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第125話 炎の聖者

 身体の中で、気力が燃える。

 燃え盛るものを拳に宿し、叩き付ける。

 再生能力を有するトロルの巨体が、それを発揮する暇もなく潰れ砕け、炎に包まれ、飛び散りながら灰に変わった。

 その灰をバサッ! と翼で払いのけながら、魔獣人間ゴブリートは地を蹴りつけ、踏み込んで行った。

 地面すれすれの超低空飛行にも近い、疾駆。

 小柄な身体を岩の如く盛り上げた筋肉が、躍動しながら炎をまとう。

 疾駆する火の玉と化した魔獣人間を、1体のデーモンが迎え撃った。巨大なバジリスクに騎乗しつつ、三又の槍を振りかざす。

「作り物の怪物に過ぎぬ身で、我らに刃向かうか!」

 デーモンの怒声に合わせ、バジリスクが両眼をカッ! と輝かせた。

 石化の眼光。

 それが一直線に伸びてゴブリートを襲い、その身を包む炎にぶつかり、弾けて消えた。

 直後、バジリスクもデーモンも一緒くたに砕け散り、灰に変わってサラサラと舞った。

 疾駆する火の玉の直撃。燃え盛る体当たりが、魔物2体をまとめて灼き砕いていた。

 バルムガルド国内。荒涼とした丘陵地帯の一角である。

 そのあちこちで、トロルやオーガーが巨大な武器を振り立て、デーモンが三又槍を構えている。

 この辺り一帯の町村を監視している、魔物たちの一団。その真っただ中に、ゴブリートはいた。

「人間どもを守る義理など、ありはせん……が、貴様らのやり口がどうにも気に入らんのでな。胸くそが、悪くなる」

 炎の毛髪をメラメラと揺らめかせながら、ゴブリートは言い放った。

 デーモンの1体が、怯みつつも言葉を返してくる。

「人間どもを守る義理はない、だと……笑止。そこにいる者どもは、何だと言うのだ」

 ゴブリートのすぐ近く。岩陰に、弱々しい者たちが身を隠している。

 12、3歳と思われる少女と、10歳にも満たぬ幼い男の子。恐らくは姉弟であろう。身を寄せ合い、怯えている。

 魔物たちに襲われていたこの2人を、ゴブリートが助けてやる形になってしまった。

「その2匹はな、畏れ多くも岩窟魔宮へと赴き、デーモンロード様に直訴せんとしていたのだ。自分らの父親を返して欲しい、などとなあ」

 デーモンたちが、口々に笑う。

「身の程知らずも、ここまで来ると滑稽なものよ。虫ケラが、デーモンロード様より直に御言葉を賜ろうなどと」

「ゴミ虫は、ゴミ溜めで大人しく蠢いておれば良いものを。そうしておる限り、生存だけは許可してやろうと言っておるのに」

「温情を与えれば、際限なくつけあがる。まこと人間とは、救い難き輩よ」

「ゆえに救わぬ。その2匹は、見せしめとして引きちぎり、はらわたを晒す」

「邪魔をするならば貴様も同じ事になろうぞ、魔獣人間よ」

 ゴブリートは応えず、岩陰で震える姉弟にギロリと眼光を向けた。

「……直訴して通じる相手とでも思ったのか、デーモンロードが」

 少女の方は、怯え震えたまま何も言わない。

 姉の細腕にしっかりと抱き締められたまま、男の子が言った。

「お……おいらが、父ちゃんの代わりになる……おいらが魔物の所に残って、父ちゃんが村へ帰る……それで、いいじゃんかよぅ……」

「馬鹿か! 貴様らはッ!」

 ゴブリートは怒鳴りつけた。姉弟が、抱き合ったままビクッと身をすくませる。

 かつての唯一神教には、こういう愚か者が本当に多かった。

(貴様を筆頭として……な。ローエン・フェルナスよ)

 すでに唯一神の御下へと召された友に、ゴブリートは心の中で語りかけた。

 が、そんな場合ではなかった。

 デーモンたちが、嘲笑っている。

「このところ、バルムガルド各地で我らの同胞が殺戮されておる……貴様の仕業であろう? 魔獣人間よ。何のかんのと言ったところで、貴様は人間どもを守っておるのだ」

「ならば、我らが取るべき手段は1つ……この近辺の町村に住まう人間どもを、片っ端から捕えて来い!」

 デーモンの命令に従って、トロル及びオーガーの部隊が周囲に散った。あらゆる方向へと、駆け出した。

「貴様ら……!」

 激昂に合わせ、ゴブリートの全身で炎の体毛が燃え上がった。

 そして轟音を発し、太陽の紅炎の如く伸び、トロル5匹それにオーガー8匹を焼き払う。

 だが全滅させる事は出来ない。炎を逃れた怪物たちが、デーモンの命令を遂行すべく、全方向へと駆け去って行く。

 時間さえかければ、追いかけて皆殺しにする事は難しくはない。だがその間、この非力な姉弟を、デーモンたちの包囲の真っただ中に放置しておく事になる。

「ふっ……はははははは! 何の事はない、人間どもを人質に取りさえすれば所詮、貴様らは何も出来ん!」

 デーモンの1体が、勝ち誇った。

「弱点を晒したな? もはや貴様は無力よ。何も出来ぬまま、我らに嬲り殺されるが良い……」

 勝ち誇った笑いを発する口に、光が突き刺さった。

 どこかで見た事のある光だ、とゴブリートは思った。矢の形に固まった、白い光。それが、デーモンの口から入って後頭部へと抜けている。

 発声と呼吸を同時に絶たれたデーモンが、倒れながら絶命する。

 人間を捕獲する命令を受けていたトロルの部隊が、オーガーの群れが、周囲あちこちで同じく絶命してゆく。剣が、槍が、斧や戦鎚が、彼らを切り刻み叩き潰す。

 祈りの呟きに、合わせてだ。

「かくして唯一神は、我が道を示したまえり……」

「地上に、人々に、永遠の安らぎを……」

 歩兵の一団が、いつの間にか姿を現し、この場を取り巻くように布陣していた。

 鈍色の甲冑に、一ヵ所の露出もなく身を包んだ兵士たち。祈りの言葉に合わせて様々な武器を振るい、トロルやオーガーを、反撃の暇も与えず殺戮している。

 残虐なほど、鮮やかな手並みであった。

 1人1人が、そこそこの魔獣人間並みの戦闘力を持っている、とゴブリートは見た。

 そんな鎧歩兵たちの指揮官が、岩の上に立っている。

「貴様は……」

「久しいな、炎の魔獣人間よ」

 黒一色の、甲冑戦士。仮面のような面頬の内側から、じっと鋭い眼光を向けてきている。

 間違いない。デーモンロードと互角に渡り合った、黒騎士。あの時のように弓を構え、佇んでいる。

 両端から刃を生やした長弓。それを黒騎士は、矢を持たぬままキリッ……と引き伸ばした。

「貴様が1人で頑張り過ぎる事もあるまい。バルムガルドの民は、我らが救う……」

 言葉と共に、矢が生じた。

 弦をつまむ黒騎士の右手から、白い光が矢の形に伸び、固まったのだ。

「この国を併合する、好機でもあるゆえ……な」

 黒騎士が、弦を手放した。

 光の矢が放たれ、宙を裂き、デーモンの1体を直撃した。魔物の左胸、心臓を射貫いていた。

「うぬっ、何奴……」

 他のデーモンたちが、三又槍で戦闘の構えを取ろうとしながら、ことごとく倒れてゆく。

 黒騎士が立て続けに弓弦を鳴らす、その音に合わせてだ。

 デーモンたちの頭蓋に、喉元に、光の矢が突き刺さっていた。

 トロルの群れも、オーガーの部隊も、全滅していた。叩き潰され、切り刻まれた屍が、荒涼とした大地に散乱している。

 その虐殺を実行した、鈍色の鎧歩兵の一団が、ドス黒い返り血にまみれながら祈りを捧げた。

「聖なる万年平和の王国を築くため……我ら……」

「汝、殺すなかれ……の破戒者とならん……」

「唯一神よ、罰を与えたまえ……我らを、導きたまえ……」

 唯一神教徒。ローエン・フェルナスの教えを受け継ぐ者たち。

 教団の統率者として、いささか政治的な事もやらなければならなかったローエンよりも、信仰の純粋さはむしろ上である者たちなのかも知れない。

 鎧歩兵たちを見回し、ゴブリートはそう思った。

 純粋過ぎる、とも思った。

「……礼は言っておこう、黒騎士よ」

 ゴブリートは言った。

「それはそれとして貴様、唯一神教徒であったのか?」

「私は、単なる俗人の権力者……唯一神教を、利用しているだけだ」

 こちらを油断なく見据えたまま、黒騎士は言った。

 ゴブリートの動き次第では、光の矢が容赦なく放たれる。

 かわす事は出来るか。手刀や蹴り、あるいは翼で、あの光の矢を叩き落とす事は出来るのか。

 戦いになった場合の事だけを考えている魔獣人間に、黒騎士が面頬越しに微笑みかけた。

「そう警戒するな。おぬしと戦おうという気はない。今のところはな」

「俺は……今ここで貴様を焼き殺しておいた方が良い、という気がしてきた」

 鎧歩兵の軍団を睨み回しながら、ゴブリートは言った。

 純粋に祈りを捧げている彼らを見ていると、どういうわけか、殺意や憎しみに近いものが沸き上がって来る。

「何なのだ、こやつらは……」

「敬虔にして純粋なる唯一神教徒。それ以上でも以下でもない者どもよ」

 嘲るように、あるいは哀れむように、黒騎士は答えた。

「どれほど敬虔かつ純粋であるかは、まあ見ればわかるであろう」

 確かに、その通りであった。

「唯一神よ……御身の手による平和を、安らぎを……」

「大聖人ローエン・フェルナスの教えを……我ら、永遠に守り抜かん……」

 祈りの言葉に合わせ、鎧歩兵たちの全身から何かがニョロニョロと溢れ出し、蠢いている。

 臓物のような、寄生虫のような、有機物体の群れ。

 そんなものを生やした全身を、この兵士たちは、鈍色の鎧で覆い隠しているのだ。

 これらと同じものたちを自分は知っている、とゴブリートは思い出した。見た事がある。戦った事がある。

 かつてレグナード魔法王国において使われていた、兵士たち……魔獣人間の、失敗作だ。

 レグナード王朝の尖兵となって、唯一神教徒を弾圧・殺戮していた怪物たち。

 それが今や、唯一神教側の戦力となって全身鎧をまとい、魔物の討伐を実行している。

 黒騎士の言う通り、敬虔にして純粋なる唯一神教徒たちが、己の意思で、人ならざるものとしての道を歩んでいるのだ。

「言っておくが、我らは命令も強制もしておらぬぞ。聖なる戦士の試作品として、こやつらは自ら志願して来たのだ」

「そうであろうよ……唯一神教徒とは、そのような愚か者ばかりだ」

 ゴブリートは呻いた。

 かつてローエン・フェルナスの周囲にも、同じような者たちが大勢いた。

 ほとんど全員が、ローエン1人を守るために命を落とした。

 このように人ならざるものとして魔法王国王朝と戦う手段が、当時もしあったとしたら、彼らとて1人の例外もなく選んでいたであろう。

 唯一神教を、あるいはローエン・フェルナス個人を、守るために。

「皆、幸せそうであろう。幸福に満ちているであろう」

 聖なる戦士、であるらしい鎧歩兵たちが、口々に祈りを捧げる様を見渡しつつ、黒騎士が言った。

「今この地上に、これほど幸福なる者たちは存在しない。こやつらのためにしてやれる事など、私にも貴様にも、ありはしないのだ」

「わかっている……!」

 ゴブリートは拳を握った。

 握った拳が震え、炎を宿して燃え上がる。

 ただ1つ、してやれる事があるとすれば。この拳を思いきり叩き付け、鈍色の鎧も、その下にある醜悪で痛ましい肉体も、まとめて灼き砕いて跡形も残さない。それだけではないのか、とゴブリートは思った。

「その幸福なる者どもを引き連れて……貴様は何をするつもりだ? 黒騎士よ」

「言ったはずだ。この国の民を救う……魔物どもを討ち滅ぼし、ここバルムガルドを平和的に併合する。真ヴァスケリアへと、な」

 面頬の内側で、黒騎士は微笑んだ。重く、陰惨な笑み。見えずともわかる。

「こやつらのために、してやれる事……1つあるとすれば、これよ。すなわち我ら世俗の権力者が、世を平和へと導くために利用する。使い捨ての戦力として、大いにな」

「望むところ……で、あろうな。こやつらとて……」

 ここで黒騎士を叩き殺したところで意味はない。平和をもたらすために身を捨てた聖なる戦士たちが、異国で指揮官を失う事にしかならないのだ。

 それはゴブリートとて、理解はしている。

 ただ拳が燃え上がり、震えるだけだ。どこへ叩き付ければ良いのか、わからぬだけだ。

「貴様に我らの邪魔をする理由はないはずだな、魔獣人間よ」

 黒い面頬越しの眼光が、岩陰で怯え震える姉弟へと向けられた。

「我々に関わりなく、己の為すべき事を続けるが良い……さしあたっては、その者たちを元の村なり町なりに無事、送り届けてやってはどうだ」

「言われるまでもない……」

 言いつつ、ゴブリートは天を仰いだ。

 見えるのは、空だけだ。

 唯一神の御下へと召された者の顔など、見えはしない。

 それでもゴブリートは、語りかけていた。

(これで、良いのか……お前が目指し、歩んだ道の先にあるのが、こんなもので良いのか……ローエンよ……)

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