表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/193

第143話 非力なる者たち、吼える

 デーモンロードが、白い悪鬼を蹴り飛ばした。障害物を片足で押しのけるような蹴り。

 禍々しく猛々しく異形化した白色の甲冑姿が、物の如く吹っ飛んでいた。

 そして石畳に激突し、よろよろと立ち上がる。

 白い悪鬼の中身が入れ替わった、としか思えぬ弱々しさである。

「私を倒すためにダルーハ・ケスナーの力を利用する……か。実に考えたものよな」

 立ち上がるのが精一杯の白い悪鬼に、デーモンロードが歩み迫る。炎の剣を2本、左右それぞれの手で燃やし揺らめかせながら。

「気持ちは大いにわかるぞリムレオン・エルベット。魔法の鎧を着用し、なおかつ群れねば戦えぬ貴様たちの非力……死せる英雄の力に、頼りたくもなろう。だがな、それでは駄目なのだよ」

 紅蓮の双剣が、一閃しながら大蛇の如くうねった。炎の剣が、炎の鞭と化していた。

 ティアンナが、シェファが、ラウデン侯とブレン・バイアスが、リムレオンを援護すべく一斉に動いたところである。

 赤く輝く魔石の剣が、電光をまとう魔法の戦斧が、デーモンロードに斬り掛かる。

 小さな太陽にも似た火球の群れが、白い光の矢が、青黒い悪魔の巨体に降り注ぐ。

 その全てが、炎の鞭に薙ぎ払われた。

 光の矢が砕け散り、いくつもの火球が爆発し、デーモンロードの全身をあちこちから照らした。

 その爆炎を蹴散らしながら、炎の大蛇は荒れ狂い、ブレンを直撃しラウデン侯を打ち据えた。黄銅色と暗黒色、勇壮なる2色の甲冑姿が、暴風に舞う木の葉のように吹っ飛んだ。

 ティアンナが、振り下ろした魔石の剣もろとも紅蓮の鞭に叩きのめされ、痛々しい錐揉み回転を披露しながら宙を舞い、城壁に激突して瓦礫に埋もれた。

 猛り狂う炎の大蛇は、もう1人の少女にも容赦なく襲いかかる。

 青い魔法の鎧に身を包んだまま立ちすくむ、シェファ・ランティ。

 その眼前にマディック・ラザンは飛び込み、魔法の槍を構え、念じた。

 白い光の防壁が生じ、そして砕け散った。

 光の破片をまとわりつかせながら炎の鞭が、シェファとマディックを一緒くたに殴り飛ばす。

 高熱の衝撃が,魔法の鎧の上から叩き込まれて全身を駆け巡る。

 それを感じながら、マディックは空を飛んでいた。自分の身体が、放物線を描いている。ぼんやりと、それがわかった。

「他者を利用するやり方では駄目なのだよ。それを私に教えてくれたのは貴様たちであろうが?」

 デーモンロードの声が,いくらか遠い。

 どれほどの距離、吹っ飛ばされたのか,マディックは見当もつかなかった。

 近くには,シェファが倒れている。

 魔法の鎧の装着者は、リムレオン以外の全員が倒れていた。

 そう、リムレオン・エルベットなのである。ダルーハ・ケスナーではなく。

「デーモンロード……!」

 リムレオンが、魔法の剣を振りかざす。

 先程まで白く激しく燃え猛っていた刀身は、今は微弱な光をぼんやりと帯びているだけだ。

 闘気の量に、圧倒的な違いがある。炎に喩えるならば、ダルーハの闘気は市街規模の大火災、リムレオンのそれは小さな灯火だ。

 闘気だけではない。デーモンロードに斬り掛かって行く剣の勢いも、ダルーハに乗っ取られていた時の斬撃と比べると、斬撃と呼ぶのも躊躇われるほど弱々しい。

 比べる相手がダルーハでさえなければ、この若君も、鍛錬を重ねた剣士ではあるのだが。

 斬り掛かるリムレオンに対し、デーモンロードは、防御の構えを取ろうともしない。かわそうともしない。炎の剣を,無造作に一閃させただけだ。

 防御の構えを取らなければならなくなったのは、リムレオンの方である。

 攻撃の動きを無理矢理、防御の体捌きに切り換えながら、白い悪鬼は激しく揺らいで火花を飛ばした。

 紅蓮の斬撃を、闘気乏しい魔法の剣で、辛うじて受け止めたようである。

 掲げた剣にすがりつくような、弱々しい防御。その姿勢のままリムレオンは、半ば吹っ飛び、倒れていた。

 もはや白い悪鬼ではない。厳めしく異形化した全身甲冑の中身は,非力な少年貴族だ。

「悲しきかな……何も利用せぬ貴様の力など、その程度のもの。受け入れ難いであろうなあ」

 デーモンロードの隻眼が、ギラリと燃え上がる。

 この怪物の片目を奪ったのは、しかし非力なる少年剣士リムレオン・エルベットなのだ。

「私もな、貴様たちに不覚を取った……その現実を、受け入れるのは……はらわたが、ちぎれる思いであったぞ……!」

 炎の剣が、デーモンロードの憤怒そのものを体現し、燃え盛る。

 一方リムレオンの全身でも再び、白い炎が燃え始めていた。

「力を……僕に、力をくれ……ダルーハ卿……!」

 弱々しい輝きしか宿していなかった魔法の剣が、またしても猛火の如き闘気をまとい、揺らめかせる。

 白い悪鬼の中で、ダルーハ・ケスナーが、またしても甦りつつあるのだ。

「デーモンロードを、倒すために……ふ、ふふふ……良かろう、俺の力くれてやる。デーモンロードを相手に見事、弱い者いじめをやって見せろ小僧……」

「駄目だ!」

 マディックは、槍にしがみつきながら叫んでいた。

「思い出せリムレオン・エルベット! あんたは何のためにデーモンロードを倒そうとしている!? メルクトの、サン・ローデルの、ヴァスケリアの、民衆を守るためだろう領主として!」

「ふ……守る、だと? 民衆をか」

 白い炎の如く闘気を燃やしながら、ダルーハが嘲笑う。

「リムレオン・エルベットと言ったな小僧。貴様はまだ若いゆえ知らんのだ。いわゆる無辜の民という者どもが、どれほど守るに値せぬか……守るに……ま……守る……」

 闘気の炎が、揺らめきながら弱まってゆく。

「守る……僕は、メルクトの……サン・ローデルの……民を……」

「その通り! 領主として、民衆を守る! あんたにはな、それしかないんだ!」

 かつて黒薔薇夫人の城においてマディックと1対1で殺し合った、あの時から、このリムレオンという少年は何も変わっていない。

 今までダルーハに支配されていた彼が、その支配を一時的にせよ押しのけて自我を取り戻した。

 そんな事が出来たのは、デーモンロードが眼前に現れたからだ。

 領主の地位を失ってまでバルムガルド国内に潜入した、その目的を、ダルーハに乗っ取られた状態にあっても忘れてはいなかったという事だ。このリムレオン・エルベットという、非力な少年貴族は。

「非力……それでも、いいじゃないか。非力だが民を守る、それがリムレオン侯爵! あんたという人間だ。あんたは、それ以外の何者にもなれない! なのに今、無理をして似合わぬ強者になろうとしている!」

 マディックは、叫び続けた。

「強者の力で、仮にデーモンロードを倒せたとしてだ。その後はどうなる? ダルーハ卿が、都合よく消えてくれるのか!? ダルーハ・ケスナーが、あんたの肉体を使って再び暴虐の限りを尽くす! 守るべき民衆を、あんたは自身の手で大いに殺戮する事になるんだぞ!」

「貴族……為政者とはな、何かを利用せねば一切の仕事が出来ぬ。土を耕す民草よりも、ずっと非力な存在なのだ」

 ラウデン・ゼビル侯爵が、よろよろと立ち上がりながら言葉を発する。

「大領主などと呼ばれる、この私もな、5つの地方を統べるために唯一神教を利用している。だがリムレオン・エルベット侯爵よ、それは、それだけは利用してはならん。人間の道を外れ、忌まわしき怪物と化した逆賊の力など……お前までもが、人間の道を外れてはならんのだ」

 黒く厳つい面頬が、ガイエル・ケスナーに向けられた。

 悠然と成り行きを見守る赤き魔人に向かって、面頬の下の眼光がギラリと輝く。

「あやつらの側に、立ってはならぬ……人間の側に踏みとどまれ、リムレオン侯爵。人間の側から女王陛下を支え奉り、ヴァスケリアを守るのだ。ヴァスケリアは人間の王国なのだからな」

「ふん。ならば我らは魔族の側から、人間どもの王国を蹂躙し尽くしてくれようぞ」

 言葉と共にデーモンロードが、リムレオンに向かって巨体を踏み込ませる。紅蓮の双剣で、リムレオンのみならず魔法の鎧の装着者全員を斬殺せんとする動きだ。

 その動きを、正面から阻む者がいた。

 赤い、異形の姿が、デーモンロードの眼前に立ち塞がっている。

「貴様……!」

「無粋はよせ、デーモンロード。せっかく面白くなってきたところではないか」

 ガイエル・ケスナーだった。

「おいリムレオンとやら。貴様、不完全とは言え自力でその男の支配をはねのけるとは見上げたものだ。ダルーハもろとも叩き潰すつもりだったが、少し様子を見てやろう。己を、取り戻して見せろ」

 その両前腕で、刃状のヒレが赤く熱く発光している。

 赤熱する斬撃が、デーモンロードの双剣とぶつかり合った。

 火花が、火の粉が、大量に飛散する。

 3合、4合。赤き魔人と青黒い悪魔が、斬撃を激突させる。

「が……ガイエル……ケスナー……」

 その戦いを見据えながら、リムレオンが呻く。魔法の剣を構えたまま、弱々しく踏み込もうとしている。

「僕は……貴方のように、なりたい……貴方のような力が欲しい……何があっても、領民を守る事が出来る……力を……」

「若君、貴方様はメルクト及びサン・ローデルの御領主であらせられます」

 ブレン・バイアスが言った。

「人ならざるものの力をもって、領民を守る……それは領主たる御方のありようではございませんぞ。人の世の民は、人の力をもってのみ守られなければなりません」

「駄目だ……僕は駄目なんだよ、ブレン兵長……」

 悪鬼の面頬の下で、リムレオンは涙を流しているようだった。

「この旅の中で、僕は理解したんだ……本当に、嫌になるほど、はっきりとわかった……僕は、自分の力では何も出来ない……何も守れはしない、非力な領主……いや、すでに領主ではなくなっているのに……民を守る、などと……ふ、ふふふ……我ながら、滑稽過ぎて涙も出ない……」

「非力は我らも同じ! だが領主の務めとは、非力なる人間の力をもって人の世の民を守る事!」

 ブレンが吼えた。

「以前、貴公は俺に命じた。投げ出すな、任務に戻れと……その言葉、お返しする事になるとは思わなかったぞ。貴殿の領主としての務めは終わっておらぬ、役目に戻れ! リムレオン・エルベット」

「役目……だと……」

 リムレオンの声は、震えている。

「何も守れない、惨めな領主に……戻れと、言うのか……?」

「……あたしたちの、せいだね」

 弱々しい、女の声がした。

 老婆の声……否、若さは辛うじて失われていない。

「魔法の鎧なんてもの、作っちゃったせいで……なまじ戦う力なんか、持たせちゃったせいで……なよっちい若君様を、こんなところまで追い込んじゃって……親父の奴を、お墓から引きずり出して謝らせたい気分」

 1人の老婆に、ティアンナが肩を貸している。痩せ衰えた、白髪の女性。

 ……いや、どうやら老婆ではない。生命力の尽きかけた、若い娘。痩せこけた顔が、弱々しく微笑んでいる。

「リムレオン様は、本当に良くやったと思うわ……サン・ローデルも、ゲドン家の連中が大きな顔してた時よりも全然、良くなってるんだから……誰も誉めてあげないから、トチ狂っちゃったのねえ……うちの姉貴みたい……」

「貴女は……君は……まさか、セレナ・ジェンキム……?」

 リムレオンの言葉をマディックは、にわかには信じられなかった。

 この老婆のような女性が、セレナ・ジェンキムなのか。イリーナの妹なのか。

「君が……君までが、そんな有り様に……これも、僕が……」

「僕が、至らなかったから……僕が弱かったから……なんてのは無しね。うざいだけだから」

 そう微笑むセレナを支えたまま、ティアンナが言った。

「人の力のみで、人の世を守る……とても辛い事よ、リムレオン。私はそれを投げ出してしまった、だから偉そうな事は言えない。人ならざる方々が、力を貸してくれる。代わりに戦って下さる。それが、それほど手放し難い幸運であるか……」

 デーモンロードと戦っているガイエルの姿に、ティアンナは面頬の下から眼差しを向けている。

「だけど私たちは、そこから抜け出さなければならない……お願いよリムレオン、力を貸して。ダルーハ卿と結び付いた貴方ではなく、私を溺れていると勘違いして飛び込んで来てくれた、貴方の力が必要なのよ!」

「嫌な事……思い出させてくれるなぁ、ティアンナ……」

 リムレオンが、泣きながら笑った。

「貴女までもが、そんなものを着て……一体、何をしているの……?」

「貴方たちが、どんな思いで戦っているのか……いくらかは、片鱗の片鱗くらいは、理解出来たつもりよ」

 自力で立てる、とでも言いたげに、セレナがティアンナから離れてゆく。

 1歩、リムレオンに向かって踏み出しながら、ティアンナは言葉を続けた。

「自分の力が足りないから、などとリムレオンは考えてしまうのでしょうね。だけど、それは違うわ。非力なのは貴方だけではない、私もそう。己の無力を思い知らされ打ちのめされている……そんな気でいるのでしょう? リムレオン。はっきり言って、甘いわ。己が無力であると思い知らされる、その度合いは貴方よりも、ガイエル様やゼノス王子と行動を共にしてきた、私の方が遥かに上よ。強い殿方に守られるだけで何も出来ない、何もする必要がない、その安寧に浸りきっている私の方が……リムレオン、私に力を貸しなさい。私が必要としているのは、ダルーハ卿の絶大なる暴力ではなく、1人では何も出来ない貴方の力よ」

「何も……出来ない……」

 リムレオンの全身が、白く燃え上がった。

 闘気が、溢れ出している。リムレオン、ではなくダルーハ・ケスナーの闘気。

「……嫌だ……何も出来ないのは……嫌だ、いやだ……! いやだよぉおおおおおおおッッ!」

 魔法の剣が、巨大化した。

 そう見えてしまうほど大量の闘気が、刀身にまとわりつき、白色の炎と化して激しく燃え揺らめく。

 その刃が、振り下ろされた。

「ティアンナ! 逃げて!」

 リムレオンの絶叫に合わせ、闘気が全方向に飛び散った。

 ティアンナが、セレナを背後に庇ったまま楯を掲げる。そこに闘気の波が激突し、白い光の飛沫となって飛散する。

 同様に襲いかかる闘気の波動を、ラウデン侯はかわし、ブレンは戦斧で粉砕した。

 マディックは直撃を食らい、無様に尻餅をついた。

 リムレオンが、辛うじて自制しているのだろう。それほど強力な闘気ではない。

 その自制が、しかし保たなくなり始めているのは明らかだった。

「ティアンナ……早く……皆を連れて、逃げて……僕はもう、ダルーハ卿を止められない……ダルーハ卿の力を欲する、僕の心を……止められない……だから早く」

 そこでリムレオンが、息を呑んだ。

 ティアンナも、ラウデン侯爵もブレンもセレナも、それにマディックも、息を呑んだ。

 ダルーハ・ケスナーとして甦りつつある白い悪鬼。その眼前に、1人の少女が進み出て行ったからだ。

 ティアンナよりも幾分凹凸の豊かな肢体をピッタリと包む、青い魔法の鎧。

 その面頬の中からシェファは、じっとリムレオンを見つめている。睨んでいる。

「……これでもね、ほんのちょっとは心配してあげてたのよ? 1人にしといたら変ないじけ方して、ブレン兵長たちを困らせるんじゃないかって」

 溜め息混じりに、シェファは言った。

「思った以上に、めんどくさい奴になっちゃってもう……あたしのせい? あたしのせいなの!? ねえちょっと!」

「シェファ……な、何を言っている……」

 リムレオンが、苦しみながら困惑している。

「早く逃げろ……知っているだろう! ダルーハ卿は、弱い者いじめが大好きなんだ。女の子にだって、容赦はしてくれない……」

「ダルーハ卿なんて、どうでもいいの。あたしはリム様とお話ししてんだから」

 シェファが、白い悪鬼に向かって、つかつかと間合いを詰めて行く。

「言いたい事は本当いろいろあったけど、ぶちあけた話、これ1つでまとまっちゃうのよね。いい? 言うわよ? 耳かっぽじってよォーく聞きなさあああああああいッ!」

 青い手甲をまとう平手打ちが、白い悪鬼の顔面に叩き込まれていた。

「カッコつけてんじゃないわよ! このダメ領主が!」

 廃墟と化したバルムガルド王宮に、シェファの怒声が響き渡る。

「いい加減、認めなさいよね! あんたが結局、1人じゃ何にも出来ない弱虫貴族だって事! 弱虫のくせに意地張って格好つけて、だけどやっぱり何にも出来なくて落ち込んで、落ち込みながらもカッコつけて! その際限ないバカっぷりに付き合わされる方の身にもなってみなさいよ!」

「……言われるまでもない。僕は確かに、何も出来ない非力な領主だった」

 リムレオンの口調は、弱々しい。

 弱々しいリムレオンが、しかし今、ダルーハ・ケスナーを完全に抑え込んでいる。

「だからこそ、力が欲しかったんだ……力があれば、誰も彼もを守る事が出来る……そう思う事の、どこが悪い……?」

「そろそろ現実ってものを見なさいよね。いくら力があったってリム様結局、何にも出来てないじゃないの。こんな所でトチ狂ってるだけで!」

「い……言わせておけば! シェファに何がわかる!」

 また始まってしまった、とマディックは思った。ブレンとセレナも、きっと思っている。

 あの時の口喧嘩と、全く同じだ。

「領主は、強くなければいけないんだ! 領民を守る力がなければ駄目なんだ! 弱い領主なんて飾り物と同じ、飾り物として偉そうに振る舞っていなければならない僕の気持ちが」

「ええわかりません、わかりたくもありませんわ。いじけた若君様の、いじけた心の中身なんて」

 口喧嘩では基本的に、男は女には勝てない。

 ラウデン侯は、呆れている。ブレンとセレナは、顔を見合わせている。

 ティアンナは、彼女らしくもなく、おろおろと立ちすくんでいる。

 ガイエルとデーモンロードは、1対1でひたすら斬り合い、殴り合い、殺し合っている。

 そして口喧嘩は続く。

「別にいいじゃないの飾り物だって! あたしがせいぜい綺麗に飾り立ててあげるわよ。お化粧でもしてあげましょうか? 女装する? リム様にはお似合いだと思うけどっ!」

「ふ、ふざけるな! 僕は領主だぞ!」

「何にも出来ない領主様だから、あたしもブレン兵長もセレナもギルベルトさんもレイニー司教もマディックさんも、みんなで助けてあげようって言ってんのにリム様は!」

「みんなに迷惑をかけたくない! だから強くなりたいのに、どうしてわかってくれないんだ!」

「わかりたくもないって言ってんのよ!」

 凄まじい音が、2人を黙らせた。

 何かが超音速で空気を裂き、白と青、2色の魔法の鎧を一緒くたに打ち据える。

 シェファもリムレオンも、吹っ飛んでいた。

 毒蛇の如く凶暴にうねり、2人を一まとめに叩きのめしたもの。

 それは、鞭であった。

「駄目……でしょう……?」

 皮膜と羽毛、左右で形の異なる一対の翼。

 隆々たる筋肉を盛り上げつつも、魅惑的な女の曲線を失ってはいない異形の裸身が、そこに佇んでいた。左手から伸びた鞭をビシッ! と跳ねさせながら。

「あんたたちが……喧嘩なんてしたら! 駄目でしょうがあああああああッ!」

 メイフェム・グリムであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ