第149話 魔王を飼う姫君
屈強なデーモンの巨体が、ゆっくりと倒れてゆく。大量の灰を、口から吐き散らせながらだ。
臓物を灼き砕いた手応えを、しっかりと握り締めながら、魔獣人間ゴブリートは残心の構えを取った。
そうしながら、見回す。
バルムガルド王国。ガザニア州北部の、とある村。
家に引っ込んだ村人たちが、恐る恐る顔を出し、戦いの有り様を見物している。
いや、戦いは終わっていた。
身体の一部または全体を灼き砕かれたデーモン、頭部や心臓を叩き潰されたトロル。真っ二つにされたオーガー、首を刎ねられたバジリスクやワイバーン。
様々な怪物たちが、村内あちこちで屍を晒している。
部隊規模で群れていたオークたちは、灰に変わって砂埃と混ざり合ってしまった。
村人たちを、人質として監視下に置いていた魔族の軍勢。
いくらかは倒したが、まだ大量に生き残っている。
生き残った魔物たちが、しかし捨て台詞も残さず逃げ去って行くのを、ゴブリートはじっと見送った。
自分に恐れをなした、わけではないだろう。
「かくして唯一神……我らに、道を示したまえり……」
声が聞こえた。敬虔な、祈りの呟きだった。
「我ら……汝殺すなかれの、破戒者とならん……」
「唯一神よ……罰を、与えたまえ……」
「我らを、導きたまえ……聖なる、万年平和の王国へと……」
これまで幾度か見かけた者たちが、村へ歩み入って来たところである。
鈍色の全身鎧に身を包んだ、甲冑歩兵の一団。
唯一神教徒の中でも、特に信仰心篤き者たちである。
信心深さのあまり人間の形を失った肉体を、鈍色の全身甲冑で包み武装した信徒たち。
彼らを引率しているのは、唯一神教の法衣に身を包んだ数名の聖職者たちで、これは全員が人間であった。
うち1人が、進み出て来る。
「バルムガルドの民を魔族から解放すべく、単身で戦っておられる方……噂に聞いておりました」
若い男の司祭である。あのマディック・ラザンと、少し感じが似ている。
だが素質に乏しいなりに鍛錬を欠かさなかったマディックと違い、こちらの若者は、どうやら全く身体を鍛えていない。その弱々しい身体を、恭しく屈めている。
「我らはローエン派。唯一神教徒たる者の務めを果たすべく、ヴァスケリアより参りました。私、アレン・ネッドと申します」
「勘違いするなよ。この国の民衆を救うべく戦っているのは、俺ではない。それをしている連中は別にいる」
その者たちがやり遂げたのだろう、とゴブリートは確信した。
魔物たちは、この唯一神教徒の集団を恐れて逃走した、わけでもない。
何もかも捨てて総退却しなければならないほどの事態が、魔族の中枢部で生じたのだ。
(死んだか……デーモンロード)
ゴブリートは天空を仰いだ。
自分ではついに出来なかった事を、あの者たちは成し遂げたのだ。
大殊勲には違いない。
だが、とゴブリートは思う。あの者たちにとって大変なのは、むしろこれからであろう。
ある意味においてはデーモンロードよりも魔族よりも厄介な者どもが、こうしてヴァスケリアから押し寄せて来てバルムガルドを侵蝕しつつあるのだ。
レグナード魔法王国を滅亡に追い込んだ、要因の1つ……唯一神教。
宗教・信仰という難儀極まる怪物と、あの者たちはこれから渡り合わなければならない。
「唯一神教徒としての務めを果たす……そうほざいたな、貴様」
アレン・ネッド司祭に向かって、ゴブリートは眼光をぎろりと燃やした。
「その務めとは、魔族の暴虐によって疲弊した国を、火事場泥棒的に奪い取る事か」
「……そのように、見えてしまうのでしょうね」
俯き加減に、アレン司祭が答える。
「ですが何とおっしゃられようと、我らローエン派は、この国の人々のお役に立たなければなりません」
「ふん。貴様だけは確かに、多少は人の役に立ちそうだな」
亡きローエン・フェルナスと同じ、神聖なる魔力が、このアレン・ネッドという若い司祭からは微弱ながら感じられる。癒しの力を、多少は使えるのだろう。
他の聖職者たちからは、俗物の臭いしか感じられない。
現在、唯一神教ローエン派を取り仕切っているのは、聖女アマリア・カストゥールなる人物であるらしい。
聖なる魔力の修行もせず、ただ宗教的利権だけを求めて、その聖女に媚びへつらっているのであろう司祭たちが、尊大な声を発した。
「消えて失せろ、下等な魔獣人間めが。我ら平和の使徒の眼前で、おぞましい姿をさらすでないわ」
「この国は、我らが守る。聖女アマリアの祝福を受けし我らが、バルムガルドの民を救い導くのだ」
「貴様ごとき醜悪邪悪なる怪物の出る幕ではないわ!」
魔獣人間。今、この者たちの1人が確かにそう言った。
この鎧歩兵たちは、魔獣人間の失敗作に魔法の鎧の量産品を着せたものである。
魔獣人間の成功作を、この司祭たちは知っているという事だ。
「お、おやめ下さい! 同志たちよ」
アレン司祭が、声を上げた。
「バルムガルドの民のために、これまでたった1人で戦ってこられた方を! そのように」
「戦いで民が救えるか! この愚か者が!」
司祭たちの罵声が、アレン1人に集中した。
「我らは聖女アマリアの祝福を受けし平和の使徒! その自覚が足りぬようだな」
「戦いで民を守るなどというのは、アゼル派の狂信者どもの思想! 我ら唯一神教徒の聖なる歴史を、いささかも学んでおらぬと見えるわ!」
「戦いは何も生まぬ! 戦いでは何も守れはせぬ! 救えはせぬ! ローエン派の聖なる教えを全く理解しておらぬ無学者が、そもそも何故ここにいる!? 何故、司祭などという地位にあって我らと対等に口をきくのか!」
「聞けばこやつ、かの背教者マディック・ラザンやレイニー・ウェイルと近しい者であるとか。よもや、この地においてラウデン・ゼビルめと結託し、ローエン派の聖なる教義に反する行いをせんと企てておるのでは」
「聖女アマリアに禍いをなす者! 神罰を与えてくれようぞ!」
司祭の1人が、仰々しく片手を掲げる。
その中指に、蛇を模した指輪が巻き付いている。
鈍色の鎧歩兵が1体、長剣を振り上げた。アレンを斬殺せんとしている。
ゴブリートは軽く、左手を振るった。
炎の体毛が、左手の甲から一筋伸びて燃え盛り、その鎧歩兵を直撃する。
鈍色の全身甲冑が、長剣を振り上げた姿勢のまま炎に包まれ、焼け焦げた金属屑となって崩れ落ちる。中身の肉体が灰に変わり、大量に溢れ出して舞い上がる。
「き……貴様! 卑しき怪物の分際をわきまえず、我ら平和の使徒に刃向かうか!」
喚く司祭に、ゴブリートは問いかけた。
「貴様たちが平和の使徒である事はわかった。ならば何故、このような者どもを引き連れている?」
鎧歩兵の群れに、左手の親指を向けながらだ。
「こやつらを平和のため、どのように活用するつもりだ。戦いと殺戮、それ以外に役立つ連中であるとは思えんのだがな。どう見ても」
「黙れ魔獣人間! 平和の使徒である我らを、愚弄するか!」
司祭たちが片手を掲げ、蛇の指輪を光らせる。
「我らがこの聖なる戦士たちを用いて行うは、戦にあらず! 殺戮にあらず! 神罰よ!」
「平和の敵である、貴様らのような怪物と背教者に! 我らは神罰を下さねばならんのだ! この国の民を守り、救い、導くために!」
聖なる戦士、と呼ばれた鈍色の鎧歩兵たちが、一斉に剣を抜き、あるいは槍を、戦斧を構え、押し寄せて来る。
炎をまとっていても今ひとつ強そうに見えない、小柄な魔獣人間を、全方向から切り刻みにかかる。アレン司祭もろともだ。
「唯一神よ……我らに罰を……」
「導きを……永遠の安寧を……」
祈りを呟きながら襲い掛かって来る者たちに、ゴブリートは言葉をかけた。
「ローエン・フェルナスのもとへ行け……奴は、お前たちを優しく迎えてくれるだろう」
小柄ながら岩のように筋骨たくましい全身が、燃え上がった。
炎の体毛が、様々な方向に、まるで太陽の紅炎の如く伸びうねり、渦を巻き、聖なる戦士の軍団を焼き払う。
鈍色の鎧歩兵たちが、焦げた金属屑に変わりながら灰を撒き散らす。
司祭たちが、呆然と固まった。
ゆっくりと、ゴブリートは彼らに歩み寄った。
「さて……どうする? 平和主義者たちよ」
「ひっ……ま、待て……殺すのか、我らを殺すのか……」
司祭の1人が、辛うじて言葉を発する。
「わ、わわわ我らは平和の使徒であるぞ。聖女アマリアの祝福を受け、大聖人ローエン・フェルナスの遺志を受け継ぎし」
ゴブリートは踏み込んだ。殺意を、もはや抑えてはいられなくなった。
「口にするなよ……貴様たちが、その名を……」
短い腕が、炎の体毛を燃やしながら一閃する。
燃え盛る手刀が、司祭の胴体を上下に叩き斬っていた。
下半身はその場に立ち尽くし、上半身は少し離れた所に落下して這いつくばる。
溢れ出した臓物が、ほかほかと焼け焦げて異臭を発する。
こんな無様な屍など残さず、一撃で遺灰に変えてやる事は無論、出来る。
それをしなかったのは、この愚かな者たちに死体を見せてやるためだ。
這いつくばる上半身を片足で踏み付けながら、ゴブリートは微笑んだ。にやりと牙を剥いた。
そして、跳躍した。
「貴様らが口にするなよ……ローエン・フェルナスの名を」
言葉と共に、着地する。
司祭たちはアレン・ネッド以外、1人残らず屍に変わっていた。
ある者は首を刎ねられ、ある者は上半身を叩き潰されている。
いくつかの生首が、炎に包まれながら宙を舞い、空中で燃え尽きて灰に変わった。
「……お見事です」
アレン司祭が言う。落ち着いた口調である。
このような殺戮を目の当たりにするのが、初めてではないのかも知れない。
「私1人が殺されずに済んだ……という事で、よろしいのでしょうか?」
「どうかな。10秒後には気が変わって、貴様を殺しているかも知れん」
「それならば、せめて苦しみなく死なせていただけるよう……祈るしかありません」
アレン司祭がうなだれ、両手を握り合わせる。
「ほう。唯一神ではなく、俺に祈るのか?」
「今現在、私への生殺与奪の権を握っておられるのは貴方ですから」
そんな会話をしている間に、10秒は経過していた。
「秀でた暴力をお持ちの方に抗する術など、我々にはありません」
「ふん、それは確かにその通りだ。暴力に勝てるものなど、この世には存在せんのだからな」
祈るアレンに、ゴブリートは背を向けた。
「暴力を持つ者を怒らせんよう、せいぜい慎ましく生きるがいい」
「慎ましく生きる者たちを、どうかお守り下さい」
その背中に、アレンが声をかけてくる。
「秀でた暴力をお持ちの方々に、我らはそのように願うしかないのです」
わかった任せろ、などと誇らしげに請け合う事ではなかった。そんな事は、デーモンロードを倒した者たちに任せておけば良い。
魔族の脅威が、この国からとりあえず去った今、ゴブリートがやらねばならぬ事は他にある。
(俺は見届けねばならん……ローエンよ、貴様の願いの行く末を)
唯一神教ローエン派の中心地……現在ヴァスケリアと呼ばれている国へ、赴いて確かめてみる必要がある。
ローエン・フェルナスの遺志が、果たして今どのように受け継がれているのかを。
(ただ人を救いたい。貴様のその願いが今、どのような形を成しているのか……俺は、見届けねばならん)
数日で、セレナ・ジェンキムは体調を取り戻した。
「いやあ本当、死ぬかと思ったわ」
そう言って笑う顔は、まだ若干やつれてはいる。が、もはや老婆の顔ではない。この数日間、普通に食事をして睡眠を取っただけで、セレナは少女の瑞々しさを取り戻していた。
髪は白い。が、生え際の辺りでは本来の茶色が甦りつつある。
「そりゃまあ、あれよ。魔法の鎧を作るのに、親父や姉貴と何日か徹夜した事はあるけれど……比べ物になんない、しんどさだったわ。皆さん来てくれて本当、助かりました。ありがとうね」
「礼を言わなければならないのは、俺たちの方さ」
言いつつマディック・ラザンは、魔法の槍を横薙ぎに振るった。
「ダルーハ・ケスナーをあの場所にとどめておいてくれたのは、貴女なのだから」
長柄が一閃し、鈍色の鎧・面頬を中身もろとも叩き潰す。
脳漿らしきものを噴出させながら、聖なる戦士が倒れてゆく。
「唯一神よ……導きを……」
それが、最後の言葉であった。
同じ唯一神教ローエン派の信徒を殺戮しながら、マディックは今、セレナを背後に庇っている。
全身を包む魔法の鎧は、聖なる戦士たちの返り血を浴びて黒っぽく濡れ汚れ、本来の緑色が暗緑色に変わって禍々しい事この上ない。
皆、同じような有り様である。
ブレン・バイアスも、ラウデン・ゼビルも、シェファ・ランティそれにティアンナ・エルベットも各々、魔法の鎧の上から返り血の汚れをまといつつ戦っている。聖なる戦士の軍団とだ。
「あの人のおかげよ。レミオル・エルベット侯爵……」
ティアンナの母方の祖父である人物の名を、セレナは口にした。
「あの人が、あたしに取り憑いて……自分の霊体を、あたしの生命力に変換してくれたおかげで、何日も飲まず食わずでいられたってわけ。でもねえ、その間お風呂にも入れないし出るもの垂れ流しっぱなし。お好きな人にはたまんない系の臭い、してたと思うんだけど。どうだった? マディックさん」
「し、知らんよ」
シェファとティアンナが、2人がかりでセレナの身体を洗っていたようである。まるで動けぬ老婆の世話をするかのように。
レミオル侯の魂は、あのまま消滅した。
自身の全てをセレナの生命に注ぎ込み、彼女をダルーハ・ケスナーと対峙させ続けたのだ。
功労者、などという言葉ではとても足りぬとマディックは思う。このバルムガルドという国は、セレナ・ジェンキムによって守られたのだ。
タジミ村に近い、とある町。
上手い具合に、町内広場へと敵……鈍色の鎧歩兵の軍団を、誘い込む事が出来た。
民家を誤爆する心配もなく、シェファが火球を飛ばしている。
小さな太陽のような火の玉が、広場のあちこちで、聖なる戦士たちを爆砕してゆく。
鈍色の全身甲冑が、中身の肉体もろとも焦げ砕ける。
魔獣人間の失敗作である、異形の肉体。
それを魔法の鎧の量産品で包み隠し、聖なる戦士などと名付けて無法を働かせる。
唯一神教ローエン派は今や、そのような組織に成り果てた。ある女性の、協力を得る事によってだ。
(イリーナ……君は、それでいいのか……?)
「……やらかしちゃってるね、うちの姉貴が」
マディックの背後で、セレナが呟いた。
「あたしが……何とかしなきゃ、いけないのよね」
「貴女に責任があると言うのなら、少なくとも同じくらいには俺にも責任がある」
言いつつマディックは踏み込み、魔法の槍を突き出した。
聖なる戦士が1体、長槍を構え、突っ込んで来たところである。
その穂先がマディックに達するよりも早く、魔法の槍は、鎧歩兵の左胸を穿っていた。
鈍色の胸甲もろとも心臓を抉り抜いた手応えを、マディックは握り締めた。
そうしながら、見渡す。
自分が敵を1体、仕留めている間に、ブレン・バイアスは少なくとも3体を叩き斬っている。
電光を帯びた魔法の戦斧が、暴風のように唸り雷鳴を発しながら、聖なる戦士たちを縦・横・斜めに両断してゆく。
マディックがセレナを背後に庇っているように、ブレンもまた、何者かを護衛しながら戦っていた。
「若君、御無事で!」
「ぼ……僕の事は、いい……」
ブレンの背後と言うか足元で、白いものが弱々しく動いている。純白の魔法の鎧。返り血の汚れが、特に目立つ。
リムレオン・エルベットであった。
マディックもブレンもティアンナも呆気に取られるほど激しい戦いぶりを、最初は見せていた少年が、今は力尽きている。
「御無理をなさいますな、若君」
魔法の戦斧で聖なる戦士たちを威嚇しながらブレンは、黄銅色に武装した全身を、リムレオンの楯としている。
「今の貴方は、言うなれば病み上がりのようなもの」
「僕は……皆の2倍、3倍は働かなければならない身……病み上がりだからと言って、休んでなど……」
白い面頰の内側で、リムレオンは息を切らせている。
「僕は……皆に、迷惑をかけてしまったんだ……」
「なればこそ無理をするなと言っているのだ、サン・ローデル侯」
言葉と共に、いくつもの白い光が飛んだ。
「貴公がもたらした迷惑はな、今ここのみで死力を尽くしたところで償いきれるものではない。貴殿は今より一生をかけてエル・ザナード1世陛下に尽くさねばならぬ。ヴァスケリアの安寧と繁栄に、その命を捧げねばならぬ」
聖なる戦士たちが、鈍色の兜を、胸甲を、光の矢に穿たれて、倒れ絶命してゆく。断末魔の悲鳴ではなく、祈りの言葉を呟きながら。
「わかるかリムレオン・エルベット。貴様にはな、己の命を捨てる自由などないのだ」
力強い暗黒色の甲冑姿が、悠然と歩みながら、長弓を槍の如く回転させる。
両端から短い刃を伸ばした、魔法の長弓。
その斬撃が、襲いかかる鎧歩兵2体を滑らかに斬殺した。鈍色の全身鎧が2つ、黒騎士の左右でズルリと崩れ落ち、肉か臓物か判然としないものをぶちまける。
「ら……ラウデン・ゼビル……貴様、聖女アマリアを裏切るか……!」
そんな事を言っているのは、聖なる戦士たちを引き連れてこの町に押し入り、住民に無理難題を押し付けていた聖職者である。
魔獣人間の類ではない、単なる人間の司祭。当然、癒しの力の修行などしているようには見えない。アマリア・カストゥールの、腐るほどいる追従者の1人であろう。
その司祭が、わなわなと怯え震えながら、それでも虚勢を保っている。
「神罰が下ろうぞ! 唯一神が、貴様をお許しにならぬ!」
「……アマリア・カストゥールに伝えておけ。余計な事はするな、と」
ラウデン侯は言った。
「バルムガルド王国に関しては全て、このラウデン・ゼビルに任せておけとな」
「やはり……そうなのですか、ラウデン侯」
赤熱する斬撃で、聖なる戦士の1体を斬殺しながら、ティアンナが言う。
「貴方がこの国に来られたのは、アマリア・カストゥールの先兵として……ローエン派のバルムガルド侵略、その下地作りのために?」
「否定はいたしません。が……こやつらの行いを、看過する事も出来ませぬゆえ」
「そうですね……」
怯える司祭の眼前にティアンナは、赤く武装した細身を佇ませた。真紅の、魔法の鎧。
凛と輝く青い瞳が、面頰越しに司祭を睨み据える。
「聖なる戦士を生み出すために、人々を拉致しようなどと……いささかなりともバルムガルドの国政に関わった者として、許しておくわけには参りませんよ」
「逆賊に擁立された、偽りの女王めが……!」
司祭が呻き、喚いた。
「貴様の魂胆は知れておるのだぞ! 疲弊したバルムガルドを、人民の困窮につけ込んで我が物にせんとしておるのだろう!」
「それは、お前たちだ」
マディックは、声を投げた。
「いいから立ち去れ。そしてアマリア・カストゥールに、こうも伝えてもらおう。貴女のやり方では人々を、守る事も救う事も導く事も出来はしないと」
「背教者めが! 何を」
「立ち去れ、と言っているんだ」
マディックは親指を向けた。
聖なる戦士などでは到底、相手にならない怪物たちに。
「早く逃げろ。彼らが、お前に目をつける前にだ」
怯える司祭や、殺戮されるままの鎧歩兵たちなど全く眼中にない様子で、怪物が2匹、殴り合っている。
「てめコラ、もういっぺん言ってみやがれ赤トカゲ野郎!」
「貴様こそ今、何とぬかした野良犬が!」
ゼノス・ブレギアスとガイエル・ケスナー。
魔獣人間グリフキマイラと赤き魔人が、互いの顔面に拳を叩き込んでいた。
魔法の鎧の量産品などと戦うよりも、この方が、彼らにとっては良い実戦経験になるのであろうが。
「ああ、もう……やめなさい! お2人とも」
マディックなど一撃で叩き潰されてしまうであろう殴り合いに、ティアンナが割って入って行く。
魔法の鎧をまとう細腕が、2匹の怪物を押し分け、抑え込む。まるで犬でも扱うように。
ガイエルもゼノスも、猛犬の如く唸りつつ、ティアンナの細腕に抗う事が出来ない。
バルムガルド軍関係者にとっては悪夢にも等しい存在である、赤き魔人。
卓越した馬鹿力を自在に操る、魔獣人間の剣士。
そんな怪物2体を、犬のように飼い従える少女。
この3名がいれば自分たちなど必要あるまい、とマディックは思う。唯一神教も、必要ない。
この3人を、決して怒らせてはならない。敵に回してはならない。
(俺たちは結局……強い者の機嫌を損ねないように、生きてゆくしかないんだ……)
強い者たちが、例えばダルーハ・ケスナーやデーモンロードのように無法を行うならばともかく。
ガイエル・ケスナーとゼノス・ブレギアスならば、わざわざ怒らせたりしない限り、力なき人々の守り手として大いに働いてくれるであろう。
ティアンナには、せいぜい上手く、この両名を動かしてもらうしかなかった。