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第138話 地獄の夫婦

 雷鳴が、轟いた。

 電光を帯びた魔法の戦斧が、横薙ぎの一閃で、トロル2体を叩き斬ったところである。

 再生能力を有する巨体が2つ、それを発揮する暇もなく生命力を失い、上下真っ二つになりながら電光に灼かれ、爆発した。

 焼け焦げた肉片を蹴散らしながら、ブレン・バイアスが踏み込んで行く。

 黄銅色の全身甲冑をまとった、勇壮なる騎士の姿。

 バリバリと帯電する戦斧を猛々しく振るい、魔族の軍勢へと突入するその様は、横向けの落雷が魔物たちを直撃したかのようでもあった。

 巨大な鎚矛や長槍を振りかざし、ブレンの突進を迎え撃ったトロルたちが3体、いや5体、縦に横に斜めに両断されつつ、電光に灼き砕かれてゆく。

 斬撃と雷撃をもたらす魔法の戦斧がガチッ! と止まった。止められていた。

 三又の大槍が2本、しっかりと交差しながら、雷の斧を受け止めている。

「調子に乗るなよ、人間風情が……」

「デーモンロード様の直属たる我らの力、思い知るが良い!」

 2体のデーモンが、それぞれ三又槍を振るい、ブレンに挑みかかって行く。

「貴様たちこそ思い知れ……リムレオン・エルベット様の直属たる、我らの力をな!」

 襲い来る2本の三又槍を戦斧で打ち払いつつ、ブレンは吼えた。

 我ら、には自分も含まれてしまうのだろうかとシェファが少しだけ不満を感じている間。一筋の電光が、2体のデーモンを薙ぎ払っていた。

 魔法の戦斧の、一閃だった。

 デーモンの生首が2つ、高々と宙を舞う。

 首のない魔物の屍が2体、よろめきながら倒れてゆく。

 ブレン1人に戦いを任せておくわけにはいかない。

 バルムガルド王都ラナンディアの、ほぼ廃墟も同然の風景を、シェファは面頬越しに見渡した。

 どの方向を見ても、魔物がいる。指揮官級のデーモン少数、部隊長のトロルが多数、雑兵たるオークが大多数。

 数で来る敵を一掃するのは、攻撃魔法兵士である自分の役割だ。

 そう思い定めながら、シェファは念じた。

 少女の肢体を包む、青い魔法の鎧。その全身に埋め込まれた魔石が、真紅の輝きを発する。

 その光が炎となり、球形に燃え固まりながら発射された。

 いくつもの火の玉が、魔物の軍勢に降り注ぐ。

 何匹ものオークが、トロルたちが、爆炎に灼かれながら吹っ飛んで焦げ砕け、灰と化して舞う。

 デーモンたちは、さすがに一撃で灼き砕くというわけにはいかない。火の玉の直撃を食らった者全員が、いくらか火傷を負いながらも踏みとどまり、三又槍を構えている。

 そして、微かな火傷すら負っていない者もいる。

「……貴女1人の力じゃ、駄目に決まってるでしょう?」

 白い光が、細長く実体化して長剣となり、シェファの火の玉をことごとく斬り砕いている。

 砕かれた火の玉が爆発し、異形の裸身を爆炎で照らし出す。

 魅惑的な女の曲線を辛うじて保ちながら、強靭に筋肉を盛り上げた、牝の魔獣人間。白い光の長剣を右手で揺らめかせつつ、歩み寄って来る。

「リムレオン・エルベットのいない貴女に、何か出来るとでも思ってるの……魔族を相手に、貴女1人で何が出来ると思ってるわけ? ねえちょっと」

 メイフェム・グリム。魔獣人間バルロック。

 マチュアを助けるためにデーモンロードへ身を捧げた、という話だが、シェファにとってはとても信じられる話ではない。様々な意味においてだ。

「あんたみたいなバケモノ女を欲しがるデーモンロードの感覚も、信じらんないし……あんたが他人のために自分を犠牲にするなんて、もっと信じらんないわ。一体、何考えてるわけ?」

「それはこっちの台詞。2人揃って1人前の坊やとお嬢ちゃんが、別行動を取るなんて……一体なに考えてんのよッ!」

 女魔獣人間の強靭な細腕が、凄まじい速度で跳ね上がる。

 魔石の杖を、シェファは構えようとして落とした。超高速の衝撃が、両手を打ち据えたのだ。

 バルロックの左手から生え伸びた、鞭。

 魔法の手甲では防げない衝撃が、シェファの左右の前腕を痺れさせる。

 同様の痺れと激痛が、肩から胸にかけてを、両の太股を、顔面を、立て続けに襲った。

 メイフェムの鞭。1度しか振るわれていないように見えて、シェファの全身あちこちを幾度も叩きのめす。

「あうっ……ぐッ……!」

 悲鳴を漏らしながら、シェファは血の味を噛み締めた。吐血か、口の中を切ったのか、判然としない。

 魔法の鎧がなかったら、とうの昔に全身、原形を失い飛び散っていたところであろう。

 青い魔法の鎧に辛うじて守られた少女の細身が、痛々しくよろめき踊る。

 そこへ、メイフェムが踏み込んで来る。

「まさか……まさか、まさか貴女1人で私と戦えるなんて思ってるわけじゃないでしょうねえええっ!」

 鞭ではなく剣が、踏み込みと共に一閃し、シェファを襲った。魔法の鎧を、中身もろとも斬り砕かんとする激烈な斬撃。

 それが、跳ね返った。

 魔法の鎧の上から、もう1枚、強固な外套のようなものが被さってくるのを、シェファは感じていた。

 白い、光の外套。聖なる力の防護膜。それがシェファの全身を包み込み、メイフェムの斬撃を弾き返したのだ。

「先生……貴女が魔族に与しているのは、王母殿下や国王陛下それにマチュア殿を守ろうとしての事」

 マディック・ラザンが、こちらに魔法の槍を向けている。そうしながら、歩み寄って来る。緑色の魔法の鎧は、オークやトロルの返り血でドス黒く汚れている。

「俺は、貴女とは戦いたくない……だけど貴女は、戦わなければならないのでしょうね……俺たちがデーモンロードを倒せなかった、そのせいで」

「気にする事はないのよマディック・ラザン。デーモンロードを倒せなかったのは、私たちも同じ」

 戦いたくない、と言うマディックに向かって、メイフェムは容赦なく踏み込んで行った。

「あの戦いで、赤き竜のついでに魔族そのものを根絶やしにする事が出来ていれば……こんな事には、ならなかった」

 踏み込みと同時の斬撃を、マディックは槍で受けた。

「でもね、私はそれで良かったと思ってるわ。だって人間って、どいつもこいつも……クズだから」

 魔法の槍は、一撃で叩き落とされていた。

「こんなクズどもを守るために、手間ひまかけて命を賭けて魔族を根絶やし……なんて面倒な事、やらなくて良かったと思うわよ。ええ、本当にっ」

 徒手空拳となったマディックに、バルロックが右手の剣を叩き付ける。

 その瞬間、マディックが何かを念じた。

 緑色の魔法の鎧が、白色に輝いた。

 聖なる力が発動し、光の防護膜が生じたのだ。

 唯一神の加護。シェファを守ってくれたものと同じ、白い光の防御が、バルロックの剣をガギィンッ! と弾き返す。

 メイフェムがよろめいている間にマディックは、叩き落とされた魔法の槍を拾おうとしている。が、それは出来なかった。

 女魔獣人間の肢体が、よろめきながらも超高速で翻ったからだ。

 筋骨たくましい異形の美脚が、後ろ回し蹴りの形に跳ね上がる。猛禽の爪が、白い光を発しながら弧を描く。

 唯一神の加護が可視化したものである、白い光。

 その蹴りが、マディックを直撃した。

 光の防護膜が砕け散り、白色光の破片がキラキラと飛散して消えた。

「うぐっ……!」

 吹っ飛んだマディックが、瓦礫に激突しながら苦しげに呻く。

 そこへメイフェムが、ゆらりと歩み迫って行く。

「クズで満たされた私の視界の中でね、だけどシーリン殿下、それにおチビちゃんだけは……って何でこんな話! しなきゃいけないのよォオオオオオオオオッ!」

 よろよろと立ち上がりかけていたマディックの身体がズドッ! と前屈みにへし曲がった。

 メイフェムの蹴りが、腹部に叩き込まれていた。

 緑色の面頬の周囲で、吐血の飛沫が散った。

「つまんない事、言わせてくれたわねえ! 無能弟子マディック・ラザンの分際で!」

 槍を拾う事も出来ぬまま、マディックが鞭でめった打ちにされている。

 緑色に甲冑武装した身体が、様々な方向から不可視の打撃を加えられて歪み、曲がり、跳ね、痛々しく踊った。

 そして倒れた。際限なき鞭打ち刑から、マディックはいきなり解放されていた。

 それどころではない様子で、メイフェムが跳び退っている。左右形の違う翼をはためかせながらの、飛翔に近い跳躍。

 直前まで彼女がいた辺りの空間を、凄まじい斬撃が通過していた。

 電光をまとう、魔法の斧。

 ブレンが、踏み込んで来たところである。

「生きているか、マディック司祭!」

「……だから俺は、もう司祭ではないと……何度も言っているよ、ブレン兵長」

 マディックが、ようやく魔法の槍を回収し、それにすがりつくように弱々しく立った。

 そんなマディックを背後に庇い、ブレンは立っている。

 少し離れた所に、メイフェムが着地した。

 ブレンと、距離を開いて対峙する形である。

 その対峙を、魔物の軍勢が遠巻きに取り囲んでいた。

「2人とも……この場は俺に任せて王宮へ行け。女王陛下を、お守りするのだ」

 ブレンにそう言われて、シェファはようやく気付いた。

 エル・ザナード1世……ティアンナ・エルベットの姿が、どこにも見えない。

「先程お1人で、どこかへ行かれてしまった。戦っている最中、ちらりと横目に捉えた……恐らくは、王宮へと向かわれたのだろう」

「馬鹿な……たった1人で、リムレオンを助けるつもりか」

 マディックが、絶句している。

 自分たち3人に戦いを押し付け、この場を立ち去った。怒っても良い所なのであろう、とシェファは思う。

 だが。魔法の鎧を持たぬ生身の少女が、魔物たちで満たされた戦場を駆け抜け、向かったのだ。リムレオンが恐ろしい怪物と化している、らしい場所へと単身で。

(そんなにまでして……リム様を、助けたいの……? そこまで、リム様の事……)

 自分に同じ事が出来るのか。シェファはつい、そんな事を思ってしまった。



 炎の剣が左右2本、両方とも砕け散って火の粉と化す。

 竜の御子……ガイエル・ケスナーの両前腕で赤熱する、刃状のヒレ。その一閃が、デーモンロードの斬撃を打ち砕いていた。

 火の粉を蹴散らすようにして、竜の御子が踏み込んで来る。右足の踏み込み、そして左足の蹴り。

 デーモンロードは後方にかわそうとしたが、遅かった。

「ぐっ……!」

 鳩尾の辺りに、とてつもなく重い衝撃が、めり込んで来る。

 悲鳴を噛み殺しながら、デーモンロードは血を吐いた。

 分厚く強固な腹筋に、爪のある足型が刻印されている。竜の爪を備えた、魔人の足跡。

 血反吐を宙にぶちまけながら、デーモンロードは後方へと吹っ飛んでいた。

 瓦礫の破片が、周囲で盛大に舞い上がる。

 いくつかの建物を粉砕したところで、デーモンロードはようやく止まった。

 かなり王宮に近い所まで、蹴り飛ばされていた。

 瓦礫に埋もれかけていた巨体を、デーモンロードはよろりと立ち上がらせた。立ち上がれず、片膝をついてしまう。

 血まみれの口で牙を剥きながら、前方を睨む。燃え盛る隻眼で、睨み据える。

 建物の残骸を悠然と踏みにじり歩み寄って来る、赤き魔人の姿を。

 頑強極まる筋肉を真紅の甲殻と鱗で覆い、マントの如く翼を背負い、大蛇のような尻尾を揺らめかせる姿。

 それはデーモンロードにとって、ついに力で凌駕する事の能わなかった存在を、強烈に思い起こさせるものであった。

「赤き……竜……ッッ!」

 デーモンロードは呻き、吼えた。

「貴様の血! もはや1滴たりとも、この世には残さぬ!」

 青黒い巨体が、立ち上がる。

 否、またしても立ち上がれなかった。

 牙を剥いた口元に、衝撃が叩き込まれて来たのだ。

 ガイエルの拳。

 食いしばった牙と牙の間から、血飛沫が溢れ散る。デーモンロードは半ば吹っ飛ぶようによろめき、倒れた。

 無様を晒している。その現実を、受け入れなければならない。

 以前はほぼ互角の殺し合いを行った相手に、今は手も足も出ぬまま叩きのめされ、蹂躙されている。その現実をだ。

「貴様……あの時は、本調子ではなかった……とでも……」

「そんな言い訳はせんよ」

 ガイエルは言った。

「だが今の俺は確かに、あの時と比べてすこぶる体調が良い。まあ、荒療治をしてくれた男がいてな。そやつには、いずれ借りを返さねばならん」

 仮面のような顔面甲殻に、笑みが浮かんだ。デーモンロードには、そう見えた。

「体調が良くとも、貴様を一撃で死なせてやれずにいる。嬲り殺しになってしまいそうだ……すまんなあ。本当に、すまん」

「半端者の若造が……調子に乗るかッ!」

 倒れたままデーモンロードは、背中の翼を羽ばたかせた。

 広く強靭な皮膜の翼がバサッ! と大量の土埃を、瓦礫の破片を、舞い上げる。

 青黒い巨体が、飛翔力の助けを得て立ち上がり、よろめくようにガイエルの方を向く。

 その時にはしかし、赤き魔人の方から踏み込んで来ていた。右の前腕から刃のヒレをジャキッ! と広げ、赤く発光させながらだ。

 赤熱する斬撃が、デーモンロードを襲う。横薙ぎの一閃。

 熱いものが左脇腹の辺りから体内に入って来るのを、デーモンロードは感じた。

 肋骨が、何本か叩き斬られていた。赤熱の刃が、臓腑に迫る。

 構わず、デーモンロードは右拳を振るった。

 炎が発生し、鞭や剣の形をとらずに、悪魔の拳を包み込む。

 凶悪なほどに力強い拳が炎をまとい、まるで火山弾の如く、ガイエルの顔面を直撃する。

「ぐぅっ……!」

 竜の御子が、よろめいた。顔面甲殻に、亀裂が走る。

 赤熱する刃のヒレが勢いを失い、デーモンロードの脇腹に食い込んだまま止まってしまう。

 炎をまとう右拳を、デーモンロードは開いた。

 燃え盛る掌と五指が、ガイエルの顔面をガッシと捕える。

「竜よ……我ら悪魔が貴様たちを滅ぼし、魔族の頂点に立つ!」

 竜の御子の顔面を右手で掴み灼きながら、デーモンロードは左手で右手首を握った。

 そして、攻撃を念じた。

「このデーモンロードが、真の魔王となるのだ!」

 右手の炎が、轟音を立てて膨張し、ガイエルの顔面を、頭部を包み込み、そして爆発した。

 顔面甲殻の破片をまき散らしながら、今度はガイエルの方が吹っ飛んでいた。もはや瓦礫も同然の王都ラナンディアを、さらに破壊しながらだ。

 デーモンロードの左脇腹に、焼けただれた裂傷が残る。もう少しで、内臓を灼き斬られるどころか、胴体そのものを両断されるところだった。

「……言葉を返すぞ、デーモンロード……」

 瓦礫を押しのけながら、竜の御子がユラリと立ち上がる。

 後ろ向きに生えた4本の角は、うち2本が折れていた。

 顔面甲殻は完全に失われ、がっちりと噛み合った鋭い牙が剥き出しとなっている。

 頭部に、顔面に、いくらか火傷らしきものを負わせる事は出来たようだ。

「貴様を滅ぼす……綺麗な死体には、ならんぞ……否、死体など残さんぞ……」

 噛み合わさっていた上下の牙が微かに開き、小規模な爆炎が溢れ出した。言葉と共にだ。

「ダルーハ以来だ……俺が、ここまで残虐な気分になったのはなぁあ……!」

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