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第136話 追憶と再会と大殺戮

 バルムガルド王都ラナンディアは、廃墟と化していた。

 廃墟が残るようでは大した破壊ではない、とメイフェム・グリムは思う。

 20年前、ヴァスケリア国内のいくつかの街は、赤き竜によって跡形もなく灼き尽くされた。今もまだ、雑草程度は生えた焼け野原のままである。

 デーモンロードの台頭で、魔族はかつての勢力を取り戻しつつある、ようには見えるのだが。

「赤き竜の健在なりし頃には、遠く及ばぬ……そう思っているのだろう? メイフェムよ」

 瓦礫の山の頂に立ち、廃墟を見渡しながら、デーモンロードは言った。

 分厚い胸板の前で太い両腕を組み、広い翼をマントの如く揺らめかせて佇む、青黒い巨体。

 威風堂々、とは言える。

 だが正体を現した赤き竜に比べれば、その風格も、帝王ではなく、臣下の筆頭としてのそれでしかない。

「あの頃よりも、たちが悪くなった……とは思うわ。貴方たち魔族の、やり方」

 メイフェムは言った。

「人間を、生殺し同然に飼い馴らして、魔獣人間や残骸兵士に仕立て上げる……赤き竜は、そんな回りくどい事はしなかった。ただひたすらに破壊を行っていただけ。私たちが付け入る隙みたいなものは、確かにあったわね」

「そう。そうして赤き竜は、お前たちに倒された」

 自分はほとんど何もしていない、とメイフェムは思った。

 赤き竜に、まともな痛撃を与えていたのは、ダルーハ・ケスナーただ1人であったと言っていい。

 ゾルカ・ジェンキムの攻撃魔法など、赤き竜には全く通用しなかった。

 ドルネオ・ゲヴィンも、露払い程度の戦力にしかなっていなかった。

 ケリス・ウェブナーは、ダルーハへの支援を、そこそこはこなしていたかも知れない。

 メイフェムはただ、彼らの傷を、ちまちまと治療していただけである。

「ダルーハを倒し、赤き竜の仇を討つ……それを成し遂げたのは、私ではなかった」

 白く鋭い牙を、剥き出しにしてギリッと噛み合わせながら、デーモンロードが呻く。

 仇討ちを成し遂げたのはデーモンロードではなく、赤き竜の実子たる若者であった。

 ガイエル・ケスナーがその気であれば、あのまま全ての魔族を掌握し、新たなる帝王として君臨する事も出来たであろう。

 何しろ、赤き竜の血を正当に受け継いだ者が、前帝王の仇討ちという実績を示してみせたのである。

 デーモンロードには、何の実績もない。

 刃向かう者をことごとく叩き潰す力を見せ続けてはいるが、形としては、赤き竜の臣下に過ぎなかった者が、主君の死後に、どさくさ紛れの権力奪取を狙っているという事にしかならないのだ。

「そんな私に、実績を打ち立てる機会が巡って来たのだ」

 デーモンロードは、拳を握った。凶悪なほどに力強い拳。

 その力強さで、この怪物は、何を行おうとしているのか。

「かつて出来なかった事を、私は成し遂げる……魔族の、正当なる王として」

「答えなさいデーモンロード。貴方は一体、何をしようとしているの」

 左手から伸びた鞭をピシッ! と鳴らしながら、メイフェムは訊いた。

 デーモンロードの言う「機会」と関わりあるものなのかどうかは、わからない。

 メイフェムの心を落ち着かなくさせる、不穏な気配のようなものが確かに、廃墟全域に漂ってはいる。

「こんな所に一体、何があると言うの?」

「すぐに、わかる」

 デーモンロードの隻眼が、燃え上がった。

 燃え盛る眼光が、王宮の方に向けられている。

 かつては威容を誇り、今は無惨に崩壊しかけているバルムガルド王宮。

 何かが、いる。それはメイフェムにも感じられた。

 禍々しく不穏なる気配の根源が、死せる王宮に閉じ込められている。

 物理的な圧力すら感じさせるほど、攻撃的な気配。

 まるで、あの男のようだ。懐かしさに近いものを、メイフェムは感じていた。

 20年前あの男は、こんな凶猛な気配を全身に漲らせて、メイフェムの前に現れた。

 赤き竜を討つ。ヴァスケリア人で唯一、それを考えていた男。考えるだけでなく公言し、保身に走る民衆を敵に回しながらも実行し、ついに成し遂げた男。

 あの男が最初に従者の如く引き連れていた、見るからに非力そうな1人の若者。それがケリス・ウェブナーだった。

 メイフェムは、頭を横に振った。

 今の自分には、ケリスの名を、心の中で呟く資格すらないのだ。

 その代わりに、というわけではないが、メイフェムの心に浮かんで来たものがある。

 かつて戦った敵の姿。白い鎧と、青い鎧。健気に庇い合って自分に挑む、少年と少女。

 美しいものを見せてくれる、かも知れない2人。

 この場にいない2人に、メイフェムは心の中で語りかけた。

(あなたたちになら……殺されてあげても、いい……かしらね)

「お前にとっても、懐かしいであろう相手だ」

 デーモンロードが言った。

「すぐに会わせてやる。楽しみにしておれ」

「? どういう事……」

 問いかけようとして、メイフェムは気付いた。

 デーモンロードも、気付いたようだ。

「ほう、これは……」

 凶猛な気配がもう1つ、近付いて来る。

 恐ろしい相手であるのは間違いないが、どうやら気配を隠すのは苦手であるようだ。

 まるで、あの男。

 そんな事をメイフェムが感じている間に、複数の足音が聞こえて来た。

「ほう……これは」

 デーモンロードと同じ台詞を呟きながら、傲然と瓦礫の上に立った人影。

 ボロ布も同然のマント、粗末な衣服。引き締まった体格の力強さはしかし、そんな装いでは隠せない。

 秀麗な顔立ちと、いくらか長めの赤い髪は、人間の姿をしていた時の赤き竜に似ている。

「ガイエル・ケスナー……」

 メイフェムは、名を呟いた。

 今度会う時は敵同士かも知れない。そんな事を言いながら、格好をつけて立ち去ったのは自分である。

 その言葉通りになってしまった、という事だろうか。

 次の瞬間しかしメイフェムにとって、そんな事はどうでも良くなってしまった。

 ガイエルの傍らに、シェファ・ランティが立っていたからだ。

 ブレン・バイアスもいる。マディック・ラザンもいる。

 エル・ザナード1世女王が、下着のような鎧をまとう半裸身を、偉そうに佇ませている。

 どういうわけかレボルト・ハイマン将軍までもが、まるでガイエルの従者の如く、そこに立っている。

 シェファ以外は、しかしメイフェムにとって、とりあえずはどうでも良かった。

 この少女がいるのに、リムレオン・エルベットの姿が見当たらない。これは一体、どういう事であるのか。

「貴様を倒せば全て丸く収まる、と思っていたが……そうも言っていられなくなった」

 デーモンロードに負けぬほど偉そうな風格を漂わせながら、ガイエルが言った。

「が……こうして出会ってしまった以上、挨拶だけで別れるというわけにもゆくまいな。どうするのだ? 俺と貴様が手を結ぶべきだと、こちらのレボルト将軍は言っておられるのだが」

「あれは私が倒さねばならぬ相手だ。魔族の帝王として、な」

 デーモンロードが、即答する。

「それは竜の御子よ、貴公も同様だ……我が手で、叩き潰す」

「いい加減にしろ! そんな場合ではないという事が、わからんのか!」

 レボルトが、割って入って叫んだ。

「気に入らぬ相手であろうと一時的に手を結び、とりあえず目先の脅威を排除する! 殺し合うのはその後でも良かろうに何故、そう考える事が出来んのだ!」

「魔族だからだ。人間の思考など、持つ事は出来ぬ」

 デーモンロードが答えた。隻眼の異相が、苦笑めいた形に歪んだ。

「レボルトよ、貴様は理にかなった考え方の出来る男だ。それは我ら魔族に、根本から欠けているものではある……が、そんな貴様も今や魔族の軍師。そろそろ理解せよ。魔族の思考・精神性というものをな」

「……理解しているとも。全ては力、それも個の暴力で、物事を決する。そうせねば従え率いる事かなわぬのが魔物という生き物どもよ」

 レボルトが呻いた。

 この男は、軍人である。集団の力を効率的に運用するのが、仕事であり使命であり、生き方であったのだろう。

 集団を圧倒する個の力など、認めるわけにはいかないのであろう。

「わかっておるならば下がれ。私は倒さねばならぬ。己が手で、こやつら父子をな」

 デーモンロードが、謎めいた事を言っている。

 父子。

 ガイエル・ケスナーの父親は、すでにこの世にはいないはずであった。生ませの父も、育ての父も。

 が、そんな事はメイフェムにとっては、どうでも良かった。

 問題は、ただ1つ。

(一体、何をしているの……)

 魔石の杖にしがみつく格好で立っている、攻撃魔法兵士の少女を、メイフェムは猛禽の両眼で睨み据えた。

 リムレオン・エルベットを伴っていない、シェファ・ランティを。

(許さないわよ……あなたたちが、別行動を取るなんて……!)



 まるで、あの戦を再び目の当たりにしているかのようであった。

「唯一神よ、我らに罰を……導きを……」

「聖なる……万年平和の、王国へ……」

 祈りの言葉を唱えながら、聖なる戦士たちが、鈍色の全身甲冑もろとも叩き斬られ、潰れ、焼き払われてゆく。

 右手で大型の長剣を振るい、左手で猛禽の爪を閃かせ、3つの口から炎を吐き散らしながら、その怪物は闊歩していた。鈍色の鎧歩兵が大量に布陣する中、まるで無人の野を往くが如く。

「リグロアでもなぁ、教会ってとこにゃクソ野郎しかいなかったけどよ。テメエら、それ以上だな? ええおい!」

 怒声に合わせて、魔獣人間の片足が跳ね上がる。障害物を、払いのけるような蹴り。

 鉄槌のような蹄が、聖なる戦士を2、3体まとめて粉砕した。

 鈍色の甲冑と中身の肉塊がグシャアッ! と一緒くたに潰れ散る。

「ま、ただクソ野郎なだけなら見逃してやらんでもねえ。が……ティアンナ姫の邪魔ぁしようってんなら!」

 猛禽の足そのものの形をした左手が、聖なる戦士の頭部を1つ、鈍色の兜もろとも握り潰した。

 様々なものが、グチャリと飛散する。

 自分の頭も、この怪物によって、こんなふうに潰されるところであった。ラウデン・ゼビルは、思い出していた。

 魔法の兜の上から、容赦なく頭蓋を圧迫してくる握力。忘れられるものではない。

 あの時は、唯一神教の尼僧見習いと思われる幼い少女が助けてくれた。

「うぬ……身の程知らずの怪物風情が……!」

 元々はローエン派の聖職者であった魔獣人間4体が、口々に言う。

「世俗の野良魔獣人間が! 聖女の祝福を受けし我らに、本気で刃向かうか!」

「おぞましき地獄の悪鬼! 唯一神の裁きを受けるが良い!」

 喚く4名を、3つ首の魔獣人間は黙殺した。

 計6つの獣の眼光が、ラウデン1人に集中する。

「そこの黒いの! 俺ぁ言ったよなぁあん時、マチュア嬢ちゃんに迷惑かかるような事はすんなって」

 獅子の口が、山羊の口が、荒鷲のクチバシが、怒声と共に炎を吐いた。

 包囲の陣形を作っていた鎧歩兵たちが、様々な武器を振りかざしながら、紅蓮の荒波に呑まれてゆく。

 鈍色の甲冑が溶け崩れ、その下の肉塊が焦げ砕け、まとめて燃えカスと化してゆく。

 まさしく、あの戦の再現であった。

 否、戦ではない。

 赤き魔人が、バルムガルド軍兵士数千名を一方的に粉砕し焼き払った……もはや戦ですらない、大殺戮。

 あれと同じ事を行いながら、3つ首の魔獣人間が吼えている。

「今ここに嬢ちゃんはいねえ。が、テメエのやってる事ぁマチュア嬢ちゃんにとっても迷惑にしかならねえと見た! 人に迷惑かけるだけの恩知らず野郎は俺が殺す!」

 大型の長剣が、横薙ぎに巨大な弧を描く。

 その弧に触れた鎧歩兵一部隊が、上下に両断されながら様々な方向に吹っ飛び、断ち切られた鎧から中身をぶちまけた。

「改心でも反省でもしながら死んでくがいいぜ……悔い改める系の死に台詞、おら今すぐ考えろおおお!」

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