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第118話 ラナンディア激震(2)

 どちらが先に踏み込んだのかは、定かではなかった。

 金属の激突音が、重々しく響き渡る。魔法の戦斧と巨大な鎚矛が、ぶつかり合っていた。

 ブレンとオークロードの位置が、入れ替わる。

 両者が振り向くと同時に、2つの大型武器が再び衝突した。

 火花が空中に飛び散り、それが消えぬうちに、戦斧と鎚矛は別の場所で交わっていた。

「人間風情がッ!」

 罵声と共に、オークロードが踏み込んで来る。力強く肥え太った巨体が、敏捷に躍動し、様々な方向から鎚矛を叩き付けて来る。

 その全てを、ブレンは辛うじて戦斧で弾き返した。刃の砕けそうな音が、連続で響き渡る。

 戦っているのは、オークロードだけだ。周囲のオーク兵団は、遠巻きに身構えながらも、大将の戦いぶりをじっと見守っている。

 魔法の戦斧を、防御の形に振るい続けながら、ブレンは戦闘中の会話を試みた。

「寄ってたかるしか能のない、オークという生き物が……1対1の戦いに、こだわるつもりか?」

「ふん。たかが鎧を着た人間ごとき、1対1で叩き潰せぬようでは」

 オークロードが答える。それと同時に鎚矛が、下からすくい上げるようにブレンの脇腹を狙う。

「竜の御子を討ち果たす事など、出来んからな!」

「ほう、竜の御子とは……?」

 軽く後ろに跳んでかわしながら、ブレンは問うてみた。

「貴様ら魔族は魔族で、何やら内なる敵のようなものを抱えていると。そういう事か?」

「つけ込もう、などと考えておるのか。人間らしい小賢しさ、浅はかさよ!」

 オークロードが、猛然と距離を詰めて来る。両眼を、激しく燃え上がらせながらだ。

 戦う理由を持つ者の目だ、とブレンは感じた。信念、などという言葉が軽くなってしまうほどの何かを抱いて、このオークロードという男は戦っている。

 攻城兵器として使えそうな鎚矛が、暴風の如く殴りかかって来る。

 それをブレンは、魔法の戦斧で受けた。

 2つの武器が激突し、交わり、止まった。

 両者の眼前でガッキリと噛み合う、戦斧と鎚矛。それを挟んで、ブレンとオークロードの眼光がぶつかり合っている。

「竜の御子を倒した者が、魔族の頂点に立つ……」

 猛々しい猪そのものの牙を剥き、オークロードは言った。

「これはな、我ら魔物と呼ばれる全ての生き物が、己の種族の存亡を賭けて挑む戦いよ。人間どもに、付け入らせはせぬ。人間は邪魔だ……去ね。この世からな」

「己の種族の存亡か。俺はそんな、大層なものを背負っているわけではないが」

 自分はただ、主君である少年貴族を助けるために来ただけだ。単なる、臣下の務めである。種族のために戦うオークロードから見れば、戦う理由としては、取るに足らぬものであろう。

「だからと言って……負けてやるわけには、いかんのでな!」

 武器を押し付け合う体勢のまま、ブレンは思いきり踏み込んだ。渾身の力で、戦斧を押し込んだ。

「うぬっ……」

 後方によろめいたオークロードが、即座に踏みとどまって鎚矛を振り上げる。

 振り下ろされる寸前に、ブレンは路面を蹴った。

 疾駆に近い踏み込み。黄銅色に武装した巨体が、オークロードと激しく擦れ違う。

 擦れ違いざまに、魔法の戦斧が横薙ぎに一閃した。

 巨大な鎚矛が、振り下ろされる事なく落下し、地響きを立てた。

「……が……ッ……!」

 オークロードが牙を剥き、血反吐を吐く。

 でっぷりと肥えたその腹部に、魔法の戦斧が、甲冑を切り裂いて深々と埋まっていた。

 手応えをしっかりと握り締めながら、ブレンは戦斧を引き抜こうとした。が、抜けない。オークロードの体内に、くわえ込まれてしまっている。

 固執する事なく、ブレンは武器を手放した。

 オークロードの太い両腕が、死に際の力で掴みかかって来たからだ。

「オーク族の……地位、向上……誇り……負けぬ、負けはせん!」

 血を吐きながら呻くオークロードの首に、ブレンは左腕を回した。締め上げて、黙らせた。

 左手を、右手でしっかりと固定する。

 黄銅色にガッチリと金属武装した剛腕が、オークロードの太い首に、大蛇の如く巻き付いている。

 その体勢のまま、ブレンは思いきり身を捻った。全身の力で、オークロードの巨体を振り回した。

 そして、近くの瓦礫の山に叩き付ける。

 ブレンの左腕の中で、オークロードの頸骨が折れた。頑強な首の筋肉が、気管もろとも、ねじ切れた。

 黄銅色の魔法の鎧が、返り血に染まった。

 首から上を失ったオークロードの屍が、ちぎれた頸部の断面から大量の血飛沫をぶちまけながら、石畳の上に転がる。

 その屍の腹部から、ブレンは魔法の戦斧を引き抜いた。

 女たちが、半壊した民家の陰で息を呑んでいる。セレナも、その中にいる。

 右手で戦斧を、左手でオークロードの生首を掲げ、ブレンは周囲のオーク兵団に言葉をかけた。

「貴様たちの大将は討ち取った……さて、どうする?」

 訊くまでもない事ではあった。

 オーク兵士たちが槍を振るい、剣を抜き、あらゆる方向からブレンに襲いかかる。獰猛な、怒りの雄叫びを張り上げながら。

 仇を討つ。あるいは、大将の首級を取り戻す。

 その闘志を剥き出しにして武器を振り立て、猛り狂うオーク族の精鋭兵士たちが、片っ端から真っ二つになっていった。下半身から上半身がこぼれ落ち、大量の臓物をぶちまける。

 ブレンが、魔法の戦斧を投擲していた。

 ギュルルルルッと弧を描きながら飛翔し、オーク兵団を薙ぎ払い、戻って来た戦斧を、ブレンは右手で掴み止めた。

 そして、見回す。

 周囲にあるのは、廃墟になりかけた王都の光景である。見渡す限り、瓦礫と石畳だ。

 オークロードを埋葬してやれそうな地面など、見当たらない。

 オークという種族そのもののために戦った男も、たった今ブレンが皆殺しにした雑兵たちも、大して違いはしない。同じく、自分が奪った命なのだ。ブレンは、そう思い定める事にした。

 殺した相手全員を丁寧に埋葬してやる事など、出来はしない。

「死ねば、単なる戦場の屍だ……お前も、俺もな」

 最後にそう言葉をかけてから、ブレンはオークロードの生首を放り捨てた。



 規則正しい足音が聞こえた。人間、にかなり近い生き物の足音だ。

 この王宮にいる人間は、地下牢のリムレオン・エルベットただ1人である。

 その他に、人間の足音を出せる者が、いるとしたらただ1人。

 リムレオンが思った通り、レボルト・ハイマンが鉄格子の前で立ち止まった。

 端正な顔立ちが、いくらか険しく強張っている。非常事態に近いものが、生じたようである。

「ぬか喜びになるであろうが、知らせておく。ブレン・バイアスが王都に到着し、オークロードを討ち取った」

「ブレン兵長が……」

 魔法の鎧を着る事も出来ないほどに打ちひしがれたブレンの姿を、リムレオンは思い浮かべた。

 あのような状態から、立ち直ってくれたのだろうか。

「我らと連携すれば良いものを……オークロードめ、単独行動で自滅しおって」

 レボルトは怒りの呻きを漏らした。整った口元で、白い歯が剥き出しになる。まるで牙だ、とリムレオンは思った。

「だがリムレオン・エルベットよ、何度も言うが貴様は助からぬ。ブレン・バイアスがここに現れ、この鉄格子を叩き壊す事はない。ゆえに貴様は……自力で、それをせねばならん」

 意味不明な事を言いながらレボルトが、何か小さなものを、鉄格子の隙間から牢内に投げ込んだ。

 それが、リムレオンの眼前に転がってキラリと輝く。

 竜の指輪だった。

「…………何の、真似だ……?」

 とりあえず拾い上げながら、リムレオンは問うた。

「これは……デーモンロードに対する裏切り、じゃないのか?」

「貴様1人の力ごとき、デーモンロードにとっては何の脅威にもなり得ぬ。それはわかった」

 レボルトが言う。

「デーモンロードは言っていた。魔法の鎧の装着者どもは、人数が揃ってこそ真の力を発揮するとな……それを私に見せてみろ。2人がかりで我々を退ける事も出来んようなら、もはや3人揃おうが4人5人になろうが同じだ。デーモンロードやガイエル・ケスナーを倒す事など、出来はせぬ。私もいよいよ、魔族の将として一生を終える覚悟を決めねばならなくなる」

「ガイエル・ケスナー……彼を、貴方はデーモンロードと並ぶ脅威と見なしているのか」

 あの赤き魔人を味方に引き入れ、デーモンロードと戦う事が出来れば。

 リムレオンはふと、そう思った。今まで思いつかなかったのが不思議である。

「ガイエル・ケスナーは、魔族と戦うための大いなる力になってくれると思う……彼は、僕を助けてくれた」

「それは助けるであろうさ。奴にとっては、子供にいじめられている仔犬を気まぐれに助けるようなものだ」

 レボルトは嘲笑った。重く、陰惨な嘲笑だった。

「仔犬は助かるが、子供は皆殺しにされる……あの怪物が他者を助けるというのは、そういう事だ」

 そう言い捨てて、レボルトは背を向けた。

「奴の事などよりも、今は貴様たちだ。私に力を見せてみろ。バルムガルドが完全なる魔族の王国と化し、ヴァスケリアを脅かす……そのような事態になるか否か、全ては貴様とブレン・バイアス次第なのだぞ」

 レボルトの言葉が、後ろ姿が、鉄格子の前から遠ざかって行く。

 投げ返された竜の指輪を、リムレオンはじっと見つめた。

 考える事など、何もない。レボルト将軍の思惑はどうあれ、今この場でするべき事など、1つしかないのだ。

 指輪に、右手の中指を差し込んでみる。

 偽物などではない。魔法の鎧の存在が、しっかりと感じられる。

「仔犬、か……僕など確かに貴方から見れば、その程度のものなんだろうな」

 すでにいない将軍に語りかけながら、リムレオンは右拳を握った。

 竜の指輪が、白く輝きを発する。

「だけど今は、仔犬でも噛み付くしかない……武装転身!」

 白く輝く右拳を、リムレオンは石畳に叩き付けた。

 牢内の床に、光の紋様が描き出される。それが、屈み込んだ少年の細身を真下から白く照らす。

 その白色の輝きが、リムレオンの体表面で、魔法の鎧と化してゆく。

 自分のものではない力が全身に漲ってゆく感覚を、リムレオンは受け入れるしかなかった。外付けの力がなければ戦えない。その後ろめたさのようなものは、魔法の鎧を所有している限り、ずっと付きまとうのであろう。

 受け入れるしかない。

 そう思い定めながらリムレオンは、鉄格子を掴んでグニャリと引き伸ばした。

 が、まだ脱出は出来なかった。

「レボルト・ハイマン将軍……一体、何を考えておる。これはデーモンロード様に対する叛逆ではないのか」

 牢内に、いつの間にか何者かが立っている。

 真紅の眼光が、じっとリムレオンを射貫いている。

 あの返り血と錆にまみれた騎士……ではなかった。真紅の眼光の周囲にあるのは、白色のフードである。

「まあ良い、私が始末すれば良いだけの事……そなたをだぞ、少年よ」

 白いローブをまとう人影。あの騎士と同じく、中に肉体があるのかどうか定かではない。

 とりあえず、リムレオンは会話をしてみた。

「デーモンロードの配下か……?」

「いかにも、我が名はゴーストロード。偉大なるデーモンロード様より、生命の狩猟を許可されておる」

 真紅の眼光が、暗く燃え上がってリムレオンに向けられる。魔法の鎧を透視してくるかのような、熱く執拗な眼差しだ。

「そなたの生命、私にくれ……ひとしずくの、汚れなく芳醇なる生命……」

「……誉められているのかな」

 白い面頬の中で、リムレオンは苦笑した。

「僕はかつて、同じような事を言われた。貴方と同じく、死の世界から来たと思われる女の子にね」

「ブラックローラ・プリズナか……あれが復活してくる前に、私は魔族において確固たる地位を築いておかねばならん」

 ゴーストロードの白いローブが、炎の如く揺らめいた。

「デーモンロード様が一目置いておられる、魔法の鎧の戦士……その命、もらうぞ」

「1つだけ訊きたい。僕は昨日、お前と同じような真紅の目の騎士と会話をした」

 魔法の剣をスラリと抜きながら、リムレオンは問うた。

「彼は一体、何者なのか?」

「我が配下の死せる軍団……最強の戦士よ。唯一神の御下へと旅立てず彷徨っていた魂を、私が導いたのだ」

「導いた? 迷わせているだけだろう」

 抜き身となった魔法の剣に、リムレオンはそっと左手の指を当てた。

「僕は彼を、解放しなければならない……と思う。死者の魂を道具か兵隊のように扱う、お前のような怪物を討ち滅ぼす事によって」

 その指先で、すっ……と刀身を撫でてゆく。

 まるで光を塗り広げられたかのように、魔法の剣が白色の輝きに包まれた。

「レボルト将軍に力をお見せする事に、なるかどうかはわからないけれど……ゴーストロード、お前は滅ぼす」

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