちはヴァスケリア北東部……現在は真ヴァスケリアと呼ばれている地域へと向かった。

 かの地は今、唯一神教ローエン派の支配下にあり、ヴァスケリア王政からは半ば独立している。

 クラバー・ルマン大司教亡き後、ローエン派の実質的な指導者は聖女アマリア・カストゥールであり、彼女はヴァスケリア王家と敵対する路線を変えていない。

 聖なる戦士たちを中核とするローエン派の軍勢が、現在もガルネア地方において、ヴァスケリア王国正規軍と交戦中であるという。

 王国正規軍を率いるは、ヴァスケリア国王ディン・ザナード4世。つまりは親征である。

 そこへティアンナが……死亡説すら流れている前王エル・ザナード1世が合流する。一体、どういう事になるのか。

 混乱が起こる、かも知れない。それは王国正規軍に、著しい不利をもたらす事になりはしないか。

 もっともティアンナとシェファ、魔法の鎧の装着者2名が参陣するのだ。混乱による不利を補って余りある戦力増強ではある。

 問題は、もう1人の魔法の鎧の戦士……ラウデン・ゼビル侯爵だ。

 彼はエル・ザナード1世女王に心酔してはいるが、元々は真ヴァスケリアの要人である。聖女アマリア・カストゥールの、相棒とも言える人物だ。

 ラウデン侯が、どう動くか。それによって、戦況は大きく変化する。

 どう変化しようが、しかし自分には関わりのない事だ、とリムレオンは思う。

 ヴァスケリア王国正規軍にとっても、唯一神教ローエン派にとっても、自分など何の役にも立たぬ人間なのだ。

 自分が誰かの役に立つ事など、もはやあり得ない。

 何故なら、ブレン・バイアスがいないからだ。

 そんなリムレオンに、しかしローエン派の方から手を差し伸べてきた、という事になるのであろうか。

「来るのだリムレオン・エルベット、我々と共に……聖女アマリア・カストゥールの、お役に立て」

 アレン・ネッドと同年代と思われる若い司祭が、そんな事を言っている。

 誰かの役に立つ事など出来ない自分が、聖女の役に立つのか。リムレオンは一瞬、そんな事を思った。

「君のような世俗の愚人にとって、これほどの名誉はあるまい? さあ」

「やめろクオル・デーヴィ……君は今、自分がどれほど道を誤っているか」

 アレンが言った。エミリィ・レアを、さり気なく背後に庇いながらだ。

「わかっていない、と言うより見ないふりをしている! アマリア・カストゥールは君、だけでなく大勢の人々に、過ちから目を逸らせて綺麗事に浸る事だけを教えているんだ!」

「お願いだから少し黙ってくれないか、アレン・ネッド」

 どうやらクオル・デーヴィという名前らしい司祭が、苛立っている。

「一応は旧知の君だからこそ、命だけは助けてあげようと、私が先程からどれほど努力しているか君は全くわかっていない」

「良いではないかクオル司祭。こやつら、あの背教者マディック・ラザンと近しい者どもなのだろう?」

 クオルが伴って来た3人の司祭は、すでに人間の姿を脱ぎ捨てている。

 うち1人が、金属製の牙を剥いて笑う。

 顔面の上半分は兜と面頬、下半分は金属の牙。首から下は完全武装の甲冑騎士で、右腕のみ肘から先が獣毛らしきものに覆われている。

 馬のタテガミ、のようなものをまとう右前腕の先端部は、5本の指ではなく1本の凶器だ。

 螺旋状にねじれながら太く伸び、鋭く尖った、角である。

 それがギュイィイイイン! と音を発して回転する。

「この強化魔獣人間バジリコーンが、まとめて穿ち殺してくれるぞ」

「唯一神に背くもの、大聖人ローエン・フェルナスの教えを守らぬ者、聖女アマリア・カストゥールの清き心に憂いをもたらす者……全て、焼き尽くす」

 甲冑騎士が、もう1人いる。

 その姿は、魔法の鎧にも似た全身甲冑。ただし全体が赤熱しており、このような森の中では危険極まりない。

「この……強化魔獣人間ファイヤースライムが、聖なる炎をもって!」

「まあ待て両者とも。我らの使命はリムレオン・エルベットの身柄を確保する事であって、背教者の処刑ではない」

 人間ではない司祭の3人目が、穏やかな声を発した。

 その身を包むのは甲冑、ではなく包帯だ。

 包帯状に薄く細長く伸びた、金属。

 金属製の包帯とも言うべきものが、大柄な人型の全身に巻き付いているのだ。

 両足は、同じく金属製の蹄である。

 顔面では、金属包帯の隙間で眼球がギラリと血走っている。

「そうとも。アレン・ネッドなど、どうでも良い……そこの尼僧」

 ギラつく眼光が、リムレオンもアレンも迂回して、エミリィ・レアに向けられた。

「聖女アマリアには遠く及ばぬ……までも、そこそこに美しい娘よ。リムレオン・エルベットのついでに、お前も連れて行ってやろう。我らに尽くせ」

 エミリィが息を呑み、後退りをする。

 法衣をまとう少女の身体……ティアンナよりもいくらか凹凸のふっくらとした瑞々しい曲線を、おぞましい眼光で舐め回しながら、魔獣人間は名乗った。

「愛で尽くしてくれようぞグフフフフフ、この強化魔獣人間サティロマミーがなぁ」

「嫌……」

 エミリィが、アレンの背中にしがみつく。

 リムレオンは、2人の前に進み出た。

 おこがましくもアレンとエミリィを2人まとめて、背後にかばう格好となった。

「わかった……僕は、貴方たちと共に行く。だから、この2人には手を出さずにいてもらおう」

「駄目だリムレオン・エルベット、行ってはいけない!」

 今はエミリィの身の安全が最優先事項であると言うのに、アレンが余計な事を言い始める。

「今のローエン派の行いは、貴方も目の当たりにしているのだろう。アマリア・カストゥールはな、その行いに貴方を利用しようとしているんだぞ!」

「何をするにせよ、僕の力なんて大して役に立ちはしない。それより、エミリィを連れて早く逃げてくれないか」

「そうはさせんよグフフフフ、その娘は私がもらう」

 サティロマミーが、不気味なほど敏捷な動きで、エミリィの背後に回り込む。

 眼球を血走らせ、金属の包帯を触手のように蠢かせ始める魔獣人間に、アレンが食ってかかった。

「貴方は! 御自分が、いかなる言動を晒しておられるか少し自覚するべきだと私は思う! 人間であろうがなかろうが、ローエン派の司祭として」

 アレンの言葉が、そこで止まった。

 強化魔獣人間の身体から、金属の包帯が1本、細い剣のように伸びたのだ。

 そして、アレンの腹に突き刺さっている。

「背教者と近しい下級司祭ごときが……我らに直接、物を言おうなどと」

 サティロマミーが嘲笑いながら、金属包帯を蛇のように動かしてアレンの身体から引き抜いた。

 引き抜きながら、内臓をさらに切り裂いてゆく。

「アレン……!」

 エミリィが青ざめ、息を呑む。

 その呼びかけには応えず、アレンは両膝を折った。

「この……強化魔獣人間……それに、聖なる戦士たち……」

 言葉と共に、血を吐きながら。

「彼らの、根源とも言うべきもの……魔法の鎧……それを貴方は、アマリア・カストゥールに献上しようと言うのか……リムレオン・エルベット……」

「アレン司祭……」

「ローエン派に、これ以上……禍々しい力を持たせるような事は……しないで欲しいんだ、どうか……頼む……」

「まだ言うか、ゴミが!」

 サティロマミーが激昂した。

 その身体から、金属の包帯が何本もニョロニョロとほどけ伸び、蠢きながら閃き、アレンを切り刻みにかかる。

「やめてぇ!」

 エミリィが、両腕を広げてアレンを庇う。

 少女の全身で、法衣が裂けた。

 柔らかそうな太股が、白桃のような尻が、可愛らしくくびれた左右の脇腹が、露わになった。

 シェファよりもいくらか大きめ、と思われる胸の膨らみを、両の細腕で抱き隠しながら、エミリィが弱々しく座り込む。そして呆然と呟く。

「……どうして……こんな事を……」

「唯一神の思し召しに異を唱えてはならんぞう娘よ。そなたら尼僧どもは、我ら高位司祭にただ従っておれば良いのだグフフフフフ。それでこそ、聖なる序列と秩序は守られる」

 サティロマミーの下腹部で、金属包帯がほどけて生身の部分が露わになっている。

 おぞましい生身の器官が、エミリィに向かって隆々と勃起している。

 リムレオンは、溜め息をついた。

「ゴルジ・バルカウスが死んだところで……変わりはしないな、魔獣人間は。誰が造っても、こんなものが出来上がってしまうのか」

 言いつつマントを脱ぎ、エミリィの裸身に着せかける。

「アレン司祭に、癒しの力を……一刻を争う状態だと思う」

「は、はい……」

 アレンの血まみれの腹部に、エミリィが片手をかざす。

 たおやかな五指と掌が、白く柔らかな光を発し、傷口を優しく照らす。

 癒す者、癒される者を背後に庇い、リムレオンは強化魔獣人間と対峙した。

「僕の身柄が、目的なのだろう? 望み通り僕は貴方たちに、ついて行くつもりでいたんだ。なのに何故……こんな、余計な事をする」

「貴公をな、五体満足のまま丁重にお連れせよ……とまでは言われておらんのだよリムレオン・エルベット殿。我ら唯一神の使徒に対し、あまり身の程知らずな口をきくものではない」

 鋭利な金属包帯の群れが、リムレオンに向けられる。

「聖女アマリアのお望みはなぁ……ぶちあげた話、貴殿の持つ魔法の鎧だけであろうよ。身柄そのものになど大した価値はない、それが貴公という存在なのだリムレオン・エルベット。この場で切り刻み、その指輪のはまった右手だけを持ち帰っても良いのだぞ?」

「……その通り、僕自身には何の価値もない」

 リムレオンは、右の拳を握った。

 中指で、竜の指輪が淡く白い光を発する。

「僕は……ブレン兵長がいなければ、何も出来ない人間だ……」

 アレン・ネッドは助かるだろうか、とリムレオンは思った。もはや、手遅れなのではないか。

 エミリィは今、死体の傷口を塞ごうとしているだけなのではないか。

 アレン司祭を、死なせてしまった。守る事が出来なかった。

 そんな事を思ったら、またシェファが怒り出すだろうか。あの時のような喧嘩をする事になるのか。

 否、そうはならないだろうとリムレオンは思う。シェファにとって自分など、もはや怒る価値もない存在だ。自分はティアンナだけでなく、シェファにも見放されたのだ。

「それはそれとして……今の僕には、やらなければならない事がある」

 背後ではエミリィが懸命に、アレンを助けようとしている。

 ならば、リムレオンの為すべき事は何か。

 右手の中指では、竜の指輪が輝きを増している。もはや考えるまでもない。

「……武装転身!」

 輝きをまとう右拳を、リムレオンは地面に叩きつけた。

 白い光が広がり、文様を成し、少年の細身を包み込む。

 その光が、魔法の鎧として実体化を遂げる。

「ぬ……っ」

 純白の全身甲冑をまとうリムレオンの姿に、サティロマミーが一瞬だけ気圧されたようだ。

「最後にもう1度だけ、言っておこう」

 リムレオンは告げた。

「アレン・ネッド及びエミリィ・レア……この両名に、これ以上の無法を働くのはやめてもらおう。それを唯一神の名において約束してくれるのなら、僕はこのまま貴方たちと同行する」

「世俗の愚人が……! 我ら唯一神の使徒に対し、何という口のききようであるか!」

 サティロマミーの全身あちこちで、金属の包帯がほどけて荒れ狂った。

 触手の如く蠢きうねる無数の刃が、リムレオンを襲う。

 白い魔法の鎧の各所で、血飛沫のような火花が散った。

「くっ……!」

 生身であれば全身たちどころに切り刻まれていたであろう衝撃が、魔法の鎧の上からリムレオンの肩を、腕を、両脚をビシビシッ! と苛む。

 これでも、最小限の衝撃なのだ。

 小刻みに身体を揺らして、敵の攻撃を逃がす。痛手を、最小限に抑える。ブレンに叩き込まれた体捌きだ。

 彼の教え通りに、身体が勝手に動いてしまう。

 ブレン・バイアスが自分の中で生きている、などとはリムレオンはしかし思わなかった。

 死んだ人間が、生きた人間の心の中で生き続ける、などという事はあり得ない。

「吟遊詩人の詠う……英雄物語じゃあ、ないんだからなっ」

 鮮血にも似た火花を全身で蹴散らしながら、リムレオンはよろめくように踏み込んだ。

 右手をゆらりと動かし、腰に吊られた魔法の剣の柄を握る。

 そして、リムレオンは抜いた。

 鞘から、光が走り出した。

「ぐがッ……!」

 サティロマミーが、よろめいて大木に激突する。

 恐らくは魔法の鎧と同じ材質なのであろう金属包帯で防護された胴体が、ざっくりと裂けていた。

 腐汁のような体液と一緒に、大量の臓物が溢れ出す。

 耳障りな悲鳴を垂れ流しながら、サティロマミーはしかしまだ生きている。

 ブレン兵長ならば一撃で仕留めていただろう、と思いながらリムレオンは魔法の剣を構え直した。

 とどめの斬撃を、しかし放つ事は出来なかった。

 横合いから、凄まじい熱波が押し寄せて来たからだ。

「愚か者が……! 我ら平和の使徒に、このような殺戮をさせるとは!」

 強化魔獣人間ファイヤースライム。赤熱する甲冑騎士の姿が、どろりと崩れてゆく。溶けてゆく。人型を、失ってゆく。

 溶岩のような、赤熱する液体金属の溜まりが、そこに出現していた。

 そんな姿でありながら、ファイヤースライムは人語を発している。

「魔法の鎧はもらって行く! 中身だけを焼き尽くす!」

 溶岩のようになった魔獣人間が、草を焦がしながら高速で這いずり、高波の如く盛り上がってリムレオンを襲う。

 魔法の剣の刀身に、リムレオンは左手の指先を走らせた。白い光を、塗り広げた。

 白色に輝く、気力の光を帯びた長剣が、襲い来る液体金属の荒波を切り裂いた。

 赤熱する不定形体が、半ば両断された甲冑騎士に変わりながら、リムレオンの足元に倒れ伏す。

 とどめの一撃を加える事は、しかしまたしても出来なかった。

「どうもな……おかしいのだよ」

 強化魔獣人間バジリコーンが、猛然と踏み込んで来たからだ。

 その右手で、螺旋状の角がギュイィイイイッ! と激しく回転をしている。

 回転する刺突を、リムレオンはかわしきれなかった。

 左胸から、大量の火花が散った。

 魔法の鎧の胸甲、ちょうど心臓の部分が、微かながら凹んでいる。

「なあエルベット家の若君よ。貴殿を魔法の鎧もろとも捕えて来いと我らに命じてきたのは、あの大領主ラウデン・ゼビルだ。無論、聖女アマリアの印が捺された命令書によって、だがな」

 語りながらバジリコーンが、なおも螺旋の角を突き込んで来る。

 よろめきながらもリムレオンは、魔法の剣を振るった。

 轟音を立てて回転する角を、その一閃で受け流す。

 とてつもない衝撃と振動を、リムレオンは両手で握り締めた。

「聖女アマリアとしては……我らに、さらなる力をお与え下さる。そのために魔法の鎧が必要なのであろうよ。ラウデン侯が何やら企んでいるようだが知った事か!」

 バジリコーンの面頬の下で、両眼が禍々しく輝いた。

 その眼光が、リムレオンを直撃する。

「う……ッ」

 身体が動かなくなった。と言うより、魔法の鎧が硬直していた。

 全ての関節が固まり、動かなくなってしまった全身甲冑の中に、リムレオンは閉じ込められている。

「ふん……さすがは魔法の鎧よ。単なる甲冑であれば、たちどころに石と化しているものを」

 眼光でリムレオンを拘束したまま、バジリコーンが踏み込んで来る。

 螺旋状に猛回転する凶器が、まっすぐリムレオンの左胸に向かって来た。魔法の鎧の、凹んだ部分に。

「くっ……う……ぉおおおおおおおおッッ!」

 リムレオンは、気力を振り絞った。

 気力を物理的攻撃力に変換する魔法の鎧が、それに応えてくれた。

 リムレオンの全身が、白く燃え上がるように発光する。

 気力の輝き。それが、まとわりつく石化眼光を打ち砕いていた。

 身体の自由を取り戻すと同時に、リムレオンは魔法の剣を一閃させた。

 螺旋の角が魔法の鎧の左胸を直撃する、よりも早く、その斬撃がバジリコーンの胴体を叩き斬っていた。

「ぐえぇ……」

 魔法の鎧と同質の金属外皮がザックリと裂け、大量の臓物が溢れ出す。

 溢れ出したものを地面にぶちまけながら、バジリコーンは倒れ、のたうち回った。

 とどめを刺そうとするリムレオンを妨害する形に、他2体の強化魔獣人間が立ち上がり、間合いを詰めて来る。

「ぐぅ……ふぇへへへへ、やってくれたなぁ小僧。もはや生かしてはおかぬ」

「貴様を、背教者と認定する……!」

 サティロマミーと、ファイヤースライム。

 叩き斬ったはずの強化魔獣人間たちが、全く無傷の状態で金属包帯を元気に蠢かせ、あるいは甲冑状の全身を赤熱させている。

「無駄な事だよ、リムレオン・エルベット殿」

 クオル・デーヴィ司祭が、嘲笑うように言った。強化魔獣人間たちに向かって、右手をかざしながらだ。

 その右手、中指に巻き付いた蛇の指輪が、白い光を発している。

 現在エミリィがアレン司祭に対し使っているものと同じ、癒しの力……いや、それだけではない。

「この指輪は、私の聖職者としての力を極限まで高めてくれる。まさしく唯一神の奇跡よ」

 白く、どこか禍々しい輝きが、クオル司祭の右手で激しさを増してゆく。

 たった今、切り捨てたはずのバジリコーンが、何事もなく立ち上がってきた。

 その胴体で、巨大な裂傷が、溢れ出した臓物をずるずると吸い込みながら塞がってゆく。

 完全な再生回復を遂げた強化魔獣人間3体の全身が、白く禍々しい光に包まれている。

 サティロマミーが1歩、進み出た。

「ぐふ……わ、わかるか世俗の愚人よ。貴様ら暴虐なるものの振るう刃で、我ら平和の使徒を傷付ける事など出来ぬという事よォ」

「何を……!」

 気力の輝きをまとう長剣を、リムレオンは叩き付けるように振るった。

 その斬撃が、サティロマミーの胴体を直撃し、だが弾き返された。

 白い光を帯びた金属包帯は、全くの無傷だ。

 よろめきながら、リムレオンは息を呑んだ。

「これは……!」

 自分にとっても、馴染みのある力ではある。

 マディック・ラザン司祭が用いていた、聖なる護りの力。数々の戦いで、リムレオンを守ってくれたものだ。

 だが今それを使っているのは、マディックではなくクオル司祭である。

 重傷を負った強化魔獣人間たちを一瞬にして治療し、なおかつ魔法の剣をも弾くほど強固に防護する。

 蛇の指輪によってクオル・デーヴィは今、マディック・ラザンとほぼ同等の力を持つ聖職者となっていた。

「さあ、聖なる神罰を受けるが良い! 背教者の小僧よ!」

 サティロマミーの全身から、何本もの金属包帯が毒蛇の如く伸びてリムレオンを襲う。

 禍々しい白色光を帯びた、包帯状の刃の群れ。

 防御だけではない。間違いなく、殺傷力も向上しているであろう。

 リムレオンは、後方に飛んだ。金属包帯による斬撃を全てかわしながら、着地した。

 着地と同時に、リムレオンは血を吐いた。白い面頬から、吐血の飛沫が散った。

 螺旋の角。その先端部が、左胸から現れている。

「傷を付けてしまったが……魔法の鎧は、1日もあれば自己修復を終えるのだろう?」

 バジリコーンが、背後にいた。

 白い光を帯びながら螺旋状に回転する凶器が、リムレオンの背中から入って心臓を穿ち、左胸から突き出ている。

 魔法の鎧もろとも、少年の細身を貫通している。

「リムレオン様……!」

 エミリィが、悲鳴に近い声を発しながら、アレンへの癒しを中断してしまう。

「駄目だ……ッッ!」

 血を吐きながら、リムレオンは叫んだ。

「僕はいいっ……アレン司祭を、優先させろ!」

 これが自分の、最後の言葉になるのか。

 そんな事を、リムレオンは思った。

 自分と比べても身体が丈夫ではないアレン・ネッドが、魔獣人間に腹を刺されたのだ。

 命を取り留めるには、エミリィが気力の全てを癒しに注ぎ込まなければならないだろう。

 リムレオンに癒しの力を使う余裕など、あるわけがない。

 そのエミリィに、強化魔獣人間の1体が迫ろうとしている。

「背教者に与する小娘……やはり、聖なる罰を与えねばなるまいなぁグフフフフ」

 サティロマミーが、下腹部で金属包帯をほどき、おぞましい器官を露出・勃起させている。

 やめろ、とリムレオンは叫ぼうとして血を吐いた。

 もはや血を吐く事しか出来ない少年の身体を、バジリコーンが放り捨てる。

 螺旋の凶器が、身体から引き抜かれてゆく。

 体内で、穿たれた心臓が裂けてちぎれるのをリムレオンは感じた。

 もはや屍に等しい少年の細身が、しかし倒れず、抱き止められる。

 力強い、腕と胸板。それをリムレオンは、まず感じた。

「……心が折れたまま戦うから、こういう事になるのだ」

 気遣いながら、叱りつける。そんな口調だった。

「活を入れてやろうと思ったが、こんな様では殴る事も出来ん……無理をしたな、リムレオン殿」

「……ガイエル……ケスナー……」

 吐血で喉を詰まらせながらもリムレオンは、辛うじて名を呼ぶ事が出来た。

 いくらか長めの、赤い髪。秀麗ながら、線の太い感じの顔立ち。

 赤き魔人の正体を、人間の美貌で包み隠したガイエル・ケスナーが、そこにいた。

 その身に、マントを羽織っている。旅用の質素なものではない。豪奢な肩当てで留められた、威風堂々たる装いである。

 ティアンナと決別し、いよいよ魔族の帝王として振る舞う道を選んだのであろうか。

 そのマントの中から、美しいほどに筋肉が盛り上がり引き締まった腕が現れ、リムレオンを抱き止めているのだ。

 たくましい胸板も見える。綺麗に分かれた、腹筋も見える。

 マントの下で、ガイエル・ケスナーは全裸であった。

 マントを外すだけで、気軽に赤き魔人へと変わる事が出来る。

 常に戦う態勢なのだ、とリムレオンは、薄れゆく意識の中で思った。

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